■寝室が明るいと動脈硬化が進む
夜に光を浴びるほど「動脈硬化」が進行するという。
奈良県に住む40歳以上の男女3000人以上の「住宅と健康」の関連を調べた研究報告「平城京スタディ」によって、その事実を知ったとき、私はとても驚いた。

「私も驚きました」
と話すのは、研究を行った奈良県立医科大学医学部特任准教授の大林賢史医師。予防医学を専門とする大林医師は、実験室で行う研究ではなく、リアルワールドで「住宅内での照明が健康にどのような影響を与えるのかを調べたい」と、2010年より「平城京スタディ」をスタートした。当初は調査人数が1000人規模、やがて3000人以上まで対象者を広げ、住宅の一戸一戸に踏み込み、住環境(光、温度、騒音など)の測定と、健康の指標となる血圧や睡眠の質、うつ症状、血液や尿の検査を行っている。「平城京スタディ」ではこれまでさまざまな項目を調査し、論文にしているが、その中のひとつが2019年に発表した「寝室の光と動脈硬化」の関係だ。
「頸動脈エコーを使って高齢者945人の血管の状態、および寝室の明るさを調べました。そして3年後、945人中780人の研究対象者の頸動脈エコーを実施し、その結果、寝室が明るかった人ほど加齢による変化以上に動脈硬化が進んでいたのです。これは年齢、肥満、喫煙、経済状況、高血圧、糖尿病といった動脈硬化のリスクとなる影響は調整して分析しています」
■「豆電球くらいの明るさ」でもダメ?
動脈は、外膜、中膜、内膜の3層で構成される。このうち内膜と中膜をあわせた厚さ(内膜中膜複合体肥厚度/IMT)を頸動脈エコーで測ると、動脈硬化が進行しているかどうかを知ることができる。
「頸動脈ではIMTが1.1ミリ以上になると動脈硬化と診断され、加齢性変化では10歳でおよそ0.1ミリ程度厚くなります。ですから動脈が5年間で0.05ミリ程度厚くなるのは仕方ないともいえますが、今回、夜に光を浴びて動脈硬化が進行していた人は3年後で8年分ほど分厚くなっていました」(大林医師)
最も血管に影響が少なかったグループは、寝室を“真っ暗”にして就寝していた。一方で、動脈硬化が進行していた群は、寝室で平均10ルクス程度の光を浴びていた。
ルクスというのは「光の強さ」を表す指標で、数字が大きいほど明るい光になる。
例えば月光は1ルクス、豆電球くらいの明るさが10ルクス、一般的なリビングは200~300ルクス、コンビニ照明が1000ルクスといった具合だ。つまり平均10ルクスはそれほど明るい光を浴びているわけではないのだが、布団に入ってテレビをつけたり、スマートフォンを見たり、あるいはキャンドルライトなどをつけっぱなしにして就寝すると、夜にそれくらいの光を浴び続けてしまうことになる。
「しかも、これは高齢者を中心にした研究でしたが、加齢に伴って水晶体(眼球内にあるレンズ)の透明性が低下することを考慮すると、若い人のほうが夜の光による悪影響を強く受けるのではないかと考えられます。寝室に光源となるものは持ち込まず、暗闇で眠ることを心がけましょう。私は就寝時にアイマスクを使用することを勧めています」(同)
■朝の光が「体内時計」を整える
なぜ夜の光がよくないのか。目から浴びる光は、体内時計に最も強く影響を与える。明治大学農学部の中村孝博教授がこう説明する。
「脳の奥に、体内時計の司令塔(中枢時計)が存在しています。中枢時計は平均して24時間より長い周期を刻んでいるため、毎日時計の針を合わせるリセットが必要で、それは主に“光を受けること”によって行われています。時刻調節をした中枢時計は、さまざまな臓器に存在する時計遺伝子(末梢時計)へ時刻情報を伝えます。それによってそれぞれの器官のリズムはつくられるんです。ですから朝に光を浴びれば、体内時計がスムーズに時刻合わせでき、規則正しいリズムを刻めます。
一方で夕方以降や眠っているときに強い光を浴びてしまうと、体内時計が昼と勘違いして誤作動を起こし、臓器の働きやホルモン分泌などに悪影響を及ぼしてしまいます」
米国ハーバード大学の研究で、夜間に100ルクスの光を浴びただけでメラトニン(睡眠ホルモン)が88%減少したという報告もあるほどだ。体内時計の乱れが睡眠障害を引き起こすことは国内外で多数報告がある。
■「夜の光の悪影響」を低下させる簡単習慣
「ほかにも体内時計のリズムが崩れると、高血圧や糖尿病、肥満のリスクが高まります。肥満になる要因のひとつに、体内時計が規則正しいリズムを刻めないと、食欲を増進させるホルモン(グレリン)が増え、食欲を抑制するホルモン(レプチン)が減ってしまうことが報告されています。平城京スタディでは朝や日中に浴びる光は“痩せる”作用があり、夕方以降は“太る”リスクを高めるという結果でした。具体的には、日中に光を浴びていない人ほど2年後の腹囲が増している。『肥満なし』の人は『肥満あり』の人より日中に光を浴び、夜は反対に浴びている光の量が少ないのです。中性脂肪やコレステロール値が上昇する脂質異常症、そして糖尿病も同様の傾向で、夜に光を浴びる人ほどリスクが高まる。先に紹介した動脈硬化も、こういった肥満や脂質異常症、糖尿病が影響を与えている面が少なくないでしょう」(大林医師)
できるだけ夕方以降は、光を浴びないほうがいいのだが、現代社会では難しい。そこで大林医師が提案するのが「日中に光をたくさん浴びること」だ。
「起床後すぐ、できれば4時間以内に30分程度外に出ると、体内時計がしっかりリセットされ、食欲に関わるホルモンも正常に分泌されると考えられます。また日中に光をたくさん浴びると、夜の光感受性が下がる、つまり夜の光の影響が小さくなることが報告されています。
1000ルクス以上の光を最低でも30分以上浴びると、夜の光の悪影響が低下すると考えられます」
■血圧や認知機能の改善にも効果アリ
さらに日中に光を浴びると、メラトニンを増やすこともわかっているという。メラトニンは睡眠を促す作用があるだけでなく、肥満予防にも関係し、首まわりや肩甲骨まわりにある「褐色脂肪細胞」の機能を高めるのだ(よく耳にする皮下脂肪と内臓脂肪は「白色脂肪細胞」といわれる)。
「褐色脂肪細胞は食事後に熱を産生し、脂質を燃やす働きがあります。メラトニンが十分に分泌されないと熱産生が低下し、それがエネルギー消費量の低さにつながって肥満になってしまうのです」
実はビタミンCより強力な抗酸化作用を持つメラトニンは、血圧降下や認知機能改善作用があり、“万能ホルモン”として知られる。メラトニン分泌量が多ければ膀胱の機能的容量が大きくなって夜間頻尿のリスクも下げる。
つまり日中に光を浴びることが、体内時計を規則的なリズムへと導き、メラトニンなどのホルモン分泌を促し、睡眠や全身の健康につながるということだ。オランダ国立神経科学研究所は、施設入所の高齢者189人を対象に日中の光と認知機能の関係を調べた。すると毎日9時から18時に1000ルクスの照明を浴びた群は、300ルクス(一般家庭の居間程度)しか浴びない群と比べて3年後の認知機能の低下が少なかったと報告している。
■日中は「窓際で過ごす」のがオススメ
大林医師は「現代人は日中に浴びる光が少ないのです」と指摘する。
「700万年という人類の進化の過程で、電球が発明された約140年前から光の浴び方が急激に変わりました。日の出とともに起き、日の入りとともに真っ暗闇の中で眠っていた古代人と比べると、現代人は日中に外に出ることが少なくなり、夜は外よりも明るい室内で過ごしている。このような一日に浴びる光の量の振幅(メリハリ)の少なさが健康によくない影響を与えていると考えています」
室内にいる場合も、東向きや南向きの部屋などの明るい場所で朝食を取ったり、日中は窓際で過ごすといい。
以前大林医師への取材時、私は室内の照度を測らせてもらったことがある。室内の中央が300ルクスに対して、その日は大雨で外は暗かったが窓際では2000ルクス以上を記録した。
日長時間(日の出から日の入りまでの長さ)が短くなっていくこれからの時期、「光を自分から浴びにいくことが必要」と大林医師は言う。ちなみに体内時計やメラトニンに関係する光は目から浴びればOKなので、サングラスをすると多少減少するが、日焼け止めを塗ったり、長袖を着て日を浴びても問題ない。
日中は光を浴びる、夜は浴びない――できるところから、光のメリハリを意識したい。

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笹井 恵里子(ささい・えりこ)

ノンフィクション作家、ジャーナリスト

1978年生まれ。本名・梨本恵里子「サンデー毎日」記者を経て、2018年よりフリーランスに。著書に『救急車が来なくなる日 医療崩壊と再生への道』(NHK出版新書)、プレジデントオンラインでの人気連載「こんな家に住んでいると人は死にます」に加筆した『潜入・ゴミ屋敷 孤立社会が生む新しい病』(中公新書ラクレ)、『老けない最強食』(文春新書)など。新著に『国民健康保険料が高すぎる! 保険料を下げる10のこと』(中公新書ラクレ)がある。

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(ノンフィクション作家、ジャーナリスト 笹井 恵里子)
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