オートロックや防犯カメラのあるマンションは、本当に安心なのか。犯罪学が専門の立正大学の小宮信夫教授は「侵入しようとすれば簡単に突破されてしまうので、過信は禁物だ。
これらの防犯設備よりも効果的なものがある」という――。
※本稿は、小宮信夫『犯罪者が目をつける「家」』(青春出版社)の一部を再編集したものです。
■オートロックは突破されやすい
マンションのオートロックを過信してはいけない。業者を騙られると、住民自らが建物内に招き入れてしまうことがあるからだ。
エントランスでインターホンが鳴らされると、住民は部屋のカメラで訪問者の姿を見ることができる。そのとき映っているのが作業着を着た人物だったら? さらに、「ガスメーターの点検で来ました」など、それらしい訪問理由を口にしたら?
マンション設備に関する点検・修理は、必ず事前に管理会社から連絡があるはずだから、「事前に知らせがない=怪しい」とチラリと感じても、「業者コスプレ」の相手をシャットアウトするのは心理的に難しい。
警戒してオートロックを解除しない賢明な住民もいるだろう。しかし、誰かが解除するまで、犯罪者側はインターホンを鳴らし続ければいいだけだ。わざわざ住民にオートロックを解除させなくても、住民の出入りに合わせてマンション内に侵入する「共連れ」という方法もある。住民だけでなく宅配便や工事会社のスタッフについてオートロックを突破するケースも多い。
■「大規模修繕の期間」が危ない
もし、あなたが外出先から戻ったときに、スマホをいじってエントランスで留まっている人物がいたら要注意だ。あなたが自動ドアのオートロックを解除したら、さりげなくついてきて建物内に入るつもりかもしれない。

エントランス付近で怪しい人物と遭遇したら、いったん、駐車場や駐輪場に戻ってタイミングをずらすか、あえて挨拶をしてみる。「どなたにご用ですか?」と声をかけるのもよいだろう。よからぬ企みをしている人物なら顔を見られるのを嫌って、そそくさとその場から立ち去るものだ。
マンションではオートロックがある安心感から、玄関の鍵をかけない住民もいるが油断は禁物だ。オートロックの突破はさほど難しいことではないのだ。業者のふりをして、住民の出入りに乗じて、マンション内に潜り込む方法はいくらでもある。侵入に成功した犯罪者は、あとは無施錠の部屋を1戸1戸探して目的を果たせばいい。
マンションの防犯面で、気を引き締めなければならないのが大規模修繕の期間だ。プロの空き巣は軽業師のような驚くべきテクニックを持っており、雨どいやわずかな凹凸を利用して9階や10階の部屋にも侵入する。私が見た現場では、隣接したマンションへ飛び移って犯行に及んでいた。
■“ネット”と“足場”が侵入を容易にする
プロの空き巣が大規模修繕時のマンションを見たら、どう思うだろうか。マンション全体を覆うネット、その内部には作業のために組まれた足場。
ネットが外部からの視線を遮断してくれるうえに、侵入に最適な「足場」まであるのだ。マンション全体が「入りやすく見えにくい場所」になっている。
階数が高い部屋の住民は、「この高さなら容易に侵入できないだろう」と高を括って、外出や就寝時に窓を開けたままのことが多いと聞くが、大規模修繕の期間は意識を変えなくてはいけない。これを機に補助錠を追加し、入念な戸締りを習慣化してほしい。
分譲マンションは管理人が常駐している物件が多く、管理人室はオートロックで開閉する自動ドアの手前、来訪者が押すインターホンと同じ空間にある。この位置関係は、管理人が内部と外部を隔てる「敷居」的な存在であることを象徴している。
居住者以外がマンション内部に入るには、「オートロック・防犯カメラ・管理人」という3つのチェックをパスしなくてはいけない。善良な人々にとってはなんら気になるものではないが、犯罪者にとってはいずれも妨害となるものであり、なかでも「管理人」は厄介な存在だ。
■「管理人の存在」は防犯効果が抜群
宅配便を装ってオートロックを突破しようにも、専用車両で乗り付けていない時点で管理人には見破られてしまう。それらしい作業服を着たところで、工事・点検のスケジュールをもれなく把握している管理人の目はごまかすことはできない。
前述した「共連れ」でオートロックを突破しようにも、管理人がいると呼び止められる可能性もある。声をかけられなかったとしても視線で追われるかもしれない。
「見えにくい」場所を好む犯罪者は、人目に身を晒すことは極力避けたいのだから、管理人の存在は防犯効果抜群だ。
ベテラン管理人は住民の顔や名前をしっかりと把握している。これは防犯面でたいへん心強い。敷地内や建物内で「見慣れない顔」に出会うと、「どなたの部屋をお探しですか?」とさりげなく声をかけ「住人ではないことに気づいているぞ」と牽制してくれるからだ。
こうして犯罪者にプレッシャーをかけられるのは管理人だけではない。なんといっても防犯の主役は住民自身だ。基本的なことだが、住民同士で日頃の挨拶を習慣化しておくことは防犯に欠かせない。小さなコミュニケーションでも、積み重ねることで「同じマンションの住民=防犯上の仲間」という連帯感が醸成される。
住民に会うたびに挨拶をしていたら、自ずと顔を覚えていくだろう。住民を把握するということは、つまり「住民以外に気がつける」ということであり、住民自身が「顔認証システムを備えた優れた防犯装置」として機能することになるのだ。
■「警備会社ステッカー」が有益な情報になる
テレビや雑誌の取材で実際に犯罪現場に行くことがある。現場をつぶさに観察し、「入りやすく見えにくい場所」にしてしまった要素を説明する。

大きく報道された事件現場で「なぜここが?」と疑問を抱いたケースはほぼ記憶にない。被害に遭われた方には酷な言い方になるが、残念ながら「起こるべくして起きた」と感じる場所ばかりであった。
家の立地や構造を大きく変えることは難しいが、それでも「入りやすく見えにくい場所」を「入りにくく見えやすい場所」に反転させる方法はあるものだ。
現場ごとに「人感センサーを設置すべき場所」「幕のように広がる植栽の処理」など、具体策を述べていくと「一番いいのは、警備会社と契約することじゃないですか?」と、問われることがある。
確かに警備会社との契約は安心感を高めてはくれる。しかし、決して万全ではない。慎重で狡猾な犯罪者は下見を欠かさない。ターゲットの家の玄関に警備会社のステッカーを発見したら「危ないから止めよう」とは考えない。それどころか、彼らにとっては「警備会社との契約」自体が有益な情報となるのだ。
■「入りにくく見えやすい場所」が第一条件
ステッカーを確認した犯罪者は、「この家には警備会社と契約する理由がある」と考える。理由の筆頭はもちろん「財産」だろう。続いて「外出が多い」「高齢者や子どもが留守番をしている」なども連想する。

リターンが大きそうな家だと結論づけたら、ターゲットの家と警備会社の最寄りの出張所がどれだけ離れているかを調べる。警報から警備会社到達までのおおよその時間を把握し、割り出した時間を基準に侵入から逃走までの計画を立てる。
警備会社が無意味だという意味ではない。もちろん、いざというときに警備会社の存在は心強い。
そもそも犯罪者が警備会社のステッカーを逆手にとって計画に突き進むのは、ターゲットの家が「入りやすく見えにくい場所」となっているからだ。ステッカーを護符として機能させるためには、自宅に下流の対策を施して「入りにくくて見えやすい場所」にしておくことが第一条件なのだ。

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小宮 信夫(こみや・のぶお)

立正大学教授、社会学博士

日本人として初めて英国ケンブリッジ大学大学院犯罪学研究科を修了。本田技研工業、法務省、国連アジア極東犯罪防止研修所などを経て現職。警察庁「持続可能な安全・安心まちづくりの推進方策に係る調査研究会」座長などを歴任。

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(立正大学教授、社会学博士 小宮 信夫)
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