■少子化は複合的な問題
日本の少子化が止まりません。2024年の出生数は68万6000人で、初めて70万人を下回り、合計特殊出生率は過去最低の1.15となりました。その結果、死亡数が出生数を大幅に上回り、想定以上の早さで少子化が進行しています。
こうした少子化の主要因は、よく指摘されるように「未婚化」にあります。いま、日本では50歳時点で未婚の人の割合が、男性で約3人に1人、女性で約5人に1人に達していますが、この婚姻数減少が、少子化を引き起こしています。
未婚化という現象は、「何か一つを変えればいい」という処方箋が見いだせない、複雑な現象です。一つのトピックだけをとりだしても全体像にはたどり着けませんし、全体像がわからなければ処方箋をまともに議論することもできません。
そこで本稿では、わかりにくい少子化現象の全体像を図表1にまとめ、この図を元に処方箋を議論してきましょう。今、巷で指摘される処方箋、たとえば「経済支援」や「育児支援」などがあまり期待できないことが見えてきます。
■消えた「自然な出会い」
まずは図表1上部の「結婚の『自己選択』化」から説明しましょう。
1980年代まで、日本の結婚は「お見合い」か「職場での出会い」が王道でした。
実はこれは日本の特殊な事情で、2005年の内閣府の調査では、職場・仕事関係での結婚はアメリカでは16%、フランスは10%であるのに対し、日本は39%。日本はダントツで「職場結婚」が多い国だったのです。
しかし、バブル崩壊後、職場はみるみるうちに変質します。
非正規雇用が拡大し、成果主義は広がり、職場のコミュニケーションは希薄化しました。近年はコロナ禍によるリモートワークの普及と飲み会の減少、ハラスメント防止の機運が重なります。
かくして男女の出会いは、親や知り合い、職場の上司や同僚からのつながりを経由しない、「自分で努力して探すもの」になりました。国立社会保障・人口問題研究所の研究によれば、1970年代以降の初婚率低下の約5割は見合い結婚の減少が、4割近くは職場経由の結婚の減少が原因とされています。婚活パーティー、マッチング・アプリ、結婚相談所……いずれも金銭的・時間的・心理的コストがかかるうえに、周囲の「おせっかい」ではなく、「自己選択」の時代が訪れました。
■結婚は「恋愛」ではなく「投資」になった
こうした出会いの減少を「量」の問題だとすると、次に、「質」の問題が重なります。
ここでの問題は、多くの女性にとって「釣り合う相手」が見つけにくくなったことです。
ここには「女性の上方婚」の規範があります。上方婚とは、「自分以上の社会階層の人と結婚したい」という意識です。ここ40年、未婚女性が感じる「結婚することの利点」として、「愛情を感じている人と暮らせる」が大きく減少し、「経済的余裕がもてる」が大きく上昇しています。これは男性よりもずっと高い数値です。
「自己選択化」した結婚は、恋愛ややすらぎといった情緒的な営みではなく、家族と家計のための「人生投資」的なものに近づいているのです。そうした時、「どうせ選ぶなら経済的に余裕のある人と」という感覚は女性を中心に上昇しています。
ちなみに、日本には、女性の上方婚規範が維持されやすい要素に「お小遣い制」という習慣があります。日本は他国と比べて妻が家計の管理を行うことが多い国。調査では約5割が妻によって管理されていると言われてます。つまり、夫の年収がそのまま妻がコントロールできるお金に直結し、女性が感じる生活の豊かさを直接左右しやすいのです。
■かくして、低年収男性と高年収女性が取り残される
この「上方婚規範」の組み合わせに、「女性活躍」のムーブメントが重なりました。
そうすると、イメージ図(図表3)にしたように、低年収の男性を選ぶ女性が減り、さらに上層の女性は「つり合う相手」がいないので未婚のまま残り、下層(低年収)の男性の未婚が増加することになります。これが「女性活躍」と「上方婚規範」が重なったときに起こる現象です。
実際に、年収と未婚率の関係を見てみると(図表4)、男性の低年収層は、女性と比べて圧倒的に未婚率が高くなっています。その一方で、女性の高年収層が男性よりもずいぶん未婚率が高いのもわかります。
■「若者を経済的に豊かにせよ」は正しいのか
さて、今、あらゆるところでこの未婚化への処方箋が叫ばれています。最も多く聞かれるのは、若い世代を「経済的に豊かにすること」や「家計をサポートすること」でしょう。テレビのコメンテーターなどの意見も、ほとんどこの論点に収れんしていくようになりました。
確かに、実質賃金が目減りしていく中で、家計の立て直しは急務です。しかし筆者は、こと未婚化という現象に対しては、幾つかの理由からこうした「経済的手当て」論は期待できないと考えています。
まず、今見たように未婚化は、「収入が低いから結婚できない」という単線的な原因で引き起こされていません。
もし仮に「男性の家計だけ」を豊かにする施策ができるなら別ですが、いまだに男女格差が国際的に見ても大きい日本で、性別で分ける施策が打てるわけがありません。
■「イクメン」「男性育休」は未婚化を止めるのか
もう一つよく言われる処方箋は、「男性の育児推進」です。女性が子供を産んだら家庭も仕事も全力でやることは負荷が高すぎる。そのため、男性が当たり前に育児に参加するようになれば、もっと子供を産みやすくなるというロジックです。
極めて低かった日本の男性の育児参加は、国の後押しもあり、今、大きく変わろうとしています。6歳未満の子どもを持つ男性の育児時間は1日あたり平均65分で、20年で2倍程度に伸びました(総務省・社会生活基本調査)。また男性育休の取得率は40.5%と、わずか1年で10ポイント余りも伸びました(2024年度・雇用均等基本調査)。
では、この流れが未婚化に歯止めをかけてくれるかというと、残念ながらそう簡単には話は進みません。
■男性が家事育児に参加しても女性の負担は減らない
図表1の左下部の赤い四角の部分、「家庭と仕事の両立規範」と「育児の肥大化」について説明しましょう。
育児の肥大化とは、ひとりの子供に費やすコストと願望水準が上がりつづけることを示しています。肥大化しているのは、たとえば、「時間」です。
家事は、男性と「シェア」することによって、女性が随分楽になっています。また、家具家電・冷凍食品などの発達による効率化もありそうです。
しかし、育児は違います。男性が参加を増やしたところで、女性が「手を抜く」ことができていません。父親の育児時間が伸びても、母親の時間が減らないため、夫婦で費やす時間がどんどん増えていそうなのです。
この背景には、男女の役割分担に関する規範が「非対称」であることがあります。女性が伝統的な男らしさ=仕事のフィールドに進出するのは歓迎されやすい一方で、「家庭での役割を手放す」のは難しいのです。これは、男性が育児参加しても「仕事を手放す」ことは難しく、専業主夫が一般化しないことと同じです。つまり、社会の「男らしさ・女らしさ」は、「足し算は歓迎されるが、引き算を受け入れにくい」ということです。これが「家庭と仕事の両立規範」の強化です。
■ステータス化する育児
さらに、育児の肥大化には、「お金」の面もあります。学校以外の子供一人当たりの月額教育費は、近年明確に増えていっています。図表6に示したソニー生命の調査では、ここ9年で1.6倍になっています。特に首都圏では私立小学校や中学受験のために、低学年から塾や習い事に通わせるケースが一般化していっています。
■SNSで煽られる、「ちゃんとした子育て」のスタンダード
こうした育児の肥大化に影響を与えるのが、経済学用語で「ステータス外部性」と呼ばれる現象です。これは他人の地位と自分を比較してしまうことで、自身への評価が変わってしまうことです。
育児は、「比較」にあふれています。「教室の中で浮いてしまう」「落ちこぼれ扱いされたくない」「うちの子だけかわいそうな思いをさせるわけにはいかない」……そうした言葉が象徴するように、クラス内の・友達内の・コミュニティ内のステータス外部性は、育児領域に大きく影を落としています。「他の家との比較」が、教育・育児のステータス競争を駆り立て、「期待値」の側面から育児の肥大化を進めていっていると筆者は考えています。
背景にあるのは、社会全体の孤独化の進展とSNSの普及のセットです。ネット上にあふれる「うまくいく育児の知恵」「より良い教育とは何か」「キャラ弁写真」……教育・育児に関するあらゆるコンテンツは、「他の家庭」と「うちの家庭」との比較を煽り続けています。
■SNSが「育児の肥大化」を招いている
そうしたことを裏付ける研究もすでにたくさんあります。SNSでの他者のキラキラした様子との比較が、自己評価の低下につながることは、多くの研究を集めたメタ分析で報告されています。「インスタもXも読んでるだけだから大丈夫」と思う読者もいるかもしれませんが、むしろ逆です。閲覧するだけの受動的な利用の方が、ネガティブな比較を誘発するという傾向も示されています(※1)。
婚外子が少ない日本では、結婚と子供を持つことが強く結びついています。育児の肥大化は、「子供を産んだときにかわいそうな思いをさせたくない」という思いにつながり、「それなら少しでも裕福な相手と結婚したい」という上方婚規範を維持・強化していきます。日本以上の少子化が進む韓国の研究では、こうしたステータス外部性さえなければ、出生率は現在よりなんと28%高くなっていたとする推計もでてきました(※2)。
「子育て支援」はそもそも未婚化を防ぐものではないのですが、この「育児の肥大化」は、そもそもの子育て支援そのものの効果を減じます。むしろ支援するからこそ育児に求めるスタンダードを肥大化させる、ないしはすでにさせている可能性すらあります。
昨今進められている高校までの教育無償化も、学校の教育費は下がるでしょうが、それにより私立に通わせようとする家庭が増えれば、結局「学校以外の教育費」が上がることが予想されます。「周りの友達は、みんな私立行くって言っている」という子供の声に抗うことができる親が、いまどれだけいるでしょうか。
※1 McComb, Carly A., Eric J. Vanman, and Stephanie J. Tobin. “A meta-analysis of the effects of social media exposure to upward comparison targets on self-evaluations and emotions.” Media Psychology 26.5 (2023): 612-635.
Ozimek, Phillip, et al. “The impact of social comparisons more related to ability vs. more related to opinion on well-being: An Instagram study.” Behavioral Sciences 13.10 (2023): 850.
Choi, Jounghwa. “Do Facebook and Instagram differ in their influence on life satisfaction? A study of college men and women in South Korea.” Cyberpsychology: Journal of Psychosocial Research on Cyberspace 16.1 (2022).
※2 Kim, Seongeun, Michele Tertilt, and Minchul Yum. “Status externalities in education and low birth rates in Korea.” American Economic Review 114.6 (2024): 1576-1611.
■日本の少子化対策は「足し算」ばかり
今見てきたように、日本の未婚化は単なる恋愛観の変化や、価値観の多様化などで引き起こされていません。「お金があったら結婚できる」というシンプルな話でもありません。このままでは、未婚化は止まらず、韓国のような「非婚社会」に一直線です。
では、処方箋はないのでしょうか。
少子化現象全体に影を落としているのは、人は、何かを「足し算」するのは得意だけど、「引き算」するのが苦手という心理です。この「足し算」のバイアスは、男女の役割にも、育児のステータス化にも、女性の上方婚規範にも影響しています。人は何かを得ることより失うリスクに過剰に反応するというのは、行動経済学でいう「損失回避」としても実証されてきているところです。
つまり、いまの未婚化のよく言われる処方箋、たとえば子育て支援も、教育無償化も、男性の育児参加も、家計支援も、すべて「足し算の発想」で、何かを「引き算」することにつながらないのです。
■足し算バイアスをどう弱めるか
こうした「足し算」バイアスは、お説教や「意識改革」のようなものでは変えるのは難しいでしょう。
このステータス外部性を弱めるには、比較する集団の「軸」をたくさん持つことです。それを「準拠集団」と言いますが、例えば、「教室の中」や「同級生の親同士」、「SNSのインフルエンサー」といった比較の輪が狭ければ狭いほど、ステータス外部性は強化されます。
このような重要な他者とのつながりの多さや厚みのことを、社会学ではソーシャル・キャピタルと言います。近年の研究では、このソーシャル・キャピタルが低い場合には、隣に住んでいる人の所得が高いほど幸福感が低下しやすいことが示されています。つまり、見ている対象以外のつながりが少ないと、ついついその対象とだけ比べてしまうということでしょう。消費についても、ソーシャル・キャピタルが豊かだと「見栄消費」が少なくなる傾向が見られました。つまり、「自分にとって大事な人や集団」の分厚さや種類の多さが、他人との比較圧力を緩和する働きが期待できるのです。
■既婚でも未婚でも「だれかと生きられる社会」にしよう
つまり、政策としてできるのは、孤独対策を本格化させソーシャル・キャピタルを厚くすることで、これ以上の育児の肥大化を抑えることです。そもそもソーシャル・キャピタルの蓄積は、ウェルビーイングにも健康にもプラスの影響があることが数多く実証されてきています(※3)。育児支援はすでに「独身税」と批判されるようにもなりました。より社会全体の幸福に寄与する施策の方に、限られた予算をかけていくことを提案します。
つまり、未婚化そのものを問題視するより、未婚だろうが既婚だろうが「誰かとともに生きられる」社会をどうつくるか。「一人で生きられるから」と言いながら孤独になり、他人との比較に振り回されるような心性を抑えること。それが、まわりまわって結婚しやすく育児しやすい社会を創るのではと筆者は考えています。
※3 Itaya, Jun‐ichi, and Christopher Tsoukis. "Social capital and the status externality." International Journal of Economic Theory 18.2 (2022): 154-181.
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小林 祐児(こばやし・ゆうじ)
パーソル総合研究所上席主任研究員
上智大学大学院総合人間科学研究科社会学専攻博士前期課程修了。NHK放送文化研究所に勤務後、総合マーケティングリサーチファームを経て、2015年パーソル総合研究所入社。労働・組織・雇用に関する多様なテーマの調査・研究を行う。専門分野は人的資源管理論・理論社会学。『働くみんなの必修講義 転職学 人生が豊かになる科学的なキャリア行動とは』(KADOKAWA)、『残業学 明日からどう働くか、どう働いてもらうのか?』(光文社)、『会社人生を後悔しない40代からの仕事術』(ダイヤモンド社)など共著書多数。新著に『リスキリングは経営課題~日本企業の「学びとキャリア」考』(光文社新書)、『罰ゲーム化する管理職 バグだらけの職場の修正法』(インターナショナル新書)がある。
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(パーソル総合研究所上席主任研究員 小林 祐児)