日本のスーパーで業界再編が進んでいる。流通アナリストの中井彰人さんは「埼玉県郊外を地盤とするヤオコーは、この5年ほどの間に首都圏で最も成長したスーパーと言っていい。
10月にはホールディングス体制への移行を予定しており、業界覇権を競うための同盟者を求めているのだろう」という――。
■日本のスーパー特有の地域分散構造
日本では地域ごとに頑張っているスーパーマーケットがあり、その名前を聞けば、その人がどのあたりの出身かわかる、というような話はご存じの方も多いのではないか。我々日本人的には違和感のないこの業界構造は、チェーンストアの本家、欧米においては既に過去のものであり、上位企業による寡占化はかなり進行している。
日本にスーパーというチェーンストアが導入されて50~60年経つが、トップのイオンでさえ1割ちょっとのシェアしか持ってない。これは欧米小売業からすれば、日本の小売業はまだ発展途上であると見えるようで、ウォルマートやカルフールといったグローバル大手小売が進出してきたこともあったが、いずれも成果を出すことはなく、撤退に追い込まれている。
ただ、こうした地域分散の構造は、スーパー業界だけのようで、コンビニ、ホームセンター、ドラッグストアなどの隣接業界ではかなり寡占化は進んでいる。どうしてそうなのか、ということについては実はあまり明快な答えが浸透していないようだ。
■「集中化による規模の利益」が働かない構造
生成AIにこのことを尋ねると、①地域ごとに強い地域密着型のスーパーがある②地域ごとの地理的分断③地域ごとの食文化のこだわり④大店法等、過去の規制の影響⑤低価格競争による低収益性、などが列挙されたが、どれも最大の要因とは言えない。日本のスーパーが寡占化していない要因は、生鮮食品を各店舗のバックヤードで分散して、流通加工(小分け、パック詰めする作業)するインストアオペレーションが採用されているため、集中化による規模の利益が働かなかったから、これが正解である。
チェーンストアは標準化(統一された店舗、売場、統一されたマニュアル……)と集中化(本部仕入、物流のセンター化……)によって効率性を高めることで、安さ、品質を向上させることが基本である。だが、日本のスーパーは店舗ごとに流通加工が分散していて労働集約的な構造になっており、規模が大きくなっても、競争力に直結しない面があった。逆に言えば、流通加工を1カ所に集中して店舗に配送する方式に変えることで、生産性を上げることが可能だ、ということでもある。
では、なぜ最初からそうなっていないのか、という背景には日本独特の理由があった。
■効率化を実現しつつも品質の高さもキープする改善
日本には魚食、生食の文化があり、消費者は生鮮品の鮮度には非常に敏感であった。そのため、日本のスーパーでは生鮮品の流通加工を店舗のバックヤードで処理して、かつ、その様子を「今切りました、今詰めました」と、来店客に見せることで、鮮度をアピールするインストア方式が主流になっている。スーパーの生鮮売場の壁面がガラス張りで作業場が見えるのは、これを見せるためである。
こうした労働集約的な手法が続けられたのは、デフレ時代は非正規の労働力を低コストで集めることができたからである。スーパーの労働分配率(付加価値に占める人件費の割合)は他の小売業に比べてもかなり高いのだが、これまではそれでもなんとかやってこれたのだ。しかし、人手不足時代の到来を予測していた大手スーパーは、並行して、この労働集約的体制から脱却する準備も進めていた。ITや保存技術の進歩や配送効率の改善によって、この構造を打破して生産性向上に取り組んでいたのだ。
ざっくり言えば、加工工程を細分化して最終工程以外を集中センターで処理し、最後は少ない工程のみを店舗バックヤードで完成させることで、大幅な効率化を実現しつつある。こうした改善の筆頭が、イオンでありヨークベニマル(セブン&アイ⇒ヨークHD)といった大手スーパーであり、中でも、地場独立系大手ヤオコーは、効率化を実施しつつ、品質でも最も消費者の評価が高いスーパーである。
■首都圏中心部のオーケー、郊外部のヤオコー
埼玉県の小川町という小さな町の八百屋から出たヤオコーは、36期連続増収増益(継続中)という輝かしい歴史を経て、今や売上規模でも、首都圏ではイオン、イトーヨーカ堂に次ぐ、大手食品スーパーとなっている(図表1)。
イオンは、マルエツ、カスミ、いなげやなど首都圏有力スーパーを統合したUSMHに、今後、関東のダイエー、イオンマーケットなども統合する予定だ。
売上1兆円超となり、まいばすけっと等と合わせて首都圏でトップシェアを確立している。
かつてのトップシェア、イトーヨーカ堂は大規模な店舗スクラップを実施しており、現在の2位から更に順位を下げることは確実になった。今後は3位ヤオコー、4位オーケーが競いながら、統合でトップシェアになったイオンにどこまで迫るか、ということが注目されている。この両者、数字では競い合っているが、実は直接対決している現場はほとんどない。それは彼らの出店エリアが、首都圏中心部のオーケー、郊外部のヤオコーと棲み分けているからである。
■国道16号線を境界線に異なる買い物スタイル
ヤオコーは埼玉県の郊外地域を地盤としているため、郊外ロードサイド(買物移動手段がクルマとなっているエリア)を中心に店舗展開している。ちなみに、首都圏は国道16号線あたりを境に買物の移動手段が異なり、内側の中心部は電車・バス・自転車、外側はクルマ、とざっくり分かれており、スーパーやドラッグストアなどの生活必需品を売る店の店舗のスタイルもかなり違う。
ロードサイドでは幹線道路沿いで、広い駐車場を備え、ドラッグストア、100均などを併設し、広い売場を備えて品揃えが豊富であって、価格も相応に安いこと、が求められている。ヤオコーの店舗配置をみると、23区~京浜間にはほとんど店がない。その広い店舗を実現するためには、中心部の不動産コストが高すぎるため、出店に二の足を踏んでいたからである(図表2、図表3)。
■この5年ほどの間に首都圏で最も成長したスーパー
ヤオコーはこの5年ほどの間に、首都圏で最も成長したスーパーである(図表1)。なぜそんなに支持されているか。
ざっくり言うと、デパ地下とまではいかないまでも、郊外でもおいしい食事をリーズナブルに食べられる、という品揃えを徹底していることになるだろう。
生鮮品の品質、鮮度がいいことはもとより、惣菜の豊富さ、品質の高さとコスパの良さで、高水準の評価がされていることは業界内でも自他ともに認めるレベルである。ただ、コスパはいいが、絶対価格として安いとは言い切れないため、その支持は子育てが終わった中高年世帯でより高いという。
その競争力の高さは、経営指標などのデータをみても、明らか。上場企業と財務データを公表している有力企業の戦力指標を抽出して比較すると、ヤオコーは常に上位を確保している。店舗あたり売上高(店舗単位の集客力)はオーケーに次ぐ2位、既存店売上増減率(店舗の持続力)もマミーマートに次いで2位、在庫回転率(商品の売れ行き)もオーケーに次いで2位、売場面積あたりの売上(設備あたりの販売力)はオーケー、サミットに次いで3位となっている(図表4、図表5)。
これらは、店舗現場の競争力に直結する指標で、この数字だけでもヤオコーの強さがわかるのだが、さらに言えば、オーケー、サミットは首都圏中心部の人口密集地での成績であるため、人口密度の低い郊外部で同等の数字を出すヤオコーは実質トップの実力だとみられている。これらが相まって、株式時価総額においては圧倒的なトップの評価となっているのであろう。
■イオンも首都圏子会社の再編を発表
そんなヤオコーが2025年10月、持株会社ブルーゾーンホールディングスを設立し、ホールディングス体制に移行するという。そのこころは見た通り、来るべきスーパー業界再編に備えて、共に戦う同志を迎え入れるための受け皿体制を整備したことに他ならない。そういえば、イオンも首都圏子会社を再編してUSMHを1兆円超にすることを発表したのは、つい最近だ。なぜ、今、そんな話かと言えば、デフレからインフレに世の中が転換したことで、食品スーパー各社は、これまでの延長線上では生きていけなくなったからだ。

その背景が冒頭に書いたスーパー業界の現状である。人手不足と人件費高騰によって、店舗ごとのインストア加工は既に採算が合わなくなってきている。加えて、光熱費の高騰は冷蔵冷凍売場の多いスーパーのコストを引き上げた。そして、極め付きは、物価高騰に賃上げが追い付かない実質賃金マイナス状況が何年も続いていることで、消費者の節約意識が急速に強まり、スーパーの価格転嫁が難しくなっていることだろう。これによりスーパーの収益が、かなり押し下げられつつある。これまでの労働集約的なオペレーションを維持することはもうできなくなるのである。
こうなると、センター集中供給の体制を整えている大手が俄然、有利になってくる。規模の利益が一気に効くようになるためであり、集中センターに大型の投資が出来ない中堅中小は、大手との同盟によってインフラを共有するしかない。だから、ヤオコーは今、旗頭として名乗りを上げ、同志を募ることを宣言したのである。
■業界覇権を競うための「同盟者」を求めている
ただ、ヤオコーは、駆け込み寺を始めるというつもりもなく、今後、業界覇権を競うための同盟者を求めているのであり、相応の戦力、戦略的価値を有する有力企業であることが同志としての要件になるのだろう。これまでグループに参加しているエイヴイ、せんどうをみると、エイヴイは売上800億円弱、高い収益力を持ち、財務安定性も高く、グループが手薄な神奈川県東南部を店勢圏としている。せんどうは売上500億円弱、相応の収益力ながら財務安定性はかなり高く、グループが手薄な千葉県房総エリアに展開している。
両社とも企業としての実力、グループとしての戦略的価値を兼ね備えた存在であることがわかるだろう。
経済環境がインフレへと転換した今、スーパー業界の生き残りの条件には、投資余力を備えた一定の事業規模が必要な時代になった。この変化は地域ごとに割拠してきた中堅中小スーパーに再編を迫ることになるが、椅子取りゲームの残席数はそう多くはない。規模の利益は働かない、という過去の業界常識に囚われている企業は、気が付いた時には周囲を大手グループとなったかつてのライバルに囲まれているかもしれない。ヤオコーが、ブルーゾーンという聞きなれない名前をつけるというのも、時代が大きく変わったこと、自らも変わっていくことを宣言している、と思うのである。

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中井 彰人(なかい・あきひと)

流通アナリスト

みずほ銀行産業調査部を経て、nakaja lab代表取締役。執筆、講演活動を中心に、ベンチャー支援、地方活性化支援なども手掛ける。著書『図解即戦力 小売業界』(技術評論社)、共著『小売ビジネス』(クロスメディア・パブリッシング)。東洋経済オンラインアワード2023ニューウエーヴ賞受賞。

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(流通アナリスト 中井 彰人)
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