■不動産市場に半年間で3兆円が流れ込む
2025年1~6月、わが国における不動産投資額は、前年同期比22%増の3兆1932億円だった。米不動産関連企業のジョーンズラングラサール(JLL)が推計結果を発表した。
2007年の調査開始以来、上期の投資額が3兆円を超えたのははじめてだという。2025年通年では6兆円近くに達するとの試算もある。
注目すべきは、海外からの資金流入の増加だ。今年上期の不動産取引額の34%を外国人投資家が占めた。その背景には、わが国の実質金利(名目金利-物価上昇率)がマイナスであることだ。つまり、お金を借りても、返済するときにはお金の価値が下落している=お金の借り得ということになる。
わが国の金利が本格的に上がるには、まだ時間がかかりそうだ。つまり当面、投資家にとって不動産投資に有利な条件が続くことになる。
一方、不動産価格の上昇は、わたしたちのくらしに無視できない影響を与える。住宅価格、家賃の上昇は家計にとって打撃だ。米トランプ政権の政策などにより、今後、世界の経済や金融市場が不安定になることも想定される。物価や不動産価格の上昇で、私たちの生活は一段と厳しくなることも考えられる。

■脱コロナでオフィスは埋まりつつある
近年、わが国の不動産価格は上昇が鮮明化した。JLLによれば、本年の上期、世界の主要都市における不動産投資額で、東京はトップだったという。国内不動産投資のうち53%はオフィスが占めた。地域別の内訳をみると、千代田、中央、港、新宿、渋谷の東京都心5区の投資額が56%を占めた。
コロナ禍の収束以降、わが国では在宅勤務を減らし、オフィス勤務メインに切り替える企業が増えている。ある調査によると、8月、東京のビジネス地区における平均空室率は2.85%だった。前年同月の4.76%、2023年8月の6.40%からの低下ペースは急速だ。シンガポール、ロンドン、香港、ニューヨークと比較すると、わが国のオフィス空室率は低い。
8月の平均賃料(円/坪)は2万1027円、前年同月比4.6%上昇した。供給されたオフィスに順調に借り手が入り、需給バランスはタイト化している。
事業用不動産サービス大手のCBREによると、直近の約3年間、東京・大手町のオフィスビルの平均利回りは3.15%程度だ。これが大阪だと4.30%前後の利回りが出る。
データセンターや物流施設が増えている、千葉県、埼玉県、神奈川県でも商業用不動産投資は増えた。
また、わが国の人口の減少で人手不足が進み、企業が優秀な人材を確保するために、交通アクセスのよい都心に、新たに高機能のオフィスを設ける必要性は高まっている。アジア事業の拠点として日本を重視する多国籍企業も少なくない。
■23区の中古マンションも最高値を更新中
住宅の価格も上昇傾向にある。今年7月、東京23区の中古マンションの平均価格は、前年同月比38%上昇の1億477万円で最高値を更新した。上昇は15カ月連続だ。大阪や福岡なども同様だ。住宅価格の上昇は、実需(実際に家に住むニーズ)に加え、オフィス同様、投資資金の影響もある。
2025年の年初以降、賃料収入の増加や中長期的な物件価格の上昇を狙って、内外の投資ファンドが投資を積み増した。主なところでは、米ブラックストーン、シンガポール系ファンドのGIC、UAE政府系ファンドのムバダラは、国内物流施設やオフィスさらには住宅向けの投資ファンドも設定した。香港の投資ファンドも1兆円規模の国内不動産投資ファンドを設定した。
■投資家が喜ぶ「実質金利マイナス」の恩恵
投資家にとって、わが国の“実質金利”がマイナスであることは重要だ。
実質金利は名目金利からインフレ率を引いた数値だ。足元の消費者物価指数を使って2年の実質金利を計算すると、わが国の実質金利は2%程度のマイナス。それに比べて、米国は0.6%程度のプラス、ドイツは0.2%程度のプラスだ。
実質金利がマイナスということは、言ってみれば、マイナスの金利でお金を借りることができるということだ。投資をするのは有利な条件といえる。
日銀は昨年3月にマイナス金利政策を解除し、今年1月に17年ぶりに政策金利を0.50%に引き上げた。それでも実質金利はマイナス水準に沈んでいる。当面、実質金利のマイナスは続くとみられる。
実質金利がプラスである海外の投資家にとって、わが国の不動産は収益を増やす魅力的な投資対象なのである。日銀は利上げにかなり慎重で、わが国の実質金利がプラス圏に浮上するには時間がかかるとの見方は多い。海外投資家には大きなチャンスが続いている。
■大幅な円安でさらに「お買い得」に
また、わが国では利ザヤを稼ぐため、不動産関連の融資を増やそうとする銀行は増えた。
不動産企業に加え、鉄道、一般企業なども不動産事業を重視し、インバウンド需要の取り込みにつなげようとしている。そうした経済環境の変化も、海外投資家がわが国の不動産市場に資金を振り向ける要因だ。
さらに、円安傾向であることも、海外投資家の国内不動産投資の増加につながっている。2021年1月以降、為替相場は40%以上ドル高・円安だ。ユーロやカナダドルも30%以上、円に対して上昇した。アジア通貨では、シンガポールドルが約47%、香港ドルは42%、対円で上昇した。
海外投資家にとって、円安でわが国の不動産は買いやすい。海外投資ファンドの対日不動産投資熱は高い。中には3兆円超のファンドを設定し、8割以上を日本に投資する運用者もいるようだ。
■「ふつうの日本人」の住む場所が奪われる
わが国でも、インフレの中で、不動産投資を重視する個人や機関投資家は増えた。投資用のローンを組んで、マンション投資を行う個人も多い。当面、首都圏を中心に不動産の価格は、下がりにくい状況が続くだろう。

不動産の価格上昇は、住宅購入者にとっては大きなマイナスになる。これから社会に出る若者や、新たに住居を持とうとする人に重大な制約要因だ。
そうした負の影響は、これから一段と深刻化する可能性が高い。就職・所得機会が豊富な首都圏での生活を希望したものの、思ったように住む場所を手に入れられない人が増えるかもしれない。それによって、社会心理が不安定化する恐れもある。
不動産価格高騰を阻止するため、「政府は海外投資家の不動産投資や取得の規制を引き上げるべき」と指摘もある。実際、韓国、米国、カナダ、シンガポール、オーストラリアは、外国人による不動産購入への規制を強化した。
■令和の「不動産バブル」もいつか弾ける
もう一つ無視できないのは、不動産価格の下落リスクだ。ここへ来て、世界経済の先行き不透明感は高まっている。米国では、トランプ政権の政策で労働市場は急減速し、個人消費が腰折れになる恐れが高まった。中国経済はかなり厳しい。そうなると、世界経済を牽引できる国は見当たらない。

そうなると、株式や不動産などのリスク資産の価格がいつまでも上昇し続けるとは考えづらい。何かをきっかけに、世界の投資家心理がリスク回避に傾くと、世界の投資資金のフローは変化するだろう。
それに伴い、国内のオフィスなどを売りに回る投資ファンドは増えるはずだ。不動産ファンドからの資金流出は加速し、運営企業がレバレッジの引き下げに追い込まれる恐れもある。
今すぐではないものの、そうした変化が発生すると、これまでとは逆に不動産の価格に下押し圧力がかかる。資産価格の下落は、負の資産効果として消費者や企業経営者のマインドを悪化させる。少し長めの時間軸で考えると、どこかで不動産投資はピークをつけ下落に転じ、わが国の経済・金融市場に下押し圧力がかかるだろう。そのリスクは頭のどこかに入れておいたほうがよい。

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真壁 昭夫(まかべ・あきお)

多摩大学特別招聘教授

1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授、法政大学院教授などを経て、2022年から現職。

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(多摩大学特別招聘教授 真壁 昭夫)
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