時間があっという間にすぎるような充実した日々を過ごせる人は何が違うのか。脳神経外科医の東島威史氏は「時間感覚は、脳神経外科に携わる僕にとって興味深いトピックだ。
有力な説のなかに、『時間感覚は心拍数と関係がある』というものがある」という――。
※本稿は、東島威史『不夜脳 脳がほしがる本当の休息』(サンマーク出版)の一部を再編集したものです。
■時間感覚の差はどこから生じるのか
「30秒経ったと感じたら、ストップウォッチを止めてください」
「時間感覚」は、脳神経外科に携わる僕にとって興味深いトピックだ。脳と時間の関係は依然としてブラックボックスで、だからこそ惹かれてやまないものがある。
有力な説のなかに、「時間感覚は心拍数と関係がある」というものがある。心拍数が速い状態と遅い状態では、時間の感じ方がだいぶ違うとされている。
名探偵コナンの映画では(劇場版『名探偵コナン 天国へのカウントダウン』)、少年探偵団の光彦が「30秒当てゲーム」を提案する。これは心の中で30秒を数えてストップウォッチを止める遊びだ。同じく探偵団の歩美は30秒をぴたりとカウントし、彼女はこんな意味のことを語る。
「コナンくんの隣にいるとドキドキして、胸の鼓動で30秒経ったとわかる」
まるで「適度な心拍数が時間感覚を研ぎ澄ます」と証明するエピソードのようだ。
コナンに好意を寄せる歩美の時間感覚は正確だったが、なんといっても彼女は若い。だが、年齢を重ねたらどうだろう?
■高齢者の動作が遅い要因は「時間感覚」
先日、大通り沿いの横断歩道が見えるコーヒーショップで、資料を読んでいたときのこと。
80代くらいの男性が、ゆっくりと道路を横断していた。幸い、赤に変わるまでは時間をたっぷりとっている信号だったが、「渡りきれないのではないか」と心配になるほど、その歩みはのんびりとしていた。
高齢者の動作が遅くなるのは、歩行に限ったことではない。話すこと、ものを動かすこと、文字を書くこと、食べること、すべてのスピードが遅くなる。これは老化現象といっていいだろう。
人間の時間感覚を定量化するために、よく使われている手法の一つに「タイムプロダクション」がある。光彦が提案した「30秒経ったと感じたら、ストップウォッチを止める」と同じ方法である。
これを全くまっさらな状態でやると、高齢者はだいたい35秒ぐらいで「よし! 30秒経った」とストップウォッチを止める。外の世界の30秒が、彼・彼女たちの中では1.2倍になっているのだ。
日本の場合、横断歩道の「青」の最長時間は2分程度だというが、ゆったりと横断歩道を渡る高齢者は、もしかしたら2分ギリギリになっているというのに「まだ20秒近くある」と悠々としているのかもしれない。
■人は脳の複数箇所で時間を感じている
人はどのようにして時間を感じているのか。実は、脳のうちの「時間を感じる場所」は一つではなさそうだ。

コンマ数秒のとても短い時間を感じる場所は小脳、数秒から1分以内ぐらいの時間を感じる場所は大脳基底核という説が有力だ。数時間、1日という長い時間になると、頭のてっぺんにある頭頂葉の右側で感じていると言われている。
秒、分、時間と日はそれぞれ感じる場所だけではなく、機序も違う。それらが組み合わさって「時間を感じる」のだから、人それぞれ、また年齢ごとに、複雑な時間を体感しているはずだ。
■なぜ「楽しい時間はあっという間」なのか
時間感覚については年齢以外にもいくつか変動させる要因があるが、その中でも有名なのが次の2つだ。
1.ドーパミン仮説

2.心拍数が関係する仮説
1つ目は、「快楽ホルモン」とも言われるドーパミンが多く分泌されているほど時間の流れがあっという間に感じ、ドーパミンが足りないと時間がゆっくりと流れるというものだ(少し紛らわしいが、早く感じるとは実際の2時間が1時間だと思いこむことで、ゆっくりに感じるとは実際の1時間を2時間だと思うということだ)。これは、心拍数と無関係に起こる。
ドーパミンが不足する病気に、「パーキンソン病」がある。パーキンソン病では動作が緩慢になるのが特徴だ。
この病気の患者さんがタイムプロダクションをやると、10%前後時間を短めに計測する。僕たちにとっての100秒が、100秒だと感じてストップウォッチを止めてしまうのだ。
そして、治療薬であるドーパミンが増える薬を飲むと時間感覚は正常に戻る。

ちなみに正常な人がこの薬を飲んでも、時間感覚がズレたりしない。「ドーパミンが不足したとき」に時間がゆっくりになっていると感じるのだ。
■患者に「推し活」を推奨する理由
「いくつになってもときめいていたいから推し活をする」
患者さんからこんな話を聞くと、僕は「大いにやってください!」と推奨することにしている。「ドキドキ」とは心拍数の上昇で、これは確実に刺激である。心拍数の上下は大脳皮質がカウントしていて、時間感覚を左右する。
また、心臓と脳は連動していて、ドクンドクンという心臓の脈動に合わせて、脳もドクンドクンと脈動している。脳にはこの脈動で起こる電気活動があり、Heartbeat evoked potential、略してHEPと呼ばれている。
ランニングをして息が上がり、かなりドキドキしているときに、先ほどの「タイムプロダクション」をすると、その人が感じる時間は長くなる。現実の「30秒」という時間がもっと長く感じられているということだ。
ドキドキして心拍数が上がっていると、100秒だと思ってストップウォッチを止めても、実際は90秒しか経っていない。しかし、落ち着いて安静にしているときだと、感じる時間は現実と同じ「100秒」になる。
■心がときめいている人ほど「時間が長い」
高齢者の場合、慢性的な刺激不足でドキドキしなくなると、「ぼーっとしていたら、思ったより長い時間が経っていて、1日がすぐ終わってしまう(100秒だと思ってストップウォッチを止めたら、110秒経っていた、の繰り返し)」となる。

胸のときめきやドーパミンのように、脳には刺激が大切であり、脈動も立派な刺激だ。
たとえばランニングなど運動のドキドキは、心拍数が上がって脳に刺激を与える。歩美のドキドキや推し活のドキドキよりも、さらに強い刺激だ。
そうすると、脳が感じる時間は実際よりも長くなり、たくさんの情報を処理しやすくなる。これは、覚醒度とも関連している。ドキドキしている→脳が覚醒状態になる→たくさんの情報を処理しやすくなる、という理屈だ。
仕事のストレスという「悪いドキドキ」であっても刺激になる。
僕たちは悪いドキドキをしばしば経験している。たとえば、苦手な上司に細かいことで叱られる、大きなプレゼンで緊張する……。
これらの「ドキドキ」こそが、24時間で25時間分の時間をプロダクション(生産)してくれる。
時間は平等なんかではなく、ドキドキしている人にたくさん与えられるのだ。

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東島 威史(ひがしじま・たけふみ)

脳神経外科医

医学博士。
専門は機能脳神経外科(脳神経外科専門医・指導医、てんかん専門医)。トゥレット症候群やイップスなどの希少疾患をはじめ、パーキンソン病やてんかんに対する脳手術を多数経験。実際に脳に触れ、切除し、電気刺激をする経験から脳機能を学ぶ。臨床の傍ら研究費を取得し、大学の研究員として脳機能研究も精力的に行う。2019年から横浜市立大学附属市民総合医療センター助教、2025年より横須賀市立総合医療センターに「ふるえ治療センター」を設立、センター長を務める。また、プロ麻雀士の顔ももち、脳の機能と活性化について臨床研究にいそしむ。2020年から子ども麻雀教室で行った研究で「子どもが麻雀をすると知能指数が上昇する」ことを示し、心理学のジャーナルに論文を発表した。著書に『頭がよくなる!子ども麻雀』(世界文化社)がある。

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(脳神経外科医 東島 威史)
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