※本稿は、松村真宏『なぜ人は穴があると覗いてしまうのか 人を“その気”にさせる仕掛学入門』(幻冬舎新書)の一部を再編集したものです。
■人を引きつける“良い仕掛け”の条件
「仕掛け」は一般的にはたくらみや戦略といった意味で用いられる言葉ですが、仕掛学における「仕掛け」には厳密な定義があります。「仕掛け」が満たすべき要件に「公平性(Fairness)」「誘引性(Attractiveness)」「目的の二重性(Duality of purpose)」の3つを掲げています。それぞれの頭文字をとり「FAD要件」と呼んでいます。
■【公平性:平等に利益を得られる】
公平性とは、仕掛けた側と仕掛けられた側の双方が同じように利益を得ることです。仕掛けが成功することで、利己的な目的と利他的な目的が同時に満たされることが大前提です。仕掛けた側だけが利益を得て、仕掛けられた側が損をすることがあってはならないのです。
また、仕掛けではあえて“ネタバレ”をよしとしています。仕掛けられた人が気づいたときに、不快に思うようなものは使いません。
たとえば、商品の表示や広告に消費者の心理や錯覚を巧みに利用する方法がありますが、たとえ違法でなくても結果的に消費者が「うまい言葉に乗せられてしまった!」と不快に思うようなものは仕掛けではありません。
■【誘引性:ついしたくなる】
誘引性とは、ある行為に誘い引き込むこと。つまり、仕掛けを見たとき「ついしたくなる」性質を持つものを指します。原因やきっかけを表す「誘因」ではなく、人を引きつける「誘引」であることに注意してください。
仕掛学の基本は、人の「やりたい」という気持ちを使って行為を促すことなので、誘引性は非常に重要なポイントです。あくまで仕掛けられた側が自由な意思で行動を判断することが大事です。
「ゴールにシュートしたい」「的に当てたい」「楽器を弾いてみたい」「筒のなかを覗いてみたい」などの実例を眺めていると、人が本能的にどんなものに興味を持ち引きつけられるのかがわかってきます。
■【目的の二重性:二つの目的を叶える】
目的の二重性とは、仕掛けた側と仕掛けられた側とで目的が異なるという意味です。
たとえば大学のキャンパスに「バスケットゴール付きゴミ箱」を置いた事例があります。仕掛けた側の目的は「ゴミをゴミ箱に入れてもらう」という課題解決です。
この目的を達成したい人が、自分の目的を広くみんなに共有してもらおうと「ゴミはゴミ箱に入れましょう」と貼り紙をするのは正攻法ですが、人は正論で動くわけではないので、必ずしもうまくいくとは限りません。
■隠された意図に気づいても不快にはならない
一方、仕掛学では仕掛けられた側に「バスケットゴールにシュートしたい」という別の目的を提示します。すると同じ行為がふたつの目的で共有されることになります。
つまり目的の二重性とは、与えられた課題を別の課題にすり替えることで解きやすくするアプローチということができます。
仕掛けには仕掛けた側の目的は明示されていないので、仕掛けられた側は「課題を解決する」という隠された目的を意識することなく行動します。また、仕掛けられた側はたとえ仕掛けた側の意図に気づいても不快とは感じず、行動の妨げにならないという点も重要な条件です。
以上がFAD要件ですが、これら3つの要件が満たされていれば仕掛けと認めることができます。また、当初仕掛けとして作られたものでなくても、結果的にFAD要件を満たしていれば仕掛けとみなすことができます。
■仕掛けに「ユーモア」が必要な理由
FAD要件に加え、仕掛学におけるもうひとつの重要な要素がユーモアです。
仕掛けには「相手を不快にしてはならない」という要件がありますが、何を不快と感じるかは人によって異なります。仕掛けといたずらは紙一重なので、こちらに悪気がなくても「仕掛けられた」と感じただけで嫌な気分になる人がいるかもしれません。とくに「こうあるべき」と正論で考えがちな人は、仕掛けに気づいたときに不快にならないとは限りません。
こうした摩擦を和らげてくれるのがユーモアです。
ユーモアには人の視点を変える力があります。
仕掛けを社会に導入する際には多くの人に受け入れてもらう必要があるので、ユーモアをともなうことがとても大切です。
■意外な方法でティッシュを配った結果は
ユーモアの実例を見てみましょう。
新型コロナウイルス感染症が広まったとき、感染予防対策として他者との距離をじゅうぶんにとり、接触を避けるよう呼びかけられました。このため、街角で配布する宣伝用のポケットティッシュを受け取る人が大きく減ってしまいました。
そこで考案したのがマジックハンドを使ったポケットティッシュ配りです。
奇妙な姿に見えますが、マジックハンドの先でポケットティッシュをつかみ、通行人に差し出しています。これなら直接手で渡さないので接触感染リスクも低くなり、対人距離もじゅうぶん確保できます。
■“仕掛け”が約5倍の通行人を引きつけた
2020年6月に原宿の竹下通りでマスクと手袋を着用して、ポケットティッシュ配りの実証実験を行いました。
その結果、普通の手配りだと1時間で14名にしか受け取ってもらえませんでしたが、マジックハンド配りでは1時間で69名に受け取ってもらえました。
原宿の竹下通りという場所柄もあったのかもしれませんが、発想の奇抜さにひかれ、普段ポケットティッシュを受け取らない人でも近寄ってきて受け取ってくれたのではないかと思います。
こうしてみると、ユーモアは単にテンションを和らげるだけでなく、人の関心を高める効果もあると考えられます。
■ただ面白ければ良いわけではない
仕掛学という学問体系を作るにあたり、倫理的妥当性も確保する必要がありました。学術的でちょっと堅苦しい話になりますが、倫理はあらゆる学問体系の基盤となる考え方であり、新たな学問体系を築くうえで避けて通れない重要なテーマです。ここではその概要を説明しておきたいと思います。
また、あらゆる研究には社会的責任が求められます。
社会的責任とは、研究のもたらす結果が人類の福祉や平和など、よりよい世界の実現に貢献することです。社会的責任を果たしていると認められなければ、その研究は社会から信頼されず、研究を続けることはできなくなります。
社会的責任の前提となるのが研究倫理です。研究の過程及び結果において誠実性やデータに基づく客観性、人権や動物福祉、環境への配慮といった公益性も求められます。こうした倫理的問題は時代とともに変化しており、研究者はつねに社会の要請や研究の倫理的妥当性について考えながら自らの研究を進めていかなくてはなりません。
たとえばAI技術の発展にともない、人間が関与しないロボット兵器のような問題も生まれています。医療分野では、安楽死や出生前診断などの難しい問題を突きつけられています。
言うまでもなく、新たな学問体系を構築する際にはこのような観点に立ち「倫理的妥当性が確保されているか」をつねに考慮する必要があるのです。
■“仕掛け”に必要なのは「幸せへの貢献」
そこで、仕掛学という新たな学問体系を構築するにあたり、倫理的妥当性の確保について考えてみました。前述の通り、仕掛学ではFAD要件という3つのキーワードを提示したので、それぞれの要件について考えます。
まず「公平性」は、課題の倫理的妥当性を考えるうえで大事な観点です。仕掛けが解決しようとする課題が人々の幸せに貢献していることが大切です。たとえば「バスケットゴール付きゴミ箱」の課題は「ゴミをゴミ箱に入れて公共の場をきれいにする」ことであり、人々の幸せに貢献していると考えられます。
次に「誘引性」です。これは手段の倫理的妥当性です。人に行動を強制するのでは倫理的に妥当とはいえません。あくまで一人ひとりに行動選択の自由を残したまま「やりたい」という気持ちで引きつけるのが仕掛けです。
3つ目の「目的の二重性」は、ひとつの仕掛けにふたつの目的が存在するという構造ですが、倫理的妥当性の観点からどちらの目的も「不快にならない」ことが大事です。
たとえば大阪市の天王寺動物園が来園者の手指消毒を促すため、イタリアの「真実の口」に似た「勇気の口」を置いた実例があります。口に手を差し込んで初めて手指消毒が目的だったと気づきますが、ネタバレしても嫌な気持ちにはなりません。
----------
松村 真宏(まつむら・なおひろ)
大阪大学大学院経済学研究科教授
1975年大阪生まれ。大阪大学基礎工学部卒業。東京大学大学院工学系研究科博士課程修了。工学博士。2004年より大阪大学大学院経済学研究科講師を務め、同大学院准教授を経て2017年7月より現職に。2004年にイリノイ大学アーバナ・シャンペーン校客員研究員、2012~2013年にスタンフォード大学客員研究員も務める。著書に『仕掛学 人を動かすアイデアのつくり方』『人を動かす「仕掛け」 あなたはもうシカケにかかっている』など。
----------
(大阪大学大学院経済学研究科教授 松村 真宏)