中国とはどのように向き合うべきか。イスラエルの元諜報部員のイタイ・ヨナトさんは「中国にとって現在の世界情勢は、戦争を始めるのに好都合な状況だ。
日本はすでに認知戦に巻き込まれている。この対策を早く始めないと、取り返しがつかないことになる」という――。(第3回)
※本稿は、イタイ・ヨナト『認知戦 悪意のSNS戦略』(文春新書)の一部を再編集したものです。
■もし数年後に「台湾有事」が起きるとしたら
中国は戦争の準備をしています。中国はいずれ台湾に対して行動を起こし、日本はまともな軍隊を持たないまま、紛争に巻き込まれる事態に直面するのです。
このような事態を想定してみましょう。日本の首相が、アメリカから「2027年か2028年に中国が台湾を攻撃する」という情報を得たとしましょう。日本と台湾は友好的な関係にあるため、中国は最初に日本を攻撃する可能性が高いと思われます。
そのとき日本の首相は、自衛隊の現状をみて愕然とするでしょう。軍艦も航空母艦も潜水艦も足りない、核兵器も海兵隊もない、と。
また、日本は諜報活動にも積極的ではありません。HUMINT(人との接触を通じた情報収集活動)の能力も十分ではありません。

そこで、首相は「いますぐ行動を起こそう。今日動かなければ手遅れになる」と決断します。ところが国会に赴いたら、左派からこのように批判されます。「いや、我々は軍備を増強しないと約束したじゃないですか。なぜ私たちの文化や日常を変えようとするのですか。我々は同意していませんよ!」
このような状況で、首相は一体何をするべきでしょうか。民主制度を尊重して、法に従って「議会の決断を待とう。彼らを説得する必要がある」と言うべきか。それとも「災難が迫っているから、超法規的措置をとろう」などと言うべきでしょうか。
■分断でほくそ笑む中露の思惑
このような状況を想定してみると、日本では国家全体の中にいくつかの問題を抱えていることがわかります。「真実」は一つではなく、各人それぞれの「真実」があるからこそ分断され、多くの見解が出てくるわけです。
分断があると、意思決定ができなくなります。
したがって、民主制度を信奉する社会であればあるほど行き詰まり、社会が機能しなくなり、民主制度は破綻するのです。
これは、ロシアや中国にとって好都合です。たとえば中国は「民主主義は失敗している。そして日本は間違っており、我々はその証拠を持っている」と言うわけです。しかも厄介なことに、彼らの議論を支持してくれるような証拠をわずかでも見つけると、彼らはそれを針小棒大に強調できるのです。
■気候変動が招く欧州の混乱と戦争の危機
また、社会が分裂し、壊れてしまう恐れがある変化のひとつが、気候変動です。多くの地域で農業が不可能になりつつあり、砂漠化が進む結果、何億人もの人々が住む場所を失います。アフリカでは数億人の人々が移住を余儀なくされ、彼らの行き先はおそらくヨーロッパになると思われます。
何億人もの人々が移住してきたら、ヨーロッパはどうなるのか。移民を受け入れて、文化的・民族的に変化するか、あるいは国境で戦争が始まるか、そのどちらかになるでしょう。実際に、ヨーロッパでは10年前には存在しなかった国境線がEU内の国々の間に再び引かれつつあります。
もしヨーロッパがそのような状況に陥った場合、ロシアはどう動くのでしょうか。
ただ傍観するのか、それともヨーロッパが著しく弱体化していることを好機と見て、領土を拡大しようとするのかもしれません。
その一方、アメリカは国外に関心を持たず、国内問題に集中しています。
したがって、日本と直接関係がなくとも、国際的、つまり外的な力によって、ある種の破滅的な、あるいは非常に緊迫した状況となる可能性はあるのです。
■迫られる決断、日本はどう動く
私は日本政府の関係者と情報交換をしていますが、彼らはこのような状況を理解していると思います。彼らは民主制度を尊重しており、国民が理解し、国会で審議するのを待つ必要があるわけですが、そんなに悠長な時間は残されていません。ですから日本には早めに対策をおこなってほしいのです。
もし私がアメリカやヨーロッパでこのような声をあげたとしても、何の影響も与えられないと確信しています。
民主主義国家において決定権を持とうとすれば60%から70%の支持率が必要ですが、欧米では小さく分裂した支持層があるだけで、それぞれの集団は自分たちの意見に固執しているため、このような支持率を得ることはほぼ無理なのです。日本は、まだそのような状況にはありません。日本人は団結力があり、同質的であるため、素早く変化し、適応することができるのです。
■トランプが乱す世界秩序、隙を狙う中国
アメリカでは、ドナルド・トランプ大統領がアメリカ人の大多数を代表しているわけではなく、共和党と民主党が互いに半数の支持を得ています。また、共和党のなかにもさまざまな声があるのに、トランプ氏は共和党内で最大の「断片」を取ることで、共和党を乗っ取り、再び大統領の座に返り咲いたわけです。

アメリカの大統領の言動は全世界に影響を与え、どれほどの衝撃をもたらすかは計り知れぬところがあります。おそらく世界は非常に不安定なものとなるでしょう。
社会は分断され、民主主義制度が破綻しつつあります。何度もいっているように、これは中国にとって大きなチャンスなのです。人口が減少する中、北京の現指導部は、自分たちの時代が限られていることを理解しています。中国はあと75年ほどで、人口が半分になってしまう。だからこそ、彼らは「やるなら今だ」と考えているのです。
■燃えやすい世界を前に日本は目を覚ませ
すべてはつながっている――私が言いたかったのは、この一言です。
過去の歴史、現在の社会、アメリカ大統領、世界的な経済状況、気候変動など、すべてが非常に脆く、燃えやすく、危険な状況をもたらしています。そして、社会の断片化と、SNSやエコーチェンバー現象といった情報バブルのなかに人々がいます。
ロシア、中国、北朝鮮といった攻撃者たちにとって、目の前に火薬が詰まった樽が積まれていて、いつでもマッチで火をつけられる状態です。
中国は、自分たちが世界を支配すべきだと考えています。
ロシアは、プーチンが言ったように、ロシアが存在しない世界はありえないという立場です。
習近平もプーチンも、残された時間は少ないと自覚しています。つまり、今、認知戦への対策を早くはじめないと、間に合わなくなるのです。
■民主主義を狂わす最大の敵は「感情」
日本が一致団結して対処を始めれば、少し先に待ち受けている困難な時代を乗り越えることができるチャンスを手にしている――私はそう確信しています。
もし日本が目を覚まさなければ、まず来る国政選挙で、そして将来は中国との間で、厄介なサプライズが待っているでしょう。
私が皆さんに望んでいるのは、誰が自分の心を操ろうとしているのか、自分の望まない解決策を押し付けようとしているのかを知ってもらうことです。
私は本書『認知戦 悪意のSNS戦略』の中ですべてを解決するための方法や、民主制度が良いのか悪いのか、そしてどうすればそれを正すことができるのかという話をしたかったわけではありません。ただし自信を持って言えるのは、民主主義制度は世界中で大きな課題に直面しているということです。
その問題の一つは、「感情」に原因があります。私たち人間が常に犯している最大の過ちは、感情で判断してしまうことです。私たちは、事実に基づき、論理的に考えて、合理的な判断をしなければならないのです。
■日本よ、剣を構えよ…戦う前に負けるな
最後に私の好きな剣道について話しましょう。

剣道では二人が竹刀を交差させ、睨み合って動かなくなります。突然一人が叫ぶと、もう一人は後退りします。後者は筋肉を緊張させて攻撃を準備し、その動きを読み取った前者は叫んだのです。この叫びは「もし攻撃するなら、私は防御するだけではなく、反撃をするぞ」という意味です。そして、彼らは最初からやり直します。
このような動きは、まさに国家間でもおこなわれるべきです。
日本は中国の前で剣を構えて、中国が動き始めたら、日本はこう言うべきなのです。
「あなたの動きは見切っている。動きを止めるべきだ」
ところが、日本人は中国が攻撃の準備をしているのに、気づいていません。中国の影響力工作がおこなわれているのにもかかわらず、日本人は対処するための十分な準備もしていないのです。
戦いが始まる前に負けてしまっています。
そのことを自覚し、一刻も早く準備を始めましょう。

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イタイ・ヨナト
元諜報部員

1968年、イスラエル生まれ。OSINT(公開情報の収集・分析・活用手法)インテリジェンス企業インターセプト9500の創業者兼CEO(最高経営責任者)。イスラエル工科大学で修士号を取得。イスラエル軍に入隊し、諜報部員として様々な作戦に従事。現在、各国政府のアドバイザーを務める。

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(元諜報部員 イタイ・ヨナト)
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