※本稿は、松村真宏『なぜ人は穴があると覗いてしまうのか 人を“その気”にさせる仕掛学入門』(幻冬舎新書)の一部を再編集したものです。
■人は目新しさと親しみやすさに動かされる
人は普段と違うものがあれば興味をひかれます。これは新規性が高いからです。仕掛けは直感的に人の興味をひかないといけないので新規性が不可欠です。でも同時に重要なのが親近性です。
仕掛学における新規性と親近性の役割について説明しましょう。
まず、新規性とは今まで見たことがなく珍しいもので「何だろう」と興味をそそられるものです。普段生活している場所に知らないものが置かれていれば、誰でも気になってまじまじと見たくなるでしょう。
一方、親近性とは言うまでもなくよく知っているものです。今までに経験したことがあるものや、初めて見たものでも使い方が容易に想像できるものが含まれます。
たとえば普段使っているゴミ箱の上に突然バスケットゴールが設置されれば「なんで?」と誰もが注目するでしょう。
同時に親近性も作用します。バスケットゴールを見た瞬間、多くの人は体育館でシュートを打ったときの楽しい記憶や、友だちと遊んだ思い出を思い浮かべるのではないでしょうか。過去の経験と結びつき、無意識のうちに体育館の風景が頭に浮かび、ボールを投げたときの感触や音まで思い出されるかもしれません。
すると「シュートしたい」という気持ちがわき、ゴミ箱とゴールが結びついてゴミをシュートするという行動につながるのです。
■コロナ禍でティッシュ配りを成功させた方法
また、コロナ禍で「他人との接触」に抵抗がある時期に、マジックハンドでポケットティッシュ配りを行った事例もあります。原宿を歩いている人は、マジックハンドでポケットティッシュを配る人を見て「なんでここにマジックハンドが?」と不思議に思い、興味がわきます。これが新規性です。
一方、マジックハンドは使ったことがない人でもその使い方を容易に想像できるという親近性も併せ持っています。
バスケットゴールもマジックハンドも親近性があるからこそ、多くの人を仕掛けに引き込むことができます。新規性しかない場合は「どうやって使うのかな」と理解するのに時間がかかり、面倒と感じて途中でやめてしまう人も多いでしょう。あまりに奇抜で独創的なものが置かれていると、それはアートのオブジェになってしまい、鑑賞されるだけで終わってしまいます。
このように仕掛けでは、新規性で好奇心を刺激するだけでなく、親近性で引き込むしくみが効果を発揮するわけです。
■楽しい体験は「組み合わせて」作る
親近性は人がこれまで経験し、すでによく知っていることから生まれます。
また、新規性は親近性のあるもの同士の組み合わせから生まれます。
そこで仕掛けを作るには、まず過去の経験や体験から遊び心を刺激するような親近性のあるものを探します。そして、それらを課題解決の仕掛けになるように組み合わせることで、効果的な「そそる仕掛け」が生まれるのです。
こうして見ると、仕掛けとは一見ゼロから「1」を作り出すクリエイティブな試みのようですが、実は精巧な組み合わせの技だということがわかります。
大事なのはクリエイティビティ(創造性)ではなく、親近性のあるもののブリコラージュ(寄せ集めて組み立て直すこと)的発想ということです。
■「間違い探し」を“仕掛け”に使う
仕掛けのブリコラージュを説明するために、2019年に行った「間違い探しポスター」を紹介しましょう。
「間違い探し」は子どもから大人まで誰でも楽しめる人気の高いゲームです。隠れているものを発見する楽しさや、見つかったときの達成感、自分の注意力や知力への満足感などが想起され、ワクワク感がかき立てられます。ちょっと時間のあるときに、ふと「間違い探し」というフレーズが目に入ると、なぜか「よし、やってみよう」という気持ちになるものです。
そこで、ポスターに間違い探しがあることに気がつけば「やりたい」という気持ちがかき立てられて注目を集めることができるのではないかと考えました。
■ポスターの注視時間が約10倍に延長
私のゼミと阪大豊中キャンパス近くの石橋商店街が主催するイベント「第14回ゑびす男選び@阪大坂」を告知するポスターに大きなボタンを設置し、ボタンを押すと「ポスターの間違いを探すのじゃ」と音声が流れる仕掛けを考案しました。
まず、ポスターを見た人がボタンに気づき、気になって押す。すると音声が流れてきて間違い探しに気づき、間違い探しをやりたいという欲求が刺激される。つまり「ポスター」と「ボタン」というブリコラージュに「間違い探し」という要素を加えて仕掛けを作ったわけです。
結果は好調でした。
通行人のうちポスターを2秒以上見た人の割合は、ボタン設置前には4.3%だったのに対し、設置後は7.2%に上昇しました。またポスターの注視時間は、設置前が平均2.9秒だったのに対し、ボタンを押した人は27秒も長くなりました。
■シートベルトで危険運転が増える?
ここで課題解決の際に陥りやすい落とし穴についても触れておきたいと思います。それは「リスクホメオスタシス」というパラドックスです。
ホメオスタシスとは恒常性という意味で、生物が外部環境の変化に応じて内部の状態を一定に保とうとするしくみを指します。リスクホメオスタシスとは、外部環境のリスクを軽減するとリスクを一定に保とうとしてかえって危険な行動に出て、結局リスクの度合いは変わらないというものです。
この理論はカナダの交通心理学者ジェラルド・ワイルドによって提唱されたものです。
自動車にシートベルトや安全装置が導入されると、ドライバーは「安全になった」と感じてそのぶんスピードを出したり、車間距離をじゅうぶんとらなかったりして危険な運転をするようになり、結局リスクは変わらないという理論です。
最近は日本でも自転車に乗るときにはヘルメットの着用が推奨されていますが、ヘルメットをかぶると「よし、これで安全だ」と過信してしまうので、スピードを出さないように余計に注意が必要となるというわけです。
このようなリスクホメオスタシスに陥らないためには、シートベルトやヘルメットなどの「手段」ばかりに注目するのではなく「安全に走りたい」という心理を高めることも重視しなくてはなりません。このとき有効なのが仕掛けなのです。
■「早く起きられない……」を解決する方法
リスクホメオスタシス理論を理解したところで、こんな課題について考えてみましょう。ある会社員が「睡眠時間が足りず、朝なかなか起きられない」という課題に悩んでいます。どうすれば解決できると思いますか?
たとえば大音量の目覚まし時計をいくつも買って目を覚ますなど「力ずく」の方法もあります。より根本的な方法としては、残業を減らして早く帰って寝るとか、会社の近くに引っ越すなどの手段が考えられるでしょう。
しかし、そういった手段は一見効果的に思えますが、ここにもリスクホメオスタシスのパラドックスが存在します。早く帰宅することで時間的に余裕ができると、つい「まだ大丈夫」という気分になり、寝る前に余計なことをしてしまうのです。引っ越して通勤時間が短くなると、その安心感から夜更かししてしまうこともあります。
■疲れていてもつい早起きしたくなる仕掛け
仕掛学では「早起きしたくなる」仕掛けを考えます。もちろん、根本的な解決策として帰宅時間を早めたり、会社の近くに引っ越したりして時間に余裕を作った状態で行えば、より効果的です。
パンが好きな人なら、朝、目覚まし時計の代わりにホームベーカリーを使う方法もあります。目覚めたい時間にパンが焼き上がるようにセットしておくと、香ばしい焼き立てのパンの匂いが嗅覚を刺激します。その結果「食べたい」という欲求が引き起こされ、自然とベッドから起き上がりたくなります。
また、散歩や趣味など朝に行う楽しいイベントを決めておくと、目覚めたとたんに「起きよう」という気になります。
このようにそそる仕掛けをうまく組み合わせれば、リスクホメオスタシスのパラドックスから抜け出すことができるのです。
■「ドリルがほしい人」の課題は何か
リスクホメオスタシスのパラドックスのように、手段に気をとられて本来の目的を見失う誤謬(ごびゅう)を示す言葉に「ドリルを買う人はドリルが欲しいのではなく穴を開けたいのだ」というものがあります。これはマーケティングで有名な格言のひとつで「ドリルの穴理論」と呼ばれています。
店にドリルを買いに来た顧客の目的は「穴を開けること」です。ところが店主が顧客の目的を「ドリルを買うこと」としか理解していないと、店にドリルがないときに「ドリルはありません」としか答えられず、顧客は諦めて帰ってしまいます。
一方、店主が顧客の目的を「壁に穴を開けて棚を吊りたい」ことだと理解していれば、たとえドリルがなくても「これがあれば穴を開けなくても棚が吊れますよ」と別の商品を提案することができます。
課題解決を考えるとき、人はつい近視眼的になり、本来の目的を見失うことがあります。仕掛けを作るときも「本当の目的は何か」という課題の本質に立ち返って考えることが大切です。
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松村 真宏(まつむら・なおひろ)
大阪大学大学院経済学研究科教授
1975年大阪生まれ。大阪大学基礎工学部卒業。東京大学大学院工学系研究科博士課程修了。工学博士。2004年より大阪大学大学院経済学研究科講師を務め、同大学院准教授を経て2017年7月より現職に。2004年にイリノイ大学アーバナ・シャンペーン校客員研究員、2012~2013年にスタンフォード大学客員研究員も務める。著書に『仕掛学 人を動かすアイデアのつくり方』『人を動かす「仕掛け」 あなたはもうシカケにかかっている』など。
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(大阪大学大学院経済学研究科教授 松村 真宏)