自分で考えて動ける子を育てるには、どうすればいいのか。早稲田大学教育・総合科学学術院の河村茂雄教授は「親がしつけのために発したひと言が、子供の考える力を低下させることがある。
最悪の場合、指示がなければ動けない子になってしまう。将来の可能性を最大限引き出すためには、参考にしてほしい声のかけ方がある」という――。(第1回)
※本稿は、河村茂雄『大学生の安全行動志向にみる 大人になるための非認知能力』(図書文化社)の一部を再編集したものです。
■“親の教育熱心さ”が裏目に出る
近年、乳幼児に対する早期教育がますます過熱しています。2歳ごろから始まる有名幼稚園へのお受験準備教育、幼児教室(子どもが楽しみながら無理なく知的能力を伸ばすための活動を取り組めるカリキュラムが組まれている)、英会話教室なども人気です。
習い事も一般化しており、1歳児ではリトミックやスイミング、3歳を超えてくるとピアノ・ヴァイオリンなどの音楽関係や、体操やサッカーなどのスポーツ関係がおもなものです。ちなみに、リトミックとは、他の子どもと一緒に音楽に合わせて歌ったり、体を動かしたりして、子どもの知的・身体的・精神的能力の育成を目的とした教育法です。
早期教育のメリットはもちろんあると思います。しかし、先をみすえて親が課題を与えすぎることは、子どもの自律性の形成に影響することも想定されます。
幼児は保護者の心理にとても敏感です。大好きな母親の笑顔・スキンシップを求めて生きており、保護者の期待を自分自身の要求のように感じて活動する傾向があります。特に親の言うことをきく「よい子」ほど、その傾向が大きいと思います。
保護者が描くキャリアモデルに子どもをのせようと集中する心理が、子どもの心とすれ違い、愛着関係の形成にマイナスの影響をもたらしたり、子どもの自律性を乏しくすることにつながったりしないよう、注意することが大切です。
■自律性を高めるには“環境をつくる”
自律性の形成には、自発的なものから始めた試行錯誤のプロセスや結果から身についていく面があります。自発的なものとは、好きなこと、自分がやりたいと思った遊びのようなワクワクするものです。つまり、内発的動機から始まった行動で、そのプロセスや結果に喜びを感じられることが必要なのです。与えられた課題をうまく達成できて保護者からほめられた喜びとは、根本的に違うのです。おもなポイントは2つです。
【環境設定による間接的な促し】
自律性の形成は、保護者から与えられた課題の達成からではなく、遊びのように自分の欲求から自発的に夢中で活動していく中で形成されていくものです。したがって、子どもが自ら取り組みたくなるような遊びのような自然とやりたくなるような環境(遊具や絵本、クレヨンなど配置する)を設定したり、保護者が楽しくやっているところを見て思わず参加したくなるような演出を工夫したりするなどの、間接的な促しを、豊富にしていくことが有効です。
■「余計なことはしないで」はNG
【自律的行動の発現を計画的に生かす】
幼児期によく見られる「ぼく・わたしがやる」という主張があります。例えば、できそうもないのに料理を盛りつけたい、掃除機を使いたい、スマホやタブレットを触りたい、というものです。保護者がやっているのを見て面白そうに感じ、やってみたくなるのです。しかし保護者が忙しいときにはわがままのように感じられ、「余計なことはしないで」と、禁止してしまうことが少なくありません。

これを強く禁止・否定してしまっては残念です。このような行動は子どもの自律的行動の発現と受け止め、時間的問題、環境的要因を踏まえて、どのようにやっていこうかと、子どもと一緒に考え、これから一緒にやっていく遊びにしていくのです。ご飯を食べて片付けが終わったら、「お料理ごっこ遊び」を一緒にしようねと納得させ、後から一緒に遊ぶという具合です。
この時期は、しっかりできるかどうかよりも、子どもに意欲を発揮させ、それを保護者がうまく演出して、「自分でできた」と子どもが満足感を実感できるようにするとよいのです。
■“完璧に”やらせる必要はない
子どもの養育にビジョンをもつのはよいことです。しかし、何事も確実にやらせようという思いが強くなりすぎると、自然とかかわりが狭く過剰になっていきます。以下の①②③はよく見られる過剰な例です。
①子どもが失敗しないように、常に先回りしてやり方を説明したり、アドバイスしたり、チャレンジングな行動にはダメだしをすることが多い。子どもが自分の言うとおりにせず失敗すると、強く責めることも少なくない。
②子どもが何かに挑戦しようとするとき、うまくいくか心配になり、「ほんとうに大丈夫なの?」「心配ない?」と確認することが多かったり、「○○しないと失敗しちゃうよ」「そんなことで泣いていたら馬鹿にされるよ」と注意したりしがちになる。
③ご飯を食べきれない子どもに「あなたのためにせっかく作ったのに」と毎回悲しい顔をしたり、子どもがちょっとでもいやな顔をしたら「あなたのために言っているんだよ」とひどく残念な顔をしたりして、子どもの行動を修正しようとする。
①は恐れを感じさせてのコントロール、②は不安を感じさせてのコントロール、③は罪悪感を喚起してのコントロールです。
いずれもよかれと思ってしがちなことですが、保護者のもつ期待が強く子どもに伝わりすぎると、結果的に無意識に子どもをコントロールしてしまうことになります。不安や緊張が強くなりすぎると、子どもは自分が感じ考えたとおりに行動することができなくなり、保護者の期待に応えることを優先するようになります。これでは自律性は形成されません。
■「早く食べなさい」より「ご飯食べてから一緒に遊ぼう」
保護者が子どもを心配していることは間違いないかもしれませんが、その背景には「子どもがうまくできないと自分が失望してしまう」という保護者自身の不安や、秘めて有している劣等感がありそうです。まずは、前述のようなコントロールする言葉がけ、否定的な言葉やネガティブな言葉は意識して減らすようにします。そして、なるべく前向きでポジティブな言葉を使います。子どもの行動や取り組み方を認めてあげる方向で、言葉がけしていくのです。
例えば、子どもがご飯の途中で近くにあったブロックをいじり始めたようなとき、「早く食べなさい」「ご飯のときは遊ばないの」と言うよりも、「ご飯を食べてからブロックで一緒に遊ぼうね」と言葉がけをするという具合です。
自律性を高めていくためには、子どもが自分の意思で取り組み、自分で考えて行動し、自分なりに成し遂げようとして試行錯誤しているのを、保護者は「待つ」ことが大切です。待てないで急がせてしまうと、子どもは十分に考えることができなくなります。待てないで保護者の言うとおりやらせては、そもそも自分で考えることをしなくなってしまうので、自律性は育ちにくくなってしまいます。
■“可能性を引き出す接し方”が求められる
自己決定できるようになるとは、「自分はこのようにありたい」という価値観を確立し、それをもとに目標を定めて、自ら行うことです。

しかし、最初からそのようにできるわけではありません。最初は保護者からやらされる形の外発的な動機で取り組んでいたものが、徐々に内発的に自律的な動機で取り組めるようになっていくことが自己決定できるようになっていく、ということです。それは子どもが自分なりのアイデンティティを形成していくことと同義だと思います。
最終的に子どもの人生は、保護者の思いどおりになるものではないので、保護者は子どもの力を信じて、自己決定できるように、その可能性を引き出せるようなかかわりを意識していくことが求められるのです。小さい頃から、自己決定する力を育成していく言葉がけをすることが大事なのです。気をつけるポイントは3つです。
1つめは、自己決定できる力の育成を意識した言葉がけです。自己決定できるとは、価値観を確立し、それをもとに目標を定めて、自ら行うことです。これはカウンセリングの鉄則です。カウンセリングをするにあたって、相談者は「どうなりたいのか」がスタートになり、そのために、「どうすればいいのか」、それを実行していくうえで「何が妨げになっているのか」、カウンセラーには「何を援助してもらいたいのか」を明らかにして、面接をしていきます。これを応用するのです。
■「褒めて育てる」だけでは依存関係に陥る
日頃から保護者が対応するときは、子どもに「どうなりたいのかな?」――「どうすればいいのかな?」――「何ができないのかな?」――「何を助けてもらいたいのかな?」と質問することで、子どもに考えさせるように促すことが求められます。
これにより自分で考え、行動する習慣がついていくようになるのです。
2つめは、上からの評価ではなく、子どもが自己決定する自信を支える言葉がけです。保護者が子どもをほめるだけでは、「ほめられるからがんばろう」という、ほめられることが前提となった依存関係に発展してしまう可能性が高まります。そして、期待するいい結果を得られないと、その感覚や信頼関係は低下し、ほめられない自分は能力がないと感じるようになってしまいます。
子どもの行動について保護者がほめたり叱ったりするというのは、結果的に、保護者が賞罰を用いて子どもを評価しその行動をコントロールすることにつながります。その行動のよい・悪いの基準を理解させる段階で用いることは必要ですが、それ以降もこのやり方ばかりをずっと続けていくと、子どもは保護者の指示に従うスタイルが定着してしまうのです。
子どもの自己決定する力を育成するためには、保護者は上から評価するのではなく、保護者とは思いと感情を共有していることを子どもに実感させ、自己決定していく自信をつけていくのです。
■“丁寧でうれしい”と伝え、ポジティブに評価する
例えば、子どもがしっかり行動できた場合は、ほめるのではなく、最後まで丁寧にやっているのを見て保護者もうれしい気持ちになったと、率直な気持ちを伝えるのです。そのような言葉で保護者から信頼されていることを実感できると、子どもが自己決定する際の自信となるのです。
そして、リフレーミングして自信を支えます。リフレーミングとは、マイナス面やネガティブなことをいつもとは違った枠組みや視点で、プラス面やポジティブなものとして捉える見方のことです。同じ現象を捉えるにしても、自信がないとどうしてもそのマイナス面を見がちで、プラス面を見落としてしまうのです。
それをしっかり言ってあげるのです。
例えば、目標とした分の半分しかできていなかったとき、「まだ半分も残っている、大変だ」と落ち込んでいるとき、「半分できているから、あとちょっとがんばろう」と言葉がけして動機づけするという具合です。
さらに、加点主義で自信を支えましょう。子どもの取組みに対して保護者が期待を抱くと、期待しているレベルを満点として、期待にたりない部分をマイナスとして捉えがちになります。また、子どもが何かをやっているとき、大人はそれを見て大体はこのくらいはできるだろうと見積り、それを前提として、「あと○%できていない」と減点法で捉えがちになります。マイナスな点を見つけて指摘すると、子どもの自信を低下させてしまいます。それに対して、プラスの部分を見つけて指摘すると、子どもは自信をもてるようになります。
■「どうしてできないの」よりも「どこができなかったの」
そのためには、子どもの行動を見るときは「加点方式」で見ることが必要です。子どもの行動を加点方式で見るとは、子どものよいところを見つけたら加点していくのですから、この習慣をつけると、自然と子どもの行動の過程を見ることが多くなり、努力した点が目につくようになります。この加点主義と減点主義の差がとても大きいのです。
3つめは、失敗の原因を「人」から「事」に焦点化させ、前向きに考えさせる言葉がけです。失敗をした人は少なからず、自分の失敗を悔いて後ろ向きになりがちです。このようなときは、失敗した現状から、次に目を向けることができるようにすることが子どもの支援になるのです。そのためには失敗の原因を明らかにして、次はどのような点に気をつけて行動していくのかを踏まえることが必要です。
失敗した原因を明確にする際、「なぜ(あなたは)失敗したのか?」と「人」を主語にして問いを考えると、その人を責めるような気持ちになるものです。このようなときは、「失敗の原因は何だったのか?」と「事」を主語にして原因を考えると、その人を非難することなく、「次はどんな部分に気をつけて行動していこうか?」と、前向きに考え、言葉がけできるようになるのです。例として、「どうして(あなたは)できないの?」⇒「どこができなかったのかな?」という具合です。

----------

河村 茂雄(かわむら・しげお)

早稲田大学教育・総合科学学術院教授

筑波大学大学院教育研究科カウンセリング専攻修了。博士(心理学)。公立学校教諭・教育相談員を経験し、岩手大学助教授、都留文科大学大学院教授を経て現職。日本学級経営心理学会理事長、日本教育カウンセリング学会理事長、日本教育心理学会理事長、日本教育カウンセラー協会岩手県支部長。

----------

(早稲田大学教育・総合科学学術院教授 河村 茂雄)
編集部おすすめ