頭の老化が怖くなくなる生き方は何か。医師の和田秀樹さんは「多彩な状況を前頭葉に体験させることが、機能の維持・向上には不可欠だ。
前頭葉の切り替えスイッチは、オフ状態にして使わないままでいると、次第に固まって動かなくなる。要注意なのは、何を見ても楽しいと思えない人だ」という――。
※本稿は、和田秀樹『70歳からの老けないボケない記憶術』(ワン・パブリッシング)の一部を再編集したものです。
■変化のない日常こそ前頭葉の敵
前頭葉の機能を維持し若さを保つためにはどうしたらいいのでしょうか。
まず、前頭葉が最も嫌う敵を知ることが大切です。
前頭葉は、側頭葉や頭頂葉と違って、わかりきったおなじみの状況に対応するのではなく、展開が予測できないような新しい状況に対応するのが役目です。複雑で刺激の強い偶発的な出来事こそが、前頭葉を生き生きと活性化するのです。
ですから、ルーティン化した日常は避けたいところですが、とくにリタイア後の高齢者の日常生活は同じことの繰り返しになりがちです。その都度、前頭葉が対応しなければならない状況はどんどん減っていき、たいていのことは側頭葉と頭頂葉で処理が可能です。これでは前頭葉が活躍できる場面がありません。
毎日、同じような時間に起きて、同じような道を散歩し、同じようなテレビを見て、同じような食事をし、同じような時間に就寝する……。何か新しいこと、おもしろいことについて思考する習慣がないので、毎日何も考えない……。

こうした飽き飽きするような慣れっこのルーティンこそが、前頭葉の敵なのです。
前頭葉にとって、予想と現実のギャップが大きければ大きいほど、それは格好の刺激になります。これは恋愛を例に考えるとわかりやすいかもしれません。
恋愛は毎回相手の反応が異なります。とくに未知の存在である新しい恋人の登場は、前頭葉にとっては大歓迎すべき状況です。そして、いくつになろうと、手探りの状況下で相手のことを知ろうと努力し、相手がどのようなことで喜ぶのか悲しむのかを推し量る……。
長年、刺激のない状況に飽き飽きしていた前頭葉は、先が読めない展開になって嬉々としていることでしょう。
心がときめいてワクワクするような高揚感は、何歳になっても前頭葉に必要です。これはルーティン化した日常を繰り返すだけでは得られません。それを何に見出すのか。人生100年時代の課題として、一人ひとりに考えてほしいと思います。
■欲望に忠実に生きると前頭葉が喜ぶ
前項では恋愛を例に挙げましたが、なかには「いい年をして恋愛なんて……」と思う人も少なからずいらっしゃるでしょう。
もちろん、そんな人に「無理やりにでも恋愛を」などと押しつける気はありません。
たしかに恋愛は前頭葉には非常にいい刺激になりますが、あくまでも各々の理性で判断してほしいと思います。べつに恋愛にとらわれずとも、前頭葉が嫌うルーティンにはまらずに、前頭葉を活性化させるものはいくらでもあるからです。
ここで大切なのは、自分の欲望にもっと正直になるということです。なぜなら、欲望こそが生きる原動力だからです。
欲望があるから、人は自発性や向上心を持つことができる。自発性や向上心があるから、行動に移すことができる。だからこそ、何歳になっても欲望を封印してはいけないのです。
古来、老境の理想像のひとつに、「枯淡」という言葉に象徴されるような生き方があります。若い頃のようなギラギラした情熱を前面に出して生きるのではなく欲を捨て俗離れした人間として、ひっそり静かに時を過ごす……。
さすがに現代ではここまで徹底して枯淡の境地を実現する人は少ないと思いますが、じつはこのような生き方は、脳科学や精神医学の見地からは、あまりおすすめできるものではありません。
どうしてだかわかりますか?
欲望というと、性欲や金銭欲、出世欲など、生々しいイメージを抱く人も多いかもしれませんが、それらも含め、欲望とは生きること全般にかかわるエネルギー源ともとらえることができるからです。

■前頭葉の機能低下を加速させる「口癖」
40代以降、前頭葉が萎縮し始め機能が落ち、さらにテストステロンの分泌量も減少し、意欲が減退していくのは、ある意味自然の摂理です。意欲が減退すれば、好奇心も湧かず、執着心も持たなくなりがちです。
しかし、だからといって、何事に対しても「もうどうせ年だから」と、自分の欲望を無視したり抑圧したりしてやり過ごしていると、前頭葉の機能低下は加速します。
体力は体を動かさなくなると著しく低下します。若い年代ならば、なんらかのケガをして、受傷後数カ月間、運動ができなかったとしても、ケガの回復後に再び身体活動量を増やしていくと、比較的リカバリーしやすいという特徴があります。しかし、高齢になればなるほど、以前と同レベルの体力を再び取り戻すことは難しくなっていきます。
前頭葉もこれと同じことが言えます。
使わなければ機能は低下し、いったん感情が老化してしまうと、これを回復することは非常に困難です。しかも、ただでさえ使わないことと同時並行で加齢による機能低下も進みますから、ことは深刻です。
欲望を封印し、刺激も楽しみもない生活が身についてしまうと、前頭葉の機能を回復することは期待できません。まずは自分の生きる原動力である欲を素直に見つめてみることから始めてみましょう。「自分はこうしたい」「自分はこうなりたい」という内なる声を大切にしましょう。

■加齢脳で起こる現象
前頭葉の萎縮が極度に進んでしまったり、病気やケガなどで損傷を受けたりした場合、「保続」という現象が現れます。
たとえば、前頭葉に損傷を受けた患者さんにエンピツを見せて、それは何かを考えてもらいます。「エンピツ」と正しく答えられた患者さんに、今度は物差しを見せて答えてもらいます。すると、物差しとは答えられず、「エンピツ」とまた答えてしまう。これが保続の症状です。
あるいは、3桁同士の足し算を出題します。
これに正しく答えられた患者さんに、別の3桁同士の足し算問題を出すと、最初の問題の答えを書いてしまう。これも保続です。
いったい何が起きているのでしょうか?
前頭葉が障害された場合でも、形態認知や計算力は前頭葉以外の領域が担当しているので、そちらが正常ならば、ものを認識したり計算したりすることはできます。しかし、思考機能に問題が生じ、場面や状況が切り替わっているのに、切り替わる前にした自分の反応を繰り返してしまうのです。
ここまで極端な保続は、脳の病気や外傷が原因で生じますが、加齢脳でも類似した現象は現れます。思考と感情の切り替えスイッチが正しく働かない。
いつまでも以前の思考や感情を引きずっている。発想や視点の転換ができず、思考の柔軟性がない……。こんな人は少しも珍しくありませんが、これは明らかに前頭葉の老化による萎縮が影響しているのです。
■「何を見ても楽しいと思えない」は要注意
あるいは、テレビドラマを見ていて、現在の話の途中で回想シーンなどが挿入されると、ストーリーを正しく理解することができない。うつ状態になったときに、悲観的な感情をいつまでも引きずって、そこから抜け出すことができない……。これらも前頭葉の切り替えスイッチ機能の低下と密接な関係があります。
こうした保続に似た状態が始まると、次第に思考も感情も凝り固まって、ひとつの基準、ひとつの答えに固執するようになります。周りから偏屈と言われても仕方がない状態です。
では、こうならないためには、どのような心がけが必要なのでしょうか?
まず、自分を冷静に観察することが必要でしょう。「同じ考え、同じ感情を引きずりすぎていないか?」「同じ思考パターンを繰り返していないか?」「言うことがしつこくてくどくないか?」「これは正しい、これは間違いと決めつけていないか?」など、折に触れ、チェックしてみるといいでしょう。
また、加齢とともに思考や感情がワンパターン化しがちですから、むしろ積極的に新しい物事に触れ、楽しい刺激を受ける機会を設けるようにしてください。多彩な状況を前頭葉に体験させることが、機能の維持・向上には不可欠です。

前頭葉の切り替えスイッチは、オフ状態にして使わないままでいると、次第に固まって動かなくなります。何を見ても楽しいと思えないとか、何を聞いても「そんなこと知っている」が口グセになっている人は、すでに切り替えスイッチが固まってしまっているのかもしれません。
■頭の老化がさほど怖くない生き方がある
前頭葉が思考・感情の切り替えスイッチを盛んに働かせるのは、どういう生き方でしょうか。
まずひとつ目には、複数の楽しみを同時並行的に展開する生き方が挙げられます。これは理解しやすいと思いますが、毎日、職場と自宅の往復だけだった現役時代、そして自宅と近場での買い物や散歩だけの定年後の暮らし。
これでは、なかなか切り替えスイッチを働かせる機会は見当たりません。また、会話するのも家族やペットだけという状況も、前頭葉には退屈すぎます。
ですから、少しずつ自分の楽しめる趣味や場所を増やし、交友関係も幅広い年代層にまで広げていく。こうした生き方の実践は、自然と場面場面に応じて、思考や感情を切り替えるトレーニングになります。
考え方にしても趣味にしても交友関係にしても、ひとつだけとか、いつも同じメンバーだけといったように限定してしまうのは、あまり好ましくありません。
もうひとつは、興味や関心に応じて、「試行力」を発揮する生き方を心がけるということです。年をとるとただでさえ意欲減退気味で、何をするのも億劫になりがちですが、そんな状態に身をまかせていては、前頭葉が老化するだけです。
頭の中でシミュレーションして、どうせこんな結果だろうと片づけてしまうのではなく、自分の体を動かして、まずは何でも試してみる。これを私は思考力ではなく、「試行力」と呼んでいるのですが、とても刺激に満ちた行為です。
■予想と大きく違う現実に出合ったときほどワクワクできるか
なんでもそうですが、わかったつもり、知っているつもりになるのが、最も愚かなことだと私は思います。
予想と現実のギャップが大きければ大きいほど前頭葉への刺激になるのです。ですから、予想の世界だけに生きるのではなく、ぜひ現実の世界で動いて試してほしいと思います。
世の中には、自分の予想どおりにいかないと不愉快に感じるタイプの人もいます。しかし、むしろ自分の予想と大きく違う現実に出合ったときほど、ワクワクすることはないでしょうか。
試行の結果が必ずしも成功するとは限らないわけですが、失敗したらしたで、次のことを発展的に考えるチャンスととらえれば、これもまた楽しいことだと思います。
体を動かさず座ったまま楽をして、日々を充実させることはできません。本人はそれを楽と思うのかもしれませんが、ひとことで言えば、前頭葉に嫌がらせをするような生き方に他なりません。この手のタイプが、やがて人生を倦むようになるのは目に見えています。
動いて試すことが習慣になってしまえば、頭の老化もさほど怖くなくなります。前頭葉が若い→興味・関心・好奇心が旺盛→気軽に行動→新たな刺激で前頭葉の機能がさらに向上。このような好循環を実現しましょう。

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和田 秀樹(わだ・ひでき)

精神科医

1960年、大阪府生まれ。東京大学医学部卒業。精神科医。東京大学医学部附属病院精神神経科助手、アメリカ・カール・メニンガー精神医学校国際フェローを経て、現在、和田秀樹こころと体のクリニック院長。国際医療福祉大学教授(医療福祉学研究科臨床心理学専攻)。一橋大学経済学部非常勤講師(医療経済学)。川崎幸病院精神科顧問。高齢者専門の精神科医として、30年以上にわたって高齢者医療の現場に携わっている。2022年総合ベストセラーに輝いた『80歳の壁』(幻冬舎新書)をはじめ、『70歳が老化の分かれ道』(詩想社新書)、『老いの品格』(PHP新書)、『老後は要領』(幻冬舎)、『不安に負けない気持ちの整理術』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『どうせ死ぬんだから 好きなことだけやって寿命を使いきる』(SBクリエイティブ)、『60歳を過ぎたらやめるが勝ち 年をとるほどに幸せになる「しなくていい」暮らし』(主婦と生活社)など著書多数。

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(精神科医 和田 秀樹)
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