※本稿は、溝口徹『腸の不調がなくなる「小麦」の抜き方』(青春出版社)の一部を再編集したものです。
■小腸内の細菌バランスの乱れからはじまる不調
「フルクタン」は、小麦に多く含まれるフルクトースという果糖が複数結合したもので、多糖類の総称です。
小麦の問題としてグルテンについては広く知られるようになりましたが、フルクタンについてはまだ一般的にはあまり知られていません。だからこそ、グルテンよりもフルクタンのほうに、より注目が集まっているのです。
フルクタンは、過敏性腸症候群のような症状を引き起こす原因になることが知られています。そして、過敏性腸症候群になっている人の多くは、「SIBO(シーボ)」を併発しているといわれています。というより、過敏性腸症候群と考えられてきた人のなかの多くがSIBOであったという報告もあります。
SIBOとは、小腸内細菌異常増殖症のこと。文字通り小腸で細菌が異常に増殖してしまうことで起こる病気で、おなかの張りやガスがたまりやすい、おならが出る、下痢・便秘、胃酸の逆流など、多くの腹部の不快症状があります。
大腸には約1000種類、100兆個もの腸内細菌が存在しています。それに対して小腸は栄養を吸収する場所であるため、大腸ほどの多くの細菌は存在していません。
そもそも大量の細菌を存在させるような場所ではない小腸に、細菌が過剰に増殖してしまえば、おなかの張りやガスの発生、下痢や便秘などの症状が出てきてしまうのは当然といえます。
では、なぜ小腸に細菌が増えてしまうのでしょうか。その原因はいくつか考えられますが、私が注目しているのは、胃酸の分泌不足です。
胃酸には、小腸の細菌の侵入を防ぐ作用があるほか、小腸内の細菌を殺菌する作用があります。ところが、胃薬の服用やストレスなどで胃酸が少なくなると、小腸の細菌は増えてしまいます。
■胃酸の分泌が少ない人は、小腸の上部に細菌が増殖しやすい
ただ、ひと口に小腸といっても、その長さは約7mあります。小腸の下部には、大腸とのつなぎ目にあたる回盲弁(かいもうべん)という弁があり、大腸にいる菌が小腸に侵入するのを防いでくれています。
SIBOの原因のメインとして、この回盲弁の機能に問題があるといわれていました。つまり、弁が正しく機能しないために、小腸に細菌が侵入してしまうのがおもな原因と考えられていたのです。
でも、私は違うのではないかと思っていました。もちろん、弁の機能の問題もあるかもしれませんが、そうであれば、弁がある小腸の下部に問題があるはずです。
しかし実際は、胃のすぐ下に位置する十二指腸や空腸(くうちょう)といった、小腸の上部に問題があるのです。
その謎は「胃酸」によって解けました。
胃酸の分泌が少ない人は、要は酸度が弱いわけですから、小腸の上部に細菌が増殖しやすい状態になってしまいます。それがSIBOにつながっていきます。その原因となるのがフルクタンというわけです。
小麦などに含まれるフルクタンは、小腸で吸収されずに大腸に運ばれて発酵し、善玉菌のエサになるといわれています。ところが、摂りすぎたり、もともと腸が弱い人が摂取したりすると、フルクタンが小腸内で発酵してしまい、SIBOの症状が出てきてしまうのです。
不調は腸からはじまっていることは間違いありませんが、正確にいうと、不調は「小腸」からはじまっています。小腸をいかによくするかが大事だということなのです。
■ガスを発生させやすい糖質の種類
SIBOの原因の1つとして、「FODMAP(フォドマップ)」が多い食生活が挙げられます。
FODMAPとは、小腸で消化・吸収されにくい4つの糖質の総称です。
これらの糖質は小腸で吸収されにくいため、そのまま小腸内にとどまり、細菌のエサになります。
FODMAPとは具体的に何を指すのか、また、どんな食材に含まれているかについては、次にある表の通りです。フルクタンなどのオリゴ糖、二糖類、単糖類といった物質であり、具体的な食材は小麦、玉ネギ、ニンニク、豆類、乳製品、果物、ハチミツ、キノコ類などに多いといわれています。
先に触れたように、FODMAPが多い食品を摂取することで、下痢や便秘、膨満感などの消化器症状を起こすことがあります。そのため、近年ではSIBOを予防する食事療法として、FODMAPを避ける食事法=「低FODMAP食事法」が注目されているのです。
低FODMAP食事法とは、FODMAPの摂取をなるべく少なくする食事法であり、これらの摂取を減らすことで、SIBOの症状の改善を目指します。
■「腸活」の落とし穴
ここで、FODMAPの具体的な食材を見て、気がつくことはないでしょうか。
たとえば、オリゴ糖、豆類、ヨーグルト、リンゴなどの果物類、キノコ類……そう、これらは「腸活」として、おなかの具合がよくなることを期待して口にすることが多い食材たちばかりです。
腸内細菌にエサを与えることで、いい腸内細菌を増やす……これが一般的にいわれる「腸活」です。しかし、腸活をすれば、すべての人がおなかの調子がよくなるとは限りません。自分の体質を知らないと、余計におなかの具合が悪くなってしまう可能性もあるのです。
ある40代女性の話です。
ところが、これらのものを食べると、おなかの調子がよくなるどころか、ガスがたまり、おなかはパンパンにふくれてしまうのです。腹痛がひどくなり、病院で診てもらったところ、SIBOの疑いがあるといわれたそうです。
その女性は仕事でかなりストレスを抱えていたこともあり、胃酸の分泌も落ちていた可能性があります。
「腸活」という言葉が当たり前になり、健康や美容に関心が高い人の知識も高まっています。一般的に「腸にいい」といわれる食べ物を口にして、腸内環境がよくなる人も、もちろんいるでしょう。
けれども最近、間違った腸活をしている人も増えていると実感します。
FODMAPへの耐性がないタイプの人が高FODMAP食を口にすると、おなかがパンパンに張るなどのSIBOの症状が出てしまうことは少なくありません。
繰り返しになりますが、FODMAPは、小腸で消化・吸収されにくい糖質です。
腸の状態が良好な人なら、FODMAP食を実践すると、小腸で消化・吸収されずにそのまま大腸に届き、大腸の腸内細菌のエサとなるので、一般的におなかにいいといわれる「腸活」となり得ます。
ところが、FODMAPへの耐性がないタイプの人が、腸にいいからと毎日せっせとオリゴ糖を摂ったり、ヨーグルトを食べたりすると、SIBOの症状を悪化させてしまうことがあります。
このように、FODMAP食がどれくらい腸で消化・吸収されるかには、個人差があります。
たとえば、パンや発酵食品を食べるとおなかが張ったり下痢をしたりする、牛乳を飲むと下痢をする、ヨーグルトを食べても下痢や便秘が治らないなど、思い当たるふしがある人は、一般的に腸にいいといわれる「腸活」とは逆の食事法=「低FODMAP食事法」を試してみる価値があるでしょう。
「低FODMAP食事法」について、詳しくは本書でお話ししています。
■小麦に含まれる2つの“毒”
さて、話はここで終わりではありません。
低FODMAP食事法を実践して胃腸症状が軽減した患者さんが、グルテン、カゼインを含むものを食べると、症状が悪化することがわかっています。
つまり、FODMAPを摂取することで起こる症状と、グルテン、カゼインを摂取することで起こる症状は非常に似ているということです。
そうなると、今まで「小麦が悪いのはグルテンに原因がある」とされ、グルテン耐性にばかり注目されてきましたが、ここで説明してきたようなフルクタンを含め、そもそも小麦自体が悪者なのではないかというところに概念がシフトしつつあります。
小麦の問題点は、もはや「グルテン」だけではないのです。
■腸内環境を決める要因
アレルギーと腸の状態が密接にかかわっていることはわかっていただけたと思います。食物アレルギーを発症する可能性は、腸内環境次第といっても過言ではありません。
腸内環境は個人差が大きいものですが、では、その腸内環境はどのようにして決まるのでしょうか。
腸内には100兆個、約1000種類もの腸内細菌が存在しています。
この腸内フローラは、誰もがみんな同じような花畑を持っているわけではありません。
1人ひとり顔が違うように、腸内フローラの様相もまったく異なります。
腸内細菌は大きく3つに分けられます。まず1つめが乳酸菌やビフィズス菌などの善玉菌と呼ばれるもの、2つめがウェルシュ菌などの悪玉菌、そして最後が腸内細菌の60%を占めるといわれる中間の日和見(ひよりみ)菌です。
健康な人の腸は、善玉菌が悪玉菌を抑える形でバランスが保たれています。
ところが、何らかの原因で悪玉菌が優勢になったり、どっちつかずだった日和見菌が悪玉菌に変わってしまったりすると、腸内環境が悪化し、有害物質が発生するため、腸の粘膜の機能が落ちていきます。そして、腸の粘膜に炎症を引き起こすのです。
■大人になってからも、腸内環境は変えることができる
実は、腸の粘膜に生着しているこれらの細菌の種類は、基本的に一生変わることはありません。分娩時、子どもが産道を通るとき、母親の腸内細菌を受け継いでくるのです。
おなかのなかにいるときの赤ちゃんの腸内は、無菌状態。いよいよ出産となってお母さんの産道を下りてくるとき、赤ちゃんははじめて産道の細菌を飲み込むことで、腸内に細菌を棲(す)まわせることになるのです。
つまり、人は母親の腸内環境の影響をそのまま受け、それが一生続くということです。
ちなみに母親の産道を通らない帝王切開で生まれた子どもは、手術室の細菌バランスの影響を受けるといわれています。
では、腸内細菌のバランスが悪い母親のもとに生まれてしまったら、ずっとそのままなのでしょうか。しかも、腸内環境は常に外敵にさらされ、腸内細菌のバランスは、加齢とともに低下していくのは事実。このまま悪化していくだけなのでしょうか。
もちろん、そんなことはありません。細菌の種類は変えることはできませんが、バランスは常に変化しているからです。
腸内環境を改善するには、腸内細菌の善玉菌を増やすこと、腸粘膜を荒らしてしまうような食材をなるべく避けること。これに尽きます。
もう一度いいます。生まれたあとも、もちろん大人になってからも、腸内環境は変えることはできるのです。
■風邪のときに抗生物質を飲んでも効果はない!?
腸内細菌のバランスを崩してしまうものの1つに、抗生物質があります。
子どもが風邪をひくと、抗生物質を処方されることがよくあります。当たり前ですが、抗生物質は細菌を殺す作用があります。ところが、風邪の原因のほとんどはウイルスであり、細菌ではありません。
細菌とウイルスを同じもののようにとらえている人もいるかもしれませんが、細菌とウイルスはまったくの別物です。
細菌には抗生物質が有効ですが、ウイルスには効きません。つまり、風邪のときに抗生物質を飲んでも効果はないのです。
そうであるにもかかわらず、病院に行って風邪と診断されると抗生物質が処方されてしまいがちな現実があります。
風邪を治すのは安静がいちばんであり、実際、ほとんどが自然治癒力で治っています。温かくして休んでたっぷり汗をかく。発熱は体がウイルスと闘っている証拠であり、免疫力をアップするチャンスと考えてみてはどうでしょうか。
もちろん、高熱で体力が消耗し、まったく水分も食事も摂れないような状況なら解熱剤で熱を下げ、体を楽にすることも必要ですが、風邪に伴う普通の熱であれば無理に薬で熱を下げる必要はないのです。
抗生物質を飲むと、細菌を殺してしまうとお話ししました。
ということは、腸内細菌の悪玉菌だけでなく、善玉菌も殺してしまうことになります。これが腸内環境を悪化させる引き金になっているのです。
実際、抗生物質を服用したあとに下痢気味になった、便秘になった、おなかの調子が悪くなったという人もいるのではないでしょうか。子どもに処方する際には、同時に整腸剤が処方されることもあるのは、そのためです。
■抗生物質で腸内環境が悪化し、免疫力が低下してしまう
子どもが小さいうちから、熱が出た、おなかが痛い、咳が出る、鼻水が出るといっては小児科に通い、そのたびに抗生物質が処方されて飲んでいたとしたら、腸内環境はどうなってしまうでしょう。
ひと昔前の抗生物質は、ピンポイントで効くものを使用していました。ところが現在では、幅広く効き目がある抗生物質を使用することが多いものです。腸内細菌への影響力もそれだけ大きくなるというわけです。
病気を治そうと飲んだ薬で腸内環境が悪化し、免疫力が低下してしまうとしたら――とても皮肉なことだと思います。
クリニックに来た子どものなかには、抗生物質を服用したことで落ち着きがなくなるなどの症状が出た子もいます。
先の記事で紹介したA君もその1人です。また、2歳のときに中耳炎(ちゅうじえん)で抗生物質を処方され服用したところ、言葉が出なくなってしまい、自閉症と診断されてしまった子もいます。抗生物質によって腸内細菌のバランスが崩れ、脳にまで影響が出てしまうこともあるのです。
裏を返せば、医学の進歩が、ある種のアレルギーや脳のトラブルのもとになることもあるのかもしれません。
もちろん、病気のなかには抗生物質が有効で、抗生物質によって救われることも多々あることは明記しておきます。ただ、処方する必要がないのにむやみに処方するのは、腸にとっては悪影響以外の何物でもありません。
「せっかく病院に来たのだから、抗生物質を処方してほしい」という患者側の意識も否定できませんが、とくに腸が未熟な乳児に対しては、抗生物質の使用は、医師もお母さんも慎重になってほしいものです。
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溝口 徹(みぞぐち・とおる)
医師
1964年生まれ。神奈川県出身。福島県立医科大学卒業。横浜市立大学病院、国立循環器病センターを経て、1996年、痛みや内科系疾患を扱う辻堂クリニックを開設。2003年には日本初の栄養療法専門クリニックである新宿溝口クリニック(現・みぞぐちクリニック)を開設。著書に『2週間で体が変わるグルテンフリー健康法』『発達障害は食事でよくなる』『お酒の「困った」を解消する最強の飲み方』(いずれも青春出版社)、『花粉症は1週間で治る!』(さくら舎)などがある。
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(医師 溝口 徹)