中年期の気分の落ち込みを防ぐために、効果的な食べ物は何か。医師の和田秀樹さんは「中年期には神経伝達物質のセロトニンが減少し、これも気分の落ち込みなどに影響を与える。
この悪影響を少しでも減らすには、セロトニンの原料であるトリプトファンを多く含む食材をきちんと摂ることが大切だ」という――。
※本稿は、和田秀樹『70歳からの老けないボケない記憶術』(ワン・パブリッシング)の一部を再編集したものです。
■キレまくる「シルバーモンスター」の正体
終生、メンタルヘルスを良好に保つことは、人生100年時代には重要なテーマになってきます。とくに感情の老化や劣化については、これを十分に理解し、みなさんの生き方に役立ててほしいと思います。
まず取り上げるのは、感情のコントロールとキレやすさの問題です。
近頃ネットニュースなどを見ていると、「シルバーモンスター」という語にしばしば遭遇します。銀色怪物。なんともすさまじい形容ですが、言い得て妙と納得する人も多いでしょう。
このシルバーモンスターは、キレまくりの暴走型高齢者を指しますが、周囲に恐怖心すら抱かせるのは、どうも女性よりも男性高齢者のほうが多い気がします。
飲食店や銀行、病院などで、スタッフに食ってかかる老人を目にしたことは、みなさんもあるでしょう。居酒屋などでお酒が入った状態なら、酔いと怒りの相乗効果ということも考えられます。しかし、近頃は素面(しらふ)の場面で大変なことになっているのです。

こうしたモンスターに共通するのは、ほんの些細なことがきっかけで、いきなり感情が爆発してしまうことです。そしていったん火がついてしまったら人の話など耳に入らず、いくらなだめても無駄ということです。
騒ぎに巻き込まれた人は、モンスター老人がいったい何を求めているのか、どんな結論を望んでいるのかさえ理解できない、というのが正直なところでしょう。
■男性のほうが「スキーマ」にとらわれやすい
この先、この国ではますます高齢者が増えていきますが、こんなモンスターが右肩上がりで増えていくとしたら、少し重い気分になります。
精神科医の立場からモンスターを観察すると、女性に比べ男性のほうがスキーマ(心の枠組み)にとらわれやすく、「自分の持っているスキーマから、少しでも外れることが許せない」と感じやすい傾向が影響していると考えられます。
スキーマどおりに物事が運ばないと不快になるということは、前頭葉の働きが低下して、本来、前頭葉が得意とする予想外の状況への対応ができなくなっている証拠です。
「これはこうあるべきだ。自分は絶対に正しい」という考えを押しつけ、それを相手が認めないと気が収まらないのです。そのうえ、前頭葉の機能が低下しているため、怒り出すとブレーキが利かないのです。
人間というものは、認知的成熟度(ひとつのことに対して答えはひとつと決めつけず、いくつの答えを考えられるかという能力)を維持している間は、シルバーモンスター的な感情爆発はあまりしません。
たとえば職場を見回しても、30代40代でモンスター化している人はまずいないでしょう。前頭葉がきちんと機能し、理性が適切に働いて、感情のコントロールが十分にできているからです。

■感情の老化・劣化が始まる前から取り組む
しかし、年齢が上がり、前頭葉が萎縮するにつれ、感情のコントロールは利きづらくなっていきます。「自分はまだそんな年じゃない」とか、「自分はあんなモンスター老人になるはずがない」とこの時点で思っている人も注意が必要です。
現シルバーモンスターたちも、中年の頃は、「あんな年寄りは嫌だ」と思っていたはずだからです。
モンスターほどの爆発はしないまでも、人の行動についてイラついたり、我慢しづらくなっていることが増えてきているとしたら、本稿を参考に、前頭葉が喜ぶ刺激ある生活で、思考の柔軟性をアップさせるように心がけてください。
前頭葉対策は、感情の老化・劣化が始まる前から取り組まないと効果が半減します。
また、女性だからといって100パーセント安心はできません。もちろん、心配しまくる必要はありませんが、シルバーモンスター的な爆発は「男性のほうが多い」というだけで、「女性には無縁」というわけではありませんので。
私は、若い頃はわりと感情的になったりすることが多かったのですが、不思議なもので、思考の柔軟性を意識するようになった今は、だいぶ心穏やかに楽しく生きることができています。
おそらくその場その場の状況に対応しながら、物事の可能性を考えられるようになったからだと思います。
■人生後半戦で特に胸に刻んでおきたいEQ5項目
EQという言葉はみなさんもよくご存じでしょう。日本では1996年に出版されたダニエル・ゴールマンの著書『EQ こころの知能指数』で一気に知られることとなりました。
もともとは1980年代から研究を続けていたイェール大学のピーター・サロヴェイ博士とニューハンプシャー大学のジョン・メイヤー博士によって提唱された、対人関係や感情に関する情動的知能の概念を言います。
それは次の5項目に整理することができます。
①自分の感情を正確に知る

②自分の感情をコントロールできる

③楽観的に物事を考える。自分を動機づける

④相手の感情を知る

⑤社交能力
この5項目に挙げられた要素は、いずれも前頭葉の若さと大いに関連しそうだということに、すでに気づかれたことでしょう。
自分の感情の把握とコントロール。どんな状況でも悲観的にならずに物事をとらえ、意欲的に取り組める思考回路。他者との交流と他者に対する共感能力。
たしかに、いずれも前頭葉の担当領域です。ところが、前頭葉と深く関わるだけあって、この知能は40歳を過ぎる頃から低下していきます。
私たちは一般に知能指数と呼ばれるIQのほうこそ、加齢とともに低下していくと考えがちです。しかし、実際にはIQは40歳を過ぎてもあまり変動がないのに対し、むしろ低下の問題が指摘されるのがEQなのです。
■上に立つと、人は次第に謙虚さを失う
40歳というと、社会的にはある程度の責任と裁量権を持つと同時に、中間管理職として若手の上に立つという立場に置かれる人が増える頃です。
仕事や職場にも慣れ、それなりの発言権もあることでしょう。
こういう状況に置かれると、人は次第に謙虚さを失い、それまでは理性でコントロールしていた感情のタガが外れたかのように噴出してしまうことも起こりがちです。
とくに自分に対抗できないような立場の弱い人に対しては、その頻度が高くなります。
これがひどくなれば、職場におけるパワーハラスメントとして糾弾されることになります。それは当然、許されることではありません。
しかし一方で、そうした年代特有の背景として、前頭葉の萎縮など機能低下が始まっていることを、まず本人が理解すべきです。
そのうえで、自分の感情状態を知り、相手に対する共感的態度を意識することができれば、この国に渦巻くパワハラ問題も少しは改善の方向に向かうのではないか。そんなふうに思います。
中年期でさえすでにそのような状況に陥りがちなのですから、人生後半戦においては、EQ5項目をしっかりと胸に刻んでほしいと思います。
これは人間社会を生きていくうえでの鉄則です。前頭葉が加齢の影響を受けるとしても、本人の意識次第でずいぶんと差が出ることは間違いありません。
■中年期に「集中力が続かなくなった」は大間違い
40歳を過ぎて前頭葉が萎縮し始めると、思考・感情の切り替えスイッチの働きが悪くなります。
ですから、気が晴れずにふさぎ込んだり、落ち込み始めたりしても、感情の切り替えができずに、ネガティブな感情をいつまでも引きずりやすくなります。

「自分はダメだ」「人生がうまくいかない」といった気分に襲われると、物事を前向きにとらえることができなくなり、さらに気分が落ち込んでいくという悪循環が続いてしまいます。
やる気や意欲も当然湧いてきません。言ってみれば思考や認知が悪感情に支配されてしまった状態です。
 また、不安が強いときは、集中力も十分発揮できなくなってしまいます。中年期になると、多くの人は「集中力が続かなくなった」とよくこぼしますが、実際のところ、本格的に集中力が低下するのは、もっと年齢が上がってからです。
ですから、老化現象というより、精神面のコンディションの良し悪しが大きく影響していると考えるべきでしょう。
このような落ち込み気分の悪循環の最中にいるときは、自分を責める気持ちが強くなっているので、あえてあれこれ振り返って反省しないという対応が必要です。悲観的な思考で自分を厳しく評価しても、悪循環は絶ち切れないからです。
むしろ、気分が落ち込み始めたなと感じたら、行動で気分を切り替えるなど、自分なりの工夫をしてみるほうが効果的です。
ふだんは行かないような少し値段の高い飲食店でぜいたくをしてみるとか、以前から気になっていた高級ファッションが売りの有名ブランド店を覗いてみるとか、違う空間に身を置くことで、切り替えスイッチが入りやすくなります。
■精神の安定につながる重要な食材
また、中年期には神経伝達物質のセロトニンが減少し、これも気分の落ち込みなどに影響を与えます。
セロトニンは血小板や小腸粘膜などにも存在しますが、脳神経に存在するセロトニンは、精神を安定させる作用があるため、これが減少するとうつや不眠症などになりやすくなるのです。

セロトニンの減少の悪影響を少しでも減らすには、セロトニンの原料であるトリプトファン(必須アミノ酸)を多く含む肉類や乳製品などをきちんと摂ることが大切です。
血圧や糖尿、肥満を気にして肉を控えようと考える中高年は多いですが、精神の安定につながる重要な食材です。さらに日光に当たることで、セロトニンが増えることが知られています。
なお、気分の落ち込みが2週間以上も続くときには、うつ病の可能性も否定できませんので、医療機関で受診するようにしてください。症状がひどくならないうちに、早めに対応すれば、調子を取り戻しやすくなります。
若い人のうつと違って、中高年以降のうつは脳内のセロトニン不足が原因であることが多いので、薬でそれを補ってあげると改善することが多いのです。
「気分は落ち込んでいるけど、まだたいしたことはない」と思って、受診を先延ばしにしがちですが、本当に症状が悪化してしまうと、病院に行こうという気持ちにさえならなくなってしまうので、ここは注意してください。
完璧主義や真面目一徹タイプの人は、なかなか自分にやさしくできないものです。しかし、落ち込んだときは、自分をいたわるつもりで、いつもとはちょっと違う経験をしてみる……。この心がけだけでも、ずいぶんと違うはずです。

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和田 秀樹(わだ・ひでき)

精神科医

1960年、大阪府生まれ。東京大学医学部卒業。精神科医。東京大学医学部附属病院精神神経科助手、アメリカ・カール・メニンガー精神医学校国際フェローを経て、現在、和田秀樹こころと体のクリニック院長。国際医療福祉大学教授(医療福祉学研究科臨床心理学専攻)。一橋大学経済学部非常勤講師(医療経済学)。川崎幸病院精神科顧問。高齢者専門の精神科医として、30年以上にわたって高齢者医療の現場に携わっている。2022年総合ベストセラーに輝いた『80歳の壁』(幻冬舎新書)をはじめ、『70歳が老化の分かれ道』(詩想社新書)、『老いの品格』(PHP新書)、『老後は要領』(幻冬舎)、『不安に負けない気持ちの整理術』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『どうせ死ぬんだから 好きなことだけやって寿命を使いきる』(SBクリエイティブ)、『60歳を過ぎたらやめるが勝ち 年をとるほどに幸せになる「しなくていい」暮らし』(主婦と生活社)など著書多数。

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(精神科医 和田 秀樹)
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