■「身内の事件」に対する苦々しい思い
筆者は大学卒業後、警視庁に入庁し、警察官として5年間ほど勤めた。退職後は広告系企業を経て、現在はフリーライターとして活動しているが、20代の若い時期を過ごした警察の組織には今でも懐かしさと敬意を抱いている。
なので、たびたび世を騒がせる警察官の不祥事報道を、いつも苦々しい思いで見ている。「ほとんどの警察官は真面目に頑張っている」というのは筆者が知る限りでも事実で、ごく一部の逸脱が職業そのものの信用を損なわせる事態はどうにもやるせない。
先日、大阪府警の警視(53)が10代女性への不同意わいせつの疑いで逮捕された。SNSでの「パパ活」を通じて知り合った16歳未満の女性の体をカラオケ店で触るなどしたという。
警視は違法風俗店などを取り締まる生活安全特別捜査隊のナンバー3にあたる特別捜査官で、青少年の犯罪被害抑止を担当する生活安全部に属していた。つまり、自らが取り締まるべき犯罪を犯したわけで、まったくもってひどい話だ。被害者が未成年であったことや、多くの部下を指導監督する立場だったことを鑑みても、同情の余地はない。
■犯行の手口は意外なほど手が込んでいない
逮捕時にはテレビニュースで連行される警視の映像が流れた。
社会的な地位や信用、その他数えきれないリスクを負ってまで、警視はなぜ罪を犯したのか。
「売買春事件の捜査を担当していたのだから、足がつかない手段を知っていたのではないか」と疑う読者もいるかもしれないが、おそらくそれは違う。報道によれば、警視の犯行は、家族に行方不明者届を出された被害少女が、警察に保護されたことがきっかけで発覚したという。
SNSでのやりとりの履歴は、被害少女のスマホにまず間違いなく残っている。16歳未満の少女がパパ活を続けていれば、警察に補導や保護をされる確率は高い。いろいろと聴取されるなかで、犯行が露見する可能性は十分にある。犯行の場所も入退場の記録がしっかりと残っていた。防犯カメラも多いカラオケ店だ。
警視の犯行はまったく手が込んでいない。事実、事件は今年6月下旬に発生していて、たった2カ月ほどで逮捕されている。何の不安もなかったとは考えづらい。それでも犯行に及んだのか。犯罪心理学者の出口保行氏に聞いた。
■「パパ活警視」の犯行理由
まず、この警視はなぜ自分の担当領域で罪を犯してしまったのか。出口氏はこう答えた。
【出口氏(以下略)】「極端に現実検討の力が低下していたと考えられます。自らが置かれている立場をわきまえず、欲求に突き動かされて行動してしまった結果が、事件と結びついています。
また、先見性の面でも大きく問題があったと言わざるを得ません。自らの行動がこの先のどういう事態につながるのかを見越していれば、こうした事件には至らないはずです。置かれている立場から、『まさか自分が疑われるとは思ってもいなかった』という自己認識の甘さも大きく関わっています。
こうした事件は、昨今起きている教員の盗撮事件にも通ずるところがあります。自分の起こしていることが社会にどんな影響を与え、本当に頑張っている同僚に大きな迷惑をかけるかを考えていません。非常に自己中心的な犯行と言えるでしょう」
■原因は「性欲」だけではない?
それでも犯行に及んだのは、第一には性欲を抑えきれなかったことが原因だと思われる。しかし、違法性のない性欲の解消法は世の中にいくらでもある。性欲のほかに、何らかの理由があったと考えるべきではないだろうか。この問いに対して、出口氏は「通常、犯罪への動機形成はだれにでもあります」とした上で、こう述べた。
「もちろん道徳的にはけしからんことですが、多くの刺激の中で生きている我々は何かしらの犯罪動機を持つことは少なくありません。その際、我々は『リスク』と『コスト』の二つを考えます。
リスクは、検挙リスク。コストとは、犯罪によって失ってしまうものの大きさ。例えば、信頼・信用、家族、友人、仕事……社会生活上とても大切なものです。たとえあらゆる動機を形成しても、この二つが高く、大きいと判断すれば、犯行を断念します。
しかし、この警視はこのリスクとコストを度外視しています。単に性欲の亢進だけであれば抑制できたでしょうが、それに加えてスリルや刺激を犯行に求めていたと考えられます。『警察官である自分が、こんなことをしている』という背徳感が大きな刺激となっていたと考えられるでしょう」
■「パパ活女子」に対する心理とは
少し質問の方向性を変えたい。警察は現在も終身雇用の慣行が根強い組織で、近年の全国の警察における離職率は2%ほどと顕著に低い(総務省「令和5年度 地方公務員の退職状況等調査」より、地方公務員の警察職の普通退職者数、同年の都道府県警察の警察官数から算出)。
また、警察官には公私にわたる制限がある。立場上、守秘義務や良識ある行動が求められるのは当然なのだが、他の職業に比べてプライベートや異性との交際、人生設計などに慎重にならざるをえない。結果的に、交友関係は同業の仲間が中心になり、仕事とプライベートの境目がなくなる例も少なくない。
ましてや、警視は警察社会のエリートだ。令和6年4月1日時点で、大阪府警で警視の階級にあるのは560名ほど。2万人を超える大阪府警の警察官のなかで階級では上位2~3%にあたる。彼の53歳という年齢や府警本部で要職を務めていたことを考慮すると、さらなる昇任も見込まれていただろう。
こうした背景から、警視にとっては他の性欲の解消法よりも、逮捕のリスクを伴うパパ活のほうが身近かつ気楽であり、何より自尊心を保ったまま臨めた、ということはあるのだろうか。
■私情の排除や自己管理ができなかっただけ
「私は法務省の心理職として1万人以上の犯罪者の心理分析を行ってきましたが、相手を共感的に理解することはあっても、個人的な心のつながりや親密さが生まれるということはありません。プロとしての業務として行っているのだから、私情を排除できなければ、そもそもプロ失格です」
「彼は『親密さを感じている』などのレベルではなく、単に自らの欲求を制御できなかっただけ。倫理観が大きく欠如しているし、自己コントロールができていないのです。今回の事件のような、あってはならないことを起こす人間は非常に自己中心的で、価値観が歪んでいる場合が多いと言えます」
つまり、警視の犯行の要因は「現実を検討する能力の低下」「背徳感」「自己中心的性」「価値観の歪み」などのようだ。筆者の推測する社会との隔絶や自尊心の問題は犯行の要因には一切当たらず、見当違いとのことである。
■「身内の犯行」を防ぐために
最後に、こうした身内の不祥事を防ぐため、警察官や警察組織に求められることについて聞いた。
「警察だけではなく教育界もしかり、社会的な責任が重く、常に襟を正しているべき職業に就く者は、他の職業よりも自己点検を常に行っている必要があります。『自分は社会的に地位が高く、偉い』というような過信に陥っていないか、『普段一生懸命やっているのだから、少しくらいの逸脱は許される』と思っていないかなどの自己チェックを頻繁にしなければなりません。
加えて言うなら、警察でも教育界でも、倫理観を醸成する研修をもっと多く実施すべきです。現在は捜査技術であったり、教育技術であったり、テクニカルな研修が多いですが、そもそもその仕事に求められている社会的使命や倫理観の高さを教えなければならないでしょう」
念のため、繰り返し強調しておきたいが、犯罪を犯す警察官はごく一部である。警察幹部にも高い倫理観を持つ人格者が数多くいることを筆者は知っている。
しかしいずれにせよ、警視が起こしたような事件が、警察への社会からの信用を失わせることには変わりないだろう。犯行の裏にどのような要因があったとしても、その要因を生む背景や構造が是正され、不祥事の再発防止が徹底されることを切に願う。
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出口 保行(でぐち・やすゆき)
犯罪心理学者
1985年、東京学芸大学大学院教育学研究科発達心理学講座を修了し同年国家公務員心理職として法務省に入省。以後全国の少年鑑別所、刑務所、拘置所で犯罪者を心理分析する資質鑑別に従事。心理分析した犯罪者は1万人超。その他、法務省矯正局、(財)矯正協会附属中央研究所出向、法務省法務大臣官房秘書課国際室勤務等を経て、2007年法務省法務総合研究所研究部室長研究官を最後に退官し、東京未来大学こども心理学部教授に着任。2013年から同学部長を、2024年からは副学長を務める。著書に『犯罪心理学者が教える子どもを呪う言葉・救う言葉』『犯罪心理学者は見た危ない子育て』(ともにSB新書)がある。
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島袋 龍太(しまぶくろ・りゅうた)
フリーライター
1986年生まれ。沖縄県出身。琉球大学卒業後、警視庁入庁。警視庁警察官として、地域部、警務部、刑事部を経験。警視庁時代には事件解決の功労が認められ、警視総監賞を受賞。警視庁退職後は求人広告代理店のコピーライターなどを経て、2019年にフリーライターとして独立。ビジネス、経済、社会、サブカルチャーなど取材。趣味は読書とブラジリアン柔術。妻は漫画家の意志強ナツ子。
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(犯罪心理学者 出口 保行、フリーライター 島袋 龍太)