10月4日投開票の自民党総裁選に5人の候補者が名乗りを上げた。政治ジャーナリストの清水克彦さんは「国会議員票では小泉進次郎氏が圧倒的に優勢だが、国民の暮らしと安全を守るという観点で考えると、大きな弱点がある」という――。

■序盤戦は小泉氏が大きくリード
9月22日に告示された自民党総裁選挙は、「自民党の再建と改革」「物価高対策」「トランプ関税」「安全保障」「外国人政策」、それに「連立拡大」を争点に、5人の候補者による所見発表演説会やメディア出演、公開討論会などが続いている。
筆者は連日、政治記者仲間と5人の候補の推薦人の顔ぶれや出陣式等に集まった議員の数、それに各陣営から聞こえてくる話を突合しては票読みをしているが、選挙戦前半の現時点における国会議員票(295票)の行方予測は、おおむね以下のとおりだ(図表1)。
「議員票だけで言えば、前回以上に小泉さんがリードしている。菅さん(菅義偉元首相)、岸田さん(岸田文雄前首相)、それに麻生さん(麻生太郎最高顧問)まで小泉さんとなれば、『挙党一致で小泉さん』という流れになる」(小泉陣営 無派閥・衆議院議員)
後は、国会議員票と同じ295票に換算される党員・党友票が誰に流れるか、とりわけ、前回、石破首相に流れた票が誰に行くのかで決選投票にもつれ込むかどうかが決まる。そのカギを握るのが、先に挙げた「物価高対策」だ。
■あと5年で「平均賃金100万円増」
果たして誰が、国民の暮らしと安全を守ってくれるのか、これまで各候補が打ち出した「物価高対策」を比較し、筆者独自の論評を加えておく。
○小泉氏

会見ではメモに目を落とし、討論でも「安全運転」の姿勢が目立つのが残念。

・ガソリン暫定税率の廃止

・2030年度までに平均賃金の100万円増加を目指す

・「年収の壁」引き上げに条件付き賛成。物価や賃金の上昇にあわせて所得税の基礎控除などを調整する仕組みを導入
○高市氏

会見や討論では笑顔と関西弁を多用し「保守色」を和らげ、野党に秋波も送る。

・ガソリン暫定税率、軽油取引税の廃止、電気・ガス料金引き下げの可能性も示唆

・「年収の壁」引き上げに賛成。所得に応じ給付や所得税の控除を行う「給付付き税額控除」や「自治体向け交付金」の拡充

・消費税減税は「即効性がない」としながらも「排除せず」

・積極的な成長戦略のためには赤字国債の増発もやむを得ないと明言
■茂木氏は「平均年収500万円超」を掲げる
○林氏

実績は十分な反面、政策が玄人好みで、心躍る要素や表現が乏しい。

・石破政権下では慎重姿勢だったガソリン暫定税率には賛成。
消費税は社会保障の貴重な財源として減税には否定的

・実質賃金の上昇と経済の好循環を柱に、賃金の1%程度の上昇を定着させる

・低~中所得者を支援する「日本版ユニバーサル・クレジット」を創設
○茂木氏

「強面」のイメージ払拭。「ニュー茂木」で「次」に向け重要ポスト狙いか。

・ガソリン暫定税率廃止には前向き

・3年で1割給料が上がり、平均年収が500万円を超える状況を作り出す

・地域が課題に応じ自由に使える数兆円規模の「生活支援特別地方交付金」を創設
○小林氏

自民税調のインナー(中心メンバー)が「減税」に踏み込めるのか疑問

・消費税減税は慎重姿勢ながら「選択肢の一つ」と明言

・現役世代が自由に使えるお金を増やす。控除のあり方や税率構造を見直し所得税の「定率減税」を実施

・頑張れば報われるという実感を現役世代が得られる日本をつくる
■消費税減税と「2万円給付」は絶望的
5人の候補者から見えてくるのは、自民党が2カ月前の参院選で公約に掲げた「全国民に2万円給付」の可能性はほぼなく、消費税減税の実現性も乏しいという点だ。
他方で、ガソリン暫定税率の廃止については全員が一致しているため、誰が新総裁になっても、野党との間で実現に向けた協議が加速するのは間違いない。
ただ、これらだけでは十分ではない。第一生命経済研究所の首席エコノミスト・永濱利廣氏は、次のように警鐘を鳴らす。
「物価高対策は痛み止めにしかすぎません。日本の場合、潜在成長率(労働、資本、生産性)が低いのが問題です。効果的に財政政策を拡大し、労働市場改革との合わせ技で労働と資本の投入量と生産性を加速させる細かなメニューが必要で、それを、どの候補が打ち出しているのかを見る必要があります」
■習近平政権の脅威に対応できるのはだれか
国民の暮らしと安全を守るという観点で言えば、中国を念頭に置いた安全保障政策も重要になる。
当然ながら、5人は同じ自民党議員であるため、「党の再建と改革」や「外国人政策」での差異は少ない。違いがあるのが前述した「物価高対策」と「安全保障」である。

小泉氏は、防衛力強化のため、防衛費対GDP比2%を着実に進めていく考えを示し、茂木氏と林氏もそれぞれ、「防衛力をさらに高める」「必要であれば、アメリカと調整しながら次の段階に行く」と語っている。
しかし、これだけでは踏み込み不足だ。
中国の習近平総書記は、9月3日、北京市内の天安門広場で開いた抗日戦争勝利80年記念式典での演説で、「世界一流の軍隊建設を加速し、国家の主権と統一、領土の一体性を断固として守る」と高らかにうたい上げた。
ここで言う「国家の主権と統一」とは、台湾統一への決意を表すものだ。
その中国は、3隻目となる空母「福建」の就役に向け、台湾海峡を通過させる、あるいは、艦載機の離発着訓練を実施するなどの訓練を続けている。
この動きは、習氏が、自身の共産党総書記として4選目に入れるか否かがかかる2027年、もっと言えば、中国軍(人民解放軍)創設100周年にあたる2027年に向け、台湾統一への準備を進めている証拠と見ることもできる。
■防衛問題で深く踏み込んだ高市氏
そうした中、保守系の小林氏は、「自らの手で守り抜くニッポン」を掲げ、「無人機、サイバー、偽情報、戦い方が変わった」と述べて、「防衛費GDP比2%では到底足りない。国家安保戦略を改定して必要な額は積み増す」と明言した。
ただ、防衛問題で際立っているのは、やはり高市氏である。高市氏は9月19日の出馬会見で、「日本の国力を強くしなければならない」などと述べ、ドローン技術向上やサイバー攻撃に対処できる人材育成、衛星と海底ケーブルの防衛強化にまで言及した。
振り返れば、ロシアのウクライナ侵攻から3年半あまり。NATO加盟国は国防費GDP比5%へと舵を切り、日本もアメリカから2%どころか3.5%まで上積みを求められている。

リベラルな考え方で言えば、「防衛費より社会保障費や教育費」となるところだが、台湾有事を日本有事として捉え、「もしも」に備えるなら、現実を見据えているのはだれかも問われていい。
■物価高の原因は、これまでの対策の甘さ
今回の総裁選で、個人的には、少子化対策を議論してほしいと思っている。今、対策を講じなければ、2050年には日本の人口が9500万人まで減少し、成長力を失うからだ。
とはいえ、物価高対策と安全保障も喫緊の課題である。だれが私たちの暮らしと安全を守ってくれるのか、それぞれ取材してみた。
《物価高対策》
○メディアが取材に訪れる東京・練馬区のスーパー「アキダイ」 秋葉弘道社長
「物価高は急に起きた話ではありません。それまでの対策が甘かったんです。この間、うちの店に視察に来てくれた茂木さんは、『2万円の給付なんてムダ』と語っていましたが、現金給付は貰えれば嬉しいけどそれだけでは安心できないですよね。先を見て対策を講じてほしいです」
「値上がりしているコメも卵も生産者が生産しやすい環境じゃないんです。補助金制度があっても政権が変わるとなくなるし、安心して農業をやっていけないわけです。今は戦後最大の危機ですから、小泉さんというよりも重鎮の方に先にやってもらいたいです。茂木さんも100点満点ではないけど、そういう人。
あるいは政策がガラッと変わって嫌がる人もいるでしょうけど高市さんみたいな人がいいと思います」
■専門家「小泉さんは軍事に関しては弱い」
《安全保障》
○元陸上自衛隊陸将、東部方面総監 渡部悦和氏
「経済安保を中心に考えますと軍事にまでは踏み込みにくいですが、高市さん、林さんはよく理解されていると思います。小林さんも経済安保は詳しいですよね。茂木さんは経済安保には詳しい反面、軍事には踏み込みが薄い気がします。やはりリーダーには、経済+外交+安保(軍事)の知識が必要です」
「小泉さん? 横須賀の基地訪問などで知識はありますが、軍事に関しては弱く、対中国に関する認識も甘いと思います。安全保障で大事なことは『脅威認識』です。日本の防衛にとってどの国が脅威かという認識です。私は中国⇒北朝鮮⇒ロシアの順だと思いますが、それをしっかり持った方が望ましいです」
■早くも「小泉内閣の顔ぶれ」が噂されるが…
筆者らの独自調査やマスメディアが弾き出す世論調査や票読みを見てみると、今のところ小泉氏の優勢は揺るがない。筆者個人は、小泉氏が勝利する確率を60%以上と見ている。
霞が関では早くも「小泉政権なら選対責任者の加藤勝信財務相か、当選同期の齋藤健元経産相が官房長官?」「加藤さんは財務相だし、小泉さん出馬会見の原稿を書いた木原誠二衆議院議員も元は財務官僚。財務省支配が続くなぁ」といった声も聞こえるほどだ。
しかし、まだまだ遊説や討論の機会はある。小泉陣営は、失言を恐れての「小泉隠し」戦略から「堂々と発言させる」戦略に方針を転換しており、その分、メディア露出も増える。
そこで経験不足が露呈すれば、現在、2位争いをしている高市氏や林氏が逆転する可能性もなくはない。
参議院選挙で逃げた保守層を意識しつつ、一方で党内のリベラル派や連立を想定した野党にも気を遣いながら5人がひた走る総裁選レース……。
ここからは、決選投票を見越した駆け引きも本格化するが、投票権がないわれわれも、各候補の発信する中身は把握しておきたいものだ。

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清水 克彦(しみず・かつひこ)

政治・教育ジャーナリスト/びわこ成蹊スポーツ大学教授

愛媛県今治市生まれ。京都大学大学院法学研究科博士課程単位取得退学。文化放送入社後、政治・外信記者。ベルリン特派員や米国留学を経てキャスター、報道ワイド番組チーフプロデューサー、大妻女子大学非常勤講師などを歴任。現在、TBSラジオ「BRAND-NEW MORNING」コメンテーターも務める。専門分野は現代政治と国際関係論。著書は『日本有事』、『台湾有事』、『安倍政権の罠』、『知って得する、すごい法則77』ほか多数。

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(政治・教育ジャーナリスト/びわこ成蹊スポーツ大学教授 清水 克彦)
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