日本製鉄のUSスチール買収での黄金株取得を皮切りに、米政府の民間企業への資本介入が進んでいる。在米ジャーナリストの岩田太郎さんは「一見、企業の儲けを度外視した動きにも見える。
しかし、現実には介入先企業の株価が高騰している。トランプ大統領の政策を総合的に分析すると、そのナゾが解ける」という――。
■米経済の“社会主義化”がはじまった
米トランプ政権が国内でビジネスを行う企業への資本関与を強めており、政府が資本主義に介入し管理する「国家資本主義」に傾倒しているとの見方が強まっている。
その大きなきっかけとなったのが、6月の日本製鉄による米鉄鋼大手USスチールの買収で、自由放任型の米資本主義を激変させる大きな転機となった。
日本製鉄が完全子会社化したUSスチールの経営上の重要事項について、米政府が強い拒否権を握る「黄金株」を取得したことが、その後のトランプ政権による米半導体大手インテルやレアアース企業2社の株式取得につながったのだ。
さらにトランプ大統領は、米政府による軍需大手ロッキード・マーチンやボーイングの株式保有まで踏み込んで検討中だと伝えられる。
共和党のランド・ポール米上院議員が、「今日はインテル、あすは他の業界かもしれない」と予測した通りの展開だ。
これは、国家安全保障において極めて重要な企業を事実上、「準国有化」するものであり、米産業政策におけるパラダイムシフトとなるものだ。ポール上院議員は、「政府による生産手段の支配であり、文字通り社会主義だ」と痛烈に批判している。
■資本介入企業の株が上がっている
一見、儲けを最重要課題とするこれまでの経済政策と逆行しているように見える。
しかし現実には、トランプ型国家資本主義が投資家をもうけさせているという逆説的な現象が起こっている。
たとえば、インテルは、米政府が同社の筆頭株主となることが発表されて以来50%以上も上げた。
ロッキード・マーチンも、同様に10%以上、上昇した(ボーイングは米政府からの投資の噂にもかかわらず、民間機部門の不調で下げたが、再び上昇基調に転じた)。また、MPマテリアルズの株価は発表から150%近く伸び、リチウム・アメリカズも175%以上上げている。
また、カナダの鉱物探査会社トリロジー・メタルズの株式取得が10月6日に発表されると、株価は225%以上も上昇した。「次なるトランプ国家資本主義銘柄」として、スタンダード・リチウム株も投資家の期待で1カ月で50%上げている
米金融情報大手のモーニングスターに至っては、「これからもうかる14のトランプ国家資本主義銘柄」と題した特集記事まで出しており、嗅覚が鋭い一部の市場関係者が「トランプ型の国家資本主義はよいリターンを生み出す」と見ていることがわかる。
本稿では、予定を含むトランプ政権の資本介入事案を分析し、抽出した「4つの特徴」から、なぜそうした銘柄が「買い」と見られているかを解説する。
■ヤクザ的な経済安全保障政策
トランプ国家資本主義銘柄がもうかる理由は、後に詳しく説明するように、「米政府が民間企業の株式を一部保有し、前例のないユニークな形で収益分与を受ける仕組みが構築された」(米保守系シンクタンクであるアメリカン・エンタープライズ研究所のライアン・フェダシュク研究員)からである。
トランプ政権の産業政策は、民主党のルーズベルト大統領が戦間期から戦中にかけて採用した「ニューディール型の修正資本主義」など、従来型の国家資本主義の形態ともかなり異なる。
もちろん、反対意見も根強い。
ハーバード大学の高名な経済学者であり、共和党ブッシュ(息子)政権で大統領経済諮問委員会(CEA)の委員長を務めたグレッグ・マンキュー教授は、「全体的に見て、政府が民間企業の売上の巻き上げ(shakedown)を行っているように見える」と、遠慮のない言い方をしている。
トランプ大統領の国家資本主義は、ギャングなどの反社会的組織が、縄張りの中でビジネスを営む店舗などから「ショバ代」や「用心棒代」を徴収するシノギ稼ぎであるというのだ。
マンキュー教授は、「ヤクザがやって来て『ええお店を経営してはりますなあ。
何か悪いことが起こらんかったらええんやけどなぁ』などと脅しているようなものだ(It’s like when the mob comes to visit: ‘Nice business you have here, I wouldn’t want anything to happen to it’)」と皮肉っている。
確かに、マンキュー氏の見立て通り、トランプ大統領のやり方はギャング紛いだ。
米ニューヨーク・タイムズ紙は、多くの企業経営者が口には出さないものの、「ショバ代」や「用心棒代」を巻き上げられていると感じており、政権に意見すればさらに過酷な条件を課されるかも知れないと怖れていることを伝えている。
それが、資本主義の総本山である米国で起こっていることはにわかに信じ難いが、現実である。
■ターゲット企業の共通点
しかし同時に、トランプ政権が民間企業に強いるディールの傾向を分析すると、グローバル化と自由貿易で衰退した米製造業を立て直し、「衰えた米国の再興により中国が仕掛けてくる戦争に勝てる国になる」ことを目指す姿勢が見えてくる。
トランプ大統領は「社会主義ヤクザ」のように振舞うことで、企業に準戦時生産体制の構築を手伝わせ、逆説的に米国の資本主義を守ろうとしているように映るのだ。
ここで、トランプ政権の民間企業への資本関与を図表にまとめて分析してみよう。
第1の特徴として浮かぶのが、介入先の企業(未決定分も含む)が、安全保障強化に必須の産業に集中していることだ。
USスチール(鉄鋼)、インテル・エヌビディア・AMD(半導体)、MPマテリアルズやリチウム・アメリカズ(レアアース)、トリロジー・メタルズ(鉱物探査)、ロッキード・マーチンおよびボーイング(兵器開発・製造)、ハンティントン・インガルス・インダストリーズ(米海軍向け造船)など、国防上重要な企業名が並ぶ。
■“儲け至上主義”時代の終焉
トランプ政権の国家資本主義の第2の特徴は、トランプ型国家資本主義が採算を度外視する側面を持つことだ。
グローバル化や自由貿易においては、良い製品を一番安く生産できる国が製造競争で勝利する。消費者も、高い自国製品よりも少しでも安い輸入品を求めるようになる。

ところが、ニューヨーク・タイムズが報じるように、「米政府とインテルの新しい関係は、インテルの潜在的な顧客企業の間で、もうけの出ない取引を強いられるとの懸念を生じさせている」のである。
たとえば、台湾のTSMCから10000ドルで入手できる製品について、関税や米国製品の地産地消を優先させるトランプ政権の圧力により、インテルの同等品を12000ドルで買わされるとしよう。
それはもはや、採算性や比較優位を無視した統制経済である。だが、何よりも衰えた米国の再興が、もうけに優先されるようになる。それが、ひいては国家安全保障や国家の威信回復につがる。
トランプ型国家資本主義は、投資家のリターンが最重要視される新自由主義の時代が終焉を迎えたことを告げている。
■それでも市場が期待する理由
しかし、それでも、市場は米経済の成長に期待し続けている。
トランプ流のディールによって、国庫に民間企業のもうけの一部が戻り、主権者かつ納税者たる米国民に対して、おトク感を与えることが一因だ。
一種の「減税」と捉えられなくもない。これが、トランプ式の国家資本主義の第3の特徴である。
たとえば、米政府によるインテルの株式取得を見ると、バイデン前政権下で決定されていた無償交付予定のおよそ1.65兆円の連邦補助金を、米政府のインテルに対する出資に変換している。
これにより、インテルが収益を上げた場合には配当が国庫に入るだけでなく、株式売却時には時価の売却額が国庫に戻る仕組みだ。

米政府は永遠にインテル株を保有するのではなく、いつか売却するので、「資本主義の変則運用」に過ぎず、社会主義ではないという言い訳も成り立つ。
トランプ大統領に言わせれば、そもそも民間企業が国民の血税の一部を産業補助金としてタダでもらうことの方が、よほど社会主義的なのかも知れない。
■そして、大学への研究補助金も…
トランプ政権は、学問とイノベーションの府である大学に対しても同様に、連邦政府が支出する年間500億ドル(約7.5兆円)の科学・医療分野の研究補助金と引き換えに、大学が補助金に基づく特許で得た収入の一部を、国庫に返納させる構想を打ち出した
これは、営利化した大学が生み出したイノベーションの多くが、産官学連携の構造の下、参加企業に「濡れ手に粟」の収益をもたらしているとの問題意識に基づいていると筆者はみている。
納税者が、政府補助金で実った研究プロジェクトのリターンを得るべきとの発想はこれまでにもあったが、それをより明確に推進する方向性は、興味深い。
特に人工知能(AI)分野に関しては、「米国にとって大きすぎて潰せず、政府と切り離せない存在になっており、米株式市場の牽引役でもある」(マサチューセッツ工科大学のダロン・アセモグル教授)との解説もあるように、研究と安全保障と経済がまさに表裏一体なのだ。
■関税政策との“合わせ技”
トランプ型国家資本主義の第4の特徴は、米国の貿易(関税)政策と連動する「合わせ技」で、米政府の投資が収益化されていることだ。
例として、日本製鉄が買収したUSスチールは、工場閉鎖や操業停止、従業員の解雇の禁止など経営上の厳しい条件と引き換えに、50%のトランプ関税でUSスチールの国内価格競争力を高め、日本製鉄がもうかるような構造を作り出している。
レアアースのMPマテリアルズに関しても、米政府がレアアース永久磁石を最低保証価格で10年間買い上げ、競合する中国からの製品には54%の関税を課す。MPマテリアルズは関税の壁に守られながら、収益向上を目指せるのである。
また米政府は、米AI半導体大手のエヌビディアとAMDが中国で販売した製品売上高の15%を徴収する。回り回って米国内の半導体開発や製造、軍需産業のイノベーションに対する補助金の原資とするためである。

こうして見てきたように、日本製鉄のUSスチール買収をひな型とするトランプ型国家資本主義は、「逆説と可能性が同居する矛盾の塊」だ。
また、トランプ政権後は廃止される可能性もある。投資家は、そうした米資本主義の揺らぎを十分理解した上で、従来のポートフォリオ戦略を転換することを迫られている。
■では、どこに投資すればいいのか
これらの要因を総合的に考慮すると、トランプ型国家資本主義銘柄が多く含まれ、「資本介入=株価上がる」の公式が当てはまりやすいS&P500は有望であろう。
その中でも、短期的にはAI銘柄のエヌビディアやAMD、中長期的には安全保障銘柄であるロッキード・マーチンやボーイングが特に注目株だ。
また、トランプ型の国家資本主義銘柄としてモーニングスターが推すAIクラウド・AIデータセンターのS&P500株である米オラクルは見逃せない。
加えて、S&P500には属さないものの、アップルのiPhone向け精密ガラス製造を100%米国内で行うことを約束した米コーニングもモーニングスター推しであり、将来性がある。
トランプ型の国家資本主義はヤクザ的で、しかも社会主義との類似点もある。
だが、市場がそれを「もうけるチャンス」と捉えていることは、トランプ大統領の経済政策が本質的に資本主義的であるからではないだろうか。

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岩田 太郎(いわた・たろう)

在米ジャーナリスト

米NBCニュースの東京総局、読売新聞の英字新聞部、日経国際ニュースセンターなどで金融・経済報道の基礎を学ぶ。米国の経済を広く深く分析した記事を『現代ビジネス』『新潮社フォーサイト』『JBpress』『ビジネス+IT』『週刊エコノミスト』『ダイヤモンド・チェーンストア』などさまざまなメディアに寄稿している。noteでも記事を執筆中。


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(在米ジャーナリスト 岩田 太郎)
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