2024年度の国内販売台数は、トヨタの約142万台に次いでスズキは約72万台(シェアは15.6%)と、ホンダ、日産を抜いて国内第2位のメーカーに躍り出た。ところが鈴木修は、こうした会社の慢心、驕りこそ一番ダメだと喝破していたという。
スズキを長年取材しているジャーナリストの永井隆さんが知られざる「修語録」を明かす。
■「ハイ、ハイ、私が鈴木修です」
「働いて、働いて、働いて……」。流行語大賞にもなった高市早苗総理の発言である。「働き方改革」という言葉もなかった時代、鈴木修は働き続けていた。経営者として。
鈴木修が60代だった頃、全国紙の浜松支局に駐在する記者が、とある土曜日の午後、スズキの代表番号に電話を入れた。
時間を持て余していた記者は、広報担当者が出社しているかもと考えたからだったが、すぐに「ハイ、ハイ」とオジサンの軽快な声が返ってくる。記者は『きっと警備のオジサンだろう』と想像しながらも、鈴木修社長への取材をお願いしたいと要件を伝える。すると、軽快な声のオジサンは答えた。
「私が鈴木修です」、と。
その場で日程は決められ、「広報には私から伝えておく」と言って受話器は置かれた。この話は静岡に駐在していた別の記者からの伝聞だが、各紙の経済部自動車担当の多くが知る“伝説”である。

■8時間以外の2時間をどう使うか
秋田スズキ会長の石黒寿佐夫は、指摘する。
「鈴木修さんは、鮫や鮪と一緒。いつも動き続けている。逆に動かなくなると死んでしまう。あれほど働く人を私は知らない」
2000年代、会長だった鈴木修は言った。
「役職が上位に上がるほど、たとえ休日であっても自分の仕事について強い意識を持ち続けることが必要なんだ。
僕は日曜日に会社に来て、仕事をしている(土曜のこともある)。
僕の一週間は金曜の夜まで仕事をして、そのまま温泉に向かい、風呂に浸かり仲間と一泊して、土曜はゴルフ。プレーを終えると帰宅して、日曜日には出勤する。土曜日も日曜日もゆっくり休んでしまうと、僕は仕事への緊張感を持続できなくなってしまうんだ。
もちろん、僕がそうするから社員に休日まで出勤せよと、言っているわけではない。ただし、役職が上位となるほど責任は重くなることを当事者は自覚してほしい。
スズキは国内外で激しい競争に晒されている。8時間働いたから、それで十分だなどと緊張感を失ったなら、すぐにライバル社にやられてしまう。
会社にいる8時間以外の2時間を、仕事について意識してほしい。一時間は今日の仕事の反省、もう一時間は明日何をするべきかを考える。これだけで、のんびり構えている人との差は多く広がる」
■『時間の切り売りはするな!』
1990年代に入り、成果主義を導入する企業が相次ぐ。富士通、ホンダ、キリンビールなど、大手企業が先陣を切っていった。旧来の年功的な要素から、生み出した成果へと、人への評価基準がシフトしていったのだ。
バブル崩壊といった経済現象に対応した総人件コストの削減を意図する会社はあった。だが、本質は違う。ものをつくるメーカーであっても、ホワイトカラーの構成比が上昇を続けた企業組織の構造変化への対応、すなわちホワイトカラーをどう評価するかが、根底にはあった。
「日本のビジネスマン、特にホワイトカラーが競争力を失ってしまった原因は『時間を切り売りする』というアメリカの発想を取り入れてしまったことだと、僕は思っている。
ホワイトカラーの場合、時間では成果を表せない。
会社の研究室にいる8時間に、研究成果は本当に出ているのだろうか。むしろ、日常の生活のなかから、ヒントを得ているケースの方が多いはずだ。
8時間を会社に売ったよ。だから、その代金をちょうだい、あとは知らないよ。これでは、仕事や管理の継続性は欠如し、何よりホワイトカラーに最も求められる創造的な成果は見込めやしない。
いつでも仕事を意識するという考え方、哲学を持ってほしい。そのことが、会社に必要な人の条件だろう」
■「自分の仕事にロイヤリティを持て」
「僕はよく、土曜や日曜に会社に来て仕事をしている。
スズキの社員に休日まで出社せよ、とは言わない。しかし、役職が上の者ほど、『時間の切り売り』という発想をもってはいけないんだ。
僕は寝床にメモを置いていて、寝に入るときに仕事のアイデアが浮かぶと、すぐに書く癖をつけている。
自分の家庭や個人もすべて犠牲にして会社に忠誠を尽くせなどと、僕は言っているんじゃない。『会社にすべてを捧げる』といった20世紀型のロイヤリティは、21世紀には通用しない。

会社に対しては常識的な最低限のロイヤリティを持ち、むしろ『自分の仕事』に対して忠誠心を持てということだ。だから、家族と土曜日に出かけたときに家族サービスをやっておきながら、気づいたことがあったなら、月曜日に出社したときには、それを具現化してみる。現実には、これでいいんじゃないか」
■「その考えは間違えだ」
「力もないのに、力がついたと社員が勘違いしてしまい、驕ってしまうことが一番いけない。必ず負ける」
2001年のことだった、大手商社の会長と鈴木修はゴルフを楽しんだ。ビールを飲みながらの19番ホールで会長は言った。「大不況の中で、自動車産業は頑張っています。トヨタさん、ホンダさん、そしていまやスズキさん。日産さんは経営再建中ですから」、と。
会長に他意はなかったが、鈴木修は「実はスズキにとって、こんな風に言われるのはとても怖いことなんだ。社員のなかにも、会社の好調さはトヨタ、ホンダに続いて、自分たちは来ている、などと考えている向きもいる。勘違いであり、こうした驕りは最も戒めなければならない」
同じ発言は、インドでも発していた。2007年2月、マルチ・スズキの有力ディーラーであるロハンモーターのラメッシュ・スリ会長は、日本人記者団に言った。
「マルチ・スズキのシェアは54%。圧倒的な首位です。なので、ライバルなどいません」、と。
すると、同席していた鈴木修は間髪を入れずに口を開いた。
「その考えは間違えだ」、と。
「いままでは作れば売れたが、それはインドには二流の会社しかなかったからなんだ。トヨタやホンダ、プジョー、現代などの一流プレーヤーが(インドに)進出したいまは、環境が変わった。力のない者が実力がついたと勘違いして驕ってしまうと、間違いなく負ける。
配当もいいが、できるだけ内部留保して、いつでも再投資できるように備えなさい」
ちなみに、2000年度(2000年4月~01年3月)の日本市場における国内販売台数は1位がトヨタの約177万台、2位ホンダ約78万台、3位日産73万台、スズキは4位で約62万台(シェアは10.3%)。
これが2024年度では、1位トヨタの約142万台に次いで2位はスズキの約72万台(シェアは15.6%)、3位はホンダで約69万台だった。
■「スズキは浜松の中小企業」
自称「中小企業のオヤジ」とする鈴木修が「スズキは中小企業だ」と訴え続けたのは、会社組織を常に引き締めるためでもあったろう。業績が好調だからと、社員が驕り高ぶり組織が弛緩してしまえば、すぐに会社は左前になることを鈴木修は熟知していた。

「いまは調子がいいからと、安心してしまって社員が何も言わなくなってしまうこと。これがホントに怖いんだ。
会社の経営や商品に対して、批判でもいいから、言いたいことをじゃんじゃん言え、と(幹部社員に)訴えた」
とはいえ、経営会議が鈴木修の独演会となっていた時期は長かった。時間の経過に伴い自身の存在が重くなるほどに、周囲は沈黙していく。理想とは逆の現実と向き合いながら、カリスマは一人で内なる葛藤を続けてもいた。
「どんな会社でも、従業員規模が5000人を超えたあたりから大企業病に陥る。それまでは部課長の名前を全部覚えているが、一万人を超えてしまうと、すべての管理職の名前を覚えるのは不可能である。社員の数が膨張し、組織が巨大化していくと、トップの見えざるところがどうしても大きくなっていく。
だから僕は、毎年工場監査を実施したり、パーティをしたりして、誰がどこでどんな仕事をしていて、どの社員がキーマンなのか、隅々まで把握すべく現場を回っているんだ」
■「あいつはふてぶてしいから営業に向いている」
それはウイークディの夕刻だった。新橋の東京支店に、鈴木修から電話が入る。「いま支店にいる全員を集めておきなさい。今晩、みんなでパーティをやる。そう、女子社員を含めてだ」、と。
急きょ会場が手配され、鈴木修を囲んだ宴会が実施された。参加者にとっては、緊張感マックスの場だったのは間違いない。お開きとなり、東京支店長が鈴木修をホテルに送る途中、タクシーの車中で短い会話が交わされた。
「A君はいつから東京支店におる? そうか……、まだ日が浅いんだな……」

「それで、Aが何か……」

「あいつはふてぶてしい。スタッフの仕事よりも、営業に向いている。すぐに異動させなさい。きっといい仕事をする」
かくしてAは東京支店のスタッフ職から営業部門へと異動するが、地方の販社社長などを経験。さらに本社中枢へと出世していく。
ワンマン経営者の鈴木修は、人の才覚、人物を見抜く力をもっていた。
現場を回り、社内外の多様な人と接してきたから得られた、独特の能力だったのかもしれない。

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永井 隆(ながい・たかし)

ジャーナリスト

1958年、群馬県生まれ。明治大学経営学部卒業。東京タイムズ記者を経て、1992年フリーとして独立。現在、雑誌や新聞、ウェブで取材執筆活動をおこなう。著書に『キリンを作った男』(プレジデント社/新潮文庫)、『日本のビールは世界一うまい!』(筑摩書房)、『移民解禁』(毎日新聞出版)、『EVウォーズ』『アサヒビール30年目の逆襲』『サントリー対キリン』『ビール15年戦争』『ビール最終戦争』『人事と出世の方程式』(日本経済新聞出版社)、『究極にうまいクラフトビールをつくる』(新潮社)、『国産エコ技術の突破力!』(技術評論社)、『敗れざるサラリーマンたち』(講談社)、『一身上の都合』(SBクリエイティブ)、『現場力』(PHP研究所)などがある。

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(ジャーナリスト 永井 隆)
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