高市早苗氏の首相就任以来、株高と円安が続いている。世界三大投資家のひとり、ジム・ロジャーズ氏は「株高に熱狂する人は多いだろうが、自国通貨を安くした国に未来はない」という――。

※本稿は、ジム・ロジャーズ『大暴落前夜 狂宴バブル後の生き抜き方、資産の守り方』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。
■「楽な道」に落ちる黒い影
2025年10月、自民党結党以来、初めての女性総裁が誕生し、日本初の女性首相となった。それが高市早苗氏である。彼女は「女性版トランプ」と呼ばれるほどの強硬な保守派政治家であり、安倍晋三元首相のアベノミクス的政策を引き継ぐとされている。彼女の掲げる経済方針は、MMT※理論を支持する層から熱烈な支持を受けており、その就任決定の報が流れるや否や、日経平均株価は史上最大の月間上げ幅を記録。為替市場は急速に円安へと振れた。しかし、この短期的高揚の背後には、長期的に見ると暗い影が落ちていると私は考えている。
私は高市氏を個人的に知っているわけではない。だが、彼女がどう言われているかは知っている。そして市場がどう反応しているかも、だ。結局のところ、誰もが「楽をしてお金が欲しい」のだ。人は皆、努力せずに豊かになりたいと願う。
市場はその心理で動く。政策もそうだ。だが、世界の歴史を見れば明らかなように、それは永続する幸福ではない。通貨を切り下げ続けた国で、長期的に繁栄した国はない。短期的には好景気を演出できても、いずれ代償を支払うときが来る。
※Modern Monetary Theory=現代貨幣理論/自国通貨を発行できる国は、自国通貨建ての国債を発行する限り財政破綻せず、インフレにならない範囲でいくらでも財政出動できると主張する経済理論
日本は今、通貨安と債務拡大という「楽な道」を選ぼうとしている。それは歴史の中で多くの国がたどった道であり、最終的には苦難に直面した。私が心配するのは、その行き着く先である。なぜなら、日本の人口はすでに15年にわたり減少し続けている。誰がどう計算しても、それは国家が縮小し、弱体化するという結論にしかならない。死者が増え、子どもが減っているのだから、足し算と引き算ができれば、小学生でもわかる話なのだ。
高市氏が「日本に繁栄をもたらす」と信じている人々も多い。
だが、繁栄を実現するには子どもを産む人間が必要だ。それが日本人であっても、移民であっても、だ。移民を拒み続け、なお人口減少を放置するならば、20年後や30年後、日本という国は形を失ってしまうだろう。もし何かが変わらなければ、衰退へのスピードは加速するばかりである。
私が見ているのは、単なる株価の上昇や円安ではない。FRBが利下げに踏み切れば世界の資金は再び株式市場やリスク資産へ流れ込むだろう。しかし、その資金が生み出すのは一時的な「熱狂」であり、経済の実体を支えるものではない。利下げが行われれば、アメリカも日本も、真の生産性向上や持続可能な成長とは無関係に、株価だけが上昇する状況が続くだろう。
そういう状況下であっても、日本銀行は大胆な利上げはできない。なぜなら、金利を上げれば国債の利払い負担が増大し、国家財政は耐えきれなくなるからだ。だから日銀は「その場しのぎ」の政策しか打てず、それはまるで砂上の楼閣のようにもろい。国債増発で紙幣を刷り続けても、実体経済は追いつかない。
新内閣で就任した片山さつき財務大臣が財源として掲げる「国債発行」も、目先の資金繰りにはなるだろうが、長期的には通貨価値の毀損と国民生活の負担増につながるものだ。
日本の財政は、今やギリギリの瀬戸際にある。
人口減少、労働力不足、そして高齢化。これに金融緩和と財政拡大を重ねても、国家の基盤を強くすることはできない。むしろ、負債の山が将来世代にのしかかるだけなのだ。私は何も、日本の皆さんを不安にさせようとして大げさに言っているわけではない。歴史を見れば明らかだからこそ、言っているのだ。どの国も、通貨安や借金頼みで繁栄を維持できたためしはない。短期的な「楽な道」には、必ず後から「苦難」がついてくるからだ。
日本の政治家をはじめ、株式市場の参加者たちは、目の前の株価上昇の歓喜に酔っているが、私は冷静に見極める。数年後、あるいは10年後、「楽な道」を選んだ代償は避けられない。それが国民生活を直撃して初めて、日本は現実の重さを思い知らされるのだ。

■通貨価値と投資家の視点
日本円は、ここ数年は概ね1ドル140~150円台で推移しており、円安が続いている。かつては円高に苦しんだ輸出を主軸とするメーカーも、今ではこの円安を歓迎し、それが株価上昇の要因となっているという見方もある。
自国通貨の価値の下落はいかなる理由であれ好ましくないし、私のこの考えは常に変わっていない。理論的には、通貨価値が下落すれば輸出企業にとっては競争力が高まり、短期的には利益を上げやすくなることもある。
つまり、一部の輸出企業は得をするかもしれないが、消費者全体、特に中間層以下の人々にとっては痛手となる。結局のところ、「短期的な利益の裏には、長期的な痛みがある」ということだ。これは今の日本経済にも当てはまる現実である。円安を日本人が喜ぶということは、本当に愚かな行為なのである。
■アベノミクスの功罪
今の円安の最大の原因は、安倍晋三元首相がスタートさせた、いわゆる「アベノミクス」である。アベノミクスとは2012年の年末からスタートした第二次安倍政権において、安倍元首相が景気回復ならびに経済復興をめざして掲げた経済政策である。それは、「大胆な金融緩和政策」であり、デフレを脱却し、年2%のインフレ率達成が実現されるまで、無期限で量的緩和政策を続けることを宣言した。その結果、日銀は紙幣を刷り続け、市場に供給し続けることで景気を回復しようとしたのだ。

当時の日銀の黒田東彦総裁は、次々と大規模な“異次元”レベルの金融緩和政策を実施。就任した2013年には、国債は年50兆円、ETF(上場投資信託)は年1兆円の買い増しを決定し、2016年には、日銀では初めてとなるマイナス金利に舵を切った。
常々私は言っているが、中央銀行が紙幣を刷り、政府が国債を買い入れるといった金融政策で経済を建て直した国は、歴史上、一つもない。結局は通貨の価値が下がる可能性が高いからだ。実際、日本は今まさにそのような円安状態となっている。今の日本には、低金利政策や量的緩和によって、大量に生み出された余剰資金がある。私はこのような余剰資金を「フリーマネー」と呼んでいる。フリーマネーは日銀の政策により生まれたお金と言っていいだろう。
現在、日本におけるフリーマネーの多くは、株式市場と不動産市場へ流れている。日本の株式市場関係者ならびに不動産関係者は、日銀の金融政策の恩恵を実際に受けているとも言える。しかし、このような恩恵はいつまでも続かない。フリーマネーは経済の歪みを引き起こすだけなのだから。

世界は今、通貨の価値が下がり、物価が上昇するインフレ傾向にある。このような状況下、円安は加速し、世界中の投資家たちから日本円は捨てられ始めているのである。現在の日本の状況を見ていると、1976年にイイギリスが財政危機に陥ったときの状況と似ているように感じられ、私は心配でならない。自国の紙幣を刷り続ければ、価値が下がるのは必然で、これは経済に詳しくない人でもわかるシンプルなことだ。
私は、日本の現在の財務状況は、ウクライナと戦争をしているロシアよりも悪いと思っている。国の負債額がロシアと比べてはるかに大きいからだ。国債の利回りが世界の主要国と比べて低いのも問題だ。つまり現在の円安は、日銀が長年続けていたゼロ金利政策が原因だと結論づけることができる。
■“円”は安全資産としての地位を失った
かつて円は、スイスフランと並んで「安全資産」として扱われていた。リーマン・ショック後も円高は進んだが、近年では市場が混乱しても円安が続く状況が見られる。これは明らかに、かつての日本円の地位が変化している証拠と言える。もはや円は「安全資産」としての地位を失ったと言っても過言ではない。
外国人投資家の視点からすれば、円安が続くことは魅力的である。5年後、10年後に円がさらに下がれば、日本の資産はドルベースで割安となり、海外から見て投資妙味が増すからだ。しかし、今の円安は裏を返せば、日本経済が抱える問題を反映したものにほかならない。
今後、日銀がどうするのかは私の知るところではないが、異例の規模の金融緩和を続けた結果であり、私はそれを「人類の歴史の中て再び起きた愚行」と見ている。
繰り返すが、人間は常に、「楽な道」を選びたがるのである。過剰債務によって膨らみすぎた経済は、やがて崩壊する。これは時代が変わっても、国が異なっても変わらない、普遍的な構造なのである。

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ジム・ロジャーズ(じむ・ろじゃーず)

投資家

ロジャーズホールディングス会長。1942年、米国生まれ。イェール大学で歴史学、オックスフォード大学で哲学を修めた後、ウォール街で働く。73年にクォンタム・ファンドを設立し、ヘッジファンドという手法にて莫大な資金を運用して財を成した。ウォーレン・バフェット、ジョージ・ソロスと並び世界三大投資家と称される。『大転換の時代』(プレジデント社)、『世界大異変』(東洋経済新報社)など著書多数。

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(投資家 ジム・ロジャーズ)
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