■いよいよ始まる東京メトロのクレカ乗車
2026年3月25日から、東京メトロでクレカタッチによる乗車が可能になる。東京メトロの導入によって相互乗り入れにも利用できるようになる点でインパクトが大きく、クレカタッチ乗車の利便性が一気に増す。
これに合わせて、既にクレカタッチ乗車を実施している都営地下鉄、東急電鉄、京急電鉄などに加えて、小田急電鉄や東武鉄道などもクレカタッチ乗車を導入する。
東京メトロと都営地下鉄を乗り継ぐ場合には、現在70円値引きが適用されているが、クレカタッチ乗車ではこれも適用になるので安心だ。
現在、同じ都営線なのにクレカ乗車だと「新たな乗車」になり、再び初乗り料金が請求されてしまう不備(都営新宿線の馬喰横山駅と都営浅草線の東日本橋駅の乗り換え)も、3月25日から始まるクレカタッチ乗車では解消される見通しだ。
■交通系ICカードが「圧倒的強者」だが…
交通機関の支払いはもとより、キャッシュレス支払い手段が成功するかどうかは、経済学でいうところの「ネットワーク外部性」にかかっている。パソコンのソフトウェアは利用者が増えれば増えるほど、もっともっと売れるようになる現象と似ており、ネットワークの規模が大きいほど浸透するのだ。
現在、鉄道・バスでは交通系ICカードの利用が7~8割程度と圧倒的に多いが、いずれクレカタッチに「駆逐」されると予想する。本稿では、その理由を解説していきたい。
■「前払い」は「後払い」に飲み込まれる宿命
利用者にとって、まずはシステムの安全性・信頼性とともに、ネットワーク外部性が重要かもしれないが、次に重視されているのは「先払い」の安全神話だ。
クレジットカードの「使い過ぎ問題」を気にする人は少なくない。確かに、ついつい使い過ぎてしまい毎月「不渡り」に怯える私にはその気持ちがわからなくもない。支払ってもない商品やサービスを受け取ることを心配する国民性は素晴らしいが、経済は「後払い」によって進化発展してきた。
支払いを後に延ばすことを信用という。大学生に「信用」と「信頼」はどこが違うかと質問すると、ほぼ同じじゃないですか? と返ってくるが、経済学の領域ではそれらは明確に違うのだ。後から払っても良いよ、これが信用で、それは相手を信頼するから信用が成立する。プリペイド(前払い)がポストペイ(後払い)に飲み込まれるのは、信用を軸にする経済の宿命だ。
良くも悪くも日本はポイント大国であり、現金で交通系ICにチャージしてもポイントは貯まらない。ポイ活は、結局は利用者の誰かが負担しているので、社会的にみれば回り回って自身が負担しているし、ポイントを貯めない人からポイント獲得者へ資産が移転するのだ。
このポイ活の浸透が続けば、より一層クレカタッチ乗車が拡大する。交通系ICの残高もクレジットカードからチャージする利用者が増加し、その時点で「先払い」ではなくなっており、「後払い」の強さが際立つ。
■交通系ICはタッチしなくてもOK
交通系ICの利点は、入鋏(にゅうきょ)時の処理スピードの速さだ。
交通系ICは、ソニーが非接触型を売りに開発した「FeliCa」規格を採用している。そのため、実際には1センチ程度近づけるだけで認識され、タッチしなくてもよい。非接触のほうが衛生的でスピードも速い。
■JR九州もクレカタッチを本格導入
クレカタッチ乗車の処理速度は交通系ICに比べて遅く、その点は交通系ICに軍配が上がる。しかし、JR東日本の発表によれば、今後はSuicaの運賃計算を現在の改札機ではなくセンターサーバー方式に変更するため、今より時間を要するようになるかもしれない。
2026年度にJR東日本の首都圏・仙台・新潟エリアの自動改札機リプレイスによって移行していく予定だ。ICチップにデータを蓄積できる利点を活かして、自動改札機で高速処理するという優位性が揺らぐ可能性は否定できない。すでにクレカタッチ乗車を利用した方なら、立ち止まるほど遅いわけでもないことは体験されたはずだ。
JRがクレカタッチ乗車を進めると一気に有利になるのだが、交通系ICの覇権争いのためか積極的ではない。しかしJR九州は、2026年4月よりクレカタッチ乗車を本格始動させ、年内には主要92駅で利用可能になると発表した。
もしかしたらSuicaのJR東日本やICOCAのJR西日本の方針とは異なり、JR九州はSUGOCAの域内覇権にメリットを見出していないのかもしれない。
■QRコードきっぷはクレカ陣営に有利
関東・近畿・沖縄などでは、従来の交通系ICに加え、クレカタッチ用とQRコードが使える自動改札機が増えてきた。
那覇都市モノレール「ゆいレール」では、切符を物理的に自動改札機に挿入せず、以前から切符に印字されたQRコードを自動改札機に読み取らせてきた。ゆいレールの自動改札機は、交通系ICとQRコードを1カ所で処理できるスグレモノだ。
QRコードを活用した交通機関の利用は、例えば周遊きっぷ、1日乗り放題きっぷなど、企画乗車券との相性が良く、観光地の入園料を含めた企画きっぷに最適だ。
それら企画切符は「デジタル乗車券」と呼ばれ、近畿エリアの交通事業者の広域連携である「KANSAI MaaS」でも、事前にクレジットカードを登録してデジタルチケットを購入する。
大阪メトロでは、すでに顔認証による「ウォークスルー」改札が利用されている。この顔認証のウォークスルー改札は、デジタル乗車券のQRコードの代わりとして利用されて、クレジットカードの優位性は揺るがない。
QRコードと言えば「○○Pay」のイメージかもしれないが、結局はそのチャージもクレジットカードからの利用者が多く、QRコードの支払い手段はクレジットカード陣営に包括されるのだ。
■「完全キャッシュレスバス」はやり過ぎ
バスでも完全キャッシュレス化の動きが加速している。深刻なドライバー不足や赤字事業者が多いことを背景に、「赤字改善・ドライバーの負担軽減が目的」と旗振り役の国土交通省は説明する。
確かに、硬貨を銀行預金にしようとすると手数料という名の妙なペナルティを課す不届きな銀行が増えているものの、交通系ICの利用は事業者にとって無料ではない。
この完全キャッシュレス化には大きな問題があると指摘しておかなければならない。それは、硬貨が銀行券とともに法定通貨(リーガルテンダー)であることによる。
法貨とは、商品やサービスの対価としていを受ける際に拒否できないものを言う。これを債権債務関係でいえば、法定通貨の意味は、支払いの「ファイナリティ」を有しており、このファイナリティこそ、債権債務関係を法的に完了させることができる。
時代の流れや効率化は重要であり、キャッシュレス化の推進は大いに良いことだが、現金の支払いを拒否することは法的に大いに問題を含む行為だ。
もしやるなら、貨幣法や日本銀行法を変えて硬貨そのものを廃止し、一定額未満の支払いはキャッシュレス支払い手段に限定し、事業者はそれを拒否できないという規程を設けるなど、法的な整備を必要とする。
■Suicaの「上限額30万円」が意味すること
JR東日本は、2026年秋からSuicaの限度額を現在の2万円から30万円に大幅に引き上げると発表した。これだけ聞くとSuicaの残高が30万円になるように聞こえるが、実際には少し異なる。モバイルSuicaにQRコード機能を付与して、コード決済としての限度額を30万円にするというものだ。
そのチャージにはJR東日本のクレジットカード事業である「View Card(ビューカード)」などクレジットカードから行い、事前のチャージなしでもQRコード決済の後払いとして利用することもできるようになる。結局は自ら、クレジットカードの機能としての優位性を認めたとも言える。
■キャッシュレス決済はクレカに収束する
熊本では、交通系ICのシステム更新が高額だとして2024年11月に廃止し、クレカタッチ乗車に移行し、クレカタッチ乗車とQRコード決済乗車、独自のICカードで運用してきた。
しかし、その1年後の昨年末に方針転換して、2026年4月以降も交通系ICの利用を継続させることになった。ただし、路線バス5社については復活させる予定はないという。
広島ではそれまでの地域交通系IC「PASPY」が廃止され、広島電鉄が独自にQRコード乗車システム「MOBIRY DAYS(モビリーデイズ)」を導入し、交通系ICは乗務員が手動で残高を引き落とす方法に変更した。
交通系ICもQRコードも結局はクレカに紐づけになり、現金チャージによる交通系IC利用は相対的に存在感を低下させる。交通系ICのシステム更新費用の高額さによって、交通系ICの優位性が低下し、錯綜する地域も出てきている。最終的には、すべてのキャッシュレス決済はクレカに取り込まれ、クレカタッチ乗車とQRコードとの組み合わせに軍配が上がりそうだ。
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近廣 昌志(ちかひろ・まさし)
中央大学准教授
1978年広島県生まれ。中央大学商学部金融学科卒業。中央大学大学院商学研究科博士後期課程修了、博士(金融学)。愛媛大学准教授を経て2022年より現職。専門分野は貨幣金融論・貨幣供給理論。
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(中央大学准教授 近廣 昌志)

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