■22歳で結婚し、33歳で2児のシングルマザーに
「大きい音がうるさくて、むしろうっとうしく感じていましたね。長野の田舎出身なので、重機の音に耐性がなかったんだと思います」
建設業界のインフルエンサーで、「重機女子」と呼ばれている東香織さん(41)。「kaori」という名義でInstagramで活動しており、フォロワーは2026年3月現在で1万6000人いる。重機で習字や調理を行う“スゴ技動画”で話題になった。人気テレビ番組『激レアさんを連れてきた。』への出演や、小泉進次郎氏の前での習字パフォーマンス披露など、メディアやSNSを通じて建設業の魅力を発信し続けている。
幼いころは重機の音がうるさくて嫌いだった東さんだが、なぜユンボに乗り、轟音を立てて地面を掘り返す仕事を始めたのだろうか。
自然豊かな長野県で幼少期を過ごした東さん。ただ、家庭環境は決して穏やかではなかったという。両親の仲は悪く、離婚はしないものの別居状態だった。
高校卒業後はラーメンチェーン店でアルバイトを始める。店長代理として、店を切り盛りしながら、22歳のときには常連だった男性と結婚し、1年目に長男を、4年目に長女を出産した。ただ、夫婦間のすれ違いもあり、結果的に東さんは33歳で離婚を決断する。
「離婚した理由はいろいろあるんですが、一番は子どものことですね。『子どもに嫌な思いをさせるぐらいなら、もう離婚しよう』と」
自分自身も、両親の仲が悪かったことで苦しい思いをした。だからこそ、自分の子どもにはそんな思いはさせたくない。そう考え、約10年の結婚生活にピリオドを打ち、東さんはシングルマザーとして生きる道を選んだ。
■職場の窓から見えた重機に“一目惚れ”
「重機にまったく興味がなかった」という東さんが重機好きになったのは、些細なきっかけからだった。
「まだ結婚生活が続いているころに、長女が生まれたタイミングで『私もパートに出たほうがいいかも』と思って、タクシー会社で事務所の清掃の仕事を始めました。配偶者控除を受けられるくらいのちょっとした収入があればよかったので、清掃のパートでは月収5万円ほど、年収にすると60万円くらいの収入がありました。当時、その会社の向かいは何もない野原だったんですが、あるときから重機が入るようになって地面を派手に掘り始めたんですよ。
まさに重機に“一目ぼれ”した東さん。その後は、暇さえあれば事務所の2階の窓から重機を眺めるようになった。
「『私も重機に乗れるようになりたいなぁ』って思いながら、ずっと見ていました」
日に日に募る「自分も重機に乗りたい」という思い。しかし、これまで重機とは縁遠い世界で生きてきたため、どうすれば重機に乗れるようになるかはわからない。
そんなもどかしい日々を過ごしていたある日、東さんは再び運命の出会いを体験する。
「たまたま近くのコンビニに行ったら、いつも重機に乗っていた運転手のおじさんがいたんですよ。勇気を出して私から声をかけてみたら、『あ、いつも俺のこと見てる子だよね?』って言ってくれたんです。『見てるのはユンボの方です』ってすぐに訂正しましたけど(笑)」
勘違いされていた東さんだったが、そのときに「どうすれば重機に乗れるのか」など、気になっていたことを思う存分聞いた。すると、「そんなに重機に乗りたいなら資格取ってきたら乗せてやるよ」と言われた。
その瞬間に、東さんの決意は固まった。
■資格を取得し、晴れて“重機女子”に
資格取得を決意した東さんは、苦労の末、約半年後に資格を取得。青い作業服を着ていたことと、体型がドラえもんに似ていたことから、のちに「ドラえもん先輩」と呼ぶことになる重機オペレーターの方に再び連絡を取り、その方と同じ会社で働くことになった。
その会社での私の仕事は、工事現場などで出た残土を置く“置き場”の管理でした。置き場での作業は「ユンボ操縦の基礎」とも言われており、一見すると単純な作業に思える。しかし、残土を整形したり、土の中に含まれている石や枝などの不純物を取り除いたりすることで製品化するため、その工程は多岐にわたる。
また、いかに基礎と言っても、重機を扱うのが初めての東さんにとっては慣れないことばかり。雨で流れないように土を盛ったり、最小限の動きで作業をしたりと、ユンボの基礎を一から覚えていった。
「最初の頃は『全然ダメ』『降りろ!』ってよく怒られていましたね(笑)。でも、『ユンボに乗れるようになりたい』っていう気持ちは変わらなかったので、とにかく必死に食らいついていました。そのころは技術もなかったので、日給は8000円。年収にすると200万円程度でした」
■育児とキャリアアップの壁にぶつかる
置き場での作業をひたすら続けていた東さん。気が付けば、ユンボに乗り始めてから約4年が経っていた。
4年間ユンボに乗り続けていたため、基礎技術はかなり習得できた。そうなると、今度は「本格的な現場に出たい」という欲が出てきたという。
「会社の社長や先輩にも『現場に出たいです』って言い続けていました。そしたら、社長が別の会社の現場仕事を紹介してくれることになったんです」
東さんにとっては願ってもないチャンスだ。しかし、東さんは二つ返事で「行きます」とは言えなかったという。
「現場に誘っていただいた時期が、ちょうど離婚と長女が小学校1年生になるタイミングと被ってしまって。小学生って基本的には一人で登校すると思うんですが、私がもし現場に行ってしまったら、子どもたちの登校を見届けられないことがわかったんです」
東さんが紹介された現場は、自宅からおよそ1時間半ほどの場所。その現場では朝礼が8時に始まるため、6時には家を出なければ間に合わない。つまり、子どもたちの登校前に家を出なければ現場に行けない状況だったのだ。
シングルマザーの東さんにとって、幼い子どもを学校に見送れないことは大きな不安だった。
■憧れの現場仕事を任されるように
しかし、ここで現場を経験できなければ、次にいつチャンスが来るかわからない。
「自分の夢はもちろん、子どもたちを養うためにもこのチャンスを逃すわけにはいかないと思って、最終的には社長に『行かせてください』と返事をしました」
そして、東さんは念願の現場仕事をスタートさせた。憧れの現場仕事は、大変なことも多かったが、それ以上に楽しいものだった。
一方で、当時、小学1年の長女と、小学5年生の息子の育児にも向き合った。
「私はシングルマザーで実家も長野なので、気軽に頼れる人はいませんでした。それでも、ママ友や周りの人たちに娘を見てもらったり、現場の朝礼が始まる前に毎日電話をかけて様子を確認したり、とにかくできることは全部やっていました」
いま思えば、それが正解だったのかはわからない。もしかしたら、子どもたちに寂しい思いをさせてしまったかもしれない。
だが、いまの東さんがあるのは、間違いなくこのときに現場に行く決断をしたからだろう。
■独立し、年収は800万円台に
その後、現場経験を順調に積んでいった東さんは、2021年に個人事業主として独立。いわゆる「ひとり親方」となった。
「未経験だった私を雇っていただいた会社に恩義は感じていました。でも、独立していろんな現場に入れば、さらにスキルアップできる。将来のことを考えて、思い切って独立しました」
現場で経験を積んだとはいえ、当時の東さんには人脈も技術もまだまだ不足していた。それでも、限られたチャンスを活かして東さんは徐々に仕事を増やしていった。
また、このころには独立後の最高年収も更新した。
「現場のお給料は日当でいただくんですが、さまざまな報酬を合算すると独立前の日給よりも倍以上の単価を貰えるようになりました。年収も800万円台でしたね」
さらに、自身の経験を発信するために、SNSでの発信も始めた。ユンボに乗りながら習字をしたり、ペットボトルのキャップを開けたりと、いわゆる「スゴ技動画」を投稿。フォロワーも増えて徐々に注目されるようになり、横須賀で開催された「建設フェスタ」では、小泉進次郎氏の前で重機習字を披露するなど、活動の幅を広げている。
■スキルを高めて念願の法人化を果たす
個人事業主の一人親方として順調にスキルをつけ、仕事を回していた東さんは、昨年法人化した。
一般的に法人化する理由としては、一定の金額を稼げるようになったことで税金が増え、その対策としての側面が強い。しかし、東さんの場合は少し事情が異なっていた。
「いま住んでいる家に年収制限があるんですけど、独立した後はその制限を超えてしまったんです。引っ越す選択肢もあったんですが、子どもがちょうど思春期に入ったタイミングで、なるべく家は変えたくないなと思って。なので、法人化して年収を下げる道を選びました」
■稼ぐよりも、とにかく重機に乗りたい
また、ほかにも法人化した理由があるという。
「私に重機の魅力を教えてくれたドラえもん先輩を、どうしても雇用したかったんです。これまでも同じ現場で一緒に働いてきたこともありますが、ドラえもん先輩がいない現場で仕事をすることは私にとってあり得ないことだったんです。ドラえもん先輩と働き続けるためにも、法人化して彼を雇用することにしました。いまはとにかく恩返しがしたいです」
一人親方としてもっと稼ぐことはできた。しかし、東さんのなかでは子ども以上に優先すべきことはない。それは、子どもたちには幼いころから苦労をかけてきたという思いがあるからかもしれない。
また、法人化後も事業拡大はせずに、受けきれる範囲に絞って仕事を受けるようにしているという。せっかく法人化したのだから、従業員を複数雇用し、複数の現場を同時に回して売り上げを伸ばすこともできるだろう。
だが、そこにも東さんなりの明確な答えがあった。
「従業員を増やして複数現場を回すようになると、私は経営にフルコミットしなければならなくなると思っていて。それは嫌なんですよ(笑)。私はユンボに乗るのが好きでこの仕事を始めたので、できる限りは“ユンボオペレーター”として現役を続けたいんです」
母親として、そして一人のユンボを愛する者として。東さんは両方が理想の形になる選択を取り、実行しているのだ。
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ワダ ハルキ(わだ・はるき)
ライター、カメラマン
1998年生まれ。大阪出身。大阪府立大学卒業。卓球メディア「Rallys」でライター活動をスタート(自身の卓球歴は15年)。現在は卓球以外にも大学ミス・ミスターコンの取材も精力的に行う。東洋経済オンライン、集英社オンライン、プレジデントオンラインなどに寄稿。
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(ライター、カメラマン ワダ ハルキ)

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