※本稿は、安井佑『大切な人が亡くなる前にあなたができる10のこと』(かんき出版)の一部を抜粋・再編集したものです。
■5000人の人生を見送ってきた
東京23区の北西に位置する、賑やかで活気あふれる商業地・池袋。
そのほど近く、静かな住宅街が拡がる板橋区東新町に、私が理事長を務める在宅医療専門クリニック「やまと診療所」があります。
2013年、私はこの診療所を開設し、「人生の最後」を迎える患者さんや、そのご家族に寄り添うための一歩を踏み出しました。
それから十年以上の間に、お見送りした患者さんは約5000名。2024年には年間で約700名、都内でもっとも多くの患者さんをご家族とともに見送らせていただきました。
診療所の医療スタッフの仕事は、ご自宅にうかがうことから始まります。
「こんにちは。お邪魔します」
私たちがそんなふうに声をかけて、玄関から奥へ進ませていただくと、その先にいらっしゃるのは、がんの末期を迎えた方、心臓や肺の病が進み通院がかなわなくなった方、足腰が不自由になった高齢の方など。それぞれが歩んでこられた人生の、まさに最終章にいる方々です。
治療できる時期はもう過ぎて、病気とともに残された人生の時間を過ごしている。
そんな彼らのかけがえのない日々に寄り添って、不安や痛みをやわらげる。
それが、私たちの仕事です。
さらに、患者さんご家族の精神的なサポートをするのも、やまとのスタッフの役割のひとつだと思っています。
患者さんの「人生の最終章」は、ほんの数カ月のこともあれば、数年、十年以上続くこともあります。
いずれにしてもこの時間が、ご家族にとって「先立つ人と一緒に過ごせる、最後の時間」。だからこそ、ご家族がのちのち後悔せずにいられる日々の過ごし方のアドバイスも、私たちはお伝えしているのです。
■最大の後悔は「もっと触れておけばよかった」
そんなアドバイスのひとつが、「ご家族はできるだけ、患者さんの身体に触れてください」ということ。
「え、そんなことが、わざわざ言うほど大事なの?」とあなたは思うかもしれませんね。
そうなんです。これがすごく大事です。
なぜなら、人によっては意外と、大切な人の身体に触れないからです。
今、あなたの大切な人は、その身体にさまざまなトラブルを抱えていると思います。
たとえば、患部や手術あとが痛むとか、弱くなった脚や腰が痛いとか。
それに対して、あなたは「シロウトの自分が触ったら悪化するかも」と思ってはいないでしょうか。
あるいは、単に「触るのが怖い」とか。人によっては「今さら、家族に触れるのは恥ずかしい」と感じているかもしれません。
そうした方は、大切な人の身体に触れるのに少し勇気がいると思います。
でも、勇気を出すのをためらって、大切な人に触れないままでいると、これがやがて大きな後悔につながります。なぜなら、「生きているうちに、もっと触れておけばよかった」というのは、大切な人が亡くなってからご家族がする、最大の後悔だからです。
今の時代、スマホで写真や動画が撮れますから、亡くなったあとも人の声を聞いたり姿を見たりというのは、手軽にしやすいです。
でも、身体に触れる。
そのぬくもりを感じる。
これだけは、大切な人がお墓に入ってしまった後ではできません。
ですから、触り方に注意する必要はありますが、後悔しないために、大切な人の身体にできるだけ触れてほしいのです。
■身体に触れると、心の距離が近づく
私が、大切な人に「触れる」ことをお勧めする理由は、他にもあります。
「身体」に触れると、「心」の距離が自然と近くなるからです。
そのことを私に教えてくれたのは、ショウイチさん(70代)と、お姉さんたち。
江戸っ子のショウイチさんには、2人のお姉さんがいます。
長女のウメさん、次女のタエさんです。
3人はそれぞれ結婚して、別々に暮らしていました。
そんなある日、タエさんから、ショウイチさんに電話がありました。
「実は、姉ちゃんが乳がんで、転移もしてるの。残り時間はそんなに長くないみたい。でも、姉ちゃんは『入院は絶対にイヤだ!』って。だから、私が姉ちゃんのうちに面倒を見に行ってるんだけど……。胸の腫瘍が皮膚を突き破ってて、怖くて触れないのよ」
ご主人を亡くしたウメさんは一人暮らし。お子さんはおらず、近所に住むタエさんが通っていました。
それを聞いたショウイチさんは、久々にウメさんに会いに行くことにしました。
実は当時、ショウイチさんは同じ都内で暮らしてはいたものの、姉2人とはお正月に電話で挨拶を交わす程度。「便りがないのは、元気な証拠」とばかりに、何年も顔を合わせていなかったのです。
久しぶりに会ったウメさんに、ショウイチさんがその胸を見せてもらうと、腫瘍が飛び出した傷口からはジクジクと血や滲出液(しんしゅつえき)が染み出しています。
「正直、最初にそれを見たときは、『これはシロウトが触っちゃまずいんじゃねぇか』と思ったね。でも、先生に聞いたら『やり方を覚えてくれれば、ご家族がガーゼを替えても大丈夫』って言うからさ。それなら、俺がやり方を覚えて、姉ちゃんが気持ち悪いって思うときに、替えてやろうと思ってさ」
そこでショウイチさんは、私たちに処置の方法を教わりながら、おそるおそるウメさんの傷口に触れました。
「最初はちょっとおっかなかったけど、慣れたら『ああ、大したことねぇな』って」
習って手を動かすうちに恐怖は消えたようで、そこからは積極的にウメさんに触れてお世話するようになりました。
最初は「無理して覚えなくったっていいよ」とそっけなかったウメさんも、弟の真剣な姿に、思わず表情がほころびます。
多くの患者さんは、家族を不安にさせまいと、泣きごとを言わず、ひとりで我慢してしまいます。そんなときに、家族が傷口に触れてくれると、それだけで安心感が広まります。
■3人で賑やかに過ごした最後の時間
「弟にできるなら……」と、タエさんも変わりました。
最初、傷を怖がっていたタエさんは、出血がひどいときはいつも医療スタッフを呼んでいました。ウメさんに対しては常におっかなびっくり接していて、そのせいで会話もあまり進みませんでした。
でも、応急処置のためにタエさんも傷に触れるようになってからは、ウメさんへの腫れ物に触るような対応は自然と消えていきました。その傷に触れることで、二人の間にあった目に見えない壁が消えたのです。
やがて3人は毎日のように集まって、食事や昔話、冗談を楽しむようになりました。
お風呂が好きなウメさんのために訪問入浴サービスを頼んだときは、ショウイチさんもタエさんも付き添いました。温かなお湯にゆったり浸かったウメさんは上機嫌で、その口からは自然とお気に入りの歌が流れ出します。
「気づいたら、俺もタエちゃんも一緒に歌っててさ。ほら、昔、お袋がよく歌ってくれた、『ほたるこい』とか、『赤とんぼ』とか」とショウイチさんはのちに話してくれました。
ウメさんが徐々に食事がとれなくなり、穏やかに旅立つまでの4カ月間、2人は頻繁にウメさんの元を訪れて、賑やかに最後の時間を過ごしました。
ショウイチさんもタエさんも、最初からウメさんへの想いが強かったわけではありません。
けれど、ウメさんの身体に触れることで、病気への過度な恐れが消えて、昔の親しさを自然に取り戻すことができました。
だからこそ、大切な人の身体に、その人の痛みに、ぜひ触れてほしいのです。
■父の傷に触れなかった、私の後悔
そう言う私は、実は、大切な人に触れられなかった一人です。
私は17歳のとき、がんで父を亡くしています。
当時、私たち家族はアメリカで暮らしていましたが、元気だった父の身体に大きな腫瘍が見つかりました。検査の結果、治療法のない希少な悪性腫瘍と判明。
緊急帰国して大学病院で治療を始めたものの、まだ40代になったばかりだった父が病気を告げられてから旅立つまでは、わずか3カ月余りでした。
治療を断念したあと、父は、母が探してきた当時はめずらしいホスピスで過ごしていました。
その頃の父の胸には、アメリカで生検(組織を取って調べる検査)を受けた際の傷が塞(ふさ)がらずに残っていて、そこから腫瘍が顔を出し出血するようになっていました。先ほどのウメさんと同じ状態です。
実は当時の私は、その傷を「見たい」と思っていました。けれど、「高校生の自分が見ても何もできない」「見たいなんて、口にしてはいけない」と自分に言い聞かせて、我慢していました。なんとなく遠慮していたのです。
でも、今振り返れば、「見たい」と言ってもよかったし、触らせてもらってもよかったのです。そうすれば、傷をきっかけに、父が感じていたことを話してもらえたかもしれません。
私にとって、父は威厳があって、少し怖い人でした。だから、そうするにはきっと勇気がいったと思います。
それでも、今の私なら、あのときの自分にこう言うでしょう――「いいから、『傷を見せて』って頼んでみな。触らせてもらいな」と。
そうしていれば、父とこれまでできなかった話ができたかもしれないからです。
大切な人に関われるのは、生きている間だけ。
だからこそ、生きている間に、自分にできることをしたい。それができるようになりたい。
そんな後悔にも似た想いから、私は医学の道を歩み始めました。
ですから、まだ大切な人と一緒に過ごす時間が残されているあなたは、ぜひとも今、このときに、大切な人に触れる勇気を持ってほしいのです。
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安井 佑(やすい・ゆう)
医師、医療法人社団焔理事長
高校生の時に父の死をきっかけに医師を目指し、2005年東京大学医学部を卒業。初期臨床研修後、2007年より特定非営利活動法人ジャパンハートに所属し、ミャンマーで約2年間国際医療支援に従事。その後都内大学病院などの勤務を経て、2013年4月に「やまと診療所」を開業、2021年4月には「おうちにかえろう。病院」を開設。在宅医療専門の医師として、これまでに5000人以上の患者さんの最期の時間に携わる。関連書籍に『チーム・ブルーの挑戦 命と向き合う「やまと診療所」の物語』(大月書店、中島隆著)、『大切な人が亡くなる前にあなたができる10のこと』(かんき出版)がある。
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(医師、医療法人社団焔理事長 安井 佑)

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