■世界中で国民食になった「即席ラーメン」
即席ラーメンは日本の“国民食”――そう言っても異論はないはずだ。その即席ラーメン文化を支えている会社がある。群馬県藤岡市に本社と工場を置く冨士製作所が、その会社だ。
国民食である即席ラーメンだが、日本が世界一の消費量を誇っているわけではない。即席ラーメンの歴史は、1958年に日清食品の創業者である安藤百福が「チキンラーメン」を開発して発売したことに始まる。以来、さまざまな即席ラーメンが登場し、いまでも新製品が生まれつづけている。その人気は世界にも広まり、消費量で日本を上まわる国も存在しているのだ。
世界ラーメン協会が2025年5月に発表したところでは、2024年の即席ラーメンの世界一の消費国は中国・香港で438億食となっている。次が日本かと思えば、残念ながらそうではなく、2位はインドネシアの146億食だ。そして3位が、83億食でインドである。
ただし、「国民1人あたり」となると話が違ってくる。国民1人あたりの年間消費量で世界一は、約81食でベトナムなのだ。国民全員が、約4日に1度は即席ラーメンを食べている計算である。2位は韓国で約79食、3位はタイで約58食と続いている。人口の多い中国・香港は全体の消費量では断トツのトップでも、1人あたりとなるとランキングのベスト5にもはいってこない。
いったい日本はどれくらいのところにいるのかといえば、年間消費量では2024年が59.8億食で世界5位である。これを日本の人口約1億2400万人で割ると、1人あたりの年間消費量は約50個ということになる。1人あたりの消費量でも、3位のタイを下まわっている。
世界的にはそういう状態の日本で国民食といわれるくらい普及しているのだから、ベトナムや韓国、タイなどでも、もはや国民食的存在だろうと想像できる。
■「製麺プラント」で世界シェア50%
1958年に誕生して日本の国民食となった即席ラーメンは、いまや世界的な国民食となっているといっていい。それを支えるために日本から世界各国に輸出されているわけではなくて、その国のメーカーが独自のブランドを生産・販売し、それが食べられている状況である。
そうしたなかでも、冨士製作所は各国の即席ラーメン製造に深くかかわっている。同社が手掛けるのは、即席ラーメンをつくるための製麺プラントだ。麺を揚げるフライヤーをはじめ、生地をローラーでシート状に圧延、切り歯で麺線にして特有のウェーブ加工をして蒸すなどの各工程が自動化されており、その生産ラインは70メートル以上、長ければ100メートルを超える。この設備がなければ即席ラーメンは生産できないし、即席ラーメンが世界の国民食になることもなかったはずだ。
この製麺プラントで冨士製作所は、国内・国外ともに50%というトップシェアを誇っている。1946年に櫻沢製作所として群馬県高崎市で創業し、1964年に冨士製作所と社名変更して群馬県藤岡市に工場を建設、1968年には本社も藤岡市に移転している。
同社が製麺プラントに進出するきっかけは、1963年に世界で初めての「即席麺ライン用コンベア式フライヤー」を開発したことだった。即席ラーメンは茹でた麺を油で揚げることで保存性を高めている。つまりフライヤーは、製麺プラントの心臓部といっていい。
■40カ国以上にプラントを輸出
冨士製作所の櫻澤誠社長が、その開発ストーリーを語る。
「即席ラーメンが販売された初期のころは、麺を揚げる作業も手作業で行われていました。油を使う危険な作業なので、なんとか自動化できないかという依頼がうちにあり、それに応えて開発したわけです」
これまで冨士製作所は世界40カ国以上に製麺プラントを納入しており、売上高では輸出が7割から8割を占めている。
実際に、即席麺・インスタント食品分野で国内最大手の日清食品ホールディングスの海外売上比率は2016年3月期に初めて2割を超え、2023年3月期には36.6%まで上昇した。同社は2025年3月期に相当する2024年度の期初計画で、過去最大規模となる約950億円の設備投資を掲げた。その柱の一つが、米国・ブラジル新工場をはじめとする海外各社の増産体制の確立だった。
東洋水産も、2025年3月期には海外即席麺事業が売上全体の約45%を占める。米国ではテキサス工場やカリフォルニア工場でライン増設を進めており、国内メーカーは、新たな生産能力を海外で拡張する段階に入っている。
■海外進出の第1号はタイだった
即席ラーメンの消費そのものも伸び悩んでいる。2022年に国内消費量は過去最高となる59.9億食を記録しているが、2023年には58.4億食に落ち込んでいる。2024年になって59.8億食と盛り返してはいるのだが、大きな伸びではない。国内消費量は横ばい・微増の傾向でしかない。
「即席ラーメンの日本での消費量が増えないのは、やはり少子化が影響しているのではないでしょうか。その一方で、海外のマーケットはまだ伸びる余地があります」
会社としての成長を止めないためには、海外への進出は不可欠なのだ。売上の7割から8割を占めているということは、冨士製作所が積極的に海外展開を実践している証拠ともいえる。
同社が海外に製麺プラントを輸出した第1号は、1970年のタイ向けだった。そのためには、かなりの苦労があったのではないだろうか。それを櫻澤社長に訊いてみると、“意外”な答えが戻ってきた。
「私が大学を卒業して入社したのは1986年でしたので、タイに輸出したときの経緯を詳しくは知りません。しかし、こちらから積極的にアプローチした結果というより、日本の商社を通じて話があったんだと聞いています」
■なぜ海外メーカーから選ばれたのか
櫻澤社長も詳しい話は分からないようだが、1970年当時の状況を整理すると、冨士製作所が海外展開し、その後シェアを広げていった理由が見えてくる。
日清食品が世界初の即席麺「チキンラーメン」を発売したのは1958年。それから12年。即席麺の原料となる小麦の国内使用量は1970年をピークに頭打ちとなり、日本国内の即席麺市場は成熟期に差しかかる。
例えば、冨士製作所がタイのワンタイフーズ社に機械を輸出したまさに1970年7月、日清食品自身が味の素・三菱商事との合弁で「米国日清」を設立し、本格的な海外展開に踏み出す。冨士製作所のタイ第1号は、日本の即席麺業界全体が海を越えようとする転換点と、同じ月に重なっていた。
では、なぜ東南アジアで即席麺事業を立ち上げようとした現地メーカーが、群馬の冨士製作所を選んだのだろうか。
さまざまな理由が考えられるが、決め手となったと思われるのが冨士製作所の業界内での立ち位置と、技術の高さだ。
当時、即席麺の機械を手がけるメーカーは日本国内だけで数十社存在した。しかしその多くは、うどん・そばの製麺機を延長して即席麺機械にも進出した老舗、あるいは単機(ミキサー、フライヤー、カッターなど個別の機械)を作るだけの中小メーカーだった。即席麺の生産ライン全体を、それも「自動で」一貫してつなぐことができる会社は存在しなかった。
■「即席めん業界のパイオニア」としての強み
そうした即席麺機械の業界で、冨士製作所は先頭を走っていた。1958年の「チキンラーメン」発売からわずか5年後の1963年、世界で初めて即席麺ライン用のコンベア式フライヤーを開発。それまで手作業で麺を高温の油に投入していた工程を、一気に自動化してみせた。
タイ第1号を輸出した1970年時点では、この世界初フライヤーはすでに7年間の運用実績を積み、国内の大手即席麺メーカーともすでに取引実績があった。
海を越えてゼロから即席麺事業を立ち上げる現地メーカーにとって、「日本のトップメーカーが採用している即席めん業界のパイオニア」と、それ以外の企業とでは、立ち上げのスピードもリスクも比較にならないだろう。
即席ラーメン発祥国である日本の大手メーカーが選ぶ会社が、世界で唯一、一貫自動ラインの開発を手掛けている会社でもあった。これだけの条件が整っていれば、冨士製作所に問い合わせがきたのは必然だったと言える。
■世界的企業と共に成長していった
そして、もうひとつ重要なのは、海外進出が一度きりで終わらなかったことである。
1970年代以降、東南アジア各国で即席麺事業の立ち上げが連鎖的に始まる。たとえばインドネシアでは、最大財閥サリム・グループ傘下のインドフードが台頭し、国内の即席麺市場で90%のシェア、年間80億食という巨大企業へと成長していった。
先述の海外進出第1号・ワンタイフーズ社も、その後タイ即席麺市場を代表する大手企業へと成長した。台湾出身の創業者が立ち上げ、後に味の素グループが資本参加した同社は、いまや東南アジアを越えてヨーロッパ、アメリカ、オーストラリアにも輸出する規模となっている。
世界ラーメン協会の推定によれば、2024年の世界の即席麺消費量は1231億食。この15年でおよそ2.5倍に拡大している。即席ラーメンが日本発の食文化として世界に広がっていくプロセスのほぼすべての段階で、冨士製作所は新興メーカーへの機械供給という形で関わり続けてきた。
こうして、取引先のグローバル化と共に冨士製作所も海外事業を拡大し、製品の技術力が評判となって新たな顧客を獲得してきたのだ。
■最大の取引先はインドネシア
冨士製作所にとって最大の取引先となっているのが、先ほども紹介したインドネシアに本拠地を構えるインドフードだ。
「インスタントラーメン業界では、世界的に見ても大きな企業なんです。『インドミー』という即席麺シリーズで世界的に知られていて、かなりの数のプラントを出荷しています」と櫻澤社長が語る。
冨士製作所がインドネシアへの輸出を本格化させたのは1970年代前半のこと。その後、多い時期には年間15~20ラインを受注し、累積で70~80ラインにおよぶ納入実績を誇ってきた。
1997年のアジア通貨危機の影響で、一時は3年近く受注が途絶えた苦しい時期もあったが、通貨や政治情勢が安定するにつれて引き合いが戻り、現在に至るまで継続的な取引が続いている。
海外での売り上げは、業績にも大きく影響している。2020年度以降の売上高は約30億円で推移してきたが、2025年の売上高は約50億円と1.5倍以上の伸びを記録した。インドや中東、アフリカでの新規受注の増加に加えて、プラント1ラインあたりの単価上昇も寄与している。
インドネシアをはじめとする海外事業は、ここへきていよいよ加速しはじめている。
■中国の“コピープラント”が流行したが…
海外で製麺プラント事業を展開するうえで、冨士製作所を長らく悩ませてきたのが“コピー”の問題だ。中国や台湾、韓国のメーカーが、冨士製作所や日本の競合他社の機械を模倣した類似プラントを製造・販売している。顧客の生産現場を訪ねた際、見覚えのある機械を発見することも珍しくないという。
「中国のお客さんのところにお邪魔すると、見たことがあるなという機械が置いてあるんですよ。よく見ると、やっぱりうちの機械をコピーしたものだったりします」と櫻澤社長が苦笑する。
ただし、コピープラントの品質不足に気づく顧客も少なくない。昔から冨士製作所のプラントを使っているメーカーのなかには、「最近ちょっと安いし、そこそこやれそうだから」と中国メーカーに発注をまわすケースもあるそうだ。しかし、その結果は芳しくない。やはり、という落胆とともに、再び冨士製作所に戻ってくる顧客もいるという。
もっとも、油断できない状況は続いている。中国や台湾にも、メーカーとして体裁を整えた競合会社が育ちつつあるからだ。品質と精度でリードを保つためには、新製品開発を毎年積み重ねていくしかない。
「他社と比べると、うちは新しいもの、小さなものでもどんどん手がけていくカルチャーがあるんですよ」と櫻澤社長。そのものづくり気質こそ、コピーされにくい強さの源泉となっている。
■海外市場はまだまだ伸びる
即席ラーメンの市場は、世界各地でなおも拡大しつづけている。冨士製作所も、2022年からドバイで毎年開催されている食品機械関連の展示会に出展し、中東・アフリカ・中央アジアの顧客開拓を進めてきた。
「ドバイの展示会は、冷やかしのお客さんが少ないんですよ。ラーメン工場を立ち上げたいという熱意のある方々が、プロジェクトを持ってうちのブースに真っ直ぐ来てくれます」と櫻澤社長は手応えを語る。
展示会がきっかけで商談がまとまり、実際に製麺プラントの契約に至ったケースも数件ある。2024年の納入実績には、インド、インドネシア、タイ、エジプト、フィリピン、アメリカ、ペルー、エスワティニ(旧スワジランド)といった国々が並ぶ。エスワティニのように、同社として初めての輸出国も新たに加わっている。
ここ数年で世界的に市場を拡大しているのが、韓国の即席麺だ。「辛ラーメン」や「チャパグリ」といったブランドが欧米で爆発的な人気を獲得し、韓国ドラマや映画を通じて現地の食文化にまで浸透していった。その韓国メーカーが海外進出するのにあわせて、冨士製作所に問い合わせが増えているケースも増えている。
国内消費が横ばいとなるなかでも、海外市場は依然として伸びしろを残している。即席ラーメンが世界の国民食として広がりつづけるかぎり、冨士製作所の製麺プラントへの需要もまた尽きることはない。
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前屋 毅(まえや・つよし)
フリージャーナリスト
1954年、鹿児島県生まれ。法政大学卒業。立花隆氏、田原総一朗氏の取材スタッフ、『週刊ポスト』記者を経てフリーに。著書に『学校が合わない子どもたち』(青春新書)、『学校の面白いを歩いてみた。』(エッセンシャル出版社)、『教育現場の7大問題』(KKベストセラーズ)、『ほんとうの教育をとりもどす』(共栄書房)、『日本の小さな大企業』(青春新書インテリジェンス)などがある
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(フリージャーナリスト 前屋 毅)

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