世界中が金融バブルに沸いている。巨額のマネーを集めている投資先のひとつが、プライベートクレジットだ。
30年以上世界の大手金融機関で投資に携わった土屋剛俊さんは「投資ファンドや資産運用会社などが、非上場企業などに直接融資する運用手法だ。高い利回りから人気を集めているが、リスクは大きい」という――。(第1回)
※土屋剛俊『市場の爆弾 プライベートクレジットは破滅的金融危機の引き金を引くか』(講談社+α新書)の一部を再編集したものです。
■世界中で起きている「カネ余り」
プライベートクレジットの危うさについてはすでに多くの報道があり、投資家の間にもある程度浸透してきました。仕事柄、講演会やセミナーで投資家の方から質問を受ける機会がよくありますが、2025年頃から、プライベートクレジットについて訊ねられることが多くなりました。
プライベートクレジットを扱う取引は、金融の世界では必ずしもメインストリームとは言えません。株や為替、デリバティブの取引に比べれば、むしろマイナーな部類でしょう。
その取引にいま注目が集まっていることには様々な要因があると思います。まず指摘しておきたいのは、カネ余りです。
新型コロナウイルス感染症蔓延のあと、各国の政府が多額の補助金を出すなど、財政出動した結果、世界中で投資先を求める資金がだぶつく現象が起きました。さらにそこにウクライナ戦争などによる供給の不足からインフレが進んだことに加え、アメリカの金利上昇によって日米の金利差が拡大し、円安が加速しました。
低金利の円で借り入れ、米ドルなど相対的に金利の高い通貨を買って高利回りの商品に投資する、いわゆる「円キャリートレード」が発生し、同時に、日本の投資マネーの海外への流出が拡大しています。

■300兆円が集まっている「投資」
また、アメリカの金利上昇によってIT株を中心に株価が下落、仮想通貨も下落し、多くのヘッジファンドが打撃を受けました。そこにヘッジ外債による日本の銀行の損失拡大も重なって、オルタナティブ投資にさらに資金が集まるようになりました。
そうしたマネーの向かった先のひとつが、プライベートクレジット市場なのです。
2026年に入り、その総額は全世界で300兆円にも及び、機関投資家だけでなく個人の投資家の投資額も膨れ上がっています。
5年、10年、20年など満期までの年限が定められている債券取引は、生命保険会社など長期にわたって安定したリターンを求める投資家中心に必ず需要があります。
サブプライム危機やリーマンショックの例を挙げるまでもなく、株価は上がるときもあれば、下がるときもあります。自分の選んだ銘柄(会社)の業績がよく、株価が上昇を続ければいいですが、市場環境の大きな変化や、その企業の不祥事、思わぬ事故など、株式には多くのリスクが潜んでいることを、資産家たちはよく知っています。
それに対して「毎年おおむね10%の利回りが得られます」というプライベートクレジットが、投資家に魅力的に見えるのは理解できます。仮に1億円を10%の利回りで10年間運用できれば2億円に膨れ上がる計算になります。
■有名企業がやっているから安全なのか
目先の株価が上昇していても、株はやはり水物です。
ある企業の株が10年で2倍になることももちろんあるでしょうが、損失が出る可能性もそれなりにあります。プライベートクレジットは、「ほぼ確実に」毎年10%の利回りがあるとアピールして、保険会社や年金基金だけでなく一般の投資家にも急激に広がりました。

しかし、そんなうまい話が本当にあるのでしょうか。
10%の利回りと言いますが、いったい誰がその「10%」分を負担しているのでしょう。
日本の富裕層向けにプライベートクレジット投資信託を売っている証券会社の営業担当は、「ブラックストーンや、アレス・キャピタルといったアメリカを代表する会社がしっかり精査したうえで組成し、販売している商品ですから、破綻の可能性はきわめて小さく、心配ありません」と説明しているそうです。
たしかに、ブラックストーンやアレスは日本のメガバンクをはるかに凌ぐ規模を誇り、非常に優秀な社員を集めて破綻のリスクを管理し、巨額の資金を運用しているのは間違いありません。それならば、絶対に投資して安心なのか――私はやはり、そうとは言い切れないのです。
■繰り返される「欲望の連鎖」
本書で述べるように、プライベートクレジットの成り立ちやその商品性には、現在の金融界の歪みが集約されているように私の目には見えます。長年クレジットの世界に身を置いてきた人間として、自戒を込めて、金融界の醜い一面を見るような気持ちにまでさせられます。
儲けたい、もっともっと儲けたい――端的に言えば、そのような欲望の連鎖が、プライベートクレジットをここまで巨大化させてしまったように感じるのです。
プライベートクレジットは、当初の成り立ちからはかなり変化し、歪んだ形で膨張を続けているように映ります。本書で詳しく説明するように、1970年代にアメリカで始まった「ジャンク・ボンド」取引を起源とし、貸し付け組合など地方の金融機関が取引していた金融商品が、様々な形で市場化され、大手銀行の資金が入るようになっただけでなく、個人にも売られるようになりました。
最近では日本の大手証券会社の営業マンが顧客に「プライベートクレジット投資信託を買いませんか」と営業をかけているという話をよく耳にします。なかには、「1億円以上の金融資産を持つ方に限ってご案内しています」というようなセールストークでプライベートクレジット投信の営業をしている証券会社もあるようです。
それによって、市場が大きく動いたときの影響の拡大が心配されているのです。
■「ゴキブリを1匹見つけたら他にもいる」
2026年4月には、アメリカ金融大手のJ.P.モルガンのトップ、ジェイミー・ダイモンCEOがプライベートクレジットについて、
「いずれ必ず訪れるであろう信用サイクルで損失は予想以上に大きくなる」
と発言し、注目されました。
ダイモンCEOは以前からプライベートクレジットに否定的で、2025年秋には「ゴキブリを1匹見つけたら他にもいる」と発言したこともあります。
ダイモン氏が言及したように、その危機感は金融界全体で共有されつつあります。
本書中で詳述していますが、プライベートクレジットは、本来プロの機関投資家向けのニッチな金融商品だったものがコロナ禍以降の猛烈な資金流入によって膨れ上がってしまっていることに加え、クレジット投資自体に潜む危険という二重の危うさがあると私は考えています。
クレジット債権は相対で融資が行われ、上場されていないため、「時価」がはっきりしません。そのため、クレジット投資を手がけるファンドマネジャーは、高利回りの融資を行うことによってファンドマネジャーとして高いパフォーマンスを「一時的につくる」ことが可能なのです。
もちろん、債務不履行(デフォルト)になることが分かっていて融資するということがあっていいはずがないですが、もしやろうとすれば、それができてしまう余地があるということです。そういう麻薬のような一面があるのです。
■次の金融危機は…
一部には、このプライベートクレジットという金融商品がかつてのサブプライムローンのように世界中にリスクをバラまく可能性があると指摘する声や、リーマンショックのような巨大な金融危機のきっかけになりうるという警告さえ聞かれます。
サブプライム危機や、リーマンショックでは、アメリカ金融界発の衝撃が世界の金融界に波及し、健全と思われていた金融機関が破綻したり、大きな損失を出したことで一般の企業、労働者の生活にも大きな打撃を与えました。
アメリカのマネーゲームが、世界中の人々の生活に影響を与えたという意味で、歴史的な事件となりました。

あれと同じようなことがまた起きてはたまらない――多くの人がそう感じているでしょう。
はたして金融恐慌が来るのか、それとも世界経済はこのまま順調な成長を続けるのか。
金融の専門家であれ、世界的企業のトップであれ、ノーベル賞を受賞するような超一流の経済学者でも、いつ、どのような形で金融恐慌が来るのかを正確に言い当てることができる人はいません。
ただ、今後もしそのような危機が起きるとすれば、そのきっかけになるのがプライベートクレジットである可能性が高い、そう予測されているのは確かです。
■万が一、破綻が起きたら
万一破綻が起きた場合、その影響は投資家にとどまらず、非常に広範に及びます。
その点で、『市場の爆弾 プライベートクレジットは破滅的金融危機の引き金を引くか』は私なりの警告にほかならないのです。
なお、ここで強調させていただきますが、現在は金融機関に対するコンプライアンス遵守(じゅんしゅ)に関して、監督当局はきわめて厳格なルールで臨んでおり、プライベートクレジット・ファンドを販売している一流の金融機関は、すべてのルールを厳格に遵守したうえで、リスク管理も投資案件の発掘も運用者もすべてが業界最高レベルのものを厳選して販売しています。
『市場の爆弾 プライベートクレジットは破滅的金融危機の引き金を引くか』では現在一流の金融機関が販売している商品に問題があると主張するものでは決してありません。仮にプライベートクレジット全体が大きく棄損するような事態になってしまった場合は、その分野に投資しているファンドもマイナスの影響は避けられないかもしれないと主張しているだけですので、くれぐれも誤解のないようにお願い申し上げます。

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土屋 剛俊(つちや・たけとし)

フジワラキャピタル代表取締役

一橋大学経済学部卒。ノムラ・バンク・インターナショナルPLC(ロンドン)を経て、野村證券業務審査部で個別企業クレジット分析・調査などを担当。チェース・マンハッタン銀行(当時)東京支店審査部長、同行アジア・パシフィック部門のデリバティブ取引信用リスク数量化・管理業務の責任者を兼任。
野村證券金融市場本部チーフクレジットアナリスト、同社グループのクレジットリスク分析チームを統括。野村キャピタルインベストメント審査部長などを経て、バークレイズ証券クレジットトレーディング部ディレクター。その後みずほ証券金融市場本部シニアエグゼクティブとして社債のトレーディング、クレジットビジネスの統括管理。 2021年に独立し、現職に。著書に『入門社債のすべて 発行プロセスから分析・投資手法と倒産時の対応まで』(ダイヤモンド社)、『お金以前』(日経BP)、共著書に『日本のソブリンリスク 国債デフォルトリスクと投資戦略』(東洋経済新報社)などがある。

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(フジワラキャピタル代表取締役 土屋 剛俊)
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