ビールメーカー各社が25~27歳の女性タレントをCMなどに相次いで起用している。狙いはどこにあるのか。
桜美林大学の西山守准教授は「かつてビールCMのターゲット層は中高年男性だったが、いまは『若者のビール離れ』を食い止めるために、同世代に愛されるタレントの起用が増えている」という――。
■活性化するビール市場
最近ビールの広告を目にする機会が増えている。テレビCMはもちろん、電車に乗ってもビールの広告を至る所で目にする。
広告だけでなく、キリンは17年ぶりの新ビールブランド「晴れ風」を4月2日に発売した。今春のビール市場は、新商品投入も含む、プロモーション合戦の様相を呈している。
どうして各社はビールのマーケティング活動を強化しているのだろうか? 主な理由としては、以下の3点が考えらえる。

1.酒税改定によるビール価格の低下

2.新型コロナの反動によるアルコール需要の回復

3.ビール離れが進む若年層の獲得
1の酒税法の改正に関しては、2023年10月の酒税改正によってビールは減税、新ジャンルは増税となった。これによって、ビールの売り上げが伸び、新ジャンルが低迷するという現象が起きている。2026年にはさらなるビール減税を控えており、追い風はしばらく続くと見られる。
2に関して、新型コロナの収束により、アルコール市場は回復へと向かっている。2023年時点で、売り上げはコロナ前まで戻してきている。
3については、若者のアルコール離れ、ビール離れは進んではいるが、クラフトビール、地ビールは若者の間でも好評で、ビール離れに歯止めをかけるチャンスが到来している可能性がある。
1、2の追い風を受けて、これまで課題となっていた3に取り組もうという、酒類メーカーの意図がうかがえる。
■トップレベルの女優を次々とCMに起用
上記のトレンドと呼応してか、各社は若手俳優を相次いで広告に起用している。主要各社のCMタレントを図表1にまとめている(20代の俳優には年齢も入れている)。
これまでもアルコールの広告に若手俳優を起用することは多々あったが、各社がトップレベルの若手俳優、特に女優をここまで起用しているのは珍しいように思う。
スタンダードビールの過去のCMタレントで想起するのは、アサヒスーパードライでは福山雅治やイチロー、サッポロ黒ラベルでは妻夫木聡。以前では、山崎努と豊川悦司あたりではないだろうか。
メインだったのは中堅以上の男性タレントだ。
特に、キリンの「晴れ風」は、タレントだけでなく、苦みを抑えたあっさりした味、ブルーの爽やかな商品パッケージ、若者に寄せた商品、商品名を発売まで明かさないプロモーション手法などを見ていると、若年層を主要なターゲットとして設定していることがうかがえる。実際、若年層も取り込めるように、若手社員が開発に加わったという。
実際、「晴れ風」は一時出荷停止や出荷調整が行われるほど好調なようだ。
■「25歳を迎えたトップ俳優」が次々CMデビュー
2016年に酒類団体の自主規制が強化され、「25歳未満の者を広告のモデルに使用しない」「25歳未満にみえる表現はしない」と定められた。
サントリーは2023年、ザ・プレミアム・モルツのCMに25歳になったばかりの広瀬すずを起用した。
ザ・プレミアム・モルツはこれまでも女性を広告起用することはあったが、矢沢永吉から大泉洋に至るまで、メインのタレントは男性だった。女性をメインキャラクターに据えているのは、同一シリーズの「香るエール」の方だった。
以前から、若い女性をビールの広告タレントに起用することは多数あったが、あくまでもメインターゲットは年齢層が上の男性だった。以前のビールの広告ポスターは、若い水着姿の女性がビールジョッキを持って微笑んでいるものが多くあったが、現実世界で、筆者はそのような女性は見たことはないし、当時の広告制作者は、リアリティを重視などしていなかったに違いない。
現在は、起用するタレントの性別・年齢は、ほぼターゲット層の性別・年齢と一致していると言っていい。広瀬すずがザ・プレミアム・モルツの広告に起用されたのは、若い女性にとっての「ご褒美のビール」というポジションを狙ってのことだろう。
広瀬すず効果か否かは不明だが、ザ・プレミアム・モルツの売り上げは好調に推移している。
■橋本環奈は25歳の誕生日の1カ月後に登場
今年2月に橋本環奈が25歳を迎えた。広瀬すずに続いて、3月に入って早々に、2023年10月に発売された新商品「アサヒスーパードライ ドライクリスタル」の広告に起用された。
2024年4月2日に発売されたキリン「晴れ風」では、女優の今田美桜と人気アイドルグループSnow Manのメンバー、目黒蓮が起用されている。年齢は2人とも27歳だが、広瀬すずや橋本環奈と同世代のタレントとして多大な人気を博している。
特に、若者層は広告に「誰が出ているか?」に注目する傾向があるし、「推し」の薦める商品は購入しやすい傾向がある。

■「推しタレント」が若者の購買意欲を刺激する
筆者の所属するクチコミマーケティング協会が行った調査によると、20代の約6割が何らかの形の「推し」がいるとしている(図表2)。
また、「推し」が紹介する商品を購入する意向も他の年代(40代)と比べて強い傾向がある(図表3)。
今回のビール広告でも、SNSの投稿でもタレント名と商品名を併記したものが多数見られるし、購入報告の投稿でも、「○○ちゃんが出てる」「●●君が紹介してる」といったコメントも見られ、タレントが購買喚起に寄与していることがうかがえる。
企業側も、それを見越したプロモーションを展開している。
アサヒのドライクリスタルでは、インターネットや屋外広告で「#環奈と乾杯」というハッシュタグ付きのキャッチコピーが使用されており、実際にこのハッシュタグを使った投稿が多数なされている。
キリン「晴れ風」においても、目黒蓮が発売日の4月2日にInstagramでファンと一緒に乾杯をする生配信イベントを行っている。今田美桜も発売日翌日にInstagramに両手に商品を持った写真を投稿し、55万をこえる「いいね!」を集めている。
■「スーパードライ」はマーケティングに成功した稀有な例
価格低下と、各社のプロモーション攻勢によって、ビール市場の再活性化は十分に期待できるだろう。また、若者のトライアル飲用を促進する効果も見込めるように思える。
しかし、ビールのような日常的に飲むアルコール飲料として定着してきた商品は、広告・プロモーションの力だけで売り続けることは難しい。ビールは「指名買い」される商品であるが、定番化して安定的に売れ続けるポジションを獲得するのは非常に難しい。
1987年発売のアサヒスーパードライは、それに成功した事例としていまだにマーケティング論の模範的として語られている。逆に言えば、稀有な事例であるからこそ、いまだに語り続けられていると言っていい。
スーパードライがロングセラーになることができたのは、雑味がなくスッキリした辛口のビールが、消費者の長期的なニーズに合っていながらも、競合商品が存在しなかったことが大きい。なおかつ、味はコンセプトが20代~30代のビールエントリー層の嗜好や食文化と合致しており、新しいトレンドとして彼らから受容され、その後も着実に浸透し、市場を拡大していった。
あらゆるタイプのビールが販売されている現在において、独自の味わいを持ちながら、消費者ニーズを満たすビールを新たに開発するのは困難だ。
■広告のイメージが浸透しても定番になれるとは限らない
一方のサントリーは、ザ・プレミアム・モルツで成功を収めたが、それはプレミアムビールで独自のポジションを確保できたからだ。サントリーのスタンダードビール「ザ・モルツ」は2015年にEXILE TRIBEを広告起用して、売り上げも好調であった。しかしながら、販売は失速し、今年3月製造分をもって順次生産を終了となっている。
1992~94年に放映された、サントリーモルツのテレビCMは和久井映見と萩原健一が起用され、「うまいんだな、これが」のキャッチコピーで知られている。いまでもこのCMを覚えている人は多いと思うが、やはり本商品は定着せず、生き残ることができなかった。
2023年4月に「サントリー生ビール」が発売され、現時点までは売り上げも好調だが、定番商品となれるかは、未知数である。
現在攻勢をかけているキリン「晴れ風」だが、30秒CMでは「キリンラガー、一番搾りのような、自信作です」というナレーションが入っている。
筆者も飲んでみたが、味は一番搾りと似てビール感は強いが、一番搾りと比べると苦みが抑えられてスッキリした味わいだった。パッケージや広告の斬新なイメージとは裏腹に、味は王道路線を狙っているように感じられた。SNS上の口コミを見ても、同様の評価が目立っていた。
■スーパードライ、一番搾りに続く銘柄は登場するか
現在のビール市場は活況を呈しており、各社がしのぎを削っている状態だが、「定番」として生き残っていくのは極めて難しい。
それを考えると、最終的に生き残るスタンダードビールは現在と変わらず、アサヒスーパードライ、キリン一番搾り、サッポロ黒ラベル……といった結果になってしまうかもしれない。
しかし、各社の努力によって、若者層のビール離れに歯止めをかけることができれば、ビール市場は今後も活性化し続けることが期待できる。また、最終的に既存の定番商品だけが生き残ったとしても、今回の経験は次の商品開発や、既存商品の広告・宣伝活動など、今後のマーケティング活動に活かすことができるだろう。

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西山 守(にしやま・まもる)

マーケティングコンサルタント、桜美林大学ビジネスマネジメント学群准教授

1971年、鳥取県生まれ。大手広告会社に19年勤務。その後、マーケティングコンサルタントとして独立。2021年4月より桜美林大学ビジネスマネジメント学群准教授に就任。「東洋経済オンラインアワード2023」ニューウェーブ賞受賞。テレビ出演、メディア取材多数。著書に単著『話題を生み出す「しくみ」のつくり方』(宣伝会議)、共著『炎上に負けないクチコミ活用マーケティング』(彩流社)などがある。

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(マーケティングコンサルタント、桜美林大学ビジネスマネジメント学群准教授 西山 守)