大手飲食チェーンの新メニューはSNS上で大きな話題となる。先日、マクドナルドは全米の全ての店舗で2026年末までに、クリスピー・クリーム・ドーナツを扱う予定と発表した。
チェーンストア研究家・ライターの谷頭和希さんは「マックは商業空間における“プラットフォーマー”として、他社商品とのコラボレーションにより需要拡大を狙っている。日本店舗でも実施する可能性もある」という――。
■マクドナルド+クリスピー・クリーム・ドーナツの強力タッグ実現
米国マクドナルドの全店舗で、ドーナツチェーンの「クリスピー・クリーム・ドーナツ」(以下、クリスピー・ドーナツ)の商品が販売されることになったという。
マクドナルドは、2022年からケンタッキー州とインディアナ州の160以上の店舗でクリスピー・ドーナツのテスト販売を行っていた。その実験が一定程度の成功を収めたことから、今回の決定に踏み切ったという。2026年末までに、全米の全ての店舗でクリスピー・ドーナツを扱う予定だ。

この発表によって、クリスピー・ドーナツの株価は39%上昇し、上場来最大の上げになった。米国マクドナルドCEOのリク・ハッサンは「このパートナーシップは、我々の長い歴史における次のステップであり、モーニングカテゴリーおよび1日を通して新たなビジネスチャンスを切り開くチャンスとなります」とコメントしている(https://hypebeast.com/jp/2024/3/mcdonalds-sell-krispy-kreme-doughnuts-nationwide-end-of-2026-news)。
モーニング需要の拡大を狙っていたマクドナルド側にとっても、これまで同社が提供していないコンテンツを効率よく取り込むことができるわけだ。この点で、今回のコラボレーションは、まさに両社にとってwin-winの関係だといえそうだ。
日本マクドナルドに、今後クリスピー・ドーナツを販売するかどうか聞いたところ、「日本マクドナルドにおいては、販売予定はございません」とのこと。現状は販売計画はないようだが、クリスピー・ドーナツの人気は根強く、日本でのコラボ実現の可能性は十分ある。
そうなれば話題となることは間違いないだろう。筆者はこのニュースを見て、次のように感じた。
「マクドナルドは巨大なプラットフォーム企業、つまりプラットフォーマーになるのではないか?」と。
今回は、このニュースから、「商業空間におけるプラットフォーマー」について見ていきたいと思う。
■マクドナルドは「プラットフォーマー」になる
プラットフォームとは、商品や情報を提供する「場所」のことだ。基本的にはIT業界の用語だが、ここでは簡単に「場所」のことだとしておきたい。
つまり、ある商品(これを、コンテンツと言い換えよう)を扱う「場所」のことだ。
例えば、Netflixは巨大なプラットフォームである。そこには、さまざまな制作会社が作った映像コンテンツという「商品」が並べられている。その商品が並べられる場所としてNetflixは機能しているわけだ。
近年、こうしたプラットフォームを運営する、いわゆる「プラットフォーマー」の力が増していることは言わずもがなである。いわゆる「GAFA」は、それぞれが巨大なプラットフォーマーとして、さまざまなコンテンツを作っている企業を買収しながら、そのプラットフォームにさまざまな機能を実装し続けている。

「GAFA」以外にも、例えば「ディズニー」はもともと、圧倒的なコンテンツ制作力を有していたが、「Disney+」の開設によって、ディズニー以外のさまざまなコンテンツを取り込むことにより、プラットフォーマーとしての力も発揮し始めている。代表的なところでいえば、2009年にマーベルを買収し、マーベル関連のさまざまなコンテンツは、すべてディズニー社が所有するところとなったのである。
■店舗数の多さを生かしドーナツ以外の他社商品を売り出していく
このように、動画配信サービスなどを代表とするネット空間では、「プラットフォーマー」の力は顕著である。
翻って考えると、今回のクリスピー・ドーナツがマクドナルドで売り出される、という現象は、「クリスピー・ドーナツ」という「コンテンツ」を、マクドナルドが「プラットフォーム」になって売り出すという現象だと捉えることができるのではないだろうか。
これまでマクドナルドは、「ハンバーガー」や「チキンマックナゲット」「コーヒー」のような「コンテンツ」を売り出す店であった。しかし、今回のコラボレーションによって、マクドナルドは自社の「プラットフォーム」としての強みを再認識するきっかけになるかもしれない。

どういうことか。
そもそも、マクドナルドの「プラットフォーマー」としての強みはどこにあるのか。それは、マクドナルドの店舗網の圧倒的な広さだ。マクドナルドは全米のあらゆる場所に出店し、その数は現在、1万3000を超える(日本国内では2950)。
その立地の良さも見逃せない。マクドナルドは、ロードサイド沿いなどにも出店しており、ドライブスルー型店舗を含めて良い立地が揃っている。
ちなみに、マクドナルドのフランチャイズ化を進めた、同社の実質的な創業者、レイ・クロックは、ヘリコプター5台を使いながら、それまでに見つからなかった好立地物件を探したことでも有名である。マクドナルドの立地戦略は、歴史的に見てもプラットフォーマーとして優れていたと言えるのではないか。
一方、クリスピー・ドーナツは人気が高く、「コンテンツ」として非常に優れているといえる。ただ、店舗立地となるとアメリカでもその数はまだ少なく、拡大の余地があった。そのため、優れたコンテンツ力を生かしつつ、プラットフォーマーとしてマクドナルドを使うという道を選んだのだろう。クリスピー・ドーナツにとっては、自社のコンテンツの魅力を、マクドナルドというプラットフォームを通じて、より多くの消費者に届けることができるというメリットがあったといえる。
■コンテンツ×プラットフォーム=商業施設の魅力
当然のことだが、ある商業施設の魅力は、「コンテンツの魅力」×「プラットフォームの魅力」で決まる。
コンテンツの魅力とは、商品自体の魅力であり(この言い方はほとんど同語反復的だが)、それがどれぐらい美味しそうか、とか、コスパがいいとか、あるいはブランドイメージがある、というようなことで決まる。消費者は、魅力的な商品を求めて商業施設を訪れる。そして、その商品の魅力が高ければ高いほど、商業施設の集客力は高まるだろう。
一方でプラットフォームの魅力は、店の「立地」や「数」などの観点から決まる。どれだけ便利な場所に店舗があるか、どれだけ多くの店舗があるか、ということが、プラットフォームの魅力を左右する。消費者は、アクセスしやすく、多くの選択肢がある商業施設を好むからである。
この二つの魅力が高いレベルで組み合わさることで、商業施設の魅力は最大化される。つまり、魅力的な商品を、便利な場所で、豊富な品揃えで提供できる商業施設が、最も強い集客力を持つということである(こう書くと当然のことにも思えるが)。
今回のマクドナルドとクリスピー・ドーナツのコラボレーションは、まさにこの「コンテンツの魅力」と「プラットフォームの魅力」が見事に組み合わさった例だと言える。マクドナルドの「プラットフォーム」としての強みと、クリスピー・ドーナツの「コンテンツ」としての魅力が、相乗効果を生んでいるのである。
さらに、これは予想でしかなく、遠い将来の話であるが、今回のコラボレーションがうまくいけば、もしかすると今後、マクドナルドは自社製品の開発を積極的には行わず、他社製品とのコラボレーションを主体的に行うことになるかもしれない(もちろん、ハンバーガーなどの開発は自社で行うだろうが)。
■地方スーパーはすでに「コストコ」の商品をせっせと売っている
こうした「コンテンツ」と「プラットフォーム」の組み合わせによる新たな商業モデルは、今後さらに広がっていくことが予想される。実際、日本でも同様の動きが見られる。
例えば、地方のスーパーマーケットを中心に、「コストコ」の商品を店舗で再販する動きが広まっているという(https://news.yahoo.co.jp/articles/0ffbbffedadbd27065fa708c8d3e3dab8feb8d79)。
「コストコ」は、食料品から日用品まで、さまざまな商品をプライベート・ブランドとして販売しており、その商品開発には余念がないことで知られている。まさに「コンテンツ」力で一定の強みを持っているといえる。
一方、立地の面で言えば、倉庫型店舗で大規模に売る手法なこともあり、国内店舗数は決して多くない(33店舗)。「プラットフォーム」としては弱みがあるといえそうだ。そこで、地方のスーパーマーケットという、地元住民にとって利便性が高い場所にあることの多い、まさに「プラットフォーム」として優れているところに進出するわけである。
逆に、最近しばしば「GMS衰退」などと言われるように、スーパーマーケットという業態が扱うコンテンツ自体の魅力の低下が叫ばれている側面もある。そこに魅力的なコンテンツを入れるというわけだ。
これはまさに、コストコの「コンテンツ」と、スーパーマーケットという「プラットフォーム」をうまく組み合わせた例だと言える。
商業空間を「コンテンツ」と「プラットフォーム」に分けて見ると、意外にもそうした動きが多く起こっていることがわかる。
もともと、「コンテンツ」や「プラットフォーム」はIT関連の企業における言葉の使い方ではあるが、それを、現実の空間に落とし込んで見えてくる、商業空間の姿もありそうだ。

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谷頭 和希(たにがしら・かずき)

ライター

1997年生まれ。早稲田大学文化構想学部卒業後、早稲田大学教育学術院国語教育専攻に在籍。デイリーポータルZ、オモコロ、サンポーなどのウェブメディアにチェーンストア、テーマパーク、都市についての原稿を執筆。批評観光誌『LOCUST』編集部所属。2017年から2018年に「ゲンロン 佐々木敦 批評再生塾 第三期」に参加し宇川直宏賞を受賞。

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(ライター 谷頭 和希)