■「小池氏が勝負を仕掛け、流れを作った」と見られていたが…
衆議院の東京15区、島根1区、長崎3区の補欠選挙が4月16日に告示された。
裏金問題で自民党に大逆風が吹く中、岸田政権の行く末を左右する選挙戦になると見られているが、幕開けから早くも波乱含みの展開となっている。

特に東京15区補選では小池百合子都知事の学歴詐称疑惑が再燃する中、自民党が乙武洋匡氏の推薦をしない方向に舵を切り、情勢は混迷を極めている。
「本人は『五体不満足』ではありますが、有権者には満足できる、そんな人材です。国民にとって満足のできる、そういう存在です」
13日、乙武氏の著書を引き合いに出しながら晴れ渡った豊洲のホームセンター前で声を張り上げたのは小池百合子都知事だった。
乙武氏は無所属で東京15区補選に立候補したが、告示前から緑一色の選挙カーには本人と並ぶ形で小池氏の名前を掲げ、ファーストの会(「都民ファーストの会」を母体に国政進出を目指す政治団体)から全面支援を受けていることを隠さない。
都内の選挙で圧倒的な強さを誇る小池氏と、知名度抜群の乙武氏のタッグに、一時は永田町でも「小池氏が勝負を仕掛け、流れを作った」と見られていたが、その勢いは選挙戦の濁流にのまれつつある。
■永田町に出回った「厳しい調査結果」
「まさか乙武氏にここまで悪い数字が出るとは」
告示まで1週間を切った10、11日、永田町に与野党の情勢調査の結果が出回り、自民党関係者は驚いた様子でその数字を見つめた。

選挙に向けて各党が内々に選挙区の情勢を調査会社に依頼して分析し、その結果をもとに戦略を立てるというのはよくある光景だ。
さらにその数字が情報戦の一環として政治家や関係者の間で駆け巡ることがある。
流れた数字は自民党、公明党、日本維新の会のもの。
自民の調査では立憲民主党の酒井菜摘氏が18ポイントでリードし、次点の維新・金澤結衣氏が15ポイント、乙武氏は11ポイントと三番手で後塵を拝している。
公明調査は酒井氏13ポイントに対して、乙武氏10ポイントと詰め寄っているが、維新調査では酒井氏15.6ポイントに対して、乙武氏7.5ポイント。
しかも、間には維新・金澤氏10.2ポイント、日本保守党・飯山陽氏9.2ポイント、共産・小堤東氏7.8ポイントが挟まり、乙武氏は5番手となってしまっている。

共産はすでに候補者を取り下げ、立憲候補を支援することを決めているため、調査時よりも酒井氏のポイントが上積みされていくことも予想され、乙武氏にとってはかなり厳しい数字となっていると言えるだろう。
■「推薦して敗れるなら、不戦敗のほうが良い」
もともと乙武氏の擁立は自民からの推薦含みで計画が立てられていた。
自民は裏金問題が直撃し、しかも東京15区補選は自民の衆院議員だった柿沢未途氏が選挙買収などの公職選挙法違反の罪で議員辞職したことをきっかけに行われる。責任を問われる中で候補者擁立もままならなかった。
そうした中、小池氏は助け舟を出すかのように、自民幹部に内々に乙武氏を擁立する意向を伝え、推薦を得る方向で調整していた。
自民としても選挙に強い小池氏が中心となって擁立した候補に相乗りできるのは渡りに船であり、茂木敏充幹事長は乙武氏が出馬会見を開く前に推薦する方針を明らかにした。

一方、乙武氏は自民の裏金問題に関する悪評を懸念してか、8日の会見で「政策を見て推薦したいという思いをいただけるのであれば1つ1つの政党とお話をしたいが、現時点では私自身から推薦依頼を出している事実はない」と発言した。
さらに乙武氏劣勢の情勢調査が広まると、時期を同じくして自民党内では乙武氏の推薦見送り論が浮上。12日には正式に見送りが決まった。
自民党が発表したコメントでは、理由を「本人から推薦の要請がないこと」「選挙区である江東総支部から党としての推薦を出さないでほしいとの要望があがっていること」などとしたが、背景には「乙武氏を推薦して選挙戦で敗れるくらいなら、不戦敗のほうが良い」(自民党関係者)という思惑もあったようだ。
■当初想定していた選挙体制は瓦解
乙武氏を巡っては2016年参院選で自民党が擁立しようとしたところに、週刊新潮が不倫などの女性問題を報じて出馬を断念。2022年参院選には無所属で東京選挙区(定数6)に出馬したが、9位で及ばなかったという過去がある。

それだけに、三度目の正直で十分な応援体制を構築し、選挙戦に挑もうと準備してきたわけだが、結局、乙武氏を推薦する国政政党は国民民主党だけになり、当初想定していた選挙体制は瓦解した。
さらにそこに、元都民ファ事務総長による告発によって、小池氏の学歴詐称疑惑が再燃。2020年に駐日エジプト大使館がFacebookに掲載した、小池氏の卒業を認める「カイロ大学声明」自体に小池氏自身が深く関わっていたのではないかと指摘され、選挙戦への影響が懸念される。
東京15区補選を巡って思惑が外れたのは自民側も同じだ。
自民は裏金問題で揺れる中でも、昨年12月の江東区長選、今年1月の八王子市長選で辛勝を重ね、その背景には小池氏との連携があった。
そのため、補選でも小池氏と協力することで東京15区を押さえ、面目を保つという算段はかねてから言われていた。

しかし、推薦見送りによって東京は自民の不戦敗に。長崎3区も裏金問題で政治資金規正法違反に問われた谷川弥一元衆院議員の地元というだけあって擁立を見送り、自民が候補者を立てたのは島根1区のみとなってしまった。
■「岸田首相は6月に解散するつもりだ」
島根1区補選は細田博之前衆院議長が多臓器不全で亡くなったことに伴って行われる。
3補選の中で唯一「政治とカネ」の問題が直接の原因とはなっていないが、それでも細田氏は裏金キックバックが組織的に行われた清和会の元会長。
裏金問題と無関係とは言えず、自民が議席を独占してきた保守王国とは言え、自民候補は立憲候補に対して苦戦を強いられている。
そして、この選挙の結果によって大きく左右されるのが岸田文雄首相の今後だ。

ただでさえ支持率が低迷している岸田政権だが、島根1区で敗れれば求心力はさらに低下し、今年9月に予定されている自民党総裁選で引きずり降ろされる可能性もある。
一方で、島根1区で勝利し体裁を整えることができれば、総裁選に先駆けて今国会中に衆議院を解散し、総選挙に打って出るのではないかとも言われている。
もちろん、島根1区補選に勝ったからといって自民党への逆風が収まるわけではないし、そこから支持率が急激に上がるとも考えにくい。
ただ、岸田首相は党幹部に相談せずに自身が率いてきた派閥、宏池会を解散したように「何をしでかすか分からない」と永田町では見られている。
「自民党が有利か不利かより、首相のうちに自身の手で解散を打てるかどうかだけ考えているのではないか」という評判もついて回るほどだ。
実際に、首相に近しい官邸関係者は「岸田首相は6月に解散するつもりだ」と周辺に語っており、引き締めを図っている。
■ポスト岸田は「初の女性総理」か
しかし、そんな岸田首相に同調する動きは今のところ自民党内には皆無だ。
永田町関係者によると、党ナンバー2の茂木氏は周辺に「岸田じゃ選挙は戦えない。6月に解散したら、政権交代まではいかなくても自公で過半数割れする」と話し、暗に岸田氏を牽制。
さらに、裏金議員への自民党処分によって不平不満を抱える元安倍派の議員たちからは岸田首相への怨嗟の声が挙がっており、解散させずに総裁選で引きずり降ろそうとする動きも起き始めている。
そうした状況を待ち構えるように高市早苗経済安保相は勉強会を重ね、一方で上川陽子外相を持ち上げる声も挙がる。
まだ有力な総裁候補が決まったわけではないが、日本初の女性総理を誕生させることで、現在の逆風を一気に押しのけようという声は自民党内に根強く存在する。
島根1区補選に勝利すれば、岸田首相を中心に自民党内で解散政局が巻き起こり、島根1区補選に敗れれば、岸田おろしが一層加速する。勝っても負けても国政では混沌とした権力闘争が続きそうだ。
一方で、国民が求めているのは権力闘争ではない。
補欠選挙で問われているのは、真に国民のための政治ができるか否かで、その結果を各政党は重く受け止める必要があるだろう。
投開票は4月28日。各選挙区での審判が注目される。

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宮原 健太(みやはら・けんた)

ジャーナリスト

1992年生まれ。2015年に東京大学を卒業し、毎日新聞社に入社。宮崎、福岡で事件記者をした後、政治部で官邸や国会、政党や省庁などを取材。自民党の安倍晋三首相や立憲民主党の枝野幸男代表の番記者などを務めた。2023年に独立してフリーで活動。YouTubeチャンネル「記者VTuberブンヤ新太」ではバーチャルYouTuberとしてニュースに関する配信もしている。取材過程に参加してもらうオンラインサロンのような新しい報道を実践している。

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(ジャーナリスト 宮原 健太)