自転車専門店「サイクルベースあさひ」を展開するあさひが、上場以来過去最高の売上高を更新した。高千穂大学の永井竜之介教授は「最初は小さな街の自転車店だった。
2004年に上場してからも、“大企業らしさ”と“中小企業らしさ”を持ち続けたことで、オンリーワンの存在になっている」という――。
■自転車販売台数は3年で約200万台減少
「自転車ブーム」という言葉はよく耳にするものだが、「自転車を買う人」は着実に減り続けている。
日本の自転車市場について見てみると、2020年1306億円(718万台)、2021年1408億円(689万台)、2022年1495億円(579万台)、2023年1388億円(508万台)と、金額ベースでは上下がある一方、台数は右肩下がりの減少を続けていて、過去3年間で約200万台も減っている(※1)。
年々、人口は減少し、少子化は進み、自転車を買わずに使うシェアサイクル市場が拡大を続けていることを考えれば、自転車を買う人が減っていくことは何も不思議ではないだろう。自転車の品質が上がって耐久年数が延びたことで、買い替え頻度が低下していることも一因にあげられる。
自転車市場は、10万円超えも珍しくない高額の電動アシスト自転車の販売が伸びており、販売台数が減少しても販売金額の上昇幅が大きいことで、市場規模としては拡大を続けていたが、2022年から2023年にかけては金額ベースでも落ち込みを見せている。

■「自転車を買える場所」は増えている
「自転車を買う人」が減っていく一方で、「自転車を売る会社」は増えている。ホームセンターや総合スーパーでの販売は一般的になっているし、ヨドバシカメラなどの家電量販店、ドン・キホーテなどのディスカウントストアでも売られている。楽天市場をはじめとした通販サイトも多く、パナソニックなどのメーカーによるオンライン直販もある。
この現状は、特に自転車専門店、いわゆる「街の自転車店」にとって四面楚歌と言っても過言ではなく、競争に敗れて多くの自転車屋が廃業していっている。
そんな中で例外的に成長を実現している自転車店が、株式会社あさひの「サイクルベースあさひ」だ。サイクルベースあさひは、青森と沖縄を除く45都道府県に534店舗を展開し(2024年4月時点)、2024年2月期の売上高は780億7600万円で、2004年の株式上場以来、過去最高を連続更新中だ(※2)。

サイクルベースあさひは、なぜ厳しい市場環境下でも成長を続けていくことができるのか。その成功要因として、自転車に関するあらゆるニーズの総取りを実現する、「大企業らしさ」と「中小企業らしさ」を併せ持つマーケティング戦略がある。
■街の小さな自転車店からプロショップへ
サイクルベースあさひの始まりは、1949年に創業者の下田順次氏が大阪市内で始めたおもちゃ店「旭玩具製作所」だ。三男の下田進氏が1975年に自転車店にシフトチェンジした。
10坪ほどの小さな店で、1階で自転車の販売やメンテナンスを行い、2階は家族が住む、といった規模感だったという(※3)。当初は苦戦したが、「毎日少しでもファンをつくる」(※4)を目標に掲げてお客とのコミュニケーションとサービスに力を入れ、次第に地域の評判店になっていった。

1980年代に入ると、格安の自転車が大々的に売られるようになり、その価格競争に個人店ではなかなか太刀打ちできなくなった。そこで、自転車の愛好家・競技プロ向けのプロショップへの路線変更に踏み切った。1985年には「サイクルベースあさひ」に商号変更している。
自転車店として、ターゲットを一般層からマニア層へ変え、プロショップになることで成功したサイクルベースあさひだが、自転車の魅力を熟知するからこそ、その当時の「安かろう悪かろう」が当たり前だった一般自転車に歯がゆさを覚えたという(※5)。自転車の低価格化が過剰に進み、すぐ壊れてしまうような低品質で、使い捨て感覚で粗末に扱われ、放置自転車の増加が社会問題にまでなっていた。
■2004年にジャスダック上場、2007年には東証一部上場
そこで、下田進氏は、一般ユーザーにも自転車をもっと大事に、長く楽しんでもらえるように、高品質な自転車を広く届けたいと考え、マニア層から一般層まで、すべての自転車ユーザーをターゲットにした大型店舗を1989年に出店した。
これが好評を博したため、1990年代から多店舗展開を進めていった。
自転車メーカーの減少によって、自転車の商品の選択肢が減ってきたことを受け、1990年代中頃からは自社プライベートブランド(以下、PB)の開発をスタートした(※6)。2004年にジャスダック上場、2007年には東証一部上場と、「自転車店」としては世界でも稀に見る株式上場を果たした。これは、企業として知名度と信頼性を高め、若い優秀な人材を集めることで、更なる成長を目指すためである(※5)。
サイクルベースあさひは、東日本・西日本のサプライチェーン(物流網)を整備し、自転車の企画・製造・販売を自前でコントロールするSPA(製造小売業)に進化を遂げていき、「自転車業界のユニクロ」と呼ばれる存在になっていった(※4)。2012年からは、次の世代の下田佳史氏に経営がバトンタッチされ、スポーツタイプの自転車の普及を加速させるなど、さらなる成長を進めている。

■「大企業らしさ」と「中小企業らしさ」を併せ持つ
おもちゃ店から始まり、街の自転車店、プロショップ、そして全ジャンルを取り扱う大型店に変化を遂げながら成長を続けてきたサイクルベースあさひ。「ママチャリ」をはじめとする一般用、プロ向けの本格スポーツタイプ、子供用、国内ブランド、海外人気ブランド、自社PBまで、自転車のことなら何でもお任せだ。その着実な成長の背景には、「大企業らしさ」と「中小企業らしさ」、2つの強みを併せ持つマーケティング戦略によって、オンリーワンの自転車店になっている点があげられる。
大企業らしさは、店・組織・ビジネスのスケールの大きさを活かした強みだ。サイクルベースあさひは、15万人以上の商圏人口エリアに、広い駐車場・売り場・メンテナンススペースを確保した大型店舗を出店していくことを基本戦略としている(※5)。その広い売り場には、自転車・パーツ・アクセサリーを種類も色も大量に揃えている。

ライバル店の多くは、限られた売り場スペースを効率よく使うために、売れ筋の色だけ展示して他はカタログ参照、という売り方が一般的だ。しかし、サイクルベースあさひは、お客に「自転車を選ぶ楽しさ」を体験してもらいたいと考え、色のバリエーションを豊富に用意し、1000台にものぼる自転車を陳列している(※7)。大型店舗ならではの広さ、多店舗展開ならではの在庫保有力があってこそ実現できる強みだ。
■PBの商品開発でも発揮される「大企業らしさ」
大企業らしさは、自社PBの商品開発でも存分に発揮されている。サイクルベースあさひは、SPAとして、自社でデザイン・設計から商品開発を手掛ける。海外の部品メーカーには、日本からスタッフを送って現地の意識改革・技術向上を行いながら、自転車に使うネジ一本まで指定して、品質管理を徹底したこだわりのPB自転車を製造している(※3、5、7)。
全国500以上の店舗は、商品を売る場としてだけでなく、お客の声・要望・困りごとから新しい商品アイデアを見つける場としても有効活用されている。現場から年間、数百件規模であがってくる提案をPB開発に活かして、サドルの盗難を防ぐワイヤー、よりオシャレなハンドル用防寒手袋、内臓方式でギアの外れにくい子ども用マウンテンバイク、ビジネスバッグが入れやすいカゴの通勤用自転車など、お客の本音に応えたPB商品を展開している(※3、5、7)。
■「売った後のサービス」を競争力の源にしている
こうした大企業らしさの強みと共に、お客に寄り添う人間味あるきめ細やかなサービスという中小企業らしい強みも、サイクルベースあさひの特徴である。街の小さな自転車店の良さは、気さくなコミュニケーション、融通の利いたサービスにあるが、一般に、企業が成長して規模を拡大していくにつれ、こうした中小企業らしさは失われやすい。マニュアル化され、簡素化され、効率重視に偏り、サービスは画一化していき、古参のファンから「昔は良かったのに」と嘆かれる。しかし、サイクルベースあさひには、そうした嘆きは一切聞こえてこない。
多くのライバル店では、自転車の販売はセルフサービスで、アフターサービスにも限りがある。サービス対応はコスト源として、いかにコストカットするかが追求されがちだ。対照的に、サイクルベースあさひは、自転車を売って終わりにせず、売った後のサービスこそをコア・コンピタンス(競争力の源)として最重要視している。だから、どんな要望・問い合わせにも「できない」や「難しい」は言わず、「できる」や「方法を考える」と答えてお客に寄り添う姿勢が全店・全従業員に共有されている(※8)。
自転車の困りごとの定番と言えばパンク修理だが、一般的な対応は、お客が朝に自転車を持っていったら、修理が完了するのは早くても昼や夕方で、受け取りにもう一度店を訪れるというものだ。それを、サイクルベースあさひでは、ユーザーの本音は「今すぐ、この場で直してほしい」に違いないと考え、パンクをその場で10分以内に修理完了させる方針を徹底している(※5)。
■修理・メンテナスのサービスで「ファン」をつくる
パンク以外の修理でも、80%以上の場合で即時対応できる体制を実現しているという(※3)。また、修理は種類ごとに料金体系が一覧でまとめられており、事前に修理代金が分かっていることも安心感を高めている。全国での出張対応を実現しているのも、特筆に値する取り組みだ。サイクルベースあさひを利用するお客の多くが、自転車を買うとき以上に、修理・メンテナンスで訪れた際のサービスに感激してファンになっている。
筆者自身、子ども用自転車のチェーンが外れてしまった際に店舗を訪れると、別の作業をしていた従業員がすぐに駆け付けて話を聞いてくれて、ものの数分ですぐに直してくれたことに親子で感激した経験がある。「これくらいなら無料でいいですよ」と言われ、それでは申し訳ないと思い、自転車のアクセサリーを購入させてもらった。それ以来、他店にはない信頼感を抱くようになった。
こうした修理・メンテナンス体制を整えるために、サイクルベースあさひでは店舗勤務者なら誰もが自転車技士や自転車安全整備士の専門資格を取得するように、人材育成に注力している(※6)。新人研修や店長会議などでは常に「お客様第一」を確認・徹底し、店頭での知識やノウハウを集積・共有して、迅速かつ適切なサービスができるプロフェッショナルに育成している(※5)。
■「中小企業」時代の価値観や教訓を持ち続けている
即時対応してくれる修理サービスも、それを実現するための人材育成も、大きな時間・労力・コストを要するものだ。「大企業」として、企業規模や店舗網の急拡大を選択しようと考えれば、コスト源として取捨選択で軽視されやすい。しかし、サイクルベースあさひは、街の自転車店としてスタートした当初の「毎日少しでもファンをつくる」意識、そしてプロショップ時代の「自転車はアフターサービスこそ重要」という経験に基づき、「中小企業」の頃に大切にしていた価値観や教訓を持ち続け、店に立つ人の力が発揮するサービスを重視している。
自転車の販売を通じて構築されるお客のデータベースは、次の販売よりも、アフターサービスに主眼を置いて活用している(※9)。自転車の定期点検や、電動アシスト自転車のバッテリー交換などの連絡に加えて、「壊れたら直す」が当たり前の自転車に対する意識を、「壊れる前にメンテナンスで整える」に変えるための取り組みに力を入れている。自転車を買った後の「安心と安全」の提供こそが、他のライバルの追随を許さない、サイクルベースあさひの大きな強みとなっている。
■「大企業らしさ」と「中小企業らしさ」でオンリーワンの存在に
サイクルベースあさひは、創業期からの中小企業らしさを捨てずに継承し、大企業らしさの強みと組み合わせることで、街の自転車店以上に気が利いていて安心で、他のライバル店を品揃えとサービスで圧倒し、メンテナンス・修理・中古買取まで自転車のことなら何でも対応してくれるオンリーワンの存在になっている。
この「大企業らしさ」と「中小企業らしさ」を併せ持つことによる成功事例は、大企業病に悩み、創業期の競争力や革新性を失って行き詰まっている多くの日本企業に、1つの現状打開の道を示してくれるものだろう。
【参考資料】

※1 一般財団法人自転車産業振興協会「国内向自転車生産・輸入統計

※2 あさひ「出退店情報」「2024年2月期 決算説明資料

※3 C-station「社長が自社にクレームを入れるのが成長のポイント⁉ │あさひ社長インタビュー(前編)」2018年4月11日

※4 ITmediaビジネスオンライン「自転車専門店「サイクルベースあさひ」が好調 “斜陽産業”のイメージ覆して急成長した理由」2022年1月19日

※5 TKCグループ 戦略経営者「製販一体で顧客をつかむ“自転車販売業界のユニクロ”」2011年3月

※6 Kindai Picks「10坪の店から業界最大手に!サイクルベースあさひ下田社長の自転車愛【突撃!近大人社長】」2021年4月21日

※7 日経XTECH「【あさひ】PB商品の拡充で斜陽論一蹴 快走する“自転車のユニクロ”(前編)(後編)」2007年1月10日、「【あさひ】PB商品の拡充で斜陽論一蹴 快走する“自転車のユニクロ”(後編)」2007年1月12日

※8 All About「不毛な価格競争から抜け出すマーケティング戦略」2011年1月31日

※9 C-station「「好き」だから、僕は「2代目」でなく「1.5代目」│あさひ社長インタビュー(後編)」2018年4月12日

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永井 竜之介(ながい・りゅうのすけ)

高千穂大学商学部教授

専門はマーケティング戦略、消費者行動、イノベーション。産学官連携活動、企業団体支援、企業との共同研究および企業研修などのマーケティングとイノベーションに関わる幅広い活動に従事。主な著書に『
マーケティングの鬼100則
』(ASUKA BUSINESS)、『
分不相応のすすめ 詰んだ社会で生きるためのマーケティング思考
』(CROSS-POT)などがある。

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(高千穂大学商学部教授 永井 竜之介)