スズキの新型「スペーシア」が好調だ。自動車ライターの大音安弘さんは「価格が安いだけではなく、一部グレードに搭載された『マルチユースフラップ』などの装備は、便利なうえにお得感がある。
他社も追随することになるのではないか」という――。
■新型スペーシアについた「衝撃的な装備」
今、軽乗用車市場では、ホンダ「N-BOX」とスズキ「スペーシア」の一騎打ちとなっている。2023年度の販売台数では、1位のN-BOXが21万8478台、2位のスペーシアが13万3410台と差があるものの、24年に入ってからは、スペーシアが追い上げ、2月の販売台数は1476台差まで縮めた。ただ3月は、2491台差となり、N-BOXが王者の意地を見せた。
両モデルが好調なのは、軽乗用車の主力である軽スーパーハイトワゴンであることに加え、昨秋にフルモデルチェンジを受け、最新型であることが大きい。
もともと、スペーシアは、販売台数でダイハツ「タント」と拮抗していた。
ともに王者、N-BOXを追っていたが、ダイハツの認証不正問題による出荷停止を受け、2位に浮上した形だ。
ただ今回のフルモデルチェンジで、新型スペーシアは走りや機能に磨きを掛けてきたことも後押しになっていると見る。その中で私が注目したのが、新装備「マルチユースフラップ」だ。高級ミニバンなどに備わるオットマン付きシートを軽乗用車として初めて実現した。
軽スーパーハイトワゴンは、ミニバンライクな広い室内空間が特徴で、後部座席に前後スライド機能やリクライニング機能を備えることで、快適性を高めていたが、そこにオットマンまでが加わったとは。コスト重視の軽にはぜいたく過ぎる装備といえ、衝撃的だった。

■一石二鳥の「マルチユースフラップ」
もちろん、登録車にあるようなオットマンほど凝った作りではない。その仕組みは、後席の先端部にスライドと角度調整機能を持たせたもの。
先端部を調整することで、ひざ裏やふくらはぎをサポート。楽な姿勢を可能としている。休憩時はオットマンモードでくつろぐことができ、走行中は足裏をサポートすることで、乗車姿勢の安定化を図ることができる。
また先端部を180度回転させると、後部座席の上においた荷物の落下を防ぐ荷物ストッパーになる優れものなのだ。

意外なことに、このぜいたくなオットマン機能は、本来の狙いとは異なる副産物だったと知り、また驚かされた。
スズキによれば、少人数での乗車時に後部座席を荷物置き場として活用するユーザーが多いという。ただブレーキや路面傾斜などで車両姿勢が変化すると、荷物が落下してしまうことが課題となっていた。
そこでシート先端部を立たせることで、荷物ストッパーとなるシート機能を考案。これにより、後部座席の上においた荷物を固定することに成功した。
開発部内では、新装備の追加がコストアップとなるため、ひとつの役目で終わらせるのはもったいないという声があった。
そこでひねり出されたのが、オットマンなどの別の機能としての活用だったのだ。つまり実用性を高めた結果、ぜいたくな機能が追加されたのである。
■軽自動車における熾烈な競争
軽スーパーハイトワゴンが手本とするミニバンでは、高級路線のトヨタの人気が高い。その最高潮といえば、アルファード/ヴァルファイアだ。その2列目シートは、やはりオットマン付きだ。
そして、ファミリーミニバンの主力であるノア/ヴォクシーにも、現行型より、オットマン付きキャプテンシートが採用されている(2列目シートが左右独立となる7人乗り仕様のみ)。

その流れを追うように、スペーシアがオットマン機能を持ち込んだことになる。私は、このことが軽スーパーハイトワゴンの競争の新たな火種となるかもしれないと考える。それは、軽自動車の場合、他社との装備差が人気を大きく左右する要因となるからだ。
軽自動車の購入者は、コスパ意識が非常に高く、仕様や装備などもしっかりと研究する。このため、セールスマンも、新車の特徴を伝えることよりも、顧客からの質問にしっかりと答えられるかが重要といわれるほどだ。
装備の重要性を示す一例としては、初登場時には高価だったLEDヘッドライトがある。
ダイハツが2012年12月に、5代目ムーヴのマイナーチェンジで、「カスタム」に軽ガソリン車初のLEDヘッドライトを採用し、瞬く間に他社モデルにも広まった。
それ以降、搭載グレードは拡大し、今やN-BOX、スペーシア、タントの3車種については全車標準化。多くの軽乗用車にも採用されるようになった。その普及は、登録車よりも早かった印象さえある。
■ひと粒で2度おいしい機能
このような装備差による戦いは熾烈で、その流れの中でスペーシアにも電動スライドアやアダクティブクルーズコントロールが採用されている。
以前、とあるメーカーの軽自動車開発担当者は、「ライバルが付けた装備は、自社でも追従しないと客離れにつながる」と危機感を語っていたことが印象的だった。
もちろん、装備の充実で、近年の軽乗用車の価格が上昇しているのも確か。とはいえ、価格重視の姿勢は変えていないため、開発コストの厳しさは以前よりも増している。そのため、「マルチユースフラップ」のような多機能性が求められるのだ。
スペーシアの「ひと粒で2度おいしい」装備は、ほかにもある。そのひとつが、助手席下の収納トレーだ。
助手席座面を跳ね上げると内部に着脱可能なトレーがあり、小物類を収めることができるのだ。この座面跳ね上げ機能を活用し、シート座面を前倒しに折り畳むこともできる。そのため、長尺物収納時にも座面に直接荷物が触れることはない。さらにフロントシートのアームレストの内部にも収納が設けられている。これらの機能は、他のスズキ車も採用している。
他社モデルでも採用されているが、後席用格納式テーブルには、マルチサイズ対応ドリンクホルダー、スマートフォン&タブレット用スタンド機能、買い物袋用フックなどの複数の機能が備わる。
■N-BOXを意識した価格設定
さらに燃費性能の面では、それぞれのWLTCモード値を比較してみると、マイルドハイブリッド車のスペーシアが23.9~25.1km/Lなのに対し、NA車のN-BOX・スタンダード仕様は19.4~21.6km/L。エンジンに電動アシストを備えるスペーシアの方が優れている。
価格については、スペーシアの上位グレードに、電動パーキングブレーキやACC(アダクティブクルーズコントロール)などの先進安全運転支援機能まで備えた「ハイブリッドXセーフティパッケージ装着車」は177万1000円~、となっている。
興味深いのは、ほぼ同程度の装備を持つN-BOX「コンフォートパッケージ装着車」は178万2000円~となっている。その価格差は1万1000円。燃費の良さも考慮すれば、消費者はかなりお得に感じるだろう。
上記で紹介した機能を省いた簡素な仕様となるが、価格勝負となれば、スズキは強い。
基本的な先進安全運転支援機能を備えたスペーシアのエントリーグレード「ハイブリッドG」は153万100円~(2WD・CVT)だ。もちろん、装備差が大きいので単純比較はできないが、N-BOXの標準グレード(2WD・CVT)が164万8900円~と、軽スーパーハイトワゴンの買いやすさなら、スズキに軍配が上がる。
N-BOXに対し、スズキは少しでもお得感が感じられる価格設定にしているのは間違いない。明確な価格競争が垣間見られる。
■制約があるからこその発明
軽自動車は、規格上ボディサイズと排気量に制限があるため、スペック上の差別化には限界があるが、価格はもちろん、ビジュアルや装備での熾烈な戦いが行われている。その中で、長年、軽自動車を中心に取り組んできたスズキがコストと機能をバランスさせるアイデアを得意としているのは面白い。
その手法をうまく使い、同社の看板モデルであるが、マニアックな存在であるジムニーの世界観を乗用ワゴンで表現したハスラーも、初代と現行型となる2代目も、大ヒットを記録している。
軽自動車界での激しい争いの結果、最新の軽乗用車の進化は目覚ましく、ついに小型車に迫る走りや機能も併せ持つようになっている。今や日本の小型車を脅かす存在となっており、スズキ自身も、軽のスペーシアの成長を受け、小型ワゴン「ソリオ」をサイズアップさせることで差別化を図った経緯もある。
これまでは軽としては、上級車路線で少しお高いが優位性を示してきたのがホンダ「N-BOX」で、コスパの良さで勝負してきたのがスズキだった。
そこにスズキは、独自の手法で、ホンダにはない快適性を高める手段として、「オットマン付きリヤシート」を投入してきた。もちろん、ホンダの持つ上級感ではなく、得意の高コスパという手法でだ。
同社による新たな一手が、市場にどんな変化を巻き起こすのか、興味津々だ。

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大音 安弘(おおと・やすひろ)

自動車ライター

1980年埼玉県生まれ。クルマ好きが高じて、エンジニアから自動車雑誌編集者へ。その後、フリーランスになり、現在は自動車雑誌やウェブを中心に活動中。主な活動媒体に「GOONETマガジン」「ベストカーWEB」「webCG」「モーターファン.jp」「マイナビニュース」「日経クロストレンド」『GQ』「ゲーテWEB」など。歴代の愛車は、国産輸入車含め、ほとんどがMT車という大のMT好き。

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(自動車ライター 大音 安弘)