2025年4月に、プレジデントオンラインで反響の大きかった人気記事ベスト5をお送りします。社会部門の第4位は――。

▼第1位 任天堂がついに最高の「転売ヤー撃退策」を編み出した…企業を悩ませる「メルカリ転売」の酷すぎる有り様

▼第2位 だから国民の「愛子天皇待望論」はここまで高まった…専門家が指摘する"愛子さま人気"だけではない理由

▼第3位 「結婚、出産、セックス、交際を拒否」日本より赤ちゃんが生まれない韓国で起きている若い女性の"静かな撤退"

▼第4位 こんなスリリングな万博会場は後にも先にもない…「大阪市民のうんち」を埋める夢洲が「地雷原」と呼ばれるワケ

▼第5位 コメ不足なのに「大量のおにぎり」をゴミにしている…コンビニ店員が証言「468万円分の食品廃棄」のキツイ現実

4月から半年にわたって万博が開催される夢洲(ゆめしま)では、2024年3月、工事中に火花がメタンガスに引火し爆発事故が起きた。4月6日にも着火すれば爆発する基準のメタンガスが検出されている。ジャーナリストの山口亮子さんは「夢洲は大阪市民の排泄物を半世紀以上にわたって埋め立ててきた最終処分場だ。埋め立てられたゴミや排泄物に含まれる有機物が発酵して常に可燃性ガスが湧き出ており、『地雷原』と呼ばれている」という――。
※本稿は、山口亮子『ウンコノミクス』(集英社インターナショナル)の一部を再編集したものです。
■「地雷原」と呼ばれる大阪市民の巨大なゴミ箱
暗くて長いトンネルを抜けると、茶一色の広大な荒地が広がっていた。
トイレから水とともに一瞬で消し去られたものが、流転してたどり着く大地。その広さは390ヘクタール、東京ドーム83個分に相当する。
ここは、大阪市民の出すウンコやゴミでできた人工の島だ。半世紀にわたって、市民が出すゴミや、川や海の底をさらった浚渫(しゅんせつ)土で埋め立てられてきた。巨大な「ゴミ箱」である、だだっ広い土地を前にすると、280万人近い人口を擁する同市の底力を見せつけられたような気になる。
それとともに、ここがいつガス爆発を起こすか分からないことからSNS上で「地雷原」とも揶揄されていることを思い出す。
今この瞬間にも起きるかもしれないと考えると、ドライブがいつもより緊張感を帯びたものになった。
■大阪市内とは思えない風景
大阪市といえば、人が行きかい活気にあふれ、ややもすると喧しいくらいの街という印象を持ってきた。この島はまさに大阪市内にある。けれども、訪れた2024年9月中旬、通行人はいなかった。景色は全体にくすんで見え、物悲しさを感じる。道路を走るのは、8割方トラックである。
大阪湾に浮かぶ夢洲。ここは、海面の埋め立てが途中までしか進んでいない。広い土地に建物が申し訳程度にポツン、ポツンと佇んでいる。
島内に1軒だけのコンビニエンスストアで、ようやく人と会えた。広漠とした茶色い土地にあって、セブン‐イレブンはさながらオアシスだ。トラックやワゴン車を駐車場に停めて、作業員の男性たちが食べ物を物色している。

入り口の自動ドアに水色の大きなポスターが貼ってあった。
〈くるぞ、万博。〉
でかでかとゴシック体の文字が書かれている。その下に、赤と青の奇抜な色遣いの体に五つの目玉を付けた公式キャラクター「ミャクミャク」が立っている。右のこぶしを握りしめ、ガッツポーズを決めていた。
■国が威信をかけて誘致した万博の開催場所は…
2025年4月~10月、この場所を舞台に2025年日本国際博覧会協会(万博協会)の主催で2025年日本国際博覧会(大阪・関西万博)が開かれる。1970年の日本万国博覧会(大阪万博)の再来を期して、大阪維新の会が発案した。国が威信をかけて誘致した一大イベントである。
「この辺りは埋め立て地で、もともと何もないところやから。この工事で職人さんがいっぱい来るようになった」
こう教えてくれたのは、セブン‐イレブンの喫煙スペースで一服していた建設作業員。髪を短く刈り込み、よく日焼けした50代と思しい男性で、ファン付きの空調服を着ていた。
島で建設工事に当たる作業員は、日に3000人とされる。
マイカー通勤を認められず、その多くが島外から工事関係者だけを輸送する専用バスに乗り込む。
「職人さんが乗るバスが出るところにもコンビニがあって、そこなんか朝から食べ物が売り切れて、棚が空やからね」(建設作業員)
■沈むことが約束された土地
埋め立てで生まれた何もない島。できたら訪れようくらいの軽いノリを、その土を踏まなければという決意に変えたのは、事情をよく知る関西の経済人から言われた次の言葉だった。
「あの島は確実に沈んでいくし、いつまたガス爆発するかもしれない。大阪の土木の関係者は、みんな知っている。ゴミを埋め立てていて、地盤が固まっていない」
その言葉は果たして本当なのか。
島が将来、地盤沈下する可能性について建設作業員の男性に問うたところ、当たり前といった感じで頷いた。
「関空の方は、地下にジャッキが付けてあるから、沈んだら上げれるけど、こっちはジャッキは付いとらんからね」
埋め立て地なので、地盤が沈むのは仕方がない。同じ埋め立て地でも、関西国際空港は建物が地盤沈下しても歪まないよう、対策が講じてある。できて間もない埋め立て地は、しばらく沈下を続けるのが普通だからだ。
旅客ターミナルの柱の下部には、重量物を持ち上げられるジャッキが付いている。建物に傾きが生じた場合、「ジャッキアップ」といって、ジャッキで柱を持ち上げ、柱と基礎の間にできたわずかな隙間に鉄板を挟み込んで歪みを抑える。

対して万博会場の建物は、空港ほどの対策は取っていない。沈むに任せるか、建設後に無理やり柱を持ち上げて何とかするしかないという。
■2024年に起きた工事中の爆発事故
夢洲が軟弱地盤であることは公然の事実。一部では豆腐状とまで揶揄されている。建設作業員は、半年前に起きた爆発事故を知ってはいたが、原因に詳しくなかった。
「なんかいろいろ溜まってたガスに引火したんと違うかな」
万博の明るい雰囲気を打ち砕くその事故は、2024年3月28日午前10時55分ごろに起きていた。ボンッという音をあげて、万博会場のトイレの建設現場が爆発したのだ。
報道や万博協会の報告によると、溶接作業の火花が床下に溜まったメタンガスに引火し、大きな破裂音が響き渡ったという。厚みが18センチあるコンクリート製の床が、6メートルにわたってめくれ上がり、床下を点検するための金属製の蓋が歪んだ。床や天井など100平方メートルを損傷した。当時4人が作業していたものの、幸いけが人は出なかった。
メタンガスは、有機物の腐敗や発酵で生じる可燃性のガスだ。
都市ガスの原料になったり、発電に使われたりする。現場は建設中のトイレ棟である。誰も使っていないトイレ棟でメタンガスが生じたのは、夢洲が大阪市のゴミを受け入れる最終処分場だからだ。
爆発事故が起きたとき、万博協会は「他のエリアでは可燃性ガスの発生はない」と言い切り、トイレ棟のあったエリアだけ1カ月弱、火気を伴う工事を中止した。
ところがその後、他の工区でもメタンガスが検出され、先の断定は覆される。島内はどこで可燃性ガスが湧くか分からない。だから対策のしようがない。建設作業員はこう匙(さじ)を投げていたのかもしれない。
■現役の最終処分場は「ウンコの島」
夢洲は、隣接する二つの人工島・咲洲(さきしま)、舞洲(まいしま)とともに1991年、「夢、咲き、舞う」との期待を込め、命名された。ここはその原料からすると、「ゴミの島」であり、「ウンコの島」でもある。市民が出すゴミや、下水を処理する過程で出てくる泥状の下水汚泥、その焼却灰が半世紀にわたって投じられてきたからだ。
大阪市は高度経済成長期の1970年代から、廃棄物の最終処分場として海面の埋め立てを始めた。
島の一部は、万博が終われば再び廃棄物を受け入れるとみられる。
何が埋まっているかは、島を造った大阪市も正確には把握しきれていない。大阪市の総合企業誘致・立地支援サイト「INVEST OSAKA」は、埋設物を書き連ねていては差し支えがあるのか、〈大阪ベイエリアに位置する夢洲は、市内で発生した建設土砂等を利用して作られた約390haの人工島です〉とお茶を濁している。
その「等」が地中で腐敗し発酵して、メタンガスとなって工事の最中に湧き出してきた。
埋め立て地の有機物が分解されて生じる「埋立ガス」が排水管を通すための地下空間に溜まり、そこに火花が落ちて引火、爆発した――。万博協会はこうみている。
■爆発の危険性があるスリリングな会場
万博の工事では、事故の前から爆発の危険性が認識されていた。作業を開始する前にガスの濃度を測定していたものの、このときは1階での作業で、地下のガス濃度まで測っていなかった。
事故を受けて、万博協会は、ガスが滞留する可能性がある場所で濃度の測定を徹底し、基準を超えた場合は換気をすると決めた。会場内に換気装置を増やし、可燃性のガスの濃度を毎日測定して公表し、来場者の不安を払拭するそうだ。
裏を返せば、万博会場はいつどこにメタンガスが湧いてきて滞留するか、予測できないということになる。さらに、地盤沈下や、液状化、災害時に来場者が孤立する恐れまで指摘されている。平和の象徴とされる万博会場がこれほどスリリングだったことが、かつてあっただろうか。
下水汚泥の最終処分場としての夢洲には、トイレに流したもののたどり着く先として、俄然興味が湧く。万博向けに島内が美化されてしまう前に、むき出しの状態の島を見ておきたいと思った。
訪れたそこは、想像以上に広漠とし、矛盾を抱えていた。本来、資源として使える膨大な量のウンコが地中に押し込められている。栄養やエネルギーの源になったはずのものが腐敗し、発酵して、時ならず湧き上がってくる。人工物でありながら、時おり野生化して牙をむく。そんな埋め立て地に、万博協会や建設作業員が、振り回されていた。
■「地雷原」もあながち誇張ではない
ウンコ、それを流した下水、それを処理する過程で生じ、夢洲に埋まっている下水汚泥……。いずれも爆発の危険が伴う。
ウンコに含まれるカロリーは、口から摂る食事に比べて低くなる。人間が消化の過程でカロリーを吸収してしまうからだ。それでも、塵も積もれば山となるで、濃縮が進むと爆発も起きる。
下水汚泥は、そのまま肥料にできるほど養分を豊富に含む。燃やして石炭の代わりに火力発電に使ったり、下水汚泥からメタンガスを抽出して都市ガスや車の燃料にしたりと、エネルギー源として見直されているくらいだ。人糞ではないものの、牛糞由来の液化バイオメタンは、ロケットを飛ばせると期待されている。
下水汚泥やゴミを散々投入してきた夢洲で、可燃性のガスが湧き、運が悪いと引火してしまう。これは自然の道理である。都市住民は、自分の生活の領域からできるだけ遠くへとゴミや汚物を押しやってきた。その一つが夢洲だった。地雷原だなんて揶揄されるけれども、埋め立て地とはそういうもの。
だからかどうかは知らないが、万博会場は会期中、全面禁煙と定められた。規則違反のペナルティは、罰金ではなく爆発かもしれない。
(初公開日:2025年4月15日)

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山口 亮子(やまぐち・りょうこ)

ジャーナリスト

京都大学文学部卒、中国・北京大学修士課程(歴史学)修了。雑誌や広告などの企画編集やコンサルティングを手掛ける株式会社ウロ代表取締役。著書に『ウンコノミクス』(インターナショナル新書)、『日本一の農業県はどこか 農業の通信簿』(新潮新書)、共著に『人口減少時代の農業と食』(ちくま新書)、『誰が農業を殺すのか』(新潮新書)などがある。


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(ジャーナリスト 山口 亮子)
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