日本や世界で一番好まれている肉はビーフか、ポークか、チキンか。統計データ分析家の本川裕さんは「調査結果を分析すると、つい最近、2020年代になって日本人が最も好きな肉1位の座が代わった」という。
その背景にあるものとは何か――。
■あなたは牛肉派か、豚肉派か、それとも鶏肉派か
みんなが大好きな肉だが、牛・豚・鶏のうちどれが一番好きかは人ぞれぞれだ。今回は、日本や世界各国でどんな肉が好まれているのか、また、肉の好みはどう変化してきたのかを探ってみよう。
まず、各国でどの肉をどのぐらい食べているかを確認しておこう。
主要国における1人当たりの肉の年間消費量と参考として魚介類年間消費量を図表1に示した。
肉類消費の合計が多い順、つまり肉好きの程度の順に国を並べたが、多い順に、米国、モンゴル、カナダ、フランスと続き、日本はタイを上回るものの隣国の韓国、中国よりも少ない。
日本は魚介類の消費が多く(韓国に次いで多く)、タンパク質摂取の上で肉類消費を補っているが、その点もあって、肉好きという点ではかなり低い位置にあると言わざるを得ないだろう。肉好きの米国、モンゴルの1人当たりの肉類年間消費量は、それぞれ、127kg、116kgであるのに対し、日本は57kgと半分以下である。
もっとも、その分、ヘルシーな食生活を送っているとも言える。日本人の平均寿命が世界の中でもトップクラスであるのもこうした食生活が影響していると考えられる。
次に、これらの国が肉の中でも何の肉を最も多く消費しているかを見てみると以下の通りである。
鶏肉最多:米国、カナダ、英国、ロシア、日本

豚肉最多:フランス、韓国、ドイツ、イタリア、中国、タイ

牛肉最多:なし

羊肉最多:モンゴル

モンゴルの羊肉好きは世界の中でも特殊である点が目立っているが、そのほかはチキン派とポーク派に2分されている。
牛肉最多のビーフ派の国はこの中にはない。
ヨーロッパやアジアではポーク派が多く、英語圏やロシア、日本はチキン派となっている。
■チキン派→ポーク派→ビーフ派→マトン派
それでは、どの肉を一番多く消費しているかを世界各国すべてで調べた結果を世界地図に落としてみよう(図表2)。
なお、どの肉が最多かという区分では消費量の大きさそのものは表現できない点に注意する必要がある。図表1で見た通り、日本も米国も鶏肉が最多の国だが、日本の鶏肉年間消費量は25kgと米国の58kgの半分以下である。
その点に注意を払った上で、色分けした185カ国中、それぞれ最多の国数を調べてみると、鶏肉が107カ国と過半数を占め、豚肉の44カ国、牛肉の28カ国を大きく上回っている。羊肉最多の国は6カ国と少ない。
現在、世界的に鶏肉の消費量が最も多くなっていることを反映して、鶏肉消費が最大の国が非常に多くなっているのである。
開拓時代から伝統的に牛肉、ステーキを多く食べていた南北アメリカでもアルゼンチン、パラグアイを除くと今ではすべて鶏肉が首位となっている。
これに対して特徴的な世界分布となっているのが豚肉首位の国々である。ヨーロッパ諸国とアジア諸国(中国、朝鮮半島、東南アジア)という2つの地域的なかたまりが認められる。
ヨーロッパでは、森のどんぐりで肥った豚を痩せる前の秋に塩漬け、燻製の保存食にした伝統から、ハム、ベーコン、ソーセージ食が特徴の地域となっている。
残飯などで豚を飼育してきた中国では野菜などと煮たり、炒めたりして、そのまま食べることが多いが、豚の後肢を蹄をつけたまま加工した火腿、別名金華ハムや香港名物の風肉という干し肉や猪皮という乾燥肉なども有名だ。豚肉の位置づけは高く、「宴席では正客の前に敬意を表するために豚の頭や料理した仔豚一頭を置く」(北岡正三郎『物語 食の文化』中公新書、p.313)。
牛肉地域は、アルゼンチン、中央アジア、アフリカ中央部という3つのかたまりが認められるが、年間消費量を確かめると、アルゼンチンは48.5kg、中央アジアのカザフスタンは27.1kgと確かに多いが、アフリカのケニヤは4.7kgとずっと少ない。アフリカでは、肉類の消費そのものが少ないなかでたまたま牛肉が首位となっているだけの場合が多いと言えよう(ただしジンバブエは43.8kgとアルゼンチンに次ぐ消費量となっており、そうしたケースではない)。
羊肉が首位の国は、モンゴル、アフガニスタン、シリア、アルジェリア、モーリタニア、ナイジェリアといったアジア・アフリカの乾燥地帯の国々が多い。中国でも北方遊牧民族の影響が強くなると羊肉が重視された歴史を有し、現在でも主要国の中では羊肉の消費が比較的多い(図表1)。
■鶏肉が大躍進し、「牛豚時代」から「鶏豚時代」へ転換
こうした好きな肉の世界分布は戦後における肉類消費の構造変化の結果としてもたらされたものである。この点を概観してみよう(図表3参照)。
世界全体の状況については、戦後しばらくの時期には、肉を食べられたのは先進国であり、貧しい途上国ではあまり食べられなかった。そこで欧米先進国の肉消費の特徴が反映し、牛肉の消費がもっとも多く、豚がこれに次いでいた。
その後、低コスト肉の消費が多い途上国のウェイトが増すとともにBSEの影響が加わって牛肉は消費量が減少傾向となった。牛肉に代わって消費が増えたのは、豚肉と鶏肉である。
特に鶏肉は1961年当時の1人年間2.9kgから2021年の17.0kgへと6倍近い大きな増加となっている。
同量の肉を得るために家畜に与えねばならない飼料の量を飼料要求率というが、その違いから肉の値段は牛肉、豚肉、鶏肉の順であり、しかも鶏肉の相対的な価格低下が顕著である。栄養学や抗生物質の研究の進歩により大量飼育が可能になり、生産費用が下がったのは1950年代で、世界的に消費が伸びる要因となった。「ブロイラー産業はテレビ産業よりも新しいものである」(中尾佐助『料理の起源』NHKブックス、p.134)。
実例として日本の肉価格を調べると(図表4参照)、2024年の価格単価は鶏肉が100g当たりほぼ100円であるのに対して、豚肉は1.5倍、牛肉は4倍近くの値段となっている。
価格推移(折れ線グラフ)を、2000年を100とする指数で追うと牛肉や牛乳が原料のチーズは140~150まで高騰しており、豚肉や鶏肉がせいぜい110台と比較的安定しているのと対照的である。特に鶏肉の価格は、最近は豚肉以上に安定的である。
鶏肉が世界的に肉消費の最大アイテムに躍進している最大の理由はやはり価格だろう。
さらに、鶏肉は牛肉、豚肉と異なり、食のタブーに触れることが少ない食肉である。このため世界各国で広く食べられており、揚げる、煮る、蒸す、焼くなどさまざまな方法で調理されている。
戦後大きく躍進したフライドチキンは、カーネル・サンダースが1940年代に創業したケンタッキーフライドチキンが特に有名で、フライドチキンをアメリカ全土に普及させたほか、フランチャイズとして世界各地に展開することに成功したことで、フライドチキンは世界中に広がった。
なお、最近の豚肉の落ち込みは、世界の半分ぐらいを消費している中国で2018年8月以降に発生したアフリカ豚熱の影響である(現状は中国でもピークを回復)。

■米国はステーキからチキンの国へ 欧州はハム・ソーセージ
米国は植民地時代から牛ステーキの国だった。処女地で肥った牛が多かったからだ。そのせいで米国人の身長は世界トップクラスだった。20世紀に入ると、黒人貧困層の食べものだったフライドチキンがファストフード文化の一部として広まった。
一方、ステーキ人気はBSEの影響などで衰えていった。かつて米国では、チキンは育てるのが難しく牛肉より贅沢な料理だったが、鶏を育てて加工するための技術的に進歩した新しい方法が開発され、安価で健康にもよい肉として国民食となったのである。近年は、鶏肉を使ったグリルチキンやフライドチキンをバンズ(パン)に挟んだチキンサンドが人気となりチキン店にバーガー店が加わって外食産業が競い合う「チキンサンド戦争」が起きているという。
米国がかつて牛肉食中心だったのとは異なり、ヨーロッパはハム・ソーセージといった伝統加工品を含む豚肉消費が特徴の地域である。牛耕によって、馬のまぐさとなる大麦も豚の飼料も得ていたのでもともと牛は食用でなかった。
「牛肉や牛乳を供給するのを主目的として牛を飼育することはヨーロッパでは極(ご)く最近の発達であって、中世時代には古代同様、家畜は牽引獣であり、駄獣であった」(E.P.プレンティス『人類生活史』東洋経済新報社、1942年、p.206)。
戦後も1980年代ぐらいまでは鶏肉より豚肉の消費のほうが伸びていた。1990年代以降は豚肉消費が横ばいに転じる一方で鶏肉が伸び続けている。

■2020年代に入ってチキンが首位となった日本
日本は、肉食を忌避していた長い歴史もあって米食中心の食生活が長く続いていたが、戦後になって、肉食など食の洋風化が一気に進んだ。1961年にはすべての肉の1人当たり消費量が世界平均を下回っていたが、豚肉、鶏肉、牛肉、そして羊肉(ジンギスカン)まですべての消費が高度成長期を中心に大きく伸びた。
羊肉は高度成長期を過ぎると低迷に転じ、また牛肉はBSE以降、低迷に転じた。ジンギスカンブームはディスカバージャパンで北海道を訪れた若者による第1次ブーム(1970年代初め)に続き、2004年頃、BSE問題をきっかけにヘルシーさから第2次ブームが起こったとされるが、データで見る限り第2次ブームは消費量的にはそれほどのものではなかったと言えよう。
一方、豚肉と鶏肉は羊・牛の低迷後も伸び続け、それでも豚肉が鶏肉を上回り続けていたが2020年以降は鶏肉がついに首位に立った。鶏肉の1人あたりの年間平均消費量は2019年19.8kgだったが、2021年25.4kgに急増した(牛肉9.8→9.5kg、豚肉22.1→21.9kg)。ちなみに1961年の消費量は鶏1.3kg、牛1.5kg、豚2.1kgだった。
鶏肉躍進の背景には、米国から伝わったフライドチキンなどの全国的普及、九州・西日本発の地鶏ブーム、から揚げブームの影響、コンビニチキンの導入などがあると考えられる。最近では米国同様、ヘルシー食品への根強いニーズに加え、物価の上昇にともなう節約志向の高まりが鶏肉消費を後押ししている側面も大きいと考えられる。
■経済成長とともに肉の爆食化が進む中国と韓国
伝統的に豚肉の消費が多かった中国では、経済成長で所得水準が向上した1990年代以降は、豚肉だけでなく、鶏肉、牛肉、そして羊肉すべてが伸びている。中国では2018年8月以降に国内で発生したアフリカ豚熱の影響を受け、19、20年の豚肉の生産量・消費量はともに大きく落ち込んだ。ただし、その後、21、22年と大きく回復している(現状はピークを回復)。
中国は世界の半分近く豚肉を消費しているので、これが世界全体の動きにも影響している。
韓国では、中国同様、経済成長とともに羊肉を除く肉類消費がすべて大きく拡大している。その中でも豚肉消費の伸びが特に大きい。豚肉消費と言えば、豚の三枚肉の焼肉料理であるサムギョプサルが韓国料理屋で人気があるのを思い起こさせる。

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本川 裕(ほんかわ・ゆたか)

統計探偵/統計データ分析家

東京大学農学部卒。国民経済研究協会研究部長、常務理事を経て現在、アルファ社会科学主席研究員。暮らしから国際問題まで幅広いデータ満載のサイト「社会実情データ図録」を運営しながらネット連載や書籍を執筆。近著は『なぜ、男子は突然、草食化したのか』(日本経済新聞出版社)。

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(統計探偵/統計データ分析家 本川 裕)
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