60歳から知っておくべき健康知識は何か。管理栄養士の大柳珠美さんは「古い栄養学では油はひとくくりに悪いとしてきたが、全てが悪いわけではない。
例えば、現代日本の食生活においても昔ながらのラードで揚げるトンカツは問題がない」という――。
※本稿は、大柳珠美『糖質を“毒”にしない食べ方』(青春出版社)の一部を再編集したものです。
■「油は体に悪い」は古い健康常識
先述の「牛乳は骨粗鬆症予防につながらない」という内容に驚いた方も多いかもしれません。何といっても現代の60歳前後の方々は最新の栄養学に触れる機会がなかった方も少なくないはず。そんな古い栄養学の知識で牛乳と並んで誤解されているのが「油」です。
「脂質はカロリーが高いから太る」というイメージがあるようですが、人間を太らせるのは糖質です。脂質は体重増加には大きく関係しません。
まず意識を変えていただきたいのが「脂質では太らない」ということ。脂質はタンパク質と並んで生命維持に不可欠な必須栄養素です。
読者の皆さんにはふたつの点から脂質を積極点に摂っていただきたいと思います。
まずひとつ。糖質制限をすると糖質からエネルギーを得ることができません。
糖質の代わりのエネルギー源として脂質を摂ってください。ふたつめは心身の健康のため。脂質は細胞膜の材料となり血液やホルモンの合成にも関わっているのです。
ただし、油なら何でもいいのではありません。60歳からはどんな種類の油を避け、どんな種類の油を選ぶべきか、本稿で考えていきましょう。
■ポイントは「動物性」か「植物性」かではない
古い栄養学では「油はカロリーが高いから太る」として、「やせるためにはカロリー制限」「油をカットしたらヘルシー食」と指導していました。
こうした流れから「油は油」とひとくくりにしていたり、分類するにしても「動物性」「植物性」とざっくりとした分け方で魚油まで動物性だと摂取をためらう方もいます。
しかし、「油=脂肪酸」の性質を決めるのは動物性や植物性といった原料ではなく、その「組成」。油を組成で分類すると「飽和脂肪酸」と「不飽和脂肪酸」になります。
○飽和脂肪酸(肉、バター、ココナッツオイルなど)
肉の脂肪や乳製品に多く含まれる。常温で固体になる。
○不飽和脂肪酸(オリーブオイル、ベニバナ油、亜麻仁(あまに)油、えごま油、魚油など)
魚や植物に多く含まれる。
常温でも液体の状態。
飽和脂肪酸と不飽和脂肪酸は、図表1で示したように分子構造が異なり、その違いから飽和脂肪酸は固体で、不飽和脂肪酸は液体で存在します。
■昔ながらのラードで揚げるトンカツは問題なし
飽和脂肪酸は動物性の脂(肉、バターなど)で、「太る」「コレステロールが上がる」「血液がドロドロになる」と悪いイメージがついていますが、健康にマイナスになることはありません。
植物が育たない北極に住むイヌイットは動物性タンパク質(アザラシ、北極グマ、イルカ、イワナ、ライチョウなど)しか摂取していませんが、いずれもすべて利用し尽くすのが流儀。
彼らの血液がドロドロかというと逆で、血中にはDHA、EPAが豊富。動脈硬化とは無縁どころか、血液がサラサラ過ぎて流血するような怪我(けが)を負うとなかなか血が止まらないほどだそうです。
現代日本の食生活においても昔ながらのラードで揚げるトンカツは問題がなくて、体に害悪となるのは不飽和脂肪酸の「加熱した液体の油」や「酸化した液体の油」のほうなのです。
では、不飽和脂肪酸を詳しく見ていきましょう。不飽和脂肪酸には「多価不飽和脂肪酸」と「一価不飽和脂肪酸」があり、多価不飽和脂肪酸であるオメガ3とオメガ6は、健康食品のCMなどでも見かけることが多くなったのでご存じの方も多いでしょう。
■重要なのは体内の脂肪酸バランス
オメガ3とオメガ6はシーソーの関係にあり、片方だけを摂っているとバランスが崩れてしまいます。白血球を活性化させるオメガ6が増えすぎると、白血球が病原菌だけでなく健康な細胞まで攻撃するようになります。
攻撃で傷ついた血管はコレステロールが付着して動脈硬化、脳卒中や心血管疾患リスクが上昇。
また、体内で炎症を引き起こし、アレルギー疾患にもつながります。
白血球の過剰な作用を落ち着かせ、炎症や血栓を抑制してくれるのがオメガ3ですが、魚を食べる機会が少ないとオメガ3は減っていきます。
一方、オメガ6系の油は揚げ物や炒め物など使用頻度が高いため、現代日本の食生活では過剰になる傾向があります。意識しないと増えていくのがオメガ6、意識しないと減っていくのがオメガ3なのです。
オメガ3系の油のα-リノレン酸は、体内でDHA、EPAに変換することもできます。ただ、日本人は変換酵素を仕事人として持っている人が少ないので、オメガ3を増やしてオメガ6とのバランスを取るには魚を食べたほうが確実です。
■どんな油を摂るかで体も脳も変わる
自生したどんぐり、ハーブ、きのこなど豊かな恵みを存分に食べたイベリコ豚は、軟らかで口溶けのよい肉質で高級食材として知られています。
どんぐりを食べたイベリコ豚の体内はオレイン酸が豊富。オメガ9のオレイン酸はオリーブオイル、アボカドオイルなどの植物油に豊富で、イベリコ豚は「足の生えたオリーブの木」の別名があります。
オリーブにたとえられるイベリコ豚はオレイン酸豊富な「オレイン酸リッチ」な状態。人間と豚の油の代謝機能はほぼ同じなので、イベリコ豚を食べた人間もまたオレイン酸リッチになり、その影響でLDL(悪玉)コレステロールが減少すると考えられています。
これは人間の体が食べたものの影響を受けていることを示す、わかりやすい例でしょう。

さて、オメガ3のEPAも体に変革を起こします。株式会社ニッスイの研究でEPAが赤血球の細胞膜の質を上げ、アスリートのパフォーマンスを向上させることがわかりました。
赤血球は血管の直径に合わせて自身を変形させて血管を通り抜けます。EPAの作用で細胞膜の柔軟性が向上した赤血球は、いかようにも変形して細い血管も通り抜けられるようになり、体のすみずみまで酸素を届けられるのでアスリートの能力が高められるのです。
EPAと同じくオメガ3のDHAは脳の細胞膜の質を上げてくれます。人間の脳の乾燥重量の約50~60%は脂質です。脂質のうち半分は神経細胞を保護するコレステロール、半分は情報伝達がスムーズになるように神経組織を活性化させるDHAなどです。
脳の神経細胞は1000億を超えるともいわれ、1000億の神経細胞を包む細胞膜の材料が脂質です。DHAは脳の神経細胞の細胞膜の柔軟性を高め、神経ネットワークの形成を促すので、学習能力や記憶力が向上し、集中力を高めます。
もしも「無人島にひとつだけ食品を持っていけるとしたら?」と聞かれたら、私は迷わず「サバ缶!」と答えます。オメガ3のEPAとDHA、そして良質なタンパク質も豊富なスーパー食材。イベリコ豚と違って持ち運びも簡単です。

■コレステロールが減りすぎると脳出血のリスクも
「コレステロール=悪」は、60歳前後の人に刷り込まれた根深い誤情報のひとつ。人体にはコレステロールを含め、中性脂肪、リン脂質、遊離脂肪酸の4種類の脂質が存在し、コレステロールは、ホルモンや細胞膜の材料、脂肪の消化吸収に必要な胆汁酸の形成、髪や皮膚の美しさを保つために使われます。
もしコレステロールが減りすぎてしまうと、髪や皮膚はカサカサになり、細菌に感染しやすくなるほか、血管の細胞が劣化して脳出血などの危険が高まります。
これほど人体の健康に不可欠なはずのコレステロールなのに、悪者になってしまったのは、「卵を1日1個食べるとコレステロールが上がる」という研究結果が広まったから。
しかし、この研究はウサギを使ったものであり、草食動物のウサギには卵を消化吸収する能力が備わっていなかったためコレステロールが上がってしまったのでした。人間に当てはめて「卵は危険」と避ける必要はないのです。
ウサギと違って雑食の人間はというと、卵を1日1個食べた程度ではコレステロールに大きな影響はありません。コレステロールは人体にとって欠かすことのできない大事な物質なので、不足しないように肝臓でコレステロールを合成しているほどです。
ただし、不足がよくないように、コレステロールが過剰な状態も問題です。肝臓のコレステロールを全身に運ぶLDLコレステロールは、全身にコレステロールを蓄積させるので「悪玉」。
血管壁にたまったコレステロールを肝臓に運ぶHDLコレステロールは、たまったコレステロールを回収することから「善玉」と呼ばれますが、LDLコレステロールはいつも「悪玉」として悪さをするわけではありません。
悪玉と善玉のバランスが崩れて悪玉優勢になった状態から悪さが始まります。

■悪玉化にストップをかける油の種類
手始めが脂質異常症です。脂質異常症は血液検査で診断されますが、はっきりした症状があるわけではないため、なかなか深刻には受け止められないようです。
しかし、食事や運動といった生活習慣を改善しない限り、肥満、高血圧、動脈硬化、糖尿病、脳卒中、心疾患と、トラブルは増えるばかりです。
とくに脂質異常症と肥満の両方を指摘されたら要注意。肥満は体内の酸化を進めてコレステロールの悪玉化に拍車をかけてしまいます。
閉経後の女性はコレステロールが上昇しますが、多少上がってもLDL(悪玉)コレステロールとHDL(善玉)コレステロールの比率、中性脂肪の数値、肥満の有無を総合的に判断して薬を使わない医師も増えてきました。
栄養指導では、コレステロールは確かに少し高いけれど、高いことが問題ではなく、善玉・悪玉の比率と肥満の有無が要点であることを伝えます。
そのうえで、悪玉化を後押しする酸化した油を避けながら、善玉とのバランスをとるためにLDL(悪玉)コレステロールを下げるオメガ3系のEPA、DHAの摂取をすすめます。
毒をもって毒を制す。油をもって油を制す。コレステロールの悪玉化にストップをかけるのはオメガ3のEPAとDHAなのです。
【まとめ】60歳から油を「味方」につける方法

□「動物性」「植物性」で油の質を判断しない。

□オメガ3とオメガ6をバランスよく摂る。

□コレステロールの悪玉化はEPAとDHAで解決。

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大柳 珠美(おおやなぎ・たまみ)

管理栄養士

2006年より糖質制限理論を学び、都内のクリニックで糖尿病、肥満などの生活習慣病を対象に、糖質の過剰摂取を見直し栄養不足を解消する食事指導を行う。講演、雑誌、インスタグラムなどで、真の栄養学による糖質制限食の情報を発信している。著書に『腸からきれいにヤセる! グルテンフリーレシピ』(青春出版社)などがある。

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(管理栄養士 大柳 珠美)
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