女性に多額の借金を背負わせる悪質ホスト問題をめぐり、店舗を取り締まる改正風営法が20日、衆院本会議で可決、成立した。ホストによる被害者を取材してきたジャーナリストの富岡悠希さんは「若い女性が減っている地方のホストクラブでは、歌舞伎町とは違う手口で女性客を搾取している」という――。

■500万円以上の借金を抱えたシングルマザー
「お金を搾取され、500万円以上の借金が残っています。今は朝晩と働きづめです。死にたくなる時もありますが、息子には私しかいませんし……」
まもなく40代半ばとなる四国在住のシノブさん(仮名)は、自身の苦境をこう訴える。彼女は2023年秋~翌年の夏、愛媛と神戸のホスト2人に貢がされた経験を持つ。
地元の高校を卒業して働いているシノブさんは、主にパートや派遣で年収200~300万円の仕事に就いてきた。さらに6年ほど前に離婚し、小3の息子を育てている。実家が裕福とか、宝くじで高額当選したなどの特記事項もない。
カツカツではないが経済的にやや苦しい、地方在住のシングルマザー。そんなシノブさんは、過去1年半ほど悪質ホスト問題を追ってきた筆者の感覚では、歌舞伎町だと「太客(ふときゃく)」にはなりにくそうだ。
しかし、地方ホストは違う。シノブさんのような客にも必死の営業をかけてくる。
「お願い、(シャンパン)おろして」
神戸の店では担当ホストから、何度も懇願された。
地方では人口減少が定着し、特に近年は若年女性の東京流出が進んでいる。限られた女性客を必死に奪い合う渦に巻き込まれた一人が、シノブさんだ。
■月収20万円超でも狙われた
シノブさんは離婚後に出会って5年ほど交際していた男性と、2023年9月上旬に別れた。孔子は「四十にして惑わず」と言ったが、その域に達する人は間違いなく少数。「不惑」過ぎだったシノブさんも、寂しさに勝てなかった。
「楽しくお酒を飲めたら」。無料案内所を経て、初回無料の愛媛のホストクラブの入口をくぐる。人生初のホストクラブ遊びだった。
一度入店してしまうと、口八丁手八丁で女性を取り込むのは、どこのホストも同じ。36歳だった担当Aも、そうだった。シノブさんから送ってもらった写真に映るAは、下腹部が筆者よりふくよかだ。しかし、精神的に弱っていた彼女に入り込んだ。

もちろん無料は初回だけだから二度、三度と通うと支払い額が増える。当時のシノブさんは、月収二十数万円で自分用の貯金ゼロ。現金払いだとすぐに詰まるが、クレジットカードを持っていたのが悪いほうに出た。先払いにすることで、通うことができたからだ。
ほどなくAが頼み込んできた。「12月は1年の締めくくりだから、目標を達成したい。シノブ、頼む」。他の女性が使う予定だった分も肩代わりすることになった。
「他の女性分をなんで私が使わないといけないのか。私にばかり負担がかかり、もう嫌だ」。そんな気持ちになったが結局、押し切られ、同月末に一晩で約40万円も使った。
現金で10万円を払い、年明けに10万円を振り込んだ。
残り20万円は売掛(ツケ払い)となった。クレカ払いとしなかったのは、高額利用できるカードがなくなっていたことによる。
■「車を売って、売掛代金の支払いにあてろ」
ほどなくAから離れたが、その前に手に入れたばかりの車を売却せざるを得なくなった。
シノブさんの地元では、車がないと生活が成り立たない。そのため2023年春、約230万円でトヨタのコンパクトカー「ヤリス」を手に入れた。現金一括とはいかないことから、ローンを組んだ。
ところが、Aに貢ぐお金が年末に向けてかさんだ。すると、Aは「車を売って、売掛代金の支払いにあてろ」と催促するようになる。
宝石類などを持っていないシノブさんが現金化できるのは、ヤリスしかなかった。同年12月に約185万円で手放すことを決めた。
その車の売却代金は、店舗まで車を持ち込むことが条件だった。そのためAは、「帰りが困るだろう」との理由をつけ、シノブさんが断ってもついてきた。
店舗内にも入り、契約書を覗き込み、振り込み日、売却金額をチェックした。
さらにAは、振り込み日に銀行までついてきた。危険を察知していたシノブさんは事前に手を打ち、銀行側に「男が同行してきた時は、そいつはホストで売掛の回収が目的。そのため現金の引き出しはできないと言ってほしい」と頼んでいた。当日、銀行はその通りにしてくれた。
シノブさんは後日、一人で銀行に向かい、別の銀行口座にお金を移した。「売掛金の回収ともなると、ここまでやるのか」。彼女の率直な感想だ。
■「Aのようなことはしない」約束した神戸ホストの手口
残念なことに悪質ホスト被害に遭う女性は、1人では済まないケースが多い。ホストから受けた心の傷をホストで癒そうとする。シノブさんも、同じ罠にはまった。
2024年2月、TikTokのライブ配信から、神戸のホストBとのDM上でのやりとりが始まった。
「前のAのようなことはオレはしないよ」。その言葉を信じ、1週間ほどたった後、お店に行き、初回指名で5万円ほど使った。
その後、立て続けにLINEが来るようになった。シノブさんの手元のスマホには、Bからの次のようなメッセージが残っている。
「僕と出会ったからには僕が幸せにしたい」

「ホストだから言ってるとか思わないで欲しい。他のホストと同じこと言ってても俺のことだけ信じてくれたらいい」

「ホストとお客さんって関係になるかもしれへんけど俺はホスト上がってもほんまに仲良くしていたい。他のホストとかもそんなん言ってるかもしれへんけど俺は絶対そうしたい。」

「これから先一緒におりたいな。ほんまに裏切らないし安心できるようにしていきたい」
※原文ママ

■「子どもと3人で一緒に暮らそう」
実は、Bは当時23歳で、シノブさんよりも20歳近く年下。翌3月、二度目にお店に行った時、自分がシングルマザーであることを伝えた。歳の差でかつ子持ちならば、Bは自分から離れていくだろう。彼女はそう予想していたが違った。
「(シンママであることは)予想がついていたよ。
どうすれば(シノブさんの地元と神戸で)離れ離れでいなくて済むのか、考えていた」

「(シンママであっても)僕の気持ちは変わらない。3カ月で幹部になるつもり。そしたら寮を出るから、シノブと子どもと3人で一緒に暮らそう」

「もし6カ月たっても結果が出なかったら、ホストを辞めてシノブの地元に行く。そっちに行ったら金銭面でも助けてあげられるし」
Bは三度も、上記のようなことを言った。と同時に、Bはこの日、どうしても売り上げを立てたがった。
「お願い、(シャンパン)おろして」「お願い、(シャンパン)おろして」
涙ながらにシノブさんに懇願してきた。店には、もちろん他のお客もいる。彼女たちが自分たちの席に注目しているのがわかった。その場の空気に耐えられず、約10万円のシャンパンを入れた。
しかし、Bが先の甘い言葉を実行することはなかった。
■「営業トークでは?」と聞くと…
同年3月、BとBが在籍したホストクラブのオーナーから、Bが「精神の病気」になったと聞かされた。そして同年5月、Bはホストをあっさり辞めた。シノブさんに言った彼女の地元に来るという約束は守られず、兵庫県内で美容師として働き始めた。
厳しい質問かもしれないが、取材者としてシノブさんに聞かざるを得ないことがあった。
「20歳ほど年下のBが言っていた甘い言葉は、シャンパン入れて欲しさの『営業トーク』とは思わなかったのですか?」
Bは、シノブさんの弱みを突いていた。
「私だけでなく息子も含め『3人で一緒に暮らそう』と言ってもらったのがうれしかった。彼は本気だと言ってくれていたので、将来があると信じてしまった。この人は裏切らない、ホストを本当に辞めて私と子供を幸せにしてくれるのだと」
「元夫と別居した時、息子は1歳半で、その半年後に離婚しました。母親には助けてもらっていますが、ほとんど一人で子育てをしています。やっと頼れる相手ができたと思ってしまったのです」
■「息子のために貯めたお金」伝えるとホストは…
シノブさんはいま、Bのことを信頼しきってしまったがためにが2つの問題に直面している。
一つは誕生以来、コツコツ貯めてきた、「息子のための貯金」を全額取り崩してしまったこと。最初に担当となったAの時には、決して手を付けることはなかった。シノブさんは、失った貯金80万円の実額以上の重みと痛みを感じている。
そのBに対し、使ったお金が「息子貯金」だったことを伝えたことがある。ところが、Bの反応は、「どんなお金を使うのかは、お客さまの自由」との冷たいものだった。
2つ目は、Bのことを息子に話し、「新しいパパができるかも」と思わせてしまったこと。息子は、父親と一緒に暮らした記憶がない。そのため大いに期待し、Bに手紙を書いたこともある。
「心の病気になっちゃったから、すぐには一緒に暮らせないんだよ」。シノブさんは、昨春時点では、こう言ってその場をしのいだ。早晩、Bとの同居がなくなったことを伝えなければいけないが、期待していた息子が傷つくことがわかっているため、切り出せないでいる。
しかも、借金返済に追われるシノブさんは、息子との時間が削られている。昼はパート事務、夜はコンビニバイトの終日勤務がデフォルトだ。昼間に空き時間ができると、割りの良い、デパート催事の手伝いに出る。また、ゴールデンウイークのような飲食店の繁忙期には、かつて働いていた居酒屋の仕事も入れる。このゴールデンウイークも働き通しだった。
愛媛、神戸での被害に対し、それぞれ刑事・民事の訴えを起こしている。カード会社からの督促が一部で止まっていることもあり、借金返済は月10~12万円で済んでいる。ただし、裁判の結果次第では増える可能性もあり、気が休まらない。
■悪質ホストを扱う弁護士はまだまだ少ない
シノブさんは公的な犯罪被害者支援制度を利用し、月1回、無料で心療内科のカウンセリングを受けている。冒頭の「死にたい」気持ちは今春になり、少し落ち着いてきた。Bの裏切りで対人恐怖症になったが、少しずつ信頼できる友人に会うようにしている。
刑事・民事の訴えがうまくいくかはわからないが、味方になってくれる弁護士が付いたことは、安心材料になっている。被害額が多い愛媛のケースでは、対応に当たる弁護士はすぐに見つかった。ただし、神戸の場合は、都内を含めてあちこちの弁護士事務所に相談電話をかけたが、ほとんど相手にしてもらえなかった。
悪質ホスト問題は広まったが、「うちはホストは扱っていません」「その被害額だと受任できません」と断られ続けた。50人以上に相談し、ようやく頼れる代理人に巡り合えた。
■若い女性が「風俗堕ち」しないために
シノブさんは今回、包み隠さずに実体験を明かした。自身の年齢、Bとの年齢差、息子貯金をなくし、その息子も巻き込むことになったこと……。記事の読者から非難が出たとしても、どうしても世の中に被害を訴えたかったという。
「私は息子がいたことから、どうにか『風俗堕ち』への一線だけは守れました。昼夜の仕事は大変ですが、それでも何とか立ち直りに向けてあがけています。悪質ホスト被害に遭った若い女性は、大切な体を売るように仕向けられてしまう。ホストと縁が切れた時には、身も心もボロボロになっていることでしょう」
「遊び方を知らないならホストクラブには出入りしない。それが一番の防衛手段です。ホストが一人の女性を大切にしてくれることはありません。女性をお金としかみていない。ホストでなく自分の居場所を見つけ、自分を本当に大切にしてくれる人と過ごしてほしい。私の苦い経験が、警鐘になれば私は自らへの非難を受け入れます」

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富岡 悠希(とみおか・ゆうき)

ジャーナリスト・ライター

オールドメディアからネット世界に執筆活動の場を変更中。低い目線で世の中を見ることを心がけている。近年は新宿・歌舞伎町を頻繁に訪問し、悪質ホスト問題などを継続的に記事化。国会での関連質疑でも、参考資料として取り上げられている。著書に『妻が怖くて仕方ない』(ポプラ社)。

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(ジャーナリスト・ライター 富岡 悠希)
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