※本稿は、毎日新聞取材班『出生前検査を考えたら読む本』(新潮社)から一部抜粋・再編集したものです。
■とある医師が見つけた「高額求人」
無認証施設(※)に勤務する医師の多くは、産婦人科とは無縁だ。
大学教授や病院長まで務めたことのある高齢の小児科医。大学病院で放射線科医として働いた後、美容脱毛クリニックなど勤務先を転々とする若手医師。大学病院に所属しながら無認証施設でアルバイトする腫瘍内科医……。経歴を調べると、さまざまな背景をもった医師が流れ着いている。
高収入にひかれて、無認証クリニックで働いた経験のある西日本の男性医師に話を聞いた。
男性医師はもともと自分の診療所をもつ開業医だった。新型コロナウイルス感染症の流行に伴って政府が外出自粛を要請すると、来院する患者が激減。経営が行き詰まった診療所を閉鎖し、働き口を探していたところ、無認証クリニックの求人を見つけた。
■週4勤務で年収は1700万円
用意されていたのは、新たに開設するNIPT専門クリニックの雇われ院長ポストだ。
男性にとって産婦人科は専門外で、ましてや出生前検査の知識はなかった。それでも、応募するとすぐに採用された。
「たまたま他にいい人が見つからなかったようだ」
と振り返る。
研修は、同じ系列のクリニックで1日だけ行われ、検査の流れを覚えた。妊婦への説明内容はクリニックのホームページも参考にして学んだ。
その後すぐに診察を始めたものの、実務でまごつくことはなかった。クリニックが行うのは、医師の問診と、看護師の採血のみ。その問診は妊婦1人当たり5分程度で、資料を渡して、型通りの簡単な説明をするだけだった。
■「医師免許さえあれば誰でもいい」のか
「だいたい検査の流れは決まってるし、説明することもそんなに細かくないしね」
その時にどのような説明をしていたのかと記者が尋ねると、
「忘れちゃった」
「一番多いのはダウン症ですよね。ダウン症はエックス、エックス……忘れちゃったな」
とぼんやりしている。
記者が、
「ダウン症候群は、21番トリソミーですよね」
と言うと、
「そうそう21番。当時は本を見ながら覚えたんだけど。アハハハ」
と、あっけらかんと笑っていた。研修の際に、遺伝子疾患や婦人科に関する書籍を3冊ほど受け取ったというが、内容はうろ覚えだ。男性医師が行うのは採血前の問診のみで、検査後の妊婦にはノータッチだった。そのため、さほど専門的な知識を求められることもなかった。
開設したばかりのNIPT専門クリニックの利用者は、一日5~6人程度と少なく、まったく妊婦が来ない日もあった。数カ月後、経営陣から「後任が決まった」と突然伝えられ、解雇された。
「まあ、『飾り』ですよ。クリニックを開設するのには医師がいるから」
経営陣にとっては、医師免許さえあれば誰でも良かったのだろうと考えている。
■採血して郵送するだけで「数万円」
NIPTの仲介企業と連携するクリニックは、なぜか美容系が目立つ。
「心をときめかせながらきれいに」。
取材を申し込むと、女性院長は当初渋ったものの、「電話でなら」ということで話を聞けた。
数年前、仲介企業からNIPTの採血を依頼された。問診して血液を採取し、郵送するだけで、1件当たり数万円の報酬が支払われる仕組みだ。「陰性となって大丈夫だったら妊婦さんは安心するし、いいか」と考えて、引き受けた。
女性院長に遺伝医療の知識はなく、遺伝カウンセリングをしていない。
「うちは採血するだけだから、遺伝カウンセリングまで必要ないでしょう。産婦人科医は必要とか言うかもしれないけど、うちは産婦人科じゃないしね。妊婦さんは自分たちでウェブサイトを見て考えて、NIPTを受けると決めてるからここに来てる。私があれやこれやと言うこともない」
依頼は月に3~4件くらい。まだ、ここでNIPTを受けて陽性となった人はいないという。
「出生前検査は『命を選ぶ』とか言われるし、正義漢ぶって中絶を止めた方がいいと言う人もいるかもしれない。だけど、NIPTを受けるか受けないか、中絶するかしないかは、本人が決めればいいことだと思う」
■産婦人科専門医がいない「産婦人科」
本来、産婦人科は母親と胎児の命に直結する専門的な分野だ。大学病院や総合病院で専門研修を受けた、産婦人科専門医の資格を持つ医師が多い。
ところが、無認証施設の関係者に取材すると、多くがこの銀座のクリニックのように、型通りの説明と採血しか行っていなかった。検査結果は仲介企業がオンラインで提供し、医師が羊水検査やお産までフォローしているところは少ない。そのため、無認証施設でNIPTの採血を行うだけなら、産婦人科の知識がなくてもこなせてしまうのだ。
また、日本では、医師免許さえあれば、基本的にどの分野の診療でも手がけることができる。クリニックを開業する際に、どの診療科目でも自由に標榜することができるのだ。
例えば、銀座にある別のクリニックは、保健所に診療科目を「産婦人科」として届けている。しかし、医師である院長には産婦人科専門医の資格はなく、提供している診療行為はNIPTのみだった。
「まるで検査の代行業者のようだった」
NIPTを経験したある妊婦は、無認証クリニックの印象をこう表現した。
■競うように増える無認証施設
美容皮膚科などの無認証施設は、増加の一途をたどってきた。認証施設と競うようにだ。
図表2に掲げたのは国内でNIPTを実施する医療機関数の棒グラフだ。
「認証施設だけでなく、無認証施設もどんどん増えてきている」
そう語るのは、昭和大学医学部産婦人科学講座の関沢明彦教授。長年、国内の出生前検査の研究をリードしてきた第一人者だ。国内の大学や国立研究機関で作る「NIPTコンソーシアム」の事務局も務めている。
認証施設の数は日本医学会が公表しているが、無認証施設は公式に集計された数字がない。NIPTコンソーシアムのメンバーが毎年、インターネットで無認証施設のホームページを閲覧して数えている。
グラフからは、国内のNIPTの歴史が見えてくる。
2013年に認証制度が発足し、大学病院や国立研究機関の研究としてNIPTが始まった。学会の指針で、産婦人科医に加えて小児科医や臨床遺伝専門医の在籍といった厳しい要件を課し、中小病院やクリニックには参入障壁となっていた。
認証制度はあくまで学会の自主ルールに基づくため、法的根拠はない。
■半数近くが「美容系」クリニック
取材班が2022年6月に、インターネットなどで調べた際には、無認証施設は全国で182あった。保健所への届出などの情報に基づいて診療科を分類すると、美容系(美容皮膚科・美容外科・美容内科)89、内科89、皮膚科54、形成外科42の順に多く、産科・産婦人科は10だけだった。その多くがインターネット広告や、イラストを駆使したわかりやすいウェブサイト作りに注力していた。
急成長したあるクリニックのグループは、事業収益が2018年11月期の4億4810万円から、2021年11月期の23億6598万円へと膨れ上がった。たった3年間で5倍になった計算だ。埼玉県の皮膚科クリニックからスタートし、今では全国で10以上のクリニックを直営しつつ、100前後の医療機関と連携してNIPTを手がけている。
こうした状況を問題視する研究者らが働き掛け、2022年7月に、国が関与するNIPTの新たな認証制度が発足した。これまで妊婦が身近でNIPTを受けられる認証施設が少なかったという反省から、中小病院やクリニック向けに要件を緩めた「連携施設」枠を設けた。すると、認証施設の数は大幅に増えて、無認証施設と再逆転した。
ただ、無認証施設が拡大の勢いを失ったわけではない。仲介企業は地方のクリニックを中心に営業活動を続けており、その数は再び認証施設に迫ろうとしている。
■10人に1人がNIPTを受ける時代へ
無認証施設での検査数についても、統計はない。手がかりとなるのは、厚生労働省研究班(出生前検査に対する支援体制構築のための研究、代表者=白土なほ子・昭和大学准教授)の調査だ。
厚労省研究班は2023年2~4月、妊婦向けのスマートフォン用アプリ「ルナルナ」を通じてアンケート調査を行った。対象はNIPTを受けたことのある、妊娠中か産後1カ月以内の女性(20~45歳)だ。NIPTを受けた医療機関については、57%が大学病院などの認証施設、23%が無認証施設、20%がどちらかわからないと回答した。
ただ、研究班メンバーでもある昭和大学・関沢教授の分析では、別の設問の回答を踏まえると、本当は無認証施設で受けたのに誤って「認証施設で」と回答した人が一定数いる。この分を考慮し、「半数近くは無認証施設で受けているのではないか」と推測する。
関沢教授によると、2022年度に認証施設で3万件程度のNIPTが実施されている。無認証施設の実施数も同規模だとすると3万件程度。利用者数は年々増えており、妊婦10人に1人がNIPTを受ける時代が迫りつつある。
■「無認証施設」を選ぶ理由
このアンケート調査では、NIPTにまつわるさまざまなことを尋ねている。
検査費用は11~14万円(22%)、8~11万円(21%)をピークに、5万円未満(10%)から26万円以上(2%)まで幅広く分散していた。無認証施設は、検査項目を絞った低価格商品から、100種類以上の疾患を網羅的に調べる高価格帯のものまでそろえて、誘客しているからだろう。
「無認証施設を利用した」と回答した274人の多くは、性染色体疾患(142人)、特定の染色体の微小欠失・重複(101人)、単一遺伝子疾患(25人)といった、日本医学会が認めていない項目まで調べていた。
施設を選ぶ際に何を重視したか(複数回答)も尋ねている。認証施設で受けた人では、①認証施設である(61.6%)、②かかりつけ医から紹介された(47.9%)、③施設へのアクセスが良い(28.1%)の順だった。
無認証施設で受けた人では、①施設へのアクセスが良い(54.4%)、②検査費用が安い(50.2%)、③三つの染色体疾患(13、18、21トリソミー)以外の検査ができる(49.1%)が挙がった。認証施設を選んだ人に比べて、利便性やコスパ(費用対効果)を重んじているようだ。
----------
毎日新聞取材班
毎日新聞くらし科学環境部の記者らによる取材班。毎日新聞デジタルで「拡大する出生前検査」を連載している。
----------
( 毎日新聞取材班)