■イントロダクション
2024年には能登半島地震、日向灘地震というM(マグニチュード)7クラスの地震が相次いで発生した。これらは日本列島、特に西日本の地下に相当の地震エネルギーが蓄積されていることの表れと見られている。そしてこのことは、かねてから想定される南海トラフ巨大地震、首都直下地震への備えを再確認する必要性を示している。
本書では、地震工学や防災工学の分野で長年研究を続けてきた著者が、最新の科学データと自身の知見をもとに、南海トラフ巨大地震・首都直下地震への、国や自治体による対策や具体的な提案を示しながら、国民一人ひとりの行動の重要性を訴えている。救助・救急や医療については、警察や消防、自衛隊のほか、国土交通省の専門家集団TEC-FORCE、災害派遣医療チームDMATといったさまざまな専門組織の派遣も準備されているようだ。
著者は山口大学名誉教授、アジア防災センター センター長。地震工学、防災工学、衛星リモートセンシングの防災への利用を専門とし、京都大学防災研究所助手などを経て現職。
1.迫りつつある南海トラフ巨大地震と首都直下地震
2.南海トラフ巨大地震の被害想定とその備え
3.首都直下地震の被害想定とその備え
4.災害に強い日本を作るために
■市町村長も自衛隊派遣要請が可能に
「南海トラフ地震における具体的な応急対策活動に関する計画の概要」が2015年3月に中央防災会議幹事会で決定され、その後2023年5月に改定が行われています。
(*同資料には)以下の5つの項目があります。(1)「救助・救急、消火等」、(2)「医療」、(3)「物資」、(4)「燃料、電気・水道・ガス、通信」。そしてこれらの活動を後方支援する(5)「緊急輸送ルート、防災拠点」です。
(1)救助・救急、消火など
被災地でまず求められるのが被災者を救助する警察、消防、自衛隊です。また、その活動を安全に遂行できるように、専門的な立場から被害状況の迅速な把握、被害の発生および拡大の防止、早期復旧を支援する国土交通省の専門家集団TEC-FORCEも派遣されます。日本全国から最大で警察約1.6万人、消防約1.7万人、自衛隊約11万人、TEC-FORCE約1360人の派遣が想定されています。その際、航空機約620機、船舶約470隻も導入予定です。
自衛隊派遣の要請ができるのは1995年の阪神・淡路大震災以前は都道府県知事だけでしたが、現在は市町村長も要請することが可能となっています。さらに、1995年以前は要請がなければ自衛隊は出動できなかったのですが、現在は必要に応じて自主的に支援活動に出動できるようになっています。
■DMAT以外の専門家チームも順次派遣される
(2)医療
大規模災害に伴って多数の傷病者が発生した場合、おおむね48時間以内に活動できる機動性を持ち、専門的な訓練を受けた災害派遣医療チームDMATが派遣されます。DMATは医師、看護師、事務職員で構成され、大規模災害時に全国から派遣され、臨時医療施設SCUとして、広域医療搬送、病院支援、トリアージ、緊急治療などの現場医療活動を行います。現在約1323チームが登録されています。
最近はDMATに加え、被災地に入り、心のケアなどを行うための専門的な精神医療チームとして災害派遣精神医療チームDPAT、公衆衛生を担う医師や保健師、栄養士らで構成され、DMATやDPATなどの調整役、避難の長期化に備えた被災者対策を行う災害時健康危機管理支援チームDHEAT、要配慮者の避難生活以降予測される生活困難から命を守るために福祉避難所、介護保険事業所等でケア、福祉ニーズの把握と情報発信などを行う災害介護派遣チームDCATなど様々な専門家チームも順次派遣されます。
■早いところでも発災後4日以降でないと物資が届かない
(3)物資
発災後4~7日の間に必要な救援物資を調達し、被災府県の拠点へ輸送します。飲料水、食料、毛布、トイレットペーパーなどの幅広い生活必需品が対象となります。
(4)燃料、電力・ガス、通信
石油、ガソリンといった燃料に関しては、東日本大震災の教訓を活かして、石油業界の系列を超えた供給体制の確保、また停電でも給油ができる緊急輸送路上の中核サービスステーション等への重点継続供給などが行われます。
電力・ガスは病院などの重要施設への電源車、移動式ガス発生設備等による臨時供給が行われます。また通信関係では、重要施設への通信端末の貸与、移動基地局車、可搬型の通信機器等などによる通信の臨時確保が行われます。
さらには地域に密着した災害情報提供のための臨時のFM放送局も阪神・淡路大震災以後、大きな災害時には立ち上げられました。そしてそれがそのまま地域の情報機関、コミュニティFM放送局として防災上重要な役割を果たしています。
(5)緊急輸送ルート、防災拠点
(1)~(4)の活動がスムーズに行えるように、人員・物資の「緊急輸送ルート」および様々な活動のための「防災拠点」を設置しておき、発災後ただちに早期通行確保を行い、防災拠点の機能を発揮させることが極めて重要になります。いま全国に「道の駅」がありますが、ここを防災拠点にするという動きがあります。特に国土交通省は「防災道の駅」を指定し、特に防災拠点としての機能の充実を図っています。
■地球観測衛星によるリモートセンシングが防災・減災に有効
2011年の東日本大震災を契機に、地球観測衛星によるリモートセンシングが防災・減災に有効であるということが改めて認識されました。
人工衛星に搭載して地球を観測するセンサーには大別して2種類あります。
このセンサーで観測されたデータは、あたかも航空写真のように、人間の目で見てすぐに地上の様子を理解できるように画像処理できます。しかしながら太陽光の反射波を観測しているので、太陽の出ている昼間しか観測できません。しかも雲が上空を覆っているとその雲が映って、地上を見ることができません。
もう1つのセンサーはマイクロ波センサーといい、人工衛星がマイクロ波を地上に向けて照射し、その反射波を観測します。太陽が出ていない時間、すなわち夜でも観測ができます。しかもマイクロ波は可視光に比べて波長が長いため、雲を透過しますので、天気が悪くても地上の様子を観測できるのです。
マイクロ波センサーにも弱点があります。光学センサーはRGBに加え、赤外線を入れて4種類以上の波長の波の観測をしています。一方のマイクロ波センサーは1種類の波長です。つまり色をつけて人間が見てすぐわかるような処理が基本的にはできないことを意味します。マイクロ波センサーのデータを処理し、かつその結果を解釈するには、ある程度高度な技術が必要になってくるのです。
■南海トラフ、首都直下地震を想定した情報提供の準備
防災上は光学センサーとマイクロ波センサーの両方をうまく使って解析をすることが理想です。宇宙航空研究開発機構(JAXA)の地球観測衛星「だいち」はこの両方のセンサーを搭載していました。ただ残念なことに「だいち」は2011年5月に突然観測ができなくなりました。現在JAXAの地球観測衛星はマイクロ波センサーのみを搭載した「だいち2号」が地球の観測をしています。同じく「だいち4号」も観測を開始します。
2023年度中に「だいち3号」が打ち上げ予定でしたが、H3ロケットとともに宇宙に消えてしまいました。「だいち3号」は光学センサーを搭載していて、RGBの他に3種類の赤外線も観測できました。また空間解像度が80センチメートルというすごい機能を持っていました。これは「だいち」の2.5メートルの約3倍の解像度で、3分の1の大きさのものを見ることを可能とするものでした。
今、JAXA、国(内閣府)は、南海トラフの巨大地震、首都直下地震を想定して、「だいち2号」、「だいち4号」、そして海外の人工衛星も含めて被災地のどこをどのタイミングで観測できるかをシミュレーションして、一刻も早い被災地の情報提供の準備を進めているところです。
■電磁波や電離圏の乱れなどの観測、AIを駆使した予測
リモートセンシングの専門家である村井俊治東京大学名誉教授は、GPSを使った「測量工学的なアプローチによる地震予測」を行うとともに、GPS以外にも低周波の音、低周波の電磁波、電子基準点を使った電離圏の乱れなどの観測と、AIを用いたデータ分析手法を駆使して予測精度の向上を目指しておられます。
また、大きな圧力がかかって岩石が破壊する前に小さなクラックが発生し、それが大きな破壊につながる、そして小さなクラックが発生したときには電磁波が発生する、この現象は圧電効果(ピエゾ効果)として知られています。
地震のように非常に大きな力が加わって大規模に地殻が破壊する場合にも大きな破壊(本震)の前に小さな破壊が起こり、これによって電磁波が発生し、その周辺の電離層に異常が現れることが考えられます。その異常を捕まえることが地震の予知につながるという研究が行われています。
※「*」がついた注および補足はダイジェスト作成者によるもの
■コメントby SERENDIP
ダイジェスト本文にあるように、政府や政府機関、自治体などは巨大地震を想定した救助や医療、復旧のための計画を具体的に策定するとともに、最新の技術を用いて正確な予知・予測のための研究を進めている。しかしながら、われわれ国民や企業は「だから安心」とあぐらをかいていればいい、というわけではもちろんない。公助のみならず、自助・共助をバランスよく想定して初めて、ある程度の安心が得られると思った方がいいのだろう。なお、本書では東京都のアンケート調査結果を引用し、現状で都民の防災意識が低いことを指摘している。
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