■取材者に対して「お前」と呼ぶ球団
筆者はここ10年、プロ野球の春季キャンプの取材をしている。しかし事前に取材申請をして受付に出向いたにもかかわらず、広報担当者から「だれだお前は! 本当に取材申請してるかどうか、本社に聞くからそこで待ってろ!」と大勢がいる前で、怒鳴られたことがある。
またシーズン中の試合の取材もすることがあるが、球団広報から「お前が移動できるのは、このエリアまで、選手や監督にインタビューしてはいけない。話ができるのは新聞、テレビだけ」とくぎを刺されることがある。
全ての球団ではないが、一部の球団はフリーランスの取材者と「運動記者クラブ」に所属している新聞やテレビの報道陣に、露骨な差別をするのだ。
かといって運動記者クラブの記者が優遇されているかと言えば、そうではない。球団に批判的な記事を書くと、広報担当から嫌味を言われたり「出禁」になる恐れがある。
そうならないまでも、球団の機嫌を損ねると、記者クラブの記者でも選手や監督へのインタビューを禁じられる場合もある。記者たちは球団に気を使いながら取材をしている。
■NPBの「古い体質」
もちろんすべての球団がそうだと言うわけではない。IT系の親会社を持つ球団では、こうしたことはあまり起こらない。IT系の親会社はスポーツビジネスの一環としてメディアを活用していると言う認識がある。
むしろフリーランスの主戦場であるネットメディアは既存メディアより伝搬力が強いことを知っているから「どんどん取材してください」と言われ、球団側から取材提案を受けることもある。
主として親会社の企業文化によるところが大きいが、球団とメディアの関係には、温度差があるのだ。古い体質の球団は「取材させてやる」、新しい体質の球団は「情報発信してもらう」という認識なのだ。
では、そんな12球団を統括するNPB(一般社団法人日本野球機構)はどうか。残念ながら「古い体質」のようだ。
■フジテレビを出禁にしたワケ
フジテレビは、2024年10月26日から始まったMLBのワールドシリーズを日本時間の午前中に生放送していた。また同時期に始まった日本シリーズの試合時間に合わせて、ワールドシリーズのダイジェスト版を放映した。
NPBは、フジテレビに対して「信頼関係が著しく毀損された」として11月3日まで開催された日本シリーズの取材パスを没収した。
今年4月下旬、このNPBの行為が独占禁止法違反の疑いがあるとして、公正取引委員会が調査をしていると報じた。そして、5月19日には、NPBに警告を出す方針を固めたと共同通信が報じた。
日経新聞によれば、「NPBの一連の行為がMLBとの取引に対する制裁の手段であり、放送局の番組編成の制約につながりかねないと判断。独禁法が禁じる『取引妨害』にあたる恐れがあるとして、再発防止を求めるもようだ」という(2025年5月20日朝刊)。
NPBは事実認定や評価に重要な誤りがあるとしているが、そもそもこの問題には独占禁止法以前に不思議なことがある。
まず、フジテレビは、NPBに放映権料を支払って日本シリーズの放送をしている。昨年の日本シリーズ、DeNA対ソフトバンク戦であれば10月29日の第3戦がフジテレビの担当だった。いわばフジテレビは、NPBの「お客さま」であるにもかかわらず出禁の処分をしたのだ。
■「放送させてやる」という姿勢
昭和の時代、プロ野球は「ナショナルパスタイム(国民的娯楽)」だった。特に巨人戦のナイター中継は確実に視聴率20%が計算できる「打ち出の小槌」だった。圧倒的に強いコンテンツを持っていたから、NPB球団は「放送させてやる」という強気の姿勢だったのだ。
21世紀以降、ナイター中継の視聴率は下がり続け、地上波テレビはすでに撤退し、プロ野球中継はBS、CS放送、ネットテレビにシフトしているが、NPBはいまだに昭和の感覚で「放送させてやる」とテレビ局に強気で接しているわけだ。
実際に10月29日のフジテレビの日本シリーズの世帯視聴率は6.7%、生放送したワールドシリーズは8~14%、夜に再放送したダイジェスト版は5~8%台だった。
この程度の視聴率であれば、NPBから「放送させてやらない」と言われても、フジテレビは「ああそうですか」とあっさり引き下がる可能性があるのではないか。
さらに不思議なことがある。ワールドシリーズを放送するのも、日本シリーズを取材するのも同じフジテレビだが、試合中継を放送するのは放映権料を支払って広告収入を期待する「営利事業」であるのに対し、取材をするのは「報道」だ。
もちろん取材記者の情報はテレビ中継のコンテンツにもなりうるが、彼らは国民の知る権利の代行者としてプロ野球を取材しているのだ。取材パスを取り上げるのは、時代錯誤と言われても仕方がないだろう。
■大谷の問題とはまったく別
運動記者クラブは、NPBのフジテレビの取材パス剥奪について「報道の自由の侵害だ」と抗議すべきだったと思うが、そういう動きはなかった。
さらに言えば、NPBとMLBは単純な「商売仇」ではないということだ。2025年3月に東京ドームで行われたMLBのシカゴ・カブス対ロサンゼルス・ドジャースの開幕戦は、讀賣ジャイアンツ、阪神タイガースとのプレシーズンマッチも含めて「MLB東京シリーズ」として行われたが、その主催者として、NPBはMLBや読売新聞社などと共に名前を連ねているのだ。
古い話をすれば、日本プロ野球は、MLBに範をとって1936年に始まった。以後、NPBはMLBがルールを変更すれば、それに従ってきた。日米野球も含め、NPBとMLBは、世界第一と第二の野球プロリーグとして、国情の違いはあっても常に連携してきたのだ。
目くじら立てて「商売仇の報道をしやがって」というのは、もう少し思慮深い対応ができなかったのかと、残念に思う。
フジテレビは依然として猛烈な逆風の中にいる。大谷翔平の取材にまつわる出禁、さらには中居正広の事件などと関連して、この問題も「どうしようもないフジテレビの不祥事」と見る向きもあるだろうが、この問題は筋が違う。
大谷翔平の出禁問題は、フジテレビ側がプライバシーの侵害の疑いがある取材をしたのが原因とされるが、日本シリーズの問題では、フジテレビは通常の放送、取材活動をしていてNPBに出禁を食らったのだ。
■優勝決定試合なのに空席
今回のフジテレビの件を含め、この5年間で3件もNPBの行為が独占禁止法違反に問われている。(2020年ドラフト指名を拒否した選手との契約を制限していた問題、2024年9月選手代理人を弁護士限定としていた問題)
さらにこれら以外にも、NPBには「プロ野球ビジネスを推進する」当事者としての能力に疑問符を打たざるを得ないことがある。
前回、このコラムでNPBが今季から「球場での撮影、SNSアップの制限、禁止」を決めたことについて紹介した。現在のプロ野球のビジネス、マーケティングの実情から乖離している事例である。
さらに興行面での柔軟性も問題だ。昨年の日本シリーズは、DeNAの3勝2敗で11月2日に横浜スタジアムで第6戦が予定されていた。だが、雨で中止となり、11月3日に第6戦が行われた。
通常、プロ野球のレギュラーシーズンはNPB各球団が主催となる。一方、日本シリーズの主催はNPBだ。
各球団の主催ゲームであれば、第6戦が中止になった場合は払い戻しの対象となる。だが、NPB主催の日本シリーズでは、試合が中止になった場合、翌日に順延となる。
一方で、第6戦のチケットを持っていた人の中には、11月3日に予定があり観戦できなかった人もいたはずだ。当然ながら払い戻しを受けることはできない。チケット販売会社にリセールシステムはあるものの、試合のはるか前に受付を締め切るなど利便性が高いとは言えない。
その証拠に、当日、筆者は横浜スタジアムで観戦していたが、主催者発表で「満員」になっていたにもかかわらず、いくつか空席があった。
■日本のプロ野球よりドジャースの試合
この順延した第6戦で、DeNAは勝利し日本シリーズ優勝を決めた。球場外には多くの観衆が詰めかけたが、さる親子連れに話を聞くと「第7戦のチケットを持っていたけど入れなかった。でもDeNAの日本一を祝いたくて」と話した。
確かに日本シリーズは、この方式でずっと開催してきた。
しかし、各球団が、リセールサービスを導入し、入場者数に応じて当日券を発行するなどフレキシブルなチケット販売を行ってファンの多様なニーズに応えていることを考えると、NPBの対応は、あまりにも頭が固いと言わざるを得ない。
MLBは、今回の「MLB東京シリーズ」の大成功に手ごたえを感じて、本格的に日本市場への進出を考えている。
今季から、MLBの公式サイトには「日本語バージョン」もできた。
MLBのドジャース戦が地上波で放送されれば、プロ野球の中継よりも視聴率を稼げるのはほぼ確実だ。こういう事態になったときにNPBは、フジテレビにしたように、MLBにすり寄るメディアを片っ端から「出禁」にして済ませる気だろうか?
■NPBだけが「昭和の時代」
昨年の1試合当たりの観客動員は、MLBが2万7092人、NPBは3万1107人。NPBの方が動員している。だからといって日本の方がビジネス的に成功しているとは言えない。
MLBではメッツのファン・ソトが約191億円、大谷翔平(ドジャース)が約151億円もの年俸を得ているのに対して、NPBでは巨人マルティネスの12億円が最高。日本人選手の最高額はヤクルト村上宗隆の6億円だ(いずれも金額は推定)。
ここまでの経済格差を生んでいるのは、まさにMLBとNPBの「ビジネスモデルの違い」なのだ。詳細については過去に執筆した拙稿をご覧いただきたい。
MLBは、66歳のロブ・マンフレッドコミッショナーが先頭に立ってトップセールスを展開している。NPBの榊原定征コミッショナーは東洋レーヨンの社長、会長を歴任した財界人だがすでに83歳。非常勤であり、MLBの敏腕コミッショナーのカウンターパートとはとても言えない。
NPBは「メディアいじめ」をする暇があるなら、大胆な機構改革、新たなビジネスモデルの創出に動くべきだろう。技術の進展などでさまざまな業界が変革を強いられている。スポーツ界もそんな激動の時代に巻き込まれつつある。NPBだけが「昭和の時代」のビジネス感覚でいいはずがない。
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広尾 晃(ひろお・こう)
スポーツライター
1959年、大阪府生まれ。広告制作会社、旅行雑誌編集長などを経てフリーライターに。著書に『巨人軍の巨人 馬場正平』、『野球崩壊 深刻化する「野球離れ」を食い止めろ!』(共にイースト・プレス)などがある。
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(スポーツライター 広尾 晃)