※本稿は、ジェームズ・パードウ著、中島早苗訳『エッセンシャル版 ウォーレン・バフェット』(サンマーク出版)の一部を抜粋・再編集したものです。
■下げ相場は買いチャンス
弱き相場は投資家を痛めつけるボディブローではない。むしろ絶好の買いのチャンスだ。人々が群れをなして幸運から逃げ出すときに、幸運に向かって駆け出す準備をしておこう。
二〇〇四年の夏の新聞に載った典型的な記事を見てみよう。
「発表された失業率が期待はずれに終わり、石油価格がなおも上昇していることから、そうした要因を嫌気した投資家が『株式市場から逃げ出し』たうえ、インフレ懸念と雇用の伸び悩みで『かなり長期にわたって景気回復が遅れる』との観測から『二日連続で大量の投げ売り』があり、ダウ・ジョーンズ工業株価平均は『一五〇ポイント近く急落』して、二〇〇四年の最安値を記録した」
数字のところを空白にしておけば、過去数十年のどの記事にも使うことができるだろう。悪いニュースがあれば相場は下落し、良いニュースがあれば上昇する。
それからまた相場が下落して、ウォール街とその周辺市場がパニックに陥る。最近ウォール街では「パニック」という言葉を使わなくなったが、パニック状態を引き起こすメンタリティーはまだ厳として残っている。そこで振り回されるのは投資家である。
たいていの株式投資家は株価が下がると青くなる。
■株価の急落が好きな男
だが、相場が急落したときに逃げ出さない投資家が少なくとも一人はいる。それがウォーレン・バフェットだ。
彼はウォール街の常識とは反対の行動をとる。ほとんどの人はまさにまちがったタイミング──株価が下落しているとき──で株を売るが、バフェットは株価の急落が大好きだ。なぜなら買いチャンスが生まれるからだ。
さらに、明敏な投資家は相場が変動しても泰然としているすべを学ぶべきだと彼は言う。大きな揺れ──ウォール街が発作を起こすような暴落──がなければ、大きな買いチャンスは生まれないのだ。
バフェットが行った最大級の投資の大部分は、優良企業の株価が急落した弱気相場のときか(もちろん、そのときはほかの銘柄も軒並み下落した)、優良企業が一時的に問題を抱えて株価が低迷したときに起きている(ただし、問題といっても、乗り切ることのできる問題だ)。
ワシントン・ポスト、GEICO、ウェルズ・ファーゴ銀行──いずれも、バフェットが下げ相場の買いチャンスをすかさず掴んで将来への投資を行った好例だ。例としてワシントン・ポストを見てみよう。一九七三年の下げ相場のとき、ワシントン・ポストの株価は株式分割を見越して一株約六ドルにまで下がった。
五〇年経ったいま、ワシントン・ポストの株価は一株八〇〇ドル以上に上昇している。
■“買い時”の見つけ方
バフェットは途方もない安値で堅実な企業の株を買ったのだ。これが、バフェット流の成功のカギだ。彼は一ドル札を四〇セントで買うように、実際の価値が高い企業の株を割安の値段で買うことができるチャンスに目を光らせている。では、そのチャンスはどうやって見つけるのだろうか。
〈ポイント〉
本業のファンダメンタルズや経営者の質に問題があるのではなく、ほかの理由で安値になっている優良企業を探せ。
欲に駆られ、不安に翻弄されては変動する金融市場の気まぐれのおかげで、優良企業の株価が下がり、掘り出し物を買うチャンスが生まれる。
言い換えれば、市場から理性が消えると、同じはけで塗るべきでない企業まで同じ色で塗られてしまうことがある。このときが、飛びつくべきチャンスなのだ。
■チャンスになる2つの暴落原因
一九七六年にGEICOの株価は六一ドルから二ドルに暴落した。財務基盤の脆弱さが問題になったのだ。
そこでバフェットはGEICO株の買い増しを開始し、結局、約四六〇〇万ドルを投入した。バフェットには、GEICOが「誤った評価を受けている」ように見えたのだ。バフェットはGEICO株を買い、同社に対する適正な評価が回復するのを待った。その忍耐は報われた。
一九九〇年、ウェルズ・ファーゴ銀行の株価が下落した。リスクの大きな融資を何年もつづけたことと、事業環境が悪化した結果だった。このとき、バフェットは五〇〇万株を購入した。
ウェルズ・ファーゴ銀行の業績が悪化したのは、主にカリフォルニアの不動産市場の低迷が原因だった。しかし、バフェットはウェルズ・ファーゴが好きだった──経営者が好きで、銀行事業が好きで、それに割安株が好きだったのだ。
こうしたことからもわかる通り、バフェットは優良企業の株価が市場環境やビジネス環境のせいで割安になったときに、その株を大量に買い入れる。どんなに健全な企業でも、なんらかの時点で問題に直面し、株価が下落することがある。
■基本的優位を基本的不利に変えない
バフェットの師であるベン・グレアムはこう書いている。
「正当な理由がなく後退する市場を見て、周りにつられて保有株を手放したり、不必要に心配したりする投資家は、自分がもっている基本的優位を、基本的不利に変えている。真の投資家にとって株価の変動は、ただひとつの重要な意味しかもたない。急落したときに賢明に買い、急騰したときに賢明に売るチャンスを投資家に提供するのが、価格変動のもつ意味だ」
バフェット流マジックを取り入れるためには……
①投資姿勢を変える
自分の思考をプログラムし直そう。下げ相場では買いのチャンスが生まれるのだから、下げ相場を好きになろう。相場が下がったときでも、周りにつられてパニックに陥ってはいけない。
②つねに価値を見極める
バフェットがこれまでに行った最大級の投資は、市場の状況や企業の一時的な問題がクローズアップされたことにより、狙いをつけた企業の株価が下がったときを捉えて実施されている。大事な点は、それがその企業の一時的な問題なのか、致命的な欠陥なのかを見極めることだ。
③バフェット三変数がそろったときにすかさず買う
その変数とは、
(1)長期的な競争優位が確信できる強力な企業
(2)強力な経営者
(3)割安な株価
である。その三つがそろったら、たとえ限られた数の株しか買えなくても、迷わず手に入れよう。
相場が下落しているときに損をするのは「投資家」ではなく、「投資を引き上げる人」だとバフェットは言う。
■全部の投球にバットを振らない
S&P五〇〇種株価指数(米国企業を幅広く代表する主要五〇〇の企業が採用されている株価指数)の銘柄の値動きを予測するとしたら、バフェットでさえ、的中率は高くないだろう。だが、そのなかで伸びると思う銘柄をひとつだけ見つけるのであれば、バフェットの予想は一〇中九は当たる。
多くの自称「株の専門家」は、投資とは何度も投資決定をして初めて成功するものだ、と言うが、バフェットはそれに異を唱える。実際のところ、年に一度、優れた投資決定ができれば、それだけで極めて高い基準を満たしたことになり、かなりの成功が保証されるとバフェットは言う。
バフェットは自分の投資のやり方をよく野球にたとえる。投資家はバッターボックスに立つバッターだ。彼に向かって、投資チャンスというボールが投げられる。だが、すべてのボールにバットを振ってはいけない。
バットを振らずに、ボールをよく見て、これはというボールがくるまで辛抱強く待つことだ。
■バットを振るべきタイミングを見極める条件3つ
バフェットは、レッドソックスの伝説的なバッター、テッド・ウイリアムズが書いた『テッド・ウイリアムズのバッティングの科学』(邦訳、ベースボール・マガジン社刊)を熟読している。下手な選手は、打てそうなボールがストライクゾーンにくると必ずバットを振る。
バフェットはつねにバッターボックスに立って、ボールを見ている。だが、バットを振るのは、ボール、つまり株が、スイートスポットにきたときだけだ。バフェットのスイートスポットの条件は、①将来の好収益が見込まれ、②優秀で倫理観の強い経営者が率いる、③優良企業の株に安値がついたときだ。ボールがスイートスポットにこなければ、つまり、この三つの条件を満たしていなければ、彼はバットを振らない。
彼は好みのボールがくるまで、二年でも三年でも待つ。何年もバットを振らずにボールを見送り、三つの基準が全部そろったときに力いっぱいスイングして、巨額の資金を注ぎ込む。
その結果は、たいてい満塁ホームランとなっている。
■バフェットが悔いている“2つの投資判断”
バフェットは、自分が犯した最大の過ちのひとつはウォルマート株を大量に買わなかったことだと思っている。ウォルマートにバットを振っていたら、少なくとも一〇〇億ドルは稼いでいたはずだからだ。
だが、彼は当時の株価が気に入らなかったのでチャンスを見逃した。バフェットはこうした判断ミスを「見逃しミス」と呼んでいる。本命のボールがきたのにバットを振らなかったミスだ。
ただし、バフェットはこの種のミスをする自分には寛容だ。彼がひどく自分を責めるのは、手数料ミス、つまり、まちがった株を大量に買って不必要な手数料を払わなければならないというミスを犯したときだ。
バフェットが手数料ミスを犯すことはめったにない。そういうまれなケースのひとつが、エアライン事業に関する苦い教訓を学んだUSエアウェイズ株の購入だった。バフェットは、ウォルマート株で一〇〇億ドル儲け損なったことよりも、それより少ない金額をUSエアウェイズ株で失ったことについて、はるかに自分を責めている。見逃しミスは自制心の現れとも言えるが、手数料ミスは自制心のなさを露呈するものだからだ。
そうはいっても、バフェットの平均打率は信じられないほど高い。六〇年間バークシャー・ハサウェイを率いてきて、成功一〇〇に対して失敗一という信じられない偉業を達成しているのだ。
■スイングの回数は一生のうち数回でいい
バフェットはまさしくウォール街のテッド・ウイリアムズだ。
一九八七年から二〇〇四年にかけてのバフェットの株式投資を見ると、彼が行ったほぼすべての投資──つまり、彼のスイングのほぼすべて──の価値が途方もなく増えていることがわかる。
たとえば、彼がウェルズ・ファーゴ銀行に投じた四億六三〇〇万ドルは二〇〇五年に三五億ドルに、アメリカン・エキスプレスに投じた一四億ドルは二〇二四年、四一一億ドルになっているのだ。
投資家としての自制心をもち、優秀な経営者がいる優良企業が現れるのを待ち、そうした企業の割安株に出会ったときに、資金とリスクに耐える自信があれば、場外ホームランを狙って思い切りバットを振ることだ。
成功するには、一生のうちに数回バットを振ればいい。故チャーリー・マンガーは、バークシャー・ハサウェイのポートフォリオに入っている上位一五銘柄を選んで投資すれば、かなりの平均運用実績を維持できるだろうと言った。悪いボールを打って公園の外まで飛ばすことはほぼ不可能だが、良いボールを打てばかなり遠くまで飛ばすことができるのだ。
バフェットは、一生で二〇回しか使えない投資決定のパンチカードをもっていると想像することを勧める。そうすると、投資を決める前に時間をかけてじっくり考えるだろうし、あせることや衝動的に決めることがなくなり、成功のチャンスが増える。投資戦略を左右するのは、回数ではなく、「質」なのだ。
■見逃し三振へのおそれを乗り越えるために
①自分のポートフォリオを考えるときにパンチカードを想像する
自分の投資回数を決めて、どんな行動をとるときも自制心をもって実践しよう。行動を起こす前に必ず完璧な下調べを行い、ファンダメンタルズをじっくりと吟味して、チャンスが訪れるまでじっと待とう。投資決定のパンチカードには限りがあるのだから。
②本当にスイートスポットにきたボールかどうかを確かめる
バフェットのスイートスポットとは、(1)将来の大きな収益が見込まれる優良企業で、(2)有能で倫理観の強い経営者がいて、(3)株価が割安になっているという三つの条件がそろうことだ。
③すぐにバットを振らない
取引回数を制限するだけでなく、適切な時機がこなければ決してバットを振らないと決めておく。狙いをつけた企業の株を買う決定を下すまでに、バフェットがときには何年も待つことを忘れないように。
一握りの優れた投資──それ以外は必要ない。
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ジェームズ・パードウ
弁護士
法律事務所パードウ・アンド・アソシエーツ筆頭弁護士。米国トップクラスの大学のひとつであるペパーダイン大学で法学士の学位を取得。バフェットの信奉者であり、彼に関して最も豊富な知識をもつ研究者の一人。
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(弁護士 ジェームズ・パードウ)