■「NHK(ニューホッカイドウカカク)」とは
物価高の時代に注目を集める地方発のスーパーがある。物流費がかかるなどの理由で、かつては「北海道価格」と呼ばれる割高な物価が常識とされてきた。そんな既成概念に真正面から挑んだのがアークスであり、会長の横山清氏は1990年代から「NHK(ニューホッカイドウカカク)」というスローガンを掲げ、価格水準の是正に取り組んできた。
北海道の暮らしをより良くするには、生活必需品を本州並みに買える環境が必要だという信念が、今も同社の企業文化として根付いている。
横山氏が掲げてきたもう一つの理念が「八ケ岳連峰経営」だ。これは傘下のスーパー各社が自主性を持って並び立つ姿を、連峰のように例えたもの。各社の「らしさ」を残しながら成長する多様性重視の経営思想だ。M&A(買収・合併)によって企業グループを広げながらも、中央集権型ではなく、現場主義に根差した協調型の組織づくりを貫いてきた。
■「1物3価」が道民の心をつかむ
アークスグループの主力業態である「スーパーアークス」は、食品を中心に、日用品や家庭用品まで幅広く取り揃える地域密着型の大型スーパーマーケットだ。店内はゆとりある通路設計で高齢者にもやさしく、価格表示やPOPも見やすく工夫されている。地域の食材を多く取り扱い、惣菜や地元生産者との連携商品など「地産地消」にも力を入れている。
さらに、PB商品を含めた“お値打ち価格”の品揃え、ポイントサービス、チラシ戦略などを駆使し、生活密着型の買い物空間を提供している。また、スーパーアークスでは『一物三価』と呼ばれる段階的割引制度も導入されており、同じ商品でも1個・2個・3個とまとめ買いすることで単価が下がる仕組みを採用。これにより、まとめ買いのメリットを打ち出しつつ、消費者にとってのお得感と楽しさを提供する。
■トップは芦別市生まれの齢90
アークスを率いる横山清会長は1935年、北海道芦別市の生まれ。高校卒業後に炭鉱で働きながら学資を貯め、北海道大学水産学部に進学。「恵迪寮」の寮長を務めるなど、若い頃からリーダーシップを発揮してきた人物だ。卒業後は水産物商社・野原産業に入社したが、同社の小売進出に伴って1961年にその場しのぎでスーパー(のちのアークス)に配属された。1985年に社長に就任後、M&Aで地盤を広げつつ「八ケ岳連峰経営」を標榜し、北海道から東北、関東へと営業エリアを拡大してきた。
アークスは、北海道・東北の食品スーパーをM&Aで傘下に収め、スケールメリットを武器に成長してきた。価格を引き下げるローコストオペレーションを貫き、消費者に「割安感」を届ける手腕に長けた企業である。2025年2月期には、初めて連結売上高6,000億円を突破し、業界内外に存在感を示した。
食品スーパー業界では、ライフコーポレーション、ユナイテッド・スーパーマーケット・ホールディングス(USMH)、フジ、ヤオコーなどに続く大手グループの一角を占めており、地方発の企業としては異例の規模と影響力を誇る。
■すべてを安くするわけではない「納得価格」
だが今、そのアークスにも逆風が吹く。物価高と人件費の上昇により、2025年2月期の営業利益は前年同期比5.3%減、純利益も6.0%減に沈んだ。古川公一CFOは「米の値上がりを含め、消費者の価格に対する視線はますます厳しくなっている」と語る。
今後は単なる安売りではなく、品質に見合う価格を掲げる「納得価格」戦略に舵を切る。横山氏は「スーパーはインフレファイターだ」と言いつつ、「裏付けのない安売りは天に唾するようなもの」と語り、安易な値下げ競争に加わることを戒める。猫宮一久社長も「味、鮮度、品質という裏付けがあっての価格で、どこよりも安いことが大前提」と語る。
■Amazonとの提携も進めるEC戦略
アークスはスーパーの共同仕入れ機構CGCの有力加盟企業として、同グループのPBである「ショッパーズプライス」や「断然お得」を積極的に活用する。これらはCGC全体で共同調達・開発された商品群であり、アークス単独のPBではないが、自社店舗での訴求力を高める柱として機能している。
冷凍食品など簡便ニーズへの対応も進めており、2025年2月期には、ECサイト「アークスオンラインショップ」の売上高が前年比45%増と好調だ。ネットスーパー事業は、アークスグループの中でもラルズが中心となって展開し、2023年12月からAmazonとの提携により「Amazonネットスーパー アークス」をスタート。札幌市や北広島市を対象に、ラルズの実店舗で扱う生鮮食品や惣菜、CGCのPB商品など約9,000品目を最短2時間で届ける。
SNSでは、生活者からの声も散見される。
■東北の「ユニバース」は災害支援活動も活発
アークスグループの一角をなす「ユニバース」は、5月1日に岩手県洋野町と「災害時における物資供給に関する協定」を締結した。これで協定締結は累計23自治体に達する。災害時には自社の備蓄倉庫や店舗から食料や日用品を供給する体制を整え、地域社会の「最後の砦」としての役割も果たす。こうした地道な取り組みが、アークスの「信頼される地元スーパー」という評価を支える。
また、日用品や家庭用品など食品以外の分野については、グループの得意領域ではない部分を無理に内製化せず、外部の力を活用する姿勢も特徴だ。例えば、一部店舗ではホームセンター大手のカインズから商品供給を受けており、低価格かつ品質の確かな非食品商品を提供する体制を整えている。これにより、買い物客にとって“ワンストップの便利さ”と“お値打ち感”を両立している。
■なぜ「八ヶ岳連峰経営」なのか
アークスのこれまでの成長を牽引してきたのは、M&Aによる地盤拡大だった。傘下には、ユニバース(八戸市)、ラルズ(札幌市)、福原(帯広市)、そしてベルジョイス(盛岡市)など、多くの地域密着型スーパーが名を連ねる。ベルジョイスは、ジョイスとベルプラスの統合によって生まれた企業であり、岩手・宮城・青森に60店舗以上を展開。地域の食材を生かした商品展開にも定評がある。
横山会長はM&Aを「マインド&アグリーメント」と評する。買収先の「らしさ」を尊重しながら、共通の仕入れ、物流、情報システムなどでコストを抑えている点が特徴だ。
アークスの「八ヶ岳連峰経営」は、決してアークスが頂点に立つのではなく、買収した会社が八ヶ岳のように同じ高さを保ちながら顧客と近い立場で経営を続けている。欧米流に敵対的TOBをかけるような会社とは一線を画す。ベルジョイスは2025年にユニバースと新たな物流拠点「盛岡グローサリーセンター(仮称)」を開設予定であり、より高度な広域供給体制を構築する。
この姿勢は、同業他社との連携にも表れている。アークスは2018年、岐阜県多治見市のバローホールディングス、山口防府市のリテールパートナーズとともに「新日本スーパーマーケット同盟」を結成した。この同盟は、地方に根ざした独立系スーパーマーケット同士が、商品調達や販促、IT活用などで協業し、競争力を高め合う取り組みである。
規模の拡大を目指す一方で、傘下の企業はあくまで地域密着を貫く。「地元に根ざした“顔が見えるスーパー”」であることが、アークスグループの競争優位性の源泉だ。
■強豪ロピアやセコマとどう戦うかが課題
一方で、ロピア(OICグループ)やトライアルなど首都圏資本のディスカウンターが相次ぎ北海道に進出。セイコーマート(セコマ)などの地域密着型チェーンとの競争も続く。インフレ環境下で、売上は伸びても利益を確保するのは容易ではない。
こうした環境にあって、90歳の横山会長は「納得価格」という経営スタンスに立ちながら、アークスを次のステージへと導こうとしている。「安ければよい」ではなく、「納得して買ってもらえる価格」が、アークスの価格観の根幹だ。横山会長は4月の決算発表会見で「鮮度、おいしさ、安心感――これらを納得できる価格で届ける。それが我々の使命です」と語る。
数字だけでない、地域と人に向き合う経営。それが、北海道・北東北の人びとに長く支持されてきた理由にほかならない。
今後、アークスはさらなるデジタル投資と物流の高度化、人材育成に注力し、競争力の維持と強化を図っていく。横山氏からバトンを受けた猫宮一久社長の下、ネットスーパーやEC強化の先行事例をグループ全体に展開しつつ、地域ごとの特性を活かした店舗運営を継続していく構えだ。
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白鳥 和生(しろとり・かずお)
流通科学大学商学部経営学科教授
1967年3月長野県生まれ。明治学院大学国際学部を卒業後、1990年に日本経済新聞社に入社。小売り、卸、外食、食品メーカー、流通政策などを長く取材し、『日経MJ』『日本経済新聞』のデスクを歴任。2024年2月まで編集総合編集センター調査グループ調査担当部長を務めた。その一方で、国學院大學経済学部と日本大学大学院総合社会情報研究科の非常勤講師として「マーケティング」「流通ビジネス論特講」の科目を担当。日本大学大学院で企業の社会的責任(CSR)を研究し、2020年に博士(総合社会文化)の学位を取得する。2024年4月に流通科学大学商学部経営学科教授に着任。著書に『改訂版 ようこそ小売業の世界へ』(共編著、商業界)、『即!ビジネスで使える 新聞記者式伝わる文章術』(CCCメディアハウス)、『不況に強いビジネスは北海道の「小売」に学べ』『グミがわかればヒットの法則がわかる』(プレジデント社)などがある。最新刊に『フードサービスの世界を知る』(創成社刊)がある。
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(流通科学大学商学部経営学科教授 白鳥 和生)