株価が乱高下するなか、有事に強いとされる「金」の価格が上がっている。金は安心できる資産なのか。
今年1月に原発不明ガンで亡くなった経済アナリストの森永卓郎さん(享年67)の著書『やりたいことは全部やりなさい 最後に後悔しない25のヒント』(SBクリエイティブ)から、金投資で失敗した過去の後悔について紹介する――。(第5回)
■金投資で苦い経験をした
個人の生活防衛策として、インフレや経済危機に強いとされる金投資を検討する人も少なくないでしょう。特に昨今のように先行き不透明な経済状況下では、金の持つ価値保存機能に注目が集まる傾向にあります。
私自身も若いころに金投資に手を出したことがあり、その苦い経験から得た教訓が今も心に深く刻まれています。その失敗談を、ぜひみなさんにも知っておいていただきたいと思います。
1980年に大学を卒業して日本専売公社に入社した私は、驚くべき激務をこなしていました。毎日朝の8時半から深夜2時、3時まで働き続け、1カ月の残業時間が二百数十時間を超えるような生活です。今では考えられない働き方ですが、当時はそれが当たり前でした。
幸いなことに、当時は残業代がしっかりと支払われる時代でした。働いた時間に応残業代が出たため、1年目の新人でも月給が手取り33万円にも達しました。この額は現在の貨幣価値に換算すると実に80万円を超える水準です。20代前半としては破格の収入でした。

■直後に金相場の暴落に見舞われた
このように、当時の私は破格の収入があったため、かなりの貯金を築くことができました。しかし、そこで私は致命的な判断ミスを犯します。手持ちの貯金に加えて、よせばいいのに共済組合からさらに借金をして、その資金で金の延べ板を2枚も購入したのです。投資経験も知識もない若者の無謀な判断でした。
ところがその直後、予想もしていなかった金相場の暴落に見舞われます。結婚資金が必要になった私は、やむを得ず安値で延べ板1枚を売却。投資額を大きく下回る金額での売却を強いられました。
その後、皮肉なことに、メキシコの債務危機(1982年)などをきっかけに金相場は急騰します。
1982年8月、メキシコ政府は外貨準備が底を尽いたと発表し、国際通貨基金(IMF)や国際決済銀行(BIS)などの国際機関に対し、債務返済の繰り延べと新規融資の支援を要請しました。これは事実上、国家としての債務不履行、いわゆる「デフォルト」を宣言したに等しいもので、国際金融界に大きな衝撃を与える出来事となりました。
■「メキシコ債務危機」が世界を襲った
当時のメキシコは、景気の後退、急速なインフレ、そして経常収支の赤字といった経済の三重苦にあえいでおり、国内経済は著しく疲弊していました。この状況下で、メキシコ政府は自国通貨ペソの大幅な切り下げを実施したものの、それによって輸入品価格が高騰し、国民生活にも深刻な影響を及ぼしました。
外貨建てで膨らんだ対外債務の返済負担は重く、もはや自力では対応できない状況に陥っていたのです。
こうした危機的状況の中で、メキシコ政府は緊急の経済再建計画を策定。銀行債権団と交渉を重ねた結果、債務返済期限の延長に合意を取り付けました。同時に、BISやアメリカ連邦準備制度(FRB)、IMFなどから新たな資金支援を受けることにも成功し、同国はようやく対外債務の再編に着手することができました。
この一連の事態は「メキシコ債務危機」と呼ばれ、その影響はメキシコ一国にとどまらず、広く中南米諸国やその他の新興国にも波及していきます。多くの国が、石油危機後の低金利環境下で膨張した外債を抱えており、金利の上昇やドル高の進行とともに返済能力を失っていったのです。
このメキシコの危機は、のちに「累積債務問題」と総称される国際的な債務連鎖の始まりと位置づけられ、1980年代を通じて多くの開発途上国が抱える構造的な債務問題の本質を、世界に突きつける転機となりました。
■“一般の人”には勧めない
私は、この機を逃すまいと残りの1枚を売って損失を取り戻そうとしましたが、タイミングを逸してしまい、結局、共済組合からの借金の一部が残ってしまう結果となりました。
たしかに、10年、20年といった長期スパンで見れば、金相場は右肩上がりの傾向にあります。実際、20年以上前に1グラム1000円前後だった金は、2020年には6000円を超え、2025年1月時点では1万5000円前後まで上昇しています。この数字だけを見ると、金投資は魅力的に映るかもしれません。
また、金には株式や債券にない特徴があります。
株券や紙幣が紙くずと化すような大規模な経済危機に見舞われても、金それ自体が持つ貴金属としての価値は消失しません。したがって、相場がどれほど下落しても、資産価値が完全にゼロになる心配はないわけです。
しかし、このような利点があっても、私は一般の人々に金投資を勧めることはできません。その理由は、まさに私自身が経験したように、金相場があまりにも読みづらく、一筋縄ではいかないからです。たしかに長期的には上昇傾向にあり、価値が完全にゼロになることはないとはいえ、それでも金投資には重大な問題があるのです。最大の問題は、そもそも金投資が余裕資金を持つ富裕層向けの投資手段だということです。
■「盗難リスク」が著しく高い
まず、相応の資金が必要です。個人の小遣いを切り詰めて少しずつ貯めた程度では、とても本格的な金投資には及びません。私の失敗例が示すように、余裕資金がない状態では、不意の出費を迫られた際に損失を抱えての売却を強いられる可能性が高いのです。相場が高騰するのを待てるだけの経済的余裕がある富裕層でなければ、本来は手を出すべきではありません。
さらに看過できないのが、金には他の資産に比べて著しく高い盗難リスクがあるということです。金は持ち運び可能で、少量でも高額な価値を持つ財産です。
そのため、金の盗難事件は後を絶ちません。
同じく小さくて価値の高い財産である宝石類と比較しても、金の盗難リスクは格段に高いと言えます。なぜなら、宝石は盗んでも加工が難しく換金が容易ではありませんが、金は柔らかくて加工が容易で、スクラップにしても換金できるため、盗難のターゲットとなりやすいのです。
この盗難リスクがいかに深刻かを示す象徴的な例があります。かつてふるさと創生事業で全国の自治体に1億円が配られた際、金を購入した自治体が複数ありましたが、そのうち3つもの自治体で金が盗難に遭うという事態が発生しています。自治体ですらこのありさまです。
■日本で保有する意義が乏しい
このような盗難被害を防ぐには、自宅に高価な耐火金庫を設置したり、銀行の貸金庫を利用したりといった万全の防犯対策が必要になります。これらの対策には相当の手間とコストがかかりますが、一般の人々にとって、そこまですることは現実的ではないでしょう。
これが金投資が富裕層向けの資産運用手段であるもう一つの理由です。強いて金投資が適している層を挙げるとすれば、それは富裕層のなかでも特に、政情不安定な中東諸国などの投資家でしょうか。彼らにとって、「いつでも持ち出して逃げられる」という金の特性は、紙幣や株式以上に重要な安全性を意味しているからです。
政情不安に備えて、確実に現金化できる資産を持っておく必要がある彼らにとっては、相場が多少乱高下しても、金を保有する意義は大きいのです。
一方、日本のよう政治的に安定した国では、安全資産としての金の保有にそれほどの意味を見出すことはできません。まとめると、金投資には3つの致命的な問題があります。
第一に、相場の乱高下により大きな損失を被るリスクがあること。第二に、他の資産と比べて著しく盗難被害に遭いやすいこと。そして第三に、日本のような政情安定国では、そもそも安全資産として保有する意義が乏しいということです。このような理由から、私は日本で金を買うことは愚の骨頂だと断言するのです。

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森永 卓郎(もりなが・たくろう)

経済アナリスト、獨協大学経済学部教授

1957年生まれ。東京大学経済学部経済学科卒業。専門は労働経済学と計量経済学。著書に『年収300万円時代を生き抜く経済学』『グリコのおもちゃ図鑑』『グローバル資本主義の終わりとガンディーの経済学』『なぜ日本経済は後手に回るのか』などがある。

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(経済アナリスト、獨協大学経済学部教授 森永 卓郎)
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