■「家電メーカー」からコンテンツ王国へ変貌
2025年3月期、ソニーの営業利益は前年度比16%増の1兆4072億円と過去最高となった。ゲームや音楽、映画などの“コンテンツ事業”が収益増に大きく貢献した。
ソニーは家電メーカーからコンテンツ企業へと見事に変身を遂げている。
これまでソニーは、映像系の半導体素子事業などで稼いだ資金を、主にコンテンツビジネス分野に積極的に投下してきた。その成果が現在花開いた格好だ。同社は、すでに世界有数のコンテンツ企業に成長しているといえる。次の目標は、コンテンツ企業の先輩格のウォルト・ディズニーをとらえることだろう。
そのエンジンになるのは、アニメやマンガに加えてゲーム業界の競争力だ。元々、わが国のコンテンツ産業は相応の強さを持っていた。それが、ここへきてさらに磨かれた感じだ。わが国のコンテンツ関連の輸出は、半導体を上回った。
ソニーはコンテンツ事業の成長加速もあり、金融事業の切り離しを予定している。今後、同社はよりコンテンツビジネスに傾注することになるだろう。さらに、世界的なヒット商品が生まれる可能性もあるかもしれない。
これから、ソニーは新しい経営の発想を駆使して、日本経済復活のカギを握る企業の一つになってほしいものだ。
■純利益2割増、揺るがぬ収益基盤を確立
昨年度の純利益は、連結ベースで前年度比18%増の1兆1416億円。金融を除くベースだと、同19%増の1兆674億円の利益を得た。一方、2025年度の業績について、営業利益は1兆2800億円の見通しだ。2024年度の金融を除くベースと比較すると0.3%の増益の見込みである。トランプ政権の政策リスクなどの影響下、本業の収益が横ばい圏で推移することは重要だ。
主要な部門ごとに見ると、ゲーム、映画、半導体事業が収益を支えている。音楽はほぼ前年並みの予想である。ゲーム分野では、世界的にゲームソフトウェア販売は増えると予想される。
音楽分野では、ストリーミング・サービスの収益が伸びる。映画分野では、有料会員数が増加する見込みだ。半導体分野では、センサーの画像処理能力向上、それによる製品ミックス改善が収益増に寄与する。
ソニーはコンテンツ、半導体事業で持続的に収益を獲得する体制を確立したといえる。
■「金融とモノづくり」異なる2つの道の決断
現在の事業内容は、1990年代から2012年頃の状況とかなり異なる。1990年代以降、ソニーは、ウォークマンのようなヒット商品を生み出すことが難しかった。リーマンショック後、韓国や中国企業の急速な成長に直面した。テレビ事業など家電分野の成長は鈍化した。海外での買収戦略も想定された成果を発揮できなかった。
それに対して、金融事業は厳しい状況下で収益を支えた。ただ、金融ビジネスとモノやコトを生み出すビジネスは根本的に異なる。金融事業では、低コストで資金を調達し、利ザヤが厚い分野に投融資して収益を得る。ただ、収益は相場の変動に影響されやすい。
コンテンツや半導体のビジネスでは、新しい発想を生み出す人々の取り組みが欠かせない。ソニーが金融事業を切り離すのは、組織全体でコンテンツの創出に集中するためだろう。
かつて、ソニーは最先端の理論や人々の思い、欲求の実現に取り組み成長した。そうした経営風土を、ソニーは少しずつ取り戻しつつあるように見える。
■日本のコンテンツは半導体を超える輸出力に
ソニーがコンテンツ事業に注力するのは、それなりの理由がある。世界全体で、コンテンツ市場の成長期待は高い。わが国のコンテンツ産業の国際競争力も高い。
経済産業省によると、2022年、世界のコンテンツ市場の規模は135.6兆円だった。2027年まで、年率5%程度のペースで市場は成長するとの予想もある。
世界の主要産業との比較では、石油化学産業(89.9兆円)、半導体産業(77.0億円)を上回る。デジタル化の加速による動画配信、AIを用いたコンテンツ創出の加速によって、市場拡大ペースが予想を上回る可能性もある。
2010年から2022年まで、わが国のコンテンツ産業の成長は加速した。ゲーム(家庭用、PC、スマホ)の海外売り上げは、5878億円から2兆7780億円に増えた。アニメは2867億円から1兆4592億円に伸びた。
米欧やアジア新興国からの観光客(インバウンド需要)には、アニメの聖地巡りを目的とする人も多い。
■「ドラゴンボール」から広がる世界戦略
わが国経済にとって、コンテンツ産業の重要性は高まりつつある。2023年、わが国コンテンツ産業の輸出額は5.8兆円だった。半導体産業(5.5兆円)、鉄鋼産業(4.8兆円)、石油化学(1.6兆円)より大きい。コンテンツ産業は、自動車(17兆円程度)、インバウンド需要(8兆円程度)に次ぐ、わが国の有力分野に位置づけることができる。
コンテンツ分野の外需取り込みは、わが国のクリエイターの努力の成果ともいえる。ソニーが買収した、米クランチロールはアニメの配信を行う。クランチロールは、元々“ドラゴンボール”の米国放映を目指して起業し成長を遂げた。
昨年ソニーは、国内の有力コンテンツ企業であるKADOKAWAへの出資も発表した。それは、コンテンツ分野の事業拡充に必要な要素だ。ソニーは国内のコンテンツとIT先端技術の結合を実現し、より高付加価値の商品をより迅速に国際市場に投入しようとしている。
■ソニーは先輩格ディズニーを超えられるか
ソニーが、メディア・娯楽大手ウォルト・ディズニーを目指す姿勢は鮮明化するだろう。
足許、米国では関税や移民の強制送還などのトランプ政策により、景気後退、物価上昇、財政悪化のリスクが上昇傾向だ。それでも、1~3月期、動画配信サービスの“ディズニー・プラス”の契約者数は増えた。コンテンツ分野の収益は、景気の変動を受けがたいと考えられる。
ソニーは金融事業のスピンオフに続き、主に映像系の半導体事業の構造改革も重視している。他企業との共同生産や、生産委託(水平分業)を検討のようだ。部分的であったとしても、生産を外出しできれば生産設備の負担は軽くなるはずだ。
コンテンツ分野では、米国、中国企業との競争も激化傾向にある。買収、アライアンスの意思決定スピードの向上も欠かせない。そのためにも、半導体事業の水平分業化の重要性は高いだろう。
■「自由闊達にして愉快なる理想工場」大復活へ
ただ、最も重要なポイントはコンテンツ分野の競争力向上だ。水平分業体制を上手く構築できれば、ソニーは半導体の設計と開発に集中しやすくなるだろう。自社仕様のチップの調達が可能になり、コンテンツ創出、研究開発が加速する。
それにより、ソニーが新しいAIデバイスの創出に取り組み、ヒット実現につながる展開も想定される。
1946年5月、東京通信工業としてソニーは創業した。経営理念に“真面目なる技術者の技能を、最高度に発揮すべく自由闊達にして愉快なる理想工場”の実現を掲げた。
その真意は、新しい発想(ソフトウェア)を、ハードウェアに落とし込んで、新しい生き方を実現することかもしれない。世界経済の先行き不透明感が高まる中、ソニーが世界トップのコンテンツ企業に成長することは、わが国の多くの企業に成長に向けたヒントを与えてくれるはずだ。

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真壁 昭夫(まかべ・あきお)

多摩大学特別招聘教授

1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授、法政大学院教授などを経て、2022年から現職。

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(多摩大学特別招聘教授 真壁 昭夫)
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