金融庁が、高齢者に限定した「プラチナNISA」の創設を検討している。ファイナンシャルプランナーの内藤眞弓さんは「高齢世代を非課税枠で優遇するような制度改正は筋が良いとは思えない。
さらに、高齢者にとっても歓迎できない課題がある」という――。
■岸田氏が提唱した「筋が悪い」構想
突然、降って湧いたような「プラチナNISA」構想に、驚きの声が上がっています。運用効率が悪く長期投資には向かないという理由で、現行のNISA(少額投資非課税制度)から外された「毎月分配型投資信託」(以下、毎月分配型)を、65歳以上限定で買えるようにするらしいというのですから無理もありません。
現時点で具体的なことは分かっていませんが、NISA制度の現状と利用者のニーズを確認しながら、いかに筋が悪い構想であるかを検証し、あるべき姿を考えたいと思います。
「プラチナNISA」は、岸田前首相が会長を務める資産運用立国議員連盟が「資産運用立国2.0に向けた提言」(以下、提言)の中で言及したもので、2026年度の税制改正に向けて検討が進む見通しです。
高齢者が物価上昇の下でも、投資のメリットを受けつつ、生涯にわたって計画的に運用資産を活用して生活に充てることができるよう、高齢者に限定して対象商品の拡大・スイッチング解禁を図る「プラチナNISA」の導入など、政府は退職世代向けの資産運用サービスの充実に取り組むべきである。

「資産運用立国2.0に向けた提言」より
■なぜ高齢者だけをターゲットに?
その他にも、現在は18歳以上となっている対象年齢を「つみたて投資枠」に限って撤廃し、早期からの投資を可能にする「こども支援NISA」の導入を求めています。
提言では「若者から高齢者まで全世代の国民が金融リテラシーを向上させながら、一人一人のライフプランに沿った形で資産形成を行うための環境整備」も同時に求めています。高齢者にのみ対象商品を拡大し、利便性を高めるという案は、この提言にふさわしいものでしょうか。
国策として投資の場を提供する以上、あらゆる年代の多様なニーズに応じて、それぞれが自分にふさわしい商品や利用の仕方を選べることが大切です。やるべきことは、「プラチナNISA」限定の対象商品やサービスを提供することではありません。
■個人投資家を育てるための優遇措置
まず、何のためにNISAが誕生したのか、そもそものところを確認します。

「一般NISA」がスタートしたのは2014年1月です。スタート時の年間投資上限額は100万円(累計最大投資額500万円)と少額であり、投資初心者や若年層など、投資知識・経験の浅い人の利用を見込んでいました。投資家の裾野を広げることで、証券市場の活性化につながることが期待されたのです。
また、家計の中長期的な資産形成を後押しするためのツールとしても位置付けられており、短期間で売買(乗換え)を繰り返すことのないよう、投資した商品を保有し続ける限り、その収益について5年間を非課税とする仕組みにしました(※1)。
こうしてみると、NISAは個人投資家を大切に育てるための孵化器(※2)やインキュベーター(※3)のような役割が与えられていたとみることができます。
その後、2016年に未成年者対象の「ジュニアNISA」が導入され、2018年には少額から低コストで長期・積立・分散投資を行う制度として「つみたてNISA」が導入されるなど、徐々に拡大していきました。

※1 大和総研「なぜ、どのような経緯でNISAが導入されたか?」(2014年2月4日)

※2 鳥類や爬虫類、魚類の卵を人工孵化させるための装置

※3 細胞を培養するための装置で、新しいビジネスの起業家やベンチャー企業を支援する団体、組織を意味することがある
■低迷していたジュニアNISAは廃止
段階的な見直しを経て、2024年1月から、「つみたて投資枠」と「成長投資枠」の二本立てで、現行の新NISAがリニューアルスタートし、利用が低迷していたジュニアNISAは2023年末をもって廃止となりました。
旧制度と新制度を比較したものが図表1です。
旧制度の「つみたてNISA」を引き継ぐ「つみたて投資枠」、「一般NISA」を引き継ぐ「成長投資枠」は、それまでの選択制から併用可能となり、同年に両方の年間投資枠を利用できるようになりました。その年間投資枠も、「つみたて投資枠」は40万円から120万円に、「成長投資枠」は120万円から240万円に大幅に拡大されています。
また、時限措置だった旧NISAは恒久化され、非課税で保有できる期間も無期限となりました。富裕層への優遇とならないよう、非課税保有限度額は設定されていますが、総枠で1800万円(成長投資枠は内数で1200万円)と、旧制度の倍以上となっています。


■様子見をしていた人たちが投資の世界へ
このような抜本的拡充・恒久化が功を奏し、2024年12月末の口座数は約2560万口座と前年比21%増、累計買付額は約53兆円で前年比49%増と大幅な伸びとなりました(図表2)。
これまで、中長期的な資産形成と言われても、「どうせ時限措置でしょ」とか「こんなショボい投資枠じゃ」と様子見だった人たちが、「新しいNISAは使えそうだ」とばかりに参入したものと思われます。
日本証券業協会の調査によると、新NISAにおける購入資金は「預金・給与所得・年金」が74.9%と最も多く、旧NISAや課税口座で保有している銘柄の売却資金ではなく、新たな資金が流入しているとみてよさそうです。
■制度を乱立させるより、制限の緩和を
図表3は「つみたて投資枠」「成長投資枠」買付額の年代別比率です。70代と80代以上は「つみたて投資枠」の割合が低く、「成長投資枠」は20代と80代以上が低くなっていますが、どちらも広い年代に利用されているという印象です。
このように見ていくと、「投資初心者や若年層など、投資家の裾野を広げることで、証券市場の活性化につなげる」という政府の目論見は果たせていると言っていいでしょう。
こうして新NISAが浸透しつつある中で、突如として「プラチナNISA」と「こども支援NISA」構想が持ち上がったわけです。しかも、除外された毎月分配型の復活と、利用低迷で廃止された18歳未満枠(ジュニアNISA)の復活とは、なんともドタバタ感が拭えません。
「プラチナNISA」とか「こども支援NISA」などと制度を乱立させるのではなく、単に「18歳以上」としている「つみたて投資枠」の対象年齢の制限を取り払えばよいのではないでしょうか。
「つみたてNISA」を利用していた若年世代が、18歳になれば「成長投資枠」も併せて利用できるようになり、NISAは一生ものの資産形成ツールとなり得るのです。
■現役世代ほど「運用資産を取り崩したい」
「プラチナNISA」の導入を求める議連の提言には釈然としない点がたくさんあります。まず、導入の理由として、「投資のメリットを受けつつ、生涯にわたって計画的に運用資産を活用して生活に充てることができるよう」とあります。

NISAが恒久的な制度になった以上、資産形成の入り口だけでなく、取り崩し局面の出口を考えることは大切です。しかし、運用資産を活用して個々のライフイベントの資金に充てたいというのは高齢者に限りません。
先の日本証券業協会の調査を見ると、新NISAを始めた動機・目的について「日々の生活資金(運用しながら取り崩しを行う)」と答えた割合は、60代以上より30代以下のほうが高くなっています。また、「子どもや孫の教育資金」と答えた割合は、60代以上より30代と40代のほうがはるかに高くなっています。
老後に向けて一直線に運用を続けるというシナリオより、運用を継続しながらも子どもの受験や住宅購入などのタイミングで、必要に応じて資金を取り崩すシナリオのほうが、むしろ自然です。
このようなニーズに応えるのが「定期換金サービス」(定期引出サービス、定期売却サービスなどともいう)です。しかし、NISA口座でこのサービスが使える商品は少なく、使えたとしても65歳以上などの制限を設けているところが多いようです。
「一人一人のライフプランに沿った形で資産形成を行うための環境整備」と謳うなら、「つみたて投資枠」「成長投資枠」いずれにおいても、年齢にかかわらず、定期換金サービスの提供を推進してほしいものです。
■「分配金を毎月受け取る」は現制度でも可能
「プラチナNISA」構想の問題点はまだあります。
提言では「高齢者に限定して対象商品の拡大」とあり、毎月分配型投信の解禁を想定しているとみられます。
運用益を毎月の分配金として受け取る毎月分配型投信は、複利効果による運用成果が出にくい、運用元本が目減りする可能性がある、といった点で資産形成に向かないとして、新NISAの対象外になっています。
ただし、頻度を年1回、年2回、四半期、隔月に設定した商品はあり、「成長投資枠」で購入可能です。
隔月分配型投信であれば、年金が支給されない奇数月に非課税で分配金を受け取ることができます。
複数の分配型投信を組み合わせることで、毎月分配型と同様の効果を得ることも可能です。わざわざ65歳以上の「プラチナNISA」を創設して非課税枠に迎え入れる必要はありません。
■高齢者vs現役世代の対立を生むだけ
とはいえ、定期収入となる毎月分配型投信が今も一定の人気を誇っているのも事実。課税されたとしても、あえて毎月分配型投信を選ぶ層が存在するということです。そう考えると、高齢者だけを優遇せず、毎月分配型投信を「成長投資枠」の対象商品に加えるという選択肢があってもいいと思います。
現在、「成長投資枠」に入っている分配型投信には、分配金をすべて利益で賄う健全度100%のものから、ほぼ元本の取り崩しで賄う0%まで、さまざまなものがあります。同様に、NISA対象外の毎月分配型投信も、健全度100%から0%までさまざまです。隔月分配型がよくて毎月分配型はダメというのは説得力があるようには思えません。
分配の頻度は大事ですが、商品性の見極めはもっと大事です。もし、政府を挙げて気合の入った毎月分配型投信の組成を後押しし、高齢者だけがそのピカピカ商品を「プラチナNISA」枠で買えるというのであれば、高齢者優遇と言われかねません。
せっかくNISAが目指した理念が形になりつつある時期に、世代間の対立をあおる火種にすることは避けるべきでしょう。

■NISAで「スイッチング」するリスク
最後に「高齢者に限定してスイッチング解禁を図る」について考えてみます。NISA口座の資産を売却せずに他の商品に移行できるスイッチングを、高齢者については1回だけ認める方向と伝えられています。
それまでは効率重視の運用をしてきたけれど、そろそろ分配金が出るタイプに乗り換えたいとか、リスク度の低い商品に乗り換えたいなど、高齢期のニーズに応えることを意図してのことでしょう。
NISAで一定期間資産形成をしてきた人が対象になると思われますが、1回限りということは、ある程度のまとまった資金を移行することが想定されます。
NISAには非課税保有限度額と年間投資枠という縛りがあり、資産をすべて売却して他の商品に乗り換えたいと思っても、その縛りの範囲内でしか新たな商品を購入することができません。
しかし、高額のまとまった資金を一度に投じることができないからこそ、商品選択を間違えたときの痛手が抑えられ、軌道修正を図ることができます。また、不測の事態による相場の荒波からの影響を和らげられるという効果もあります。
いくら長期にわたってNISAで運用を続けてきたとはいえ、一発勝負で、ある特定の時期に、特定の商品に、適切に乗り換えられると考えるのは無邪気すぎるように思います。
■何十年もかけて育てた資産が狙われる
もし、プラチナNISAでスイッチングが1回に限り認められるとすれば、高齢者のNISA資産を狙って販売攻勢が仕掛けられることは必至でしょう。長期にわたってNISAを利用し、高齢期を迎えたときに手にした果実を、結果的に期待外れの商品につぎ込むとか、高値掴みになってしまうことを危惧します。
減税圧力が増す中で、社会保障財源等に苦慮する少子高齢社会の日本。若年層の負担は大きく、再分配所得でみれば高齢者よりも厳しい所得環境となっており、非婚化・少子化を招いているとの指摘があります(※4)。

資産形成を果たした高齢世代を、さらに非課税枠で優遇すると思われてしまう制度改正は、あまり筋が良いとは思えません。また、投資への理解度が低い高齢者が「餌食」になってしまう可能性もあります。
まだ具体的な情報がない中で、妄想をたくましくしてみましたが、開始から10年、高く飛び立ったNISAが、その理念を毀損することなく、世代間の分断を招くことなく、公共のインフラとしての矜持を保ち、私たちの「支え」になってほしいと切に願います。

※4 日本総研「若年層を圧迫する高い社会保障負担~安易な保険料引き上げをやめ、消費税に財源シフトを~」(2023年8月4日)より

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内藤 眞弓(ないとう・まゆみ)

行政書士・ファイナンシャルプランナー

1956年香川県生まれ。大手生命保険会社勤務の後、ファイナンシャルプランナー(FP)として独立。1996年から約5年間、公的機関において一般生活者対象のマネー相談を担当。現在は、金融機関に属さない独立系FP会社である生活設計塾クルーの創立メンバーとして、一人一人の暮らしに根差したマネープラン、保障設計等の相談業務に携わる。共働き夫婦からの相談も多く、個々の家庭の考え方や事情に合わせた親身な家計アドバイスが好評。著書に『医療保険は入ってはいけない!』(ダイヤモンド社)など。講演・セミナー等の講師としても活動。内藤眞弓行政書士オフィスの代表でもある。

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(行政書士・ファイナンシャルプランナー 内藤 眞弓)

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