中国では2024年、日本人学校に通う在中日本人を狙った犯罪が相次いだ。前駐オーストラリア特命全権大使の山上信吾さんは「原因の一つは、駐日中国大使の問題発言に日本政府が適切に対応しなかったことがある。
中国の面子を立てるあまり、邦人の命が危険にさらされている」という――。
※本稿は、山上信吾『国家衰退を招いた日本外交の闇』(徳間書店)の一部を再編集したものです。
■「日本の民衆が火の中に連れ込まれる」と発言した中国大使
相次いで発生した一連の事案の中で、最も驚愕すべきものの一つは、駐日中国大使による前代未聞の問題発言だった。決して看過すべき話ではないので、日本政府がとるべきだった対応を含め、ここで考察してみたい。
2024年5月、台湾で開催された頼清徳総統の就任式に日本の超党派議員が出席したことを中国は問題視し、在京中国大使館は抗議の談話を発表した。のみならず、呉江浩駐日大使は鳩山由紀夫元総理大臣や福島瑞穂社民党党首、外務省OBの孫崎享元イラン大使らを前にした座談会で、台湾問題で日本が中国分断に加担すれば「日本の民衆が火の中に連れ込まれることになる」とまで発言した。これが肝心の暴言である。
このほか、呉大使の同僚である薛剣大阪総領事に至っては、上記総統就任式に出席した日本の与野党の国会議員に書簡を送り、その行動に抗議し、台湾独立に加担することがないよう強く戒めた。
■追放を検討するレベルの暴言だった
こうした相次ぐ言動に対しては、日本の朝野から「在京大使の発言として極めて不適切」「日本政府に対して失礼千万で、敬意を欠く」(林芳正官房長官)との声が上がるとともに、このような外交官については、「ペルソナ・ノン・グラータ」(好ましくない人物)として日本から「追放」すべきではないかとの議論が少なからず提起されてきた。
そこで、通常耳慣れないペルソナ・ノン・グラータ制度の拠って来るところは何か? 今次問題にどのように適応され得るのか? を以下に見ていきたい。
■外交官の身体は不可侵
近現代の国際社会において外交関係を司る上で「ゴールデン・ルール」の一つとして掲げられてきたのが、主権国家の代表たる地位にある外交官の保護である。
外交官の身体は不可侵とされ、外交官は、いかなる方法によっても抑留し又は拘禁することができない(外交関係ウィーン条約第29条)。

「外交官の中にも犯罪に従事するような不心得者がいないわけではないが、何らかの理由で外交官の身体の自由を奪うことができることになると、接受国(外交官の受入国)によっては様々な理由を付けて、場合によっては理由を捏造してまで外交官を拘束しないとは限らない。そうしたことは外交関係の遂行に対する著しい障碍をもたらす。こうした危険性についての国際関係の長い歴史を通じた国際社会共通の認識があって、絶対的な不可侵が認められてきた」旨(小松一郎著『実践国際法』信山社)説明されている。
だからこそ、1979年のイラン革命の際、イスラム法学校の学生らが在テヘランの米国大使館や総領事館を占拠し米国人外交官等を人質にとった事件は、世界の耳目を集めた。国際司法裁判所は、拘束されている米外交官等の即時解放を求めた請求等に対する暫定措置命令(1979年12月の判決)の中で「国家間の関係の遂行のために外交官及び公館の不可侵以上に重要な確保されるべき前提条件はない」とまで明言した。
■刑事事件にもかけられない
また、身体の不可侵に並んで重要なのは、接受国の刑事裁判権からの免除である。刑事裁判については、外交官は接受国の裁判権からの絶対的な免除を享有する(外交関係ウィーン条約第31条)。
「これは、外交官の身体が絶対的に不可侵とされることと同様、外交活動の円滑な遂行確保の必要性に基づく古くからの諸国家の幅広い認識の共有に裏付けられた、慣習国際法上確立した規範である」(前掲・小松一郎著書)とされている。
すなわち、ウィーン条約を締結していようがいまいが、主権国家である以上拘束される規範となっているのだ。
■その代わり、無条件に追放できる
一般人には認められていない、こうした絶対的な免除があるだけに、国際法はそのコインの裏面として、外交官として「好ましくない人物」については受け入れを拒否することができるようにしている、と言って過言でない。
外交関係ウィーン条約第9条の規定は明確である。
「1.接受国は、いつでも、理由を示さないで、派遣国に対し、使節団の長(大使のこと)もしくは使節団の外交職員である者(大使館の外交官)がペルソナ・ノン・グラータであること(中略)を通告することができる。
その通告を受けた場合には、派遣国は、状況に応じ、その者を召還し、又は使節団におけるその者の任務を終了させなければならない(後略)」
「2.派遣国が1に規定する者に関するその義務を履行することを拒否した場合又は相当な期間内にこれを履行しなかった場合には、接受国は、その者を使節団の構成員と認めることを拒否することができる」
これ以上強い文言はない。
第1項に規定された通り、「いつでも、理由を示さないで」ペルソナ・ノン・グラータとして通告できるのだ。そして、派遣国が対応しなかった場合には、当該外交官を大使館員と認めない、すなわち、地位を剥奪することができるのだ。
■「日本人を殺す」と言ったに等しい暴言だった
そうした制度の趣旨を踏まえて、今次事件を振り返って見ると、いくつかの点が留意される。
第一に、呉大使の今次発言は突発的になされたというよりも、意図的かつ計画的な側面が濃厚である点だ。何を措いても注目されるのは、2023年の4月にも同様の発言を行っていたことだ。
大阪総領事の類似の発言やSNS上での発信を合わせると、「戦狼外交」の中国が極めて攻撃的で挑発的な言動に注力してきた傾向が如実にうかがえる。すなわち、今次事件への対応は、偶発的な発言への対応と言うよりも、中国の「戦狼外交」に対して日本として如何に対応するかが問われていると言える。
第二に留意すべきは、その発言の常軌を逸した内容である。中国側の従来の発言は、靖国神社参拝等をした日本の特定の人物を対象としており、そうした「反動分子」と「平和を愛好する日本国民」とを対比する手法をとってきた。中国共産党がとってきた伝統的な日本二分論だ。
しかるに、今回は「日本の民衆」に対するメッセージとなり、その民衆が「火の中に連れ込まれる」とまで言った。
ここでいう「火」は自然発生的なものでは毛頭ない。台湾独立を阻止し、統一を実現するために中国が否定することはない「武力の行使」の結果としての「火」だ。要は、「いざとなったら日本人を中国が殺す」と言ったに等しいのである。
外交慣例に照らせば、ここまで露骨な恫喝は滅多にあるものではない。筆者と懇談した某東南アジア主要国の駐日大使は、「なぜ日本政府は猛烈に抗議しないのか」と指摘してきた。こうした反応こそが、言語道断で非常識な発言に対する常識的な対応であることを示している。
■発言直後に起きた日本人学校での事件
第三に、こうした中国外交官の発言が如何なる影響を日中関係に及ぼすかという考察も欠かせない。
戦狼外交官の勇ましい発言に勇気づけられた面と、江沢民政権以来の長年にわたる反日教育に洗脳された面の双方があるのだろうが、呉大使の発言の直後に蘇州で発生した日本人親子、中国人女性へのナイフ死傷事件は看過できない。さらに、昨年9月には深圳で10歳の日本人児童が白昼、母親の前でメッタ刺しにされ惨殺される誠に痛ましい事件が発生した。
このような負のスパイラルは、中国大陸において排日・侮日行為が相次ぎ、それに対して日本国内の世論が「暴支膺懲(ぼうしようちょう)」を唱え、日中戦争の深みに突入していった過去を想起させずにはいられない。為政者にはこうした歴史を鑑とする時代感覚も必須であろう。
■抗議は中国課長名で、しかも電話
日本国内において一つの謎は、ここまで事態が深刻化していながらも、「政治」が出ていく節が見られなかったことである。
国内で大きな議論を招いた背景には、以下の点が指摘されよう。
呉大使による一昨年4月の暴言の際には外務省アジア局審議官が抗議した一方、昨年5月の暴言に対しては、最初の抗議は中国課長にとどまった。2回目の発言である以上、1回目の抗議に効果がなかったとしてレベルを上げた抗議をすることが外交の常識であるにもかかわらず、なぜこうした判断がとられたのか? 最終的には岡野外務次官からも呉大使に抗議したと発表されたが、遅きに失した点は否めない。
抗議のレベルに加えて疑問を招いたのは、電話による抗議という手法だ。
外交の世界においては重要なやり取りは面談で行うことが原則である。大東亜戦争の開戦通告を電話で済ませられれば、こんな楽なことはなかったろう。
同様に、前述の通り、厳重な抗議を申し入れるのであれば、中国大使を霞が関の外務省に招致して、面談で申し入れるのはイロハのイだ。2022年8月の中国による弾道ミサイルの日本の排他的経済水域への撃ち込みの際と並んで、電話をして抗議したこととする、これは国際常識からの大きな逸脱でもある。
最後に指摘すべきは、政治の姿が見られないことである。呉大使の発言の際には鳩山元総理、福島社民党党首などが同席していながら、何ら抗議の声が上がらなかったばかりか、鳩山元総理に至っては「基本的に同意する」などと述べたと報じられている。であれば岸田政権や石破政権こそ、立場が違うことを示すべきだろう。
■「ペルソナ・ノン・グラータ」を通告した例はある
日本政府が他国の外交官に対して「ペルソナ・ノン・グラータ」を通告した例としては、1973年、いわゆる金大中事件の際に、当該拉致事件への関与が濃厚であった金東雲一等書記官に対して通告した有名な例がある。
あれほど明確な主権侵害、犯罪行為はなかったことにかんがみれば、当然でもある。
他方、「この事例以外にも、日本政府が日本に駐在する外交国の外交官等に対して非行等の理由で退去を要求した例が存在するが、これら他の事例においては、『ペルソナ・ノン・グラータ』という語を明示的に使用せず、対象となる者の自主的な退去を促すことが多く、現実には、このような申し入れを受けた派遣国は対象職員の自主的な退去に応ずるのが通常の姿である」(前掲・小松一郎著書)との含蓄に富んだ指摘がある。
中国政府のみならず日本政府としても、中国側の面子なるものを重んじるが故に何らの措置もとられてこなかったのだとすれば、このような現実的な対応を追及するのも一考に値するだろう。負のスパイラルを脱するためにも検討が必要である。
■駐日中国大使発言に対する対応は再考すべき
国際慣行ということであれば、2024年10月には、カナダとインドという友好国同士の間でさえ、大使レベルの外交官の追放合戦が行われたことを指摘したい。カナダでシーク教徒のリーダーが殺害された事件を巡り、インド政府関係者の関与を問題視したカナダ政府が「ペルソナ・ノン・グラータ」として駐加インド大使追放という措置をとり、それに対して反発したインド政府が、カナダの外交官追放で応じた次第である。
呉大使の常軌を逸した攻撃的、好戦的な発言が、その後の中国による日本人他の刺殺事件、靖国神社凌辱事件につながったという一連の事案のつながり(シークエンス)があるだけに、駐日中国大使発言に対する対応は再考すべきだ。

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山上 信吾(やまがみ・しんご)

前駐オーストラリア特命全権大使

1961年東京都生まれ。東京大学法学部卒業後、1984年外務省入省。コロンビア大学大学院留学を経て、2000年在ジュネーブ国際機関日本政府代表部一等書記官、その後同参事官。北米二課長、条約課長を務めた後、07年茨城県警本部警務部長という異色の経歴を経て、09年には在英国日本国大使館政務担当公使。国際法局審議官、総合外交政策局審議官(政策企画・国際安全保障担当大使)、日本国際問題研究所所長代行を歴任。
その後、17年国際情報統括官、18年経済局長、20年駐オーストラリア日本国特命全権大使に就任。23年末に退官し、現在はTMI総合法律事務所特別顧問等を務めつつ、外交評論活動を展開中。著書に、駐豪大使時代の見聞をまとめた『南半球便り』(文藝春秋企画出版部)、『中国「戦狼外交」と闘う』(文春新書)がある。

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(前駐オーストラリア特命全権大使 山上 信吾)
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