自動車メーカー各社の2025年3月期決算が出そろった。トランプ大統領が発動した25%の追加関税にどう対応するのか。
淑徳大学経営学部の雨宮寛二教授は「メーカー各社はいま、30年以上かけて築いたサプライチェーンを解体すべきか選択を迫られている。その点、トヨタ自動車の生産体制は合理的だ」という――。(前編/全2回)
■電動化への道筋が関税でストップ
今、自動車産業は、かつてないほど先行きが見通せない「リスク(不確実性)」に晒(さら)されています。100年に一度と言われる大変革により業界の構造がCASEへと移行し、「電動化」と「知能化」という2大競争軸への経営シフトが求められる一方で、トランプ政権が2025年4月に発動した米国輸入車への追加関税(タリフ)25%への対応にも迫られ、“多重危機”の時代に入っています。
電動化や知能化といった新たな潮流は、その背景に、地球温暖化や交通事故の防止といった社会的使命と責任が存在し、それには大義と正当性が伴うものであることから、今後自動車業界が優先的に取り組むべき方向性としてグローバルレベルで認知されています。
しかしながら、トランプ政権はアメリカファーストの視座から、バイデン前政権が推進したEV普及策をあえて撤回し、高いEV販売比率が求められた温室効果ガス規制の見直しを決定するなど、さまざまな政策変更を講じたことから、米国のEV市場の成長が鈍化するに至ります。
これにより、自動車メーカーの経営における優先事項が電動化や知能化よりもトランプ政権が課したタリフへの対応に移行したことから、電動化と知能化へのシフトは、今後3~4年程度停滞することになり、環境や社会の改善も遅れることになります。
■トランプ大統領の政策がアメリカを孤立させる理由
ここであえて強調しておきたいのは、米国が世界に与える影響力です。現在、アメリカによる世界への影響力はポジティブからネガティブへと変わりつつあります。
トランプ政権は、選挙中に公約した「Make America Great Again(MAGA:アメリカを再び偉大な国にする)」を達成するために過度な産業保護政策を次々と打ち出しています。それは、アメリカの国際的な役割を限定し、アメリカ国内の利益を優先する外交政策や貿易政策をとることで国益の最大化を図るといったスタンスです。
しかし、こうした保護主義への回帰は、たとえ短期的な利益や一時的な優位を生み出せたとしても、持続的な利益や優位を獲得できないばかりか、アメリカに対する信頼と評価が失墜し、世界からアメリカを孤立させることになるため、結果として、真にアメリカを偉大にすることにはならないということです。

確かに、アメリカ政府が輸入自動車にタリフをかければ、GMやフォードなど国内の自動車メーカーの価格競争力は一時的に高まるかもしれませんが、それは、GMやフォード自体の事業競争力を真に高めることを意味するものではありません。
■1兆7000億円をどこから捻出するのか
輸入車にタリフをかけ、海外の自動車メーカーがアメリカ国内に新たに生産拠点を設けることで投資を呼び込むのではなく、たとえば、EV専用の工場を今後新たにアメリカ国内に建設する事業者には支援金を出すといった政策を打ち出すほうが、はるかに建設的でアメリカの国益になるといえます。
2025年5月中旬までに、日本の自動車メーカー7社の2025年3月期決算が発表されました。この中で2026年3月期におけるタリフの影響分が見積もられており、その額は7社合計で約1兆7000億円に達する見通しです。
ただし、この合計額には、タリフの詳細は流動的で見通すことが難しいとの理由から、トヨタ自動車(トヨタ)は4、5月のみの1800億円が、また、マツダ株式会社(マツダ)は4月のみの90億円~100億円が見積もられるにとどまり、これらの値も含まれています。
いずれにせよ、7社合計で約1兆7000億円にのぼるタリフ影響分は、どの企業にとっても経営上の利益圧迫要因として見過ごせないことから、そのための対応策が求められ、その実行には難しい決断を迫られることになります。
■高級車は143万円分が上乗せされる可能性
2025年4月から発動されている25%のタリフは、2024年度の数値で考えれば、年間約760万台にのぼる米国輸入車すべてに一律に適用されるわけではなく、米国で生産する比率が低い企業ほど負担が重くなるよう調整されています。
そのうえ、トランプ政権は2025年5月から自動車部品の関税も25%に引き上げています。アメリカで生産される自動車部品の半分は外国製であるため、ほとんどの自動車メーカーが影響を受けることになります。
こうした輸入車や自動車部品にかけられるタリフに対して、大半の企業は、2025年3月までに自動車や部品の輸入在庫を増やして対処していますが、在庫の減少に伴い、遅かれ早かれ関税の影響が出てくるのは必然です。
その後のタリフ対応策として想定されるシナリオは2つに大別されます。
1つ目は、タリフ影響によるコスト上昇分を販売価格に転嫁する方法です。
その転嫁額を、高級車では1万ドル(143万円)程度、平均的な車では3000~4000ドル程度と見積もるアナリストもいます。
■グローバル戦略30年の成果を捨てるべきか
2つ目は、サプライチェーン(供給網)を再編することです。これは、従来の生産拠点を現在アメリカにある工場に移管するのとアメリカに新たに生産拠点を設けるという2つの方法があります。
どちらの方法をとるにしても、生産のアメリカ回帰には、タリフ以上のコストがかかる可能性も否めません。既存の生産ラインを別の車種に対応させたり、高賃金の労働者を雇ったりすることでコストは上がりますが、工場の新設ともなれば、建設費だけでも莫大なコストがかかるうえ、立地から建設までには最短でも2年は要することになります。
いずれにせよ、自動車メーカーが30年以上かけグローバルレベルで構築してきたサプライチェーンを解体すべきか難しい決断に迫られることになります。
日本の自動車メーカーがこれまでに発表した対応策を検証してみると、戦略の整合性と現在の経営力が明確に表われていることがわかります。
トヨタは、マルチパスウェイ(全方位戦略)を基に、1ドルが80円の円高時代から、「年間300万台の国内生産体制を守る」と言い続け、車を輸出して稼いできました。
2025年5月に開かれた決算会見で、佐藤恒治社長は、「国内のサプライチェーンを守りながら輸出する。ものづくり産業に重要なポイントで、ぶれずに取り組む」と述べ、サプライチェーンを維持する意向を示しています。
■佐藤社長が守り抜く「300万台」の意味
2025年3月期で見ると、323万台を国内で生産し、その6割にあたる194万台を海外に輸出し、米国向けの輸出は54万台で全体の28%を占めます。これを地域別の営業利益で見ると、日本が3兆1587億円と全体の6割を占め、アジア(8939億円)や北米(1043億円)に比べ圧倒的に大きいことから、この稼ぐ力だけを見ても、国内での「生産300万台体制」の維持は理にかなっているといえます。

トヨタは当面、タリフの影響によるコスト上昇分を“原価低減”などで吸収し、販売価格に転嫁しない方針も示しています。これができるのは、トヨタがこれまで組織的に培った競合には真似できないコアコンピタンスがあるからです。
■毎年1000億円を生み出す豊田市の現場
トヨタの強さの源泉は、生産コストを下げ続ける取り組みにあります。この取り組みを支えているのが、豊田市(愛知県)周辺で働く数万人の従業員で、その総力が発揮されることで他の追随を許さない圧倒的な競争力、すなわち、毎年約1000億円のコスト低減を実現し続ける力を生み出しているのです。
トヨタにとって、こうした競争力を生み出す環境や雇用を維持するために、国内生産規模300万台体制を維持することがいかに大切であるかがうかがえます。
トヨタは、地域別で見ても販売の偏りが少なく、最も多いアメリカでも全体の2割程度であることから、仮にアメリカでの生産を増やしても、他地域の需要と輸出が増えなければ、日本の生産体制を見直さなければならなくなるので合理的であるとはいえません。
トヨタが本決算で示した一連のシナリオは、強固なコアコンピタンスに裏打ちされた戦略的にも整合性が取れたものですが、今後はサプライチェーンを維持しつつ、電動化や知能化に向けてどれだけの原資が確保できるかが問われることになります。(後編へつづく)

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雨宮 寛二(あめみや・かんじ)

淑徳大学経営学部教授

淑徳大学経営学部教授。ハーバード大学留学時代に情報通信の技術革新に刺激を受けたことから、長年、イノベーションやICTビジネスの競争戦略に関わる研究に携わり、企業のイノベーション研修や講演、記事連載、TVコメンテーターなどを務める。日本電信電話株式会社に入社後、中曽根康弘世界平和研究所などを経て現職。単著に『世界のDXはどこまで進んでいるか』(新潮社)、『2020年代の最重要マーケティングトピックを1冊にまとめてみた』『サブスクリプション』(いずれもKADOKAWA)など多数。新著に『経営戦略論 戦略マネジメントの要諦』(勁草書房)がある。


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(淑徳大学経営学部教授 雨宮 寛二)
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