■就職氷河期で人生が決まった世代
生まれた時期が悪かった……。
一生涯不遇続きの世代といわれるのが氷河期世代です。氷河期世代とは、現在40歳から54歳くらいの世代が該当します。
1970年代初頭の第2次ベビーブーム期以降に生まれ、ただでさえ人口が多い上に、バブル崩壊後の雇用環境が厳しい1993年から2004年あたりに就職活動がぶつかったため、採用の需給バランスにより就職に苦労した世代です。1人で30社以上受けてもなかなか就職先が見つからなかった人もいたことでしょう。
さらに、なんとか就職先を見つけてもその後にまたリーマンショック等の不景気が相次ぎ、給料がたいしてあがらない上に、謎に社会保険料だけは増えて、手取りが増えるどころか減る有様でした。
■空前の賃上げブームでも蚊帳の外
巷では、大卒新入社員の初任給が30万円超えなど景気のいい賃上げのニュースが話題になっていましたが、そんな中でも氷河期世代だけは蚊帳の外です。
厚労省の賃金構造基本統計調査によれば、コロナ禍前の2019年と直近の2024年とを比較した場合、20~24歳の賃金伸び率は10.0%と2桁伸長であるのに対し、氷河期世代の40~49歳は約7%止まり、50~54歳においてはわずか2.9%しか伸びていません。もちろん、元々の賃金の絶対額の違いはありますが、賃上げという面においても氷河期世代は不遇です。
では、氷河期世代が、その前の世代と比較して具体的に何がどう違うのかを明らかにしていきたいと思います。
就業構造基本調査より、2022年時点で45~54歳だった氷河期世代と、2007年に45~54歳だった世代(2025年時点では63~72歳にあたるバブル世代とも呼ばれていた世代)で、その男性の年収分布を比較したものが図表1のグラフになります。
■勝ち組と負け組が同居する「氷河期世代」
前述した通り、氷河期世代は同世代人口が多いのですが、バブル世代と比較した際に、年収700万円以上の人口は減っていないどころか若干増えています。
不遇な氷河期世代と短絡的に一括りにされがちですが、何もその世代全員が不遇なわけではありません。大企業に就職し、今や部長職や役員にまでなっている人もいれば、起業して大成功している人も一定数います。これら年収700万円以上は全体の3割で、氷河期世代の中でも「勝ち組」と言えるでしょう。ちなみに、年収700万円以上の上位層の約6割近くは大企業勤務と公務員で占められています。
対して、「負け組」と言えるのは、年収が300万円に満たない層で、こちらも全体の3割ですが、特にこの15年間で36万人も増えている無業者の増加が顕著です。
しかし、もっとも増えているのは、年収300万~600万円あたりのいわゆる中間層年収帯です。これは、定員の決まっていた上位就職先からあぶれた層がここに集中したためです。
■最大の問題は「中間層の没落」
そして、氷河期世代が苦しんだのはこの人口の多い中間層の没落という点にあります。
氷河期世代というと非正規雇用が多いという話が出ますが、男性に限ればそれは正確ではなく、2023年労働力調査によれば、45~54歳の非正規率は8%程度です(男女合計で30%)。もちろん、この8%ですら90年代と比べれば倍増しているのですが、氷河期世代が経済的に苦しいのはいまだに非正規が多いからだというわけではなく、むしろ正規雇用になったのに苦しいという問題です。
高校や大学を卒業して新卒で就職する際に、満足な就職先が見つからなかった層は20~30代のうちは非正規やアルバイトでしのがざるを得ず、やっと40歳を超えて正規雇用されたというケースも少なくありません。
そうした場合でもそれでハッピーエンドとはならず、遅れて正社員になった場合、勤続年数によって退職金が少なくなったり、厚生年金の払い込み期間が短かったりして、高齢者となった時にもらえる年金が少ないという不安もあります。
■年収600万円未満の未婚率があがりつづけている
何より氷河期世代は、安定した就職先と収入の確保が若い時に確保できなかったがゆえに、結婚できなくなりました。実際、氷河期世代において生涯未婚率は最高記録を更新しており、特に男性の未婚率は年収が低ければ低いほど高まる傾向があります。
年収別の未婚数の増減を2007年と2022年で比較すると、無業や300万円未満の年収の未婚も増加していますが、それと同じくらい年収300万円~600万円の中間層の未婚が増大しています。未婚率でみれば、むしろ中間層の未婚率の増加のほうが著しい。
要するに、氷河期世代にふりかかったのは、元々結婚することが難しかった年収下位層だけではなく、かつては結婚のボリューム層であった中間層が結婚できなくなったという事態です。逆に、年収700万円以上の年収上位層は、これだけ全体の未婚率が上昇したといってもさほど変わっていません。
いわば、氷河期世代の「就職勝ち組」だけが結婚できたということです。
■本当に「努力が足りない」のか?
このように氷河期世代とはいっても、全体を平均化して見てしまうと問題の本質がわからなくなります。氷河期世代とその他の世代との間に格差があるという点だけではなく、氷河期世代内格差もあるのです。
とかく、上層と下層の二極構造だけに目がいきがちですが、本当の問題は、本来中間層として普通に安定した収入を得て、結婚し家族を持てた真ん中4割の層が実質下層化してしまったことです。なぜなら、この期間、税・社保料・消費税などの国民負担率がジリジリとあげられ、特に手取り絶対額の多くない中間層に「日々生活するだけで精一杯」という状況を作ったからです。
こうした氷河期世代の未婚化は、氷河期世代とその他の世代との対立分断というよりも、氷河期世代内の3割の勝ち組とその他の7割との対立分断をも生み出しています。
■「今さらどうしろと」という絶望
しかし、あの当時、就職で何十社から落とされたことは個人の努力ごときでどうなるものではなかったし、結婚に関して言えば、安定した収入がなければそもそも男性は相手として選ばれません。
もはや45歳以上は生涯未婚と呼ばれているように、その年齢を過ぎて結婚して子育てをする確率も低いわけで、自らの意思で「自分は結婚もしないし、家族も持たない」という選択的非婚は別にして、多くの氷河期世代が「本当は結婚も子どももほしかったけどままならなかった」という不本意未婚が多い。仮らにしてみれば「フリーライダー呼ばわりや自己責任と言われても今さらどうしろと……」という話でしかないでしょう。
そんな中、夏の参院選に向けて、急に各党が氷河期世代支援などと唱え始めました。正直、20年以上も放置しておいて今さら感は否めませんし、政治家が本気でこの世代への支援をしようとしているとも思えません。とはいえ、氷河期世代は前述した通り人口が多く約1700万人もいます。これは、有権者の6分の1を占めるわけで、選挙に向けてこの大票田を取り込みたいという思惑があってのことでしょう。
■年金を払うだけ払って受給できずに終わる恐れ
遅きに失したとはいえ、氷河期世代に対する支援がなされることはよいことですが、これも「子育て支援」といいながら、その実「配るけど後できっちり奪う」という仕組み同様、政治家のいう支援は所詮「その後搾取するための助走」でしかないという印象があります。
氷河期世代を対象として年金改革の動きもありますが、そのかわり年金受給開始時期が70歳に後ろ倒しにさせられるのも氷河期世代からになってしまうのではないでしょうか。106万円の壁廃止の法案も、将来の厚生年金受給の安心のためにといいながら、結局は多くの未婚のままの氷河期世代は「払い込みだけをして1円も年金を受給できずに天に召される」となってしまうかもしれません。
さらに、問題は氷河期世代だけにとどまらない可能性があります。
■20年後、再び「結婚氷河期世代」を生み出すことに
初任給30万円超えなど景気のいい話ばかりの令和の若者世代にとっても、景気がいいのは上位3割の大企業と公務員だけであるということです。人口が減少しているので就職先には困らないかもしれませんが、上位3割と残り7割の構造は変わらない。むしろ上位と下位の格差がより広がるでしょう。仮に、中小企業が頑張って見かけ上、初任給だけ高く見せても、それは結局その後の昇給が低く設定されて全体が調整される可能性もあります。
それでなくても、今の激減する婚姻のすべては中間層年収帯での婚姻減に尽きます。景気のいい賃上げの話があっても、今の若者は氷河期世代以上の税・社保料負担を課せられていて、さらに物価高の影響もあり、実質可処分所得の中央値はむしろ氷河期世代より低いかもしれません。
もはや50代にさしかかった氷河期世代への支援も大事ですが、「失われた30年」で没落してしまった中間層の安心と安定をどうにかしないと、20年後もまた新たな中間層の結婚氷河期世代を生み出すことになるでしょう。
負の歴史を繰り返さないようにしてもらいたいものです。
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荒川 和久(あらかわ・かずひさ)
コラムニスト・独身研究家
ソロ社会論及び非婚化する独身生活者研究の第一人者として、テレビ・ラジオ・新聞・雑誌・Webメディアなどに多数出演。海外からも注目を集めている。著書に『「居場所がない」人たち 超ソロ社会における幸福のコミュニティ論』(小学館新書)、『知らないとヤバい ソロ社会マーケティングの本質』(ぱる出版)、『結婚滅亡』(あさ出版)、『ソロエコノミーの襲来』(ワニブックスPLUS新書)、『超ソロ社会』(PHP新書)、『結婚しない男たち』(ディスカヴァー携書)、『「一人で生きる」が当たり前になる社会』(中野信子共著・ディスカヴァー・トゥエンティワン)がある。
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(コラムニスト・独身研究家 荒川 和久)