■ナイキ、アディダスを凌駕…アシックスが“超強力モデル”を投下
ランナーたちの足元をめぐる戦いがますます激化している。
カーボンプレート搭載の“厚底シューズ”は今、多くのランナーに支持されている。そもそもナイキが2017年に史上初めてこのタイプを発売。それ以降、同社が“独走”したが、他ブランドも猛然とその後を追った。群雄割拠の時代に入った2024年はアディダスの超軽量厚底を履く選手が増え、軒並みいいタイムを叩き出した。
では2025年はどうなるか。次なる覇者となるブランドはどこなのか。熱視線が注がれる中、国内ブランドのアシックスが“超強力モデル”を投下して話題を呼んでいる。
海外メディアも多く集まった5月上旬の新製品発表会。同社はトップアスリート向けランニングシューズ「METASPEED」シリーズの新モデルをお披露目した。
2019年11月、社長直轄で研究開発、選手サポート、生産、マーケティングなどの部門を横断する形で同社は若手の精鋭スタッフを集めて、「C-Project」を発足する。そして2022年に「METASPEED」シリーズを世に送り出した。ストライド型の〈SKY〉とピッチ型の〈EDGE〉。2つの走法別のシューズを発売したのだ。
それから年に一度のペースで両モデルをバージョンアップ。箱根駅伝のシューズシェア率を着実に取り戻している。
2021年の箱根では屈辱の「0%」だったが、「METASPEED」シリーズを発売後は1.4%→15.2%→24.8%と逆襲し、2025年大会では25.7%までシェアを拡大した。
そして今回、発表されたのが〈METASPEED SKY TOKYO〉と〈METASPEED EDGE TOKYO〉だ。前作からそれぞれ15g軽量化して170g(27cm)。エネルギーリターンも前作より向上したという。
軽量性と反発性に優れる「FF LEAP」と呼ばれる新クッションフォーム材の開発に成功したから実現できた。その材質は「企業秘密」だが、前モデルのフォーム材との比較で、約15%軽く、約13.7%反発性を高め、クッション性は約30%向上させた。
新モデルのミッドソールは2つのレイヤーにわかれており、〈SKY TOKYO〉は下側からより反発が得られるように下に「FF LEAP」、上に「FF TURBO PLUS」と呼ぶ層を配置。一方、〈EDGE TOKYO〉は上が変形しやすいように、上部に「FF LEAP」、下部に「FF TURBO PLUS」と構造が逆になっている。
カーボンプレートの形状も異なるなど、素材の特性を生かしたことで、〈SKY TOKYO〉は前作と比較して約18.8%、〈EDGE TOKYO〉は約21.4%のエネルギーリターン向上を実現しているという。価格はいずれも2万9700円(税込)になる。
アシックスの快進撃は止まらない。人気の高いこの両モデルの最新版を出しただけでなく、もうひとつ新たな視点で斬新なモデルを開発したのだ。
■「1gを削り出す努力」で生み出した衝撃の軽さと価格
それは「アスリートから軽量モデルのニーズを受けて開発した」という〈METASPEED RAY〉(以下、RAY)だ。
〈RAY〉という商品名は日本語の「零(ゼロ)」が元になっている。重さは、27.0cmで129gである。前出の〈SKY TOKYO〉と〈EDGE TOKYO〉は同サイズで170g。即席めんの「日清カップヌードル」(78g)ほどではないが、「ペヤングソースやきそば」(120g)とほぼ同等という驚きの軽さだ。
アシックス会長兼最高経営責任者(CEO)の廣田康人さんは、会見で「我々の新しいイノベーションにより、現時点でいちばん良いものをランナーが買いやすい価格で出せた」と胸を張った。
それだけの自信作だが、新モデル誕生の裏には、「1gを削り出す戦い」(アシックス スポーツ工学研究所担当者)があった。
軽量化が成功した最大の要因は前述した新フォームの超軽量素材である「FF LEAP」をミッドソール全体と中敷に採用したことだろう。またカーボンプレートもフルレングスではなく、前足部中心でよりミニマムな形状となっている。
「SKYとEDGEはミッドソールが2つの構造にわかれていますが、レイヤーが増えると接着する糊も増える。〈RAY〉はミッドソールを1層のみにして、カーボンプレートも最小限にしています。そして踵部分をどこまで削れるのか。削って、走って、削って、走って、を繰り返して、ギリギリまで削りました。それからグリップも半分程度の薄さにして、シューレースの先端につけるプラスチックパーツを取りのぞき、紐先を圧着しました。本当に1gの積み重ねで129gという超軽量を達成したんです」(同担当者)
〈RAY〉は「非常に短い期間に開発された商品」で、わずか「2回のサンプリング」で最終決定に至っている。
1回目の試作品は昨夏にできあがり、パリ五輪の現場に持ち込み、アスリートの声を聞いたという。このときは軽量化のためにソールのセンター部分を大胆にカットしており、重量は120gほどに仕上がっていた。
しかし、パリ五輪のマラソンで他社メーカーを履いていた選手がシューズの隙間に石が入り込み、途中棄権した。アシックスは軽量化より安全性を考慮。「アスリートが安心して走れるプロダクトを提供しよう」と、センター部分を埋める決断をして、他の部分での軽量化を模索したのだ。
「もっと軽くということで100gという目標もあったんです。でも、100gが必ずしも正解ではありません。アスリートが安心して着用できる最低限の重量を目指した結果が129gになったんです」(同担当者)
安定性を求める選手には〈SKY TOKYO〉と〈EDGE TOKYO〉。より軽量性を求める選手には〈RAY〉という選択肢ができた。いずれもフルマラソンを想定して作られたモデルだ。
「できるだけ多くのアスリートにプロダクトを提供したい」という熱い思いが実現することになる。
■恋に落ちるのはどのシューズ?
今年(25年)の箱根駅伝のシューズシェア率は7年ぶりに首位が交代した。以下が今年のデータだ。
①アディダス36.2%(76人)
②アシックス25.7%(54人)
③ナイキ23.3%(49人)
④プーマ11.9%(25人)
⑤オン1.4%(3人)
⑥ミズノ0.5%(1人)
⑥ニューバランス0.5%(1人)
⑥ブルックス0.5%(1人)
2021年大会で驚異の95.7%(210人中201人)に到達したナイキが首位から陥落。代わりにアディダスが初めてトップに立った。前年の18.3%から倍増となる36.2%と大躍進している。
花の2区で東京国際大のリチャード・エティーリ、創価大・吉田響、青山学院大・黒田朝日。4区で区間賞を獲得した青学大・太田蒼生らが8万2500円(税込)のスーパーシューズ〈ADIZERO ADIOS PRO EVO 1〉(以下EVO 1)で爆走した。
〈EVO 1〉はウォーミングアップなどを含めてフルマラソン1回分に最大のパフォーマンスを発揮できるように設計されたモデル。最大の特徴は、従来のレース用シューズより40%軽い片足138g(27.0cm)という軽さにあった。
昨年のパリ五輪ではマラソンでメダルを獲得した男女6人のうち、男子1位のタミラト・トラ(エチオピア)、同3位のベンソン・キプルト(ケニア)、女子2位のティギスト・アセファ(エチオピア)が〈EVO 1〉を着用していた(残り3人はアシックス、ナイキ、オン)。
そして今春、アディダスは〈EVO 1〉の後継モデルとなる〈ADIZERO ADIOS PRO EVO 2〉(以下EVO 2)を発表した。次世代フォームテクノロジーを前足部に3mm増量して、エネルギーリターンが5%向上したという。アウトソールのグリップパターンも新しくなるなど、前作よりパワーアップ。重量は、前作と同じ138g(27.0cm)で、価格も同額の8万2500円(税込)だ。
なお発売開始は5月30日の予定。アディダスサイトでは、adidasアプリでのみ購入できる限定商品で、ひとり1点のみ(返品不可)。前モデルの実績を考えると、〈EVO 2〉の即完売は必至だ。
ただ、前述したようにアシックスが129gの〈RAY〉を3万3000円(税込)での投入を控えており、何を買うべきか悩むランナーも多いにちがいない。
あるサブ3レベルの市民ランナーは興奮気味に話した。
「〈RAY〉は〈EVO 2〉より軽くて、半額以下。バカ売れするんじゃないですか」
筆者も〈RAY〉も履いたが、控え目に言って「すごい」のひとこと。軽さに驚くが、とにかく弾む、弾む。ただ、安定感を欠く印象もあり、人によっては走りの制御が難しいかもしれない。
2024年12月期の決算で、営業利益・営業利益率・純利益のいずれも過去最高を更新したアシックス。〈RAY〉を履いて爆走するランナーが出てくれば、同社が主要な大会の国内シェアの“トップ”を奪うだろう。
今年は9月に東京世界陸上が開催され、26年正月にはまた箱根駅伝がやってくる。アシックスの〈RAY〉がどのような“評価”を受けるのか注目したい。
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酒井 政人(さかい・まさと)
スポーツライター
1977年、愛知県生まれ。箱根駅伝に出場した経験を生かして、陸上競技・ランニングを中心に取材。現在は、『月刊陸上競技』をはじめ様々なメディアに執筆中。著書に『新・箱根駅伝 5区短縮で変わる勢力図』『東京五輪マラソンで日本がメダルを取るために必要なこと』など。最新刊に『箱根駅伝ノート』(ベストセラーズ)
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(スポーツライター 酒井 政人)