部下との齟齬をなくすために、意識すべきことは何か。東京大学で上廣共生哲学講座特任研究員を務める堀越耀介さんは「チームメンバーそれぞれが言葉の意味とイメージを共有できる“共通言語”をつくることがおすすめです。
※本稿は、堀越耀介『世代と立場を超える 職場の共通言語のつくり方』(クロスメディア・パブリッシング)の一部を再編集したものです。
■「共通言語」のつくり方
どうすれば共通言語をつくることができるのでしょうか。ワークショップの設計方法や日常業務への取り入れ方といったことは本書の第4章以降で説明しますので、まず核になる部分を説明します。
「共通言語のつくり方」には、大きく分けて4つの型があります。
(1)似ているイメージを見つける
(2)意味が似ている言葉との違いを明確にする
(3)1つの言葉に含まれている意味の違いを識別する
(4)まだ名前のない現象や感覚に名前をつける
詳しくは追って説明していきますが、その前に、共通言語をつくると言っても、「新しい言葉」をつくる必要はないということを確認しておきましょう。新しい言葉をつくるのは、このなかで言えば4つ目の型だけです。コミュニケーションの基盤をつくるために大切なのは、言葉の意味とそのイメージを共有することですから、ことさらに聞きなれない単語を無理やりつくる必要はありません。
共通言語として扱っていく単語自体は「挑戦」「遊び心」「価値」「主体性」「自分事」といった、すでに使われているもので構いません。大切なことは、これまであいまいに使われていた言葉に、明瞭な意味を持たせ、自分の組織の特性や状況をしっかりと反映した言葉に再構築していくことです。
■たとえば、あなたにとって「会社」はどんなイメージ?
(1)似ているイメージを見つける
これは、特定の言葉のイメージ(モデル)を他の人と共有するために、別の具体的なものに置き換えて、説明することです。「アナロジー(類比)」とも呼ばれます。
例で考えてみましょう。たとえば、あなたにとって「会社」とは「家」のイメージでしょうか、それとも「船」のイメージでしょうか。あるいは「軍隊」のイメージでしょうか。
「家」であれば、共通の価値観や歴史を共有しているようなイメージで、どんな目標を達成するかよりも、まずその会社に所属していることが重要かもしれません。「船」であれば、航海のように共通の目的を目指して協力するというイメージでしょうか。「軍隊」であれば、統率の取れた階層型組織のようなイメージかもしれません。
このイメージの違いは、それぞれの経歴、立場、世代などにもとづくナラティヴ(※)に由来するものです。アナロジーを使って説明していると、同じ言葉を使っている人同士のあいだにある、大きなギャップの存在に気づくことがあります。
同じ職場に「会社」という言葉に対して、家のイメージを持っている人と、船のイメージを持っている人がいることに気づくことこそが、対話の重要な第一歩です。
(※)物語や語る行為、そうした語りを生み出す「語り手の解釈の枠組み」という意味
■共有できていると採用のミスマッチも防げる
アナロジーは、会社のコーポレートサイトのデザインなど、対外的にイメージを発信する場面で、極めて重要な役割を果たします。
たとえば、採用ページでのトンマナや、使用する写真などを通して、会社は「家」であるというメッセージを企業が打ち出していれば、採用候補者とのミスマッチを防げる可能性があります。
このようにアナロジーは自分のイメージを気軽にかたちにし、直感的に他者に共有できる点ですぐれています。しかしながら、言葉の解像度については懸念があります。アナロジーとして出した言葉のイメージが、他者のそれと一致しない可能性があるからです。
たとえば、誰かが「私にとって会社は家のようなものです」と言ったとしましょう。しかし、それが「庭つきの一軒家」なのか「マンション」なのかでは、大きく意味合いが異なります。それにもかかわらず、それぞれが自分のナラティヴにしたがって、「家と言えば一軒家」「家と言えばマンション」と判断することになるでしょう。しかも、それはたいてい無意識におこなわれますので、ここですれ違いが起こってしまう可能性があるのです。
■アナロジーは用法・用量を守って使う
この問題点を回避するには、イメージの解像度を上げて説明することが有効です。たとえば、会社が家であれば、その家がどんな建物で誰が住んでいるのかを説明するとよいのかもしれません。また「会社は船である」と説明するのであれば、その船は「大型客船」なのか「ボート」なのか、あるいは「探査船」なのか、イメージの焦点を絞っていけるとよいでしょう。そうれば、アナロジーのイメージのズレを減らしていくこともできるはずです。
とはいえ、それでも「イメージ」はあくまで「イメージ」にすぎません。それは、どこまでいっても「画像」や「絵」のようなものにすぎず、個人の頭のなかに投影されているにすぎないのです。つまり、いくら焦点を絞っていったとしても、そのイメージがしっかり共有されているかどうかは確かめようがありません。
一方、概念のレベルで考えれば、イメージよりも厳密にその内容を捉え、伝達することができます。概念とは、そのモノが何なのかを言葉で整理して捉えるものだからです。
このようにアナロジーは、簡単にイメージできたり、最初の段階でのアイデア出しに有効だったりする一方で、多用しすぎることには大きなリスクがあります。むしろ、そのイメージによってわかった気になり思考停止に陥ってしまうこと、対話を終わらせてしまうことに注意が必要です。ですから、アナロジーは「用法・用量」を守って使っていただければと思います。
具体的には、思考や対話の入口の段階で一度使ってみたら、そこで一旦は終わりにするようにしてみてください。その後は、「会社が家のイメージだとして、そこで言う家とはそもそも何だろうか」というかたちで、しっかりと言葉を紡ぎ、概念レベルでの思考の段階に移行するようにしてみましょう。
■「尊重する」と「甘やかす」の違いは?
(2)意味が似ている言葉同士の違いを明確にする
ここからは、概念のレベルで考えることで共通言語をつくっていくアプローチを紹介していきます。まず、相互に似ている複数の単語同士の微妙な差異を明らかにすることによって、対象となる言葉の意味を明確に捉える型をご紹介します。
たとえば、「尊重する」と「甘やかす」の違いは何でしょうか。あるいは、「主体性」と「自発性」の違い、「仕事」と「労働」の違い、「推し」と「好き」の違いは何でしょうか。
私たちは、似たような言葉を特に使い分けずに使うこともあれば、逆に、無意識に区別して使い分けることもあります。このあやふやさが、言葉のズレの大きな要因なのです。
「甘やかす」と「尊重する」の違いという例で考えてみましょう。これは、部下のマネジメントにかかわる方々を集めて対話をおこなうときに盛り上がるテーマのひとつです。尊重について真正面から向き合うと難しいですが、比較する観点をつくると考えやすくなります。しかし、「尊重すること」も「甘やかすこと」も、相手に快感を与える点で共通していて、あえて考えると違いを見つけることは簡単ではありません。
たとえば、対話では、次のような共通理解が生まれることがあります(次の区別は、あくまで、ある時点で、ある集団がたどり着いた例ですから、これが絶対的な理解でないことは言うまでもありません)。
・尊重すること=あくまで相手の自律性を育むことを目的として、相手の立場や意図を汲みつつ、自分の判断基準からも相手に対して助言を与えること
・甘やかすこと=相手の欲求を無条件に満たすことを目的として短期的な満足感を与えようとすることで、相手の判断基準のみから相手を判断すること
もう少しシンプルにまとめれば、尊重することは「自律や成長を促すことを目的とするもの」であるのに対して、甘やかすことは「相手に自分に対する好意を与えることを目的とするもの」だと整理できます。
■部下に対して、適切な指摘ができる
より具体的に考えてみましょう。
前者は、自分の判断基準からも助言をするので、厳しいことや相手の意に沿わないことを言う場合もあります。
一方で後者はと言えば、相手ではなく、あくまで自分の利益が目的になっています。ですから、相手の判断基準に照らし合わせてよいとされたことは、本当は自分がそう思っていなかったとしても、「いいね」と伝えることになります。同調することによって、自分に好意を持ってもらうことが、まずは重要になるわけです。
「部下を尊重することが大切」だと、ただぼんやり考えているときには、結局何をすればいいのかよくわからないこともあると思います。しかし、このようにして類似する概念と区別してみるとどうでしょう。マネージャーが自分自身に対して「ここで部下をサポートすることは甘やかすことなのか、尊重することなのか」と自問自答できるようになります。
■同じ単語でも各々のイメージが違う
(3)1つの言葉に含まれている意味の違いを識別する
意味の似ている単語の違いを明確にするのではなく、同じ単語に含まれている複数の意味を識別するというアプローチも可能です。前者は、2つの単語の違いにフォーカスしますが、後者では1つの単語に含まれている意味の違いにフォーカスします。
1つの単語のなかには、似てはいるが異なっている、いくつかの意味が含まれていることがあります。「英単語の意味を調べたくて辞書を引いてみたら、10個くらい意味が羅列されていて困惑した」というような経験はありませんか。
たとえば“account”や“charge”といった語は、日常会話で多用されるものの、非常に多くの意味を持つ「多義語」として知られています。
これは日本語でも同じです。たとえば「おもしろい」という言葉のなかには、「興味深い(interesting)」という意味と「笑える(funny)」という意味が含まれています。まずは言葉の多義性に気づき、それぞれがどんなイメージで使われるのかを理解して、識別することが重要です。
辞書上では多義語でないかもしれませんが、意味があいまいに使われる単語もあります。その典型例が「新しい」です。企業では、会社の長期的な成長を見据えた経営層から「新しいことをしよう!」という号令が出されることがあります。そのとき、指示を出された人たちは「ゼロからイチを生み出さないといけない」と判断し、いろいろ考えてみるも、結局何もできないということが少なくありません。
■あいまいな言葉こそ、意味を区別してみる
ここでもやはり、哲学的に考えてみることが有効です。そもそも「新しい」とはどういう状態を指すのでしょうか。たとえば、私たちはゼロからイチをつくり上げること、これまでに世界に存在しなかったものを「新しいもの」と考えがちかもしれません。しかし、ある文化では何百年も続いてきた伝統でも、他の文化の人から見れば新しいことがあります。
たとえば、19世紀のヨーロッパでは日本の浮世絵が新しいものでしたし、逆に日本では洋服が新しいものでした。どの範囲で新しさを捉えるかが重要なのかもしれないわけです。このように範囲の問題として新しさを捉えれば、「ゼロからイチを生み出すこと」はもはや問題ではなく、他の文化のなかで自分の文化にとって異質な要素が何であるかを分析すればよいということになります。
このように考えてみると、非常にあいまいに使われていた「新しい」という単語を「世界的に新しい」「国内では新しい」「業界内では新しい」に区別することができます。新たなニーズに根差したサービスを開発することが目的であれば、「まったく新しいこと」を実現する必要はありません。
むしろ、まったく新しいことを実現しようとすれば、途方に暮れてしまうでしょう。しかし「業界内では新しいこと」を目指すのなら、雲をつかむようなイマジネーションではなく、着実なリサーチをおこなうなかで、突破口が見えてくこともあるはずです。
■新しい言葉をつくるための型3つ
(4)まだ名前のない現象や感覚に名前をつける
これまで紹介してきた方法は、既存の言葉をもとに、それに対するイメージをかたちにしたり、他の言葉と比較したり、その言葉の意味を分析したりするものでした。逆に言うと、いずれの場合でも言葉が先行しているのです。
それに対して、まだ明確には言語化されていない段階の、もやもやとした考えや気持ちに名前を与えることもできます。無理に新しい言葉をつくる必要はありませんが、それによって独自の社風の醸成につながることもあります。
新しい言葉のつくり方には、主に次の型があります。
(A)イメージをシンプルにまとめる
(B)既存の言葉を組み合わせる
(C)既存の言葉を組み替える
1つ目の「イメージをシンプルにまとめる」の例としては「蛙化現象」が挙げられます。これは「恋愛感情や好意を抱いている相手のささいな言動が気になり、気持ちが急速に冷めてしまう」という意味です。
グリム童話の『かえるの王さま』になぞらえて、気持ちが冷めることが相手が蛙になるというイメージで表現されています。これは、共通言語をつくる型のひとつである「アナロジー」におおむね対応するものだとも言えるでしょう。
職場での例を挙げてみましょう。たとえば、プロジェクトやタスクを進めるなかで、進捗が遅延していたり、リスクが内在していたりして、近い将来にトラブルや炎上に発展する可能性が高い状態が「炎上予備軍」と名づけられることがあります。
「このタスク、完全に炎上予備軍だから、早めにアラート上げよう」といったコミュニケーションができるようになれば、トラブルを事前に回避する風土をつくる一手になりえます。
■既存の言葉を組み合わせてみる
次に、2つ目の「既存の言葉を組み合わせる」の例としては「言語化」が挙げられます。「言語」という名詞に「~にする」を意味する「化」をつけることで、「頭のなかにあるものを言葉で表現する」という新語をつくっているのです。
「ブラック企業」のように形容詞と名詞をくっつけた言葉も、この合成の例と言えます。先ほど挙げた「新しい」についての共通言語も「業界内で新しさ」という言葉として定型化すれば、「世界的な新しさ」と区別して活用することもできるでしょう。
職場での例を挙げましょう。会議やメールなどで、意図や背景があいまいな情報に対して、あえて深掘りせずに表面的な理解で終わらせてしまうことを「察してスルー」と名づける。これをしてしまうと、すれ違いや手戻りの原因となってしまうかもしれません。
そこで、たとえば「察してスルーせずに、ちゃんと確認してくださいね」といった声かけがされるようになるとすれば、何となくわかったつもりになるのではなく、要所で確認することで無用なやり取りを減らしていくことができるでしょう。
■「タイパ」も価値観を言語化した例の一つ
最後に3つ目の「既存の言葉を組み替える」の例としては、「タイムパフォーマンス」が挙げられます。これは「時間に対する効果」のことですが、もともと「費用に対する効果」を意味する「コストパフォーマンス」という言葉があり、それを組み替えたものです。
「タイパ」という省略語も知られていますが、人々が重視している価値観をうまく言い当てるものとして非常に便利な言葉だったため、爆発的に広がったのかもしれません。
職場での例を挙げましょう。法人向けサービスの部署で、会社や部署のようなコミュニティが顧客の場合、「カスタマーサクセス」という言葉をもとに、「コミュニティサクセス」という言葉が使われることがあります。
こうすることで、コミュニティ全体の成功を支援する活動を表現できます。そうすると、顧客体験を考えるに当たって、「ひとりのユーザー」ではなく、「ひとつの組織」がどのように変わっていくかという視点で考えることができるようになります。
名前を与えることの利点は、それまで明確には捉えられていなかったものの、職場の人たちが何となく感じていた特定の現象や感覚を明確に共通のものとして表現できることです。それによって、より緻密なコミュニケーションが可能となったり、特定の事柄に注意を向けたり、あるいはコミュニケーションをショートカットすることで探究を次のレベルに進めることができるかもしれません。
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堀越 耀介(ほりこし・ようすけ)
東京大学UTCP上廣共生哲学講座特任研究員
1991年生まれ、東京都出身。東京大学大学院教育学研究科博士課程修了。博士(教育学)。学術的な知見と、5000人以上に対する対話のファシリテーションの経験を融合させ、企業が課題解決や価値創造に取り組む活動を支援している。NECソリューションイノベータ株式会社、三井不動産株式会社、株式会社SBI新生銀行、株式会社LegalOn Technologiesをはじめとする40社以上の企業に対して、「哲学」と「対話」によって組織の潜在能力を最大限に引き出すコンサルティングを実施。株式会社ShiruBeでコンサルタント/上席研究員を務め、株式会社電通と研修プログラムの共同開発をおこなうなど、活動の場を広げている。著書に『哲学はこう使う――問題解決に効く哲学思考「超」入門』(実業之日本社)。『Forbes JAPAN』をはじめ、各メディアでも幅広く活躍する。
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(東京大学UTCP上廣共生哲学講座特任研究員 堀越 耀介)
本稿では共通言語を考える際の“型”を紹介します」という――。
※本稿は、堀越耀介『世代と立場を超える 職場の共通言語のつくり方』(クロスメディア・パブリッシング)の一部を再編集したものです。
■「共通言語」のつくり方
どうすれば共通言語をつくることができるのでしょうか。ワークショップの設計方法や日常業務への取り入れ方といったことは本書の第4章以降で説明しますので、まず核になる部分を説明します。
「共通言語のつくり方」には、大きく分けて4つの型があります。
(1)似ているイメージを見つける
(2)意味が似ている言葉との違いを明確にする
(3)1つの言葉に含まれている意味の違いを識別する
(4)まだ名前のない現象や感覚に名前をつける
詳しくは追って説明していきますが、その前に、共通言語をつくると言っても、「新しい言葉」をつくる必要はないということを確認しておきましょう。新しい言葉をつくるのは、このなかで言えば4つ目の型だけです。コミュニケーションの基盤をつくるために大切なのは、言葉の意味とそのイメージを共有することですから、ことさらに聞きなれない単語を無理やりつくる必要はありません。
共通言語として扱っていく単語自体は「挑戦」「遊び心」「価値」「主体性」「自分事」といった、すでに使われているもので構いません。大切なことは、これまであいまいに使われていた言葉に、明瞭な意味を持たせ、自分の組織の特性や状況をしっかりと反映した言葉に再構築していくことです。
■たとえば、あなたにとって「会社」はどんなイメージ?
(1)似ているイメージを見つける
これは、特定の言葉のイメージ(モデル)を他の人と共有するために、別の具体的なものに置き換えて、説明することです。「アナロジー(類比)」とも呼ばれます。
この型の利点は、直感的なイメージで掴みやすく、アイデア出しの時点では便利なことです。
例で考えてみましょう。たとえば、あなたにとって「会社」とは「家」のイメージでしょうか、それとも「船」のイメージでしょうか。あるいは「軍隊」のイメージでしょうか。
「家」であれば、共通の価値観や歴史を共有しているようなイメージで、どんな目標を達成するかよりも、まずその会社に所属していることが重要かもしれません。「船」であれば、航海のように共通の目的を目指して協力するというイメージでしょうか。「軍隊」であれば、統率の取れた階層型組織のようなイメージかもしれません。
このイメージの違いは、それぞれの経歴、立場、世代などにもとづくナラティヴ(※)に由来するものです。アナロジーを使って説明していると、同じ言葉を使っている人同士のあいだにある、大きなギャップの存在に気づくことがあります。
同じ職場に「会社」という言葉に対して、家のイメージを持っている人と、船のイメージを持っている人がいることに気づくことこそが、対話の重要な第一歩です。
(※)物語や語る行為、そうした語りを生み出す「語り手の解釈の枠組み」という意味
■共有できていると採用のミスマッチも防げる
アナロジーは、会社のコーポレートサイトのデザインなど、対外的にイメージを発信する場面で、極めて重要な役割を果たします。
たとえば、採用ページでのトンマナや、使用する写真などを通して、会社は「家」であるというメッセージを企業が打ち出していれば、採用候補者とのミスマッチを防げる可能性があります。
なぜなら、そのページを介して、その企業のカルチャーのイメージが直感的に伝わるからです。
このようにアナロジーは自分のイメージを気軽にかたちにし、直感的に他者に共有できる点ですぐれています。しかしながら、言葉の解像度については懸念があります。アナロジーとして出した言葉のイメージが、他者のそれと一致しない可能性があるからです。
たとえば、誰かが「私にとって会社は家のようなものです」と言ったとしましょう。しかし、それが「庭つきの一軒家」なのか「マンション」なのかでは、大きく意味合いが異なります。それにもかかわらず、それぞれが自分のナラティヴにしたがって、「家と言えば一軒家」「家と言えばマンション」と判断することになるでしょう。しかも、それはたいてい無意識におこなわれますので、ここですれ違いが起こってしまう可能性があるのです。
■アナロジーは用法・用量を守って使う
この問題点を回避するには、イメージの解像度を上げて説明することが有効です。たとえば、会社が家であれば、その家がどんな建物で誰が住んでいるのかを説明するとよいのかもしれません。また「会社は船である」と説明するのであれば、その船は「大型客船」なのか「ボート」なのか、あるいは「探査船」なのか、イメージの焦点を絞っていけるとよいでしょう。そうれば、アナロジーのイメージのズレを減らしていくこともできるはずです。
とはいえ、それでも「イメージ」はあくまで「イメージ」にすぎません。それは、どこまでいっても「画像」や「絵」のようなものにすぎず、個人の頭のなかに投影されているにすぎないのです。つまり、いくら焦点を絞っていったとしても、そのイメージがしっかり共有されているかどうかは確かめようがありません。
一方、概念のレベルで考えれば、イメージよりも厳密にその内容を捉え、伝達することができます。概念とは、そのモノが何なのかを言葉で整理して捉えるものだからです。
このようにアナロジーは、簡単にイメージできたり、最初の段階でのアイデア出しに有効だったりする一方で、多用しすぎることには大きなリスクがあります。むしろ、そのイメージによってわかった気になり思考停止に陥ってしまうこと、対話を終わらせてしまうことに注意が必要です。ですから、アナロジーは「用法・用量」を守って使っていただければと思います。
具体的には、思考や対話の入口の段階で一度使ってみたら、そこで一旦は終わりにするようにしてみてください。その後は、「会社が家のイメージだとして、そこで言う家とはそもそも何だろうか」というかたちで、しっかりと言葉を紡ぎ、概念レベルでの思考の段階に移行するようにしてみましょう。
■「尊重する」と「甘やかす」の違いは?
(2)意味が似ている言葉同士の違いを明確にする
ここからは、概念のレベルで考えることで共通言語をつくっていくアプローチを紹介していきます。まず、相互に似ている複数の単語同士の微妙な差異を明らかにすることによって、対象となる言葉の意味を明確に捉える型をご紹介します。
たとえば、「尊重する」と「甘やかす」の違いは何でしょうか。あるいは、「主体性」と「自発性」の違い、「仕事」と「労働」の違い、「推し」と「好き」の違いは何でしょうか。
私たちは、似たような言葉を特に使い分けずに使うこともあれば、逆に、無意識に区別して使い分けることもあります。このあやふやさが、言葉のズレの大きな要因なのです。
「甘やかす」と「尊重する」の違いという例で考えてみましょう。これは、部下のマネジメントにかかわる方々を集めて対話をおこなうときに盛り上がるテーマのひとつです。尊重について真正面から向き合うと難しいですが、比較する観点をつくると考えやすくなります。しかし、「尊重すること」も「甘やかすこと」も、相手に快感を与える点で共通していて、あえて考えると違いを見つけることは簡単ではありません。
たとえば、対話では、次のような共通理解が生まれることがあります(次の区別は、あくまで、ある時点で、ある集団がたどり着いた例ですから、これが絶対的な理解でないことは言うまでもありません)。
・尊重すること=あくまで相手の自律性を育むことを目的として、相手の立場や意図を汲みつつ、自分の判断基準からも相手に対して助言を与えること
・甘やかすこと=相手の欲求を無条件に満たすことを目的として短期的な満足感を与えようとすることで、相手の判断基準のみから相手を判断すること
もう少しシンプルにまとめれば、尊重することは「自律や成長を促すことを目的とするもの」であるのに対して、甘やかすことは「相手に自分に対する好意を与えることを目的とするもの」だと整理できます。
■部下に対して、適切な指摘ができる
より具体的に考えてみましょう。
前者は、自分の判断基準からも助言をするので、厳しいことや相手の意に沿わないことを言う場合もあります。
しかしそれは、あくまで相手の自律を目的にしたものです。また、自分の判断基準ではよいと判断できないけれど、それでも相手の意図を優先するということを含むかもしれません。
一方で後者はと言えば、相手ではなく、あくまで自分の利益が目的になっています。ですから、相手の判断基準に照らし合わせてよいとされたことは、本当は自分がそう思っていなかったとしても、「いいね」と伝えることになります。同調することによって、自分に好意を持ってもらうことが、まずは重要になるわけです。
「部下を尊重することが大切」だと、ただぼんやり考えているときには、結局何をすればいいのかよくわからないこともあると思います。しかし、このようにして類似する概念と区別してみるとどうでしょう。マネージャーが自分自身に対して「ここで部下をサポートすることは甘やかすことなのか、尊重することなのか」と自問自答できるようになります。
■同じ単語でも各々のイメージが違う
(3)1つの言葉に含まれている意味の違いを識別する
意味の似ている単語の違いを明確にするのではなく、同じ単語に含まれている複数の意味を識別するというアプローチも可能です。前者は、2つの単語の違いにフォーカスしますが、後者では1つの単語に含まれている意味の違いにフォーカスします。
1つの単語のなかには、似てはいるが異なっている、いくつかの意味が含まれていることがあります。「英単語の意味を調べたくて辞書を引いてみたら、10個くらい意味が羅列されていて困惑した」というような経験はありませんか。
たとえば“account”や“charge”といった語は、日常会話で多用されるものの、非常に多くの意味を持つ「多義語」として知られています。
これは日本語でも同じです。たとえば「おもしろい」という言葉のなかには、「興味深い(interesting)」という意味と「笑える(funny)」という意味が含まれています。まずは言葉の多義性に気づき、それぞれがどんなイメージで使われるのかを理解して、識別することが重要です。
辞書上では多義語でないかもしれませんが、意味があいまいに使われる単語もあります。その典型例が「新しい」です。企業では、会社の長期的な成長を見据えた経営層から「新しいことをしよう!」という号令が出されることがあります。そのとき、指示を出された人たちは「ゼロからイチを生み出さないといけない」と判断し、いろいろ考えてみるも、結局何もできないということが少なくありません。
■あいまいな言葉こそ、意味を区別してみる
ここでもやはり、哲学的に考えてみることが有効です。そもそも「新しい」とはどういう状態を指すのでしょうか。たとえば、私たちはゼロからイチをつくり上げること、これまでに世界に存在しなかったものを「新しいもの」と考えがちかもしれません。しかし、ある文化では何百年も続いてきた伝統でも、他の文化の人から見れば新しいことがあります。
たとえば、19世紀のヨーロッパでは日本の浮世絵が新しいものでしたし、逆に日本では洋服が新しいものでした。どの範囲で新しさを捉えるかが重要なのかもしれないわけです。このように範囲の問題として新しさを捉えれば、「ゼロからイチを生み出すこと」はもはや問題ではなく、他の文化のなかで自分の文化にとって異質な要素が何であるかを分析すればよいということになります。
このように考えてみると、非常にあいまいに使われていた「新しい」という単語を「世界的に新しい」「国内では新しい」「業界内では新しい」に区別することができます。新たなニーズに根差したサービスを開発することが目的であれば、「まったく新しいこと」を実現する必要はありません。
むしろ、まったく新しいことを実現しようとすれば、途方に暮れてしまうでしょう。しかし「業界内では新しいこと」を目指すのなら、雲をつかむようなイマジネーションではなく、着実なリサーチをおこなうなかで、突破口が見えてくこともあるはずです。
■新しい言葉をつくるための型3つ
(4)まだ名前のない現象や感覚に名前をつける
これまで紹介してきた方法は、既存の言葉をもとに、それに対するイメージをかたちにしたり、他の言葉と比較したり、その言葉の意味を分析したりするものでした。逆に言うと、いずれの場合でも言葉が先行しているのです。
それに対して、まだ明確には言語化されていない段階の、もやもやとした考えや気持ちに名前を与えることもできます。無理に新しい言葉をつくる必要はありませんが、それによって独自の社風の醸成につながることもあります。
新しい言葉のつくり方には、主に次の型があります。
(A)イメージをシンプルにまとめる
(B)既存の言葉を組み合わせる
(C)既存の言葉を組み替える
1つ目の「イメージをシンプルにまとめる」の例としては「蛙化現象」が挙げられます。これは「恋愛感情や好意を抱いている相手のささいな言動が気になり、気持ちが急速に冷めてしまう」という意味です。
グリム童話の『かえるの王さま』になぞらえて、気持ちが冷めることが相手が蛙になるというイメージで表現されています。これは、共通言語をつくる型のひとつである「アナロジー」におおむね対応するものだとも言えるでしょう。
職場での例を挙げてみましょう。たとえば、プロジェクトやタスクを進めるなかで、進捗が遅延していたり、リスクが内在していたりして、近い将来にトラブルや炎上に発展する可能性が高い状態が「炎上予備軍」と名づけられることがあります。
「このタスク、完全に炎上予備軍だから、早めにアラート上げよう」といったコミュニケーションができるようになれば、トラブルを事前に回避する風土をつくる一手になりえます。
■既存の言葉を組み合わせてみる
次に、2つ目の「既存の言葉を組み合わせる」の例としては「言語化」が挙げられます。「言語」という名詞に「~にする」を意味する「化」をつけることで、「頭のなかにあるものを言葉で表現する」という新語をつくっているのです。
「ブラック企業」のように形容詞と名詞をくっつけた言葉も、この合成の例と言えます。先ほど挙げた「新しい」についての共通言語も「業界内で新しさ」という言葉として定型化すれば、「世界的な新しさ」と区別して活用することもできるでしょう。
職場での例を挙げましょう。会議やメールなどで、意図や背景があいまいな情報に対して、あえて深掘りせずに表面的な理解で終わらせてしまうことを「察してスルー」と名づける。これをしてしまうと、すれ違いや手戻りの原因となってしまうかもしれません。
そこで、たとえば「察してスルーせずに、ちゃんと確認してくださいね」といった声かけがされるようになるとすれば、何となくわかったつもりになるのではなく、要所で確認することで無用なやり取りを減らしていくことができるでしょう。
■「タイパ」も価値観を言語化した例の一つ
最後に3つ目の「既存の言葉を組み替える」の例としては、「タイムパフォーマンス」が挙げられます。これは「時間に対する効果」のことですが、もともと「費用に対する効果」を意味する「コストパフォーマンス」という言葉があり、それを組み替えたものです。
「タイパ」という省略語も知られていますが、人々が重視している価値観をうまく言い当てるものとして非常に便利な言葉だったため、爆発的に広がったのかもしれません。
職場での例を挙げましょう。法人向けサービスの部署で、会社や部署のようなコミュニティが顧客の場合、「カスタマーサクセス」という言葉をもとに、「コミュニティサクセス」という言葉が使われることがあります。
こうすることで、コミュニティ全体の成功を支援する活動を表現できます。そうすると、顧客体験を考えるに当たって、「ひとりのユーザー」ではなく、「ひとつの組織」がどのように変わっていくかという視点で考えることができるようになります。
名前を与えることの利点は、それまで明確には捉えられていなかったものの、職場の人たちが何となく感じていた特定の現象や感覚を明確に共通のものとして表現できることです。それによって、より緻密なコミュニケーションが可能となったり、特定の事柄に注意を向けたり、あるいはコミュニケーションをショートカットすることで探究を次のレベルに進めることができるかもしれません。
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堀越 耀介(ほりこし・ようすけ)
東京大学UTCP上廣共生哲学講座特任研究員
1991年生まれ、東京都出身。東京大学大学院教育学研究科博士課程修了。博士(教育学)。学術的な知見と、5000人以上に対する対話のファシリテーションの経験を融合させ、企業が課題解決や価値創造に取り組む活動を支援している。NECソリューションイノベータ株式会社、三井不動産株式会社、株式会社SBI新生銀行、株式会社LegalOn Technologiesをはじめとする40社以上の企業に対して、「哲学」と「対話」によって組織の潜在能力を最大限に引き出すコンサルティングを実施。株式会社ShiruBeでコンサルタント/上席研究員を務め、株式会社電通と研修プログラムの共同開発をおこなうなど、活動の場を広げている。著書に『哲学はこう使う――問題解決に効く哲学思考「超」入門』(実業之日本社)。『Forbes JAPAN』をはじめ、各メディアでも幅広く活躍する。
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(東京大学UTCP上廣共生哲学講座特任研究員 堀越 耀介)
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