梅雨から夏になると、細菌性食中毒に気をつけようという話がよく出る。管理栄養士の成田崇信さんは「細菌性食中毒も心配だが、アニサキス食中毒も急増しているので注意が必要。
調理のポイントを押さえておいてほしい」という――。
■食中毒ハイシーズンの始まり
これからの梅雨から夏の時期は、気温と湿度が上がるため細菌が繁殖しやすく、食中毒が起こりやすい時期です。生鮮食品はなるべく早く冷蔵庫へ入れ、調理後の料理も粗熱をとって冷蔵庫へ。お弁当は保冷剤などを用いて冷やしましょう。
そして、これからの時期は魚介類に寄生しているアニサキスによる「アニサキス食中毒」も増えるので、注意が必要です。アニサキスが特に多く寄生しているのは、サバやイカ、カツオなどですが、初夏になると近海での漁獲量が増え、寿司や刺し身など生で食べる機会が増えるためです。
じつは近年、この「アニサキス食中毒」が急激に増加しています。今まで比較的安全だといわれていた日本海側の魚でも、食中毒のリスクが高くなっているのです。そこで、今回はアニサキス食中毒が増えた理由、そして予防方法などをわかりやすく解説します。
■「アニサキス食中毒」とは何か
そもそもアニサキスというのは、体長2~3cm、太さが0.5~1mm程度の寄生虫の幼虫です。糸のような形状をしていて、色は半透明の白。前述したサバやイカ、カツオ以外にも、アジやニシン、タラ、イワシ、サケ、マスなどのさまざまな種類に寄生しています。
このアニサキスは、宿主である魚介類が生きているときや鮮度のいいときは内臓の表面に寄生していますが、鮮度が落ちると身(筋肉)に移行することも。
そのためアニサキスに寄生された魚を生または加熱不十分な状態で食べると、胃や腸の壁に刺入され、「アニサキス食中毒(アニサキス症)」を発症することがあるのです。生魚を食べてから数時間~十数時間後に胃や腸に激しい痛みを感じたり、吐き気がしたりする場合は医療機関を受診しましょう。
アニサキス食中毒というと、のたうちまわるような激しい痛みが起こるというイメージですが、これは全員に生じるものではなく、無症状から軽症で済むケースもあります。ただし、その場合でもアニサキスを摂取したことでアレルギー反応が起こるリスクもあるので注意が必要です。
■アニサキスには様々な種類がある
この食中毒の原因になるアニサキスにはいくつか種類がありますが、アニサキス属の「アニサキスシンプレックス」が大部分を占め、残りの多くは「アニサキスペグレフィ」によるものとされています。
アニサキスシンプレックスは、太平洋側の魚介類に多く、内臓から身に移動する個体は10%くらいです。一方のアニサキスペグレフィは日本海側の魚介類に多く、内臓から身に移動する個体は0.1%くらいだとか。
九州など西日本の日本海側では、サバを刺身など生で食べる文化がありますが、これは日本海で漁獲されるサバのアニサキスは内臓から身に移行しづらいと考えられているためです。一方、太平洋側で穫れるサバは、アニサキスが内臓から身に移行しやすいため、刺身で食べる習慣が広まらなかったのでしょう。
なお現在では、卵から養殖したサバが「刺身で食べられるサバ」として売られています。アニサキスに汚染されるリスクが低いため、ほとんど安全だといえるでしょう。

■日本海側のサバも安全ではない
アニサキスが「食中毒統計」に病因物質として記載されるようになったのは、2013年のこと。それから2016年までは毎年100件を少し超える程度の報告数で推移していましたが、2018年に468件を記録し、それ以降は毎年300~500件ものアニサキス食中毒が報告されています。急激に増えていますね。
この原因は明らかではありませんが、①アニサキス食中毒が知られるようになったから、②鮮度のよい魚介類を冷凍せず生で提供するようになったから、③今まで安全だと考えられてきた日本海側で漁獲されたサバにアニサキスシンプレックスが増加したから、などの要素が関係していると考えられます。
2019~2021年に行われた調査によると、日本海で漁獲されたサバのアニサキスシンプレックス陽性率は70%程度。太平洋側で漁獲されたサバのアニサキスシンプレックス陽性率が90%以上であったのに比べれば低いものの、かなりの割合のサバが内臓から身に移行しやすいアニサキスシンプレックスに寄生されていることが明らかになりました。
原因としては近年の海水温上昇、それに伴うサバの回遊パターンの変化によりアニサキスの寄生状況にも変化が生じた可能性があると考えられています。日本海産のサバだから刺身で食べられるという認識はあらためたほうがよいでしょう。なお、アニサキスは酸では死にません。加工品のしめ鯖は、しっかり冷凍してアニサキスを殺してから酢じめしています。
■アニサキス食中毒を防ぐ方法とは
アニサキス食中毒を確実に予防するには、生のままで食べるのではなく、火をしっかり通すのが一番です。生で食べたい場合には、いったん冷凍するのもいいでしょう。
ただし、アニサキスを死滅させるためには、-20℃で24時間以上も冷凍する必要があります。家庭用冷蔵庫の冷凍室は、そこまで低温でない場合もあるので要注意。
そうはいっても、鮮度のよいカツオやイカなどの刺身を食べたいという人も多いでしょう。できるだけアニサキス食中毒のリスクを下げるには、新鮮なうちに速やかに内臓を除去し腹膜を取り去ること、できれば背側の身だけを刺身にすることが大切です。店で購入した魚は鮮度がわかりませんから、刺身用として売られているもの以外は生で食べないほうがいいでしょう。
刺身用であっても、稀にアニサキスが潜んでいることがありますから、おろした魚は目視で確認します。ただの目視では見落としも多いので、波長365~370nmのUVライトを用意すると安心です。UVライトを当てるとアニサキスがいれば蛍光を示し、くっきりと浮き上がって見えるので、先の細いピンセットなどでつまみとることができます。ただし、アニサキスを目視で除去するのは経験やコツのいる作業です。できれば、鮮魚店でおつくりや刺身用のサクを購入するのがおすすめです。
<実際に確認してみた>
日本海で漁獲されたサバが店頭に並んでいたので、購入してみました。アニサキスが本当にいるのかUVライトで確認してみます。

富山で水揚げされた日本海のマサバです(写真1)。蛍光灯の明かりで目視してもアニサキスがいるかどうかはわかりません。
UVライトを当てるとサバの身に明らかな蛍光が見られたので(写真2)、ピンセットで引っ張り出すと、細長いアニサキスでした。日本海のサバでも、このように筋中にアニサキスが潜り込んでいることがあります。このサバには、腹側に合計3匹のアニサキスがいました。
■治らないアニサキスアレルギー
そして、アニサキスがアレルギーの原因にもなることをご存じでしょうか。昔からサバやアジなど青魚を食べると蕁麻疹が出るなどのアレルギー反応を起こす人がいますが、じつはその多くは青魚そのものではなく、魚に寄生しているアニサキスが原因であることが明らかになってきています。
激しい腹痛や嘔吐などの症状がイメージされるアニサキス症ですが、アニサキスが体内に入っても自覚症状がほとんどないまま経過するケースも多いようです。たとえ症状が強くなくても、アニサキスが体内に侵入したときに、アニサキスに対する抗体が作られ、次にアニサキスが含まれる食品を食べた時に過剰な免疫反応が起こり、アナフィラキシーショックをはじめとするアニサキスアレルギーが発症する原因になるのです。
アニサキスアレルギーは生きたアニサキスだけでなく、加熱して死滅したアニサキスを食べても発症する可能性があり、アニサキスが寄生している魚介類全般がアレルゲンになりうるため、生涯にわたり好きな魚が食べられなくなる危険性があります。アニサキス症はその時の痛みだけでなく、生涯にわたって影響を及ぼしかねません。こうしてみると、ますますアニサキス食中毒の予防の重要性がわかりますね。

■「今まで大丈夫だったから」は通用しない
アニサキス食中毒は、ただそのときに腹痛や嘔吐で苦しむだけでなく、その後のアニサキスアレルギーの原因にもなります。アニサキス食中毒が年々増加傾向であることから、魚を生で食べる際は、今まで以上に予防対策をしっかり行うことが大切になります。
一番は、アニサキスが寄生している可能性のある魚介類を生で食べないことです。アニサキスが死滅する温度で十分に冷凍処理した魚であれば安全に食べることができます。採卵から出荷まで完全養殖のサーモンやサバはアニサキスの心配なく食べられるので、鮮魚独特の食感を味わいたい人も満足できるでしょう。
また、多少のリスクは残りますが、プロが捌いた刺身用の魚であれば、かなりの精度でアニサキスが除去されていますので、比較的安全に刺身を食べることができます。
「今まで大丈夫だったから」「自分はなったことがないから」が通用しないのが食中毒。少しの油断で一生後悔するようなことにならないためにも、アニサキス予防の注意点をしっかり守ってほしいと思います。

<参考文献>

⾷品健康影響評価のためのリスクプロファイル ~アニサキス~」食品安全委員会 2025年1月

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成田 崇信(なりた・たかのぶ)

管理栄養士、健康科学修士

管理栄養士、健康科学修士。病院、短期大学などを経て、現在は社会福祉法人に勤務。主にインターネット上で「食と健康」に関する啓蒙活動を行っている。猫派。

著書に『新装版管理栄養士パパの親子の食育BOOK』(内外出版社)、共著書に、『薬局栄養指導Q&A』(金芳堂)、『謎解き超科学』(彩図社)、監修書に『子どもと野菜をなかよしにする図鑑 すごいぞ! やさいーズ』(オレンジページ)がある。

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(管理栄養士、健康科学修士 成田 崇信)
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