■毎月の家計トラブルの積み重ねで、夫婦間に溝が
河合アサコさん(仮名・60歳・会社員事務)は今年の年末に熟年離婚をすることが決まっており、離婚後の家計のやりくりと、自分名義の資産の運用方法について、マネー相談に来ました。
聞けば、半年前に夫のケイジさん(仮名・62歳・会社員営業)に離婚を言い渡されたそうです。すでに夫婦仲は冷めきっていたところ、ある出来事が引き金となり、離婚が決定的に。それまでも毎月のように家計を巡りバトルが絶えなかったとのことです。
「今思えば、夫婦の歯車が狂い始めたのは、夫の単身赴任が始まった約20年前でした。当時、夫の地方転勤が決まったとき、3人の子供(長男27歳社会人・別居、次男25歳社会人・別居、長女22歳大学生・同居)のうち、長男が小学校に上がるタイミングでした。子供たちの生活環境を変えたくないこともあり、赴任先には夫一人で行ってもらうことになりました」(アサコさん・以下同)
■単身赴任を機に、家計管理の主導権が妻から夫に
以降、アサコさんは働きながらワンオペで家事育児を担う毎日。手のかかる子3人を抱え心身ともに疲労困憊だったのに、家計のやりくりに“協力的”でない夫に苛立ちを覚えるようになったそうです。
「同居していた頃は、夫の給料日に現金で生活費を渡してもらい、それをそのまま家賃や水道光熱費などの引き落とし口座にスライド。残った金額で食費などの変動費をやりくりしていました。家計管理は常に私が握っていたんです。
最初の頃は問題なかったが、徐々に、給料日の入金が途絶えがちに。せっつくと、「忙しかった」「忘れてた」と言い訳しながらしぶしぶ振り込む。入金のタイミングがずれると、目の前の支払いためにアサコさんの給与で立て替えないといけない。
「仕事しながらワンオペで家事育児を回しているのに、支払い準備までするのは大変で……。毎月毎月、私が言うまで振り込んでくれないのが、本当にストレスでしたね」
補足すると、その頃、アサコさんは手取りは月18万円(ボーナスなし)ありましたが、3人の子供の産休や育休、時短勤務などで収入に変動があるため、自分の収入は貯蓄に充て、夫の収入(月の手取り40万円近く、ボーナスあり)を柱にして生活をやりくりしていたそうです。
しびれを切らしたアサコさんは、クレジットカードや銀行のキャッシュカードを家族カードにして共有することも提案しましたが、夫は「現地での生活があるから」とよくわからない理由で断固拒否。
「クレカの決済や銀行口座の引き出しはすべて夫が管理し、私にはネットバンキングの暗証番号すら教えてくれない。給与明細も頑なに見せてくれないので、私には夫の収入と預貯金残高が全く分からない状態。単身赴任を機に、家計の主導権を完全に夫に握られてしまったんです」
これでは、2人で老後の貯金プランを話し合うどころではありません。アサコさんにしてみれば、夫が向こうで何をしていて、何を考えているのかも全く分からない。ひょっとして他に女でも作っているのではないか。そんな不信感も次第に募っていったそうです。
■30万円の「推し活」支出が、離婚の大きな引き金に
毎月、「ちゃんとしてよ!」「うるせえな」などと小競り合いの末に入金してもらう日々。月によっては、入金額が少ないことも……。いつしか、連絡をするのは入金の催促だけになっていたといいます。
そんな中、離婚の引き金となる大きな衝突が2度、勃発しました。
1度目は、夫が単身赴任中の8年前。
「その頃、中学生だった長女と私が、某アイドルグループの推し活にハマっていて、ライブ遠征の交通費や宿泊費、グッズ代など推し活関連の出費が続いていました。ある時、クレジットカードの請求が来てびっくり。推し活だけで30万円超も使っていたんです。決済したのは私名義のクレカですが、私の預貯金残高では足りず、夫に『ちょっと出してくれない?』と、ダメ元でコール。そうしたら、『お前ら何やってんだ!』と激怒されてしまって……。以降、ますます夫態度が硬化し、財布の紐も堅くなりました」
2度目は、昨年の秋。夫が約20年ぶりに単身赴任から戻った直後、長女とアサコさんが立て続けにインフルエンザにかかってしまいました。
「まず長女がインフルエンザに罹患し、間もなく、看病していた私も罹患。ようやく娘と私が治ったと思ったら、今度は夫にも症状が出ました。『医療機関で検査を受けてね。結果が陽性だったら部屋から出ないで』とお願いしましたが、夫は、『寝てれば治るよ。体がしんどい中、わざわざ検査受けに行く意味はない』と、拒否。さらにはノーマスクで過ごしたり、共有の食器や調理器具を触ったり。衛生意識を高めてとお願いしても『うるさい!』と一喝。家計の時と同じで、全然話し合いができないんですよ」
この件で、夫婦の価値観の相違が決定的に。ほどなくして夫から離婚を言い渡され、再び別居となりました。
「まさか、夫から言い出すとは思いもよりませんでした。でも聞くと、夫は前々から離婚を考えていたみたい。その最大のきっかけが、推し活の件だったそうです」
■我慢していたのはお互い様?
なお、今回私どもはアサコさんの話しか聞いていないので、夫の貯蓄額も知らなければ、どちらがより堅実か、といった判断もできません。
夫はアサコさんの2倍以上の収入があったとはいえ、独身時代からコツコツ積み立てた分を3人の子供の教育費としてなんと推計3000万円以上も貯めていました。今、3人目の長女の大学の学費を払っているのも夫です。他方、アサコさんは近年、推し活だけでなく日常的に浪費傾向が見られ、相談時点の預貯金残高は70万円程度でした。自分の手取り分は貯金に回す、というのは完全に目標倒れに終わっていたようです。
アサコさんは生活費の振り込みが遅れがちな夫に対して「生活の根底を支える経済面で不信感がある人と、この先、老後生活を営めない」という思いを抱いていました。しかし、夫もさまざまな浪費を省みず、「夫のカネは私のカネ」と言わんばかりに請求してくるアサコさんの経済観念を到底受け入れられませんでした。
このケースは60代前半の夫婦ですが、30代~50代の夫婦でもお金の面で不信感が溜まっている「熟年離婚予備軍」はたくさんいます。月々の生活費は毎月、毎日のこと。そこのベクトルが合わないとストレスが溜まり、溝が深まるのは自明です。
■10年間で1000万円超を作り出すことができる
さて、本題に戻ります。アサコさんは3人の子育ても終わりが見えていることもあり、離婚をすんなり承諾し、離婚後の家計相談に来ました。
アサコさんの手取り月収は以前と同じく18万円。夫からの入金は家賃の一部と水道光熱費、養育費を合わせて10万円です。計28万円で住居費(家賃月12万5000円)を含む生活費を払うとトントンです。しかし、離婚後は10万円の入金がなくなり、アサコさんの勤労収入18万円だけでやりくりしていかなければなりません。
そこで、18万円の収入でやっていけるよう、家計を見直しました。
手始めにアサコさんは市営住宅に応募し、現在、抽選の結果待ちです。仮に抽選に漏れたとしても月5万円程度の民間物件に住む予定です。そうすれば住居費は7万5000円の大幅カット。現在、長女は就活中ですが、来年4月に就職したら2人の息子たちのように独立してもらい、同居するなら生活費を少し入れてもらうことに。
住居費のほかに、食費(4万7000円→2万円)や、娯楽費名目の趣味の推し活費(3万円→1万2000円)などを削っていけば全部で14万円をコスト減できます。支出額は現在の28万円から半減することになり、離婚後、夫からの10万円の入金がなくなっても、自分の手取り月収18万円でも4万円が手元に残ります。
でも、ここで難問に突き当たりました。
実はアサコさんには「虎の子」がありました。20代から個人年金保険で掛金を積み立ててきたので、60歳以降は、10年確定で毎月5万円、トータル600万円を受け取れるのです。
もちろん、独身時代からかけ続けていた個人年金保険は解約返戻金見込み額の一部が財産分与の対象になりますが、相手方にそれ以上の預貯金があれば、2人の財産の合計を半分に分けることになりますので、年金は受給できるでしょう。
「この600万円を運用にまわして、70歳までに1000万円に増やしたいと思ってるんです。ただ、現在60歳で投資経験ゼロの私が、いきなり投資を始めて大丈夫でしょうか? 貯金も現状70万円しかないし……」と、アサコさん。
大丈夫。iDeCoは、途中で引き出せないのでおすすめできませんが、NISAのつみたて投資枠で、想定利回り5%で10年かけて1000万円まで増やせる可能性が十分にあります。
毎月4万円の家計黒字+5万円の個人年金=合計9万円で、年間108万円。そこから30万円は特別支出として見積もっておき、80万円を運用に回します。元本は、80万円×10年間で800万円。そこに5%の運用利率が入れば225万円増えて、元本と利益を合わせて1025万円という計算です。70歳までに1000万円を貯められますね。
私は普段口を酸っぱくして、生活費の7.5カ月分は手元に残すよう言っていますが、もうアサコさんは還暦なのでそうもいっていられません。現在の貯金は手元に置いておき、これから残っていく分から貯蓄と並行してNISAを進めていくプランを提案しました。
65歳から入る公的年金は、アサコさんは22歳から厚生年金に加入しているので、仮に離婚後の年金分割がなかったとしても、月10万円程度は入る見込みです。これを10年間貯めれば1200万円。できれば、貯蓄や運用にスライドさせたいところですが、65歳以降、収入が大幅にダウンする可能性は高く、そうなると生活費への補填で消えてしまいます。アサコさんの場合、健康を維持して働き続けることに加えて、特別支出をいかに抑えられるかが、大きなポイントになります。とりわけ心配なのは、推し活の復活です。これが以前のように増えたら、家計は破綻しかねません。
「もうやるっきゃない」
生活水準を下げて、日々の誘惑に負けずコツコツと貯める、と腹をくくったアサコさん。ただし、言うは易く行うは難しです。心の支えであり生きがいである推し活は、おばあちゃんになっても細く長く持続可能なものにしてほしいものです。
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横山 光昭(よこやま・みつあき)
家計再生コンサルタント、株式会社マイエフピー代表
お金の使い方そのものを改善する独自の家計再生プログラムで、家計の確実な再生をめざし、個別の相談・指導に高い評価を受けている。これまでの相談件数は2万6000件を突破。書籍・雑誌への執筆、講演も多数。著書は90万部を超える『はじめての人のための3000円投資生活』(アスコム)や『年収200万円からの貯金生活宣言』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)を代表作とし、著作は171冊、累計380万部となる。
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(家計再生コンサルタント、株式会社マイエフピー代表 横山 光昭)