■トランプ氏が関税政策のスタンスを軟化
トランプ大統領は、1月20日の大統領就任以来、世界を相手に関税引き上げ策を打ち出していった。ただ、その強硬なスタンスは、4月上旬を境に軟化し始めた印象がある。
まず、4月9日には、中国を除く56カ国・地域に対する相互関税(上乗せ分)の発動を90日間延期した。4月2日に発表したばかりの相互関税であったが、その大部分を翻したことになる。
一方、中国に対しては、中国からの対抗措置もきっかけに関税引き上げ合戦が勃発し、125%もの相互関税を課していた。しかしながら、4月11日には、中国から多く輸入する、パソコンやスマホなどを相互関税の対象外とすることを発表した。
対中関税の影響緩和を狙ったと考えられる。さらに、5月12日には、中国との間で関税合意を暫定的に成立させ、中国に対する相互関税率を一旦125%から10%に引き下げることとなった(5月14日実施)。
トランプ政権の関税政策の修正には、当然ながら、米国の消費者や企業の間で、先行きのインフレへの懸念が広がっていったことが背景にあっただろう。特に、中国からは、米国の小売店などで流通する衣服や家具、おもちゃなどが大量に輸入されている。100%超の関税を課して輸入が急減すれば、そう遠くないうちに品不足に陥る懸念が強まっていた。
ただ、トランプ氏のスタンスの軟化には、インフレへの懸念だけでなく(あるいはインフレ懸念と関係した)、①金利上昇、②支持率低下、③減税を巡る議会動向といった、見逃せない3つの動きが関係していたと筆者は考える。
トランプ氏は、他国の反応は意に介さず、またトランプ関税に対する司法の壁(5月28日に、米国際貿易裁判所がトランプ関税の一部が違法であるとの略式判決)にも抗っていくだろうが、国内情勢は無視できない。
これら3つの動きは、今後のトランプ氏の政策運営や言動にも影響を及ぼし続ける可能性があり、注視が必要である。
■政権は金利の動きに敏感
トランプ政権が、4月9日に相互関税(上乗せ分)の発動を延期したことの背景として、金利の急上昇が背景にあったとの指摘が多い。
トランプ氏は、自身が不動産業を手掛けてきたこともあり、金利がビジネス界にとって大きな影響を与えることを認識し、以前から金利低下の必要性を掲げてきた。そのため、自身の政策や言動が金利上昇を招いていると理解すれば、修正をかけることが想像できる。
4月上旬を振り返ると、米国では、相互関税発表後に長期金利が急激に上昇(4月2日:4.1%→4月11日:4.5%)した。この背景として、①相互関税実施によるスタグフレーション(景気悪化とインフレ高進が同時進行)懸念、②トランプ氏の度重なる利下げ要求による金融政策の混乱懸念など、米国のファンダメンタルズ(経済活動の基礎的条件)が毀損されるような動きが重なったことがあろう。
また、トランプ氏の言動と直接関係ないが、③上下両院で減税を盛り込む予算決議が通過したことで、先行きの財政悪化懸念が改めて意識されたことも挙げられる。
■米国債への投資家の不安は消えていない
ファンダメンタルズ悪化や財政悪化の懸念が高まれば、投資家は米国債を保有し続けることに対して不安を感じる。4月上旬の金利上昇は、こうした不安が米国債の売り圧力(金利上昇圧力)につながったと考えられる。
このことは、債券需給の悪化や先行き不確実性を示す「タームプレミアム」(NY連銀試算)が急上昇したことからも確認できる(図表1)。
この結果、利下げ観測が強まる(「短期金利パス」の低下で示される)中でも、全体として長期金利が急上昇した。現在も、タームプレミアム拡大による長期金利の高止まりが継続しており、米国債の需給に対する投資家の不安は消えていない。
そして、米国の金利上昇は、トランプ政権に2つのリスクをもたらした。
1つ目は、米国債を保有する他国に対して米国の弱点を見せてしまったことだ。米国債を大量に保有する国は、日本や英国などの同盟国だけでなく競争相手とみなす中国なども含まれる。仮に中国が米国債の売却に動けば、需給悪化を通じて、さらなる金利上昇につながる懸念があろう。
2つ目は、後述する減税成立との悪循環が挙げられる。金利上昇による財政悪化懸念は、トランプ政権が目指す減税に対し逆風となる。一方で、減税が成立すれば、今度は財政悪化懸念が一層強まり、さらなる金利上昇につながる可能性がある。
■100日間のハネムーン期間も支持率は低下
トランプ氏の政策修正の背景の二つ目として、関税政策に対する世論の逆風も挙げられよう。
トランプ氏の支持率は、トランプ政権発足以降低下を続けてきた。各種世論調査を集計しているReal Clear Politicsをみると、政権発足から100日目となる4月29日時点で支持率45.1%、不支持率52.3%となり、政権発足直後の支持率50.5%、不支持率44.3%から悪化した(図表2)。
政権発足後の100日間はハネムーン期間と呼ばれ、各種政策が実現しやすく、支持率も落ちにくい傾向にある。ただ、トランプ政権は関税政策などを一気呵成に進めたことで、支持率が目立って低下するなど、ややイレギュラーな結果となった。
支持率の水準比較は難しいが、4月29日には、第1次トランプ政権時の平均の支持率42.8%、不支持率53.4%に近付いた。特に、関税政策と直接関係する、「経済」「インフレ」の項目については、4月29日時点の不支持率が、それぞれ55.3%、59.0%と悪化度合いが大きくなった。
4月上旬以降に関税政策を軌道修正したこともあって、5月入り後には、トランプ氏の支持率は回復傾向にある。来年秋の中間選挙に向けて、トランプ氏の支持率が下がり続ける状況は回避した。
もっとも、今後はトランプ関税が物価を押し上げ、景気は下押しされる見通しである。トランプ氏が関税引き上げを推し進め、景気悪化が加速するようなことがあれば、支持率の再低下につながることとなろう。トランプ氏はこうした状況に置かれていることを敏感に察知していると考えられる。
■国民へのアメ「減税」実現に最大の配慮
そして、トランプ氏にとって、足元の最大の注目点は、減税実現に向けた議会動向だろう。関税政策に対する不満が高まる中、米国民に対する「アメ」となる減税を、目に見える形で成立させることは極めて重要となる。トランプ氏は、共和党議員への働きかけやSNSなどでの情報発信を通じて、減税成立に向けた後押しを続けている。
米国の議会でも、減税成立に向けた動きは活発化している。4月には上下両院で予算決議(減税を成立させやすくするステップの一つ)が成立した。また、5月22日には、下院で減税法案が可決した。今年度(2024年10月~2025年9月)中に、減税法案が成立する可能性が高まった。
しかしながら、減税の規模は、トランプ氏が当初掲げていたものと比べると小さくなりそうとの見方が多い。予算決議には、2025年末に一部期限を迎えるトランプ減税の延長が含まれており、減税効果の剥落による景気悪化は避けられそうである。
とはいえ、景気押し上げにつながる「追加減税」は、予算決議の内容を基にすれば、10年間で1兆5000億ドル程度(単純平均でGDP比0.4%)と試算され、トランプ氏が昨年の大統領選で掲げていた追加減税の4兆ドル程度と比較すると小粒である。
今後は上院で減税法案の審議を控えており、追加減税の規模については依然流動的である。ただ、トランプ政権を支える共和党ですら、財政規律を重視するスタンスを崩さない勢力が存在し、追加減税の規模が大幅に拡大する可能性は低い。
トランプ政権は、追加減税による景気下支えへの期待が薄れる中で、景気悪化につながる大幅関税引き上げに消極的になっていった可能性がある。
■過激な関税政策は当面影をひそめる見通し
トランプ大統領は、当面は上記の3つの動向にも留意しながら、関税政策を進めていくことが予想される。
トランプ政権の中では、政権発足当初から極端な政策を主導してきたナバロ大統領上級顧問に代わり、金融市場や財政状況に関する知見を持ち合わせたベッセント財務長官などに、政策運営の主導権が移り始めているとの見方が多い。
足元で、トランプ氏の支持率は改善傾向にあるものの、本格回復にはまだ距離がある。また、長期金利の動向と減税成立を巡る議会の動きには依然不確実性がつきまとう。
こうした点を踏まえると、トランプ政権は、当面は現実的な形で関税政策を進めることが期待される。米中対立についても、4月のような無秩序な関税引き上げのリスクは低く、第1次トランプ政権時に構築した枠組みを軸に米中交渉がなされていくと予想する。
■トランプ氏を「TACO」(タコ)と表現する風潮
もちろん、トランプ氏が「ディール」を進めるうえで障害とみなすようなことに対しては、突発的に極端な反応をとる懸念はある。5月23日に突如表明した、EUへの6月からの50%の追加関税の警告はその一例だろう。
ただ、トランプ氏は本質的には流動的(トランザクショナル)である。EUに対しては、その後間を置かず、EUに対する追加関税の発動を延期するなどの柔軟さをみせ、米国に有利な交渉が進むよう軌道修正した。
そして、関税の発動や脅しと、その延期が繰り返されたことで、市場関係者やメディア関係者の間では、トランプ氏のことを「TACO」(タコ)と表現する風潮が強まっている。"Trump Always Chickens Out(トランプはいつもしり込みする)"の略語だ。トランプ氏は当然ながらこの状況に怒りを隠さない。
こうした感情的な理由だけではないが、トランプ氏は、この先、債券市場が落ち着き、支持率が回復し、減税も実現した場合は、関税政策に関するスタンスを再び硬化させる可能性は残る。不確実性の高いトランプ政権の政策を見定めるうえで、本稿で挙げたこれら3つの動向には留意すべきだろう。
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高橋 尚太郎(たかはし・しょうたろう)
伊藤忠総研上席主任研究員
2005年日本銀行入行、国際経済調査や金融市場調査等に従事。2017年有限責任監査法人トーマツ入社、マクロ経済分析サービスやリスク管理アドバイザリー等のプロジェクトに従事。2019年伊藤忠商事入社後、伊藤忠総研へ出向。東京大学大学院情報理工学系研究科修了。London School of Economics and Political Science(LSE)経済学修士課程修了。
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(伊藤忠総研上席主任研究員 高橋 尚太郎)