※本稿は、大愚元勝『絶望から一歩踏み出すことば 大愚和尚の答え一問一答公式』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。
■後悔は「悪の上塗り」でしかない
かつて、愚かなこと、悪いことをしてしまった。何年、何十年という月日が流れても、ずっと後悔を持ち続けている人がいます。
「中学の頃に同級生をいじめてしまった。それをとても後悔している」と告白してくれたのは20代の女性です。
いじめをした。これは悪い行為です。
それは愚かだったと気づいた。これはとても大切なことです。人は気づかない限り、その行為をやめられません。
問題はその次です。
悪いことをしている自分を責めて、後悔するのは、一見誠実な態度のように見えるかもしれません。しかし本当にそうでしょうか。
仏教では、後悔を悪いことの一つとして捉えています。
悪いことをして、それを後悔するのは「悪の上塗り」でしかなく、「後悔はやめなさい」と教えています。
■悪行を上回る善行を積まなければならない
後悔は苦しいものです。
たとえばお腹が痛いとか、体のどこかが苦しいときに、仕事をしなければならないとします。集中できますか? そんな状態で的確に対処できるでしょうか?
できる人は少ないと思います。
それと同じで、後悔をするとその苦しさのために心が曇ります。
心がクリアでないときは、なかなかクリアな思考ができません。心がぐちゃぐちゃな状態では、良き判断が出てきません。体が動きません。
なぜかというと、自分が愚かであったと気づいたら、その愚かさを上回るペースで善きことをたくさんしなければならないからです。
それが、悪しきことをしてしまった過去への埋め合わせです。
その埋め合わせをコツコツと続けて、やめないでいると、過去につくってしまった悪行の穴が徐々に埋まっていきます。
埋まっても、やめないで続けると、そこに山ができていきます。善行の山です。
その山をつくることが、犯してしまった罪に対する唯一の償いです。
■「被害者」が今度は「加害者」になる
誤解しないでほしいのですが、かつて苦しめてしまった人に対して、何か埋め合わせをしろと言っているわけではありません。もう会えないかもしれないし、すでにこの世にいないかもしれない。会いに行っても迷惑がられるかもしれません。
でも、大丈夫です。今、目の前にいる人や、生きとし生けるすべての人への善行も、過去の過ちに対する償いになります。
後悔に苦しんでいる暇があるなら、心と体を使って、善行の山を築いてください。
もしかしたら、この話を複雑な思いで読まれた方もいるかもしれません。
ご自身や大切な人が被害者側に立たされた経験をお持ちの方は、「加害者は一生苦しむべきだ」という気持ちを持ってしまうこともあるでしょう。
だからといって、加害者に私刑を加えたり、非難を投げつけたりすると、被害者だったはずの人が加害者になってしまいます。それがいつか、後悔につながる可能性もあることを、知っておいてほしいと思います。
■ブッダの教え「今日、なすべきことをなせ」
心の傷を抱えている人のお話を、私はたくさん伺ってきました。
「生きていても仕方がない」
「この世は醜いことばかりだ」
そう苦しむ人に、私は中部経典という経典に登場する「一夜賢者(いちやけんじゃ)の偈(げ)」を紹介することにしています。
過去は追うな。未来を願うな。過去はすでに捨てられ、未来はまだ来ない。
だから、ただ現在のことをありのままに観察し、動揺することなく、よく理解して、実践せよ。ただ今日すべきことを熱心になせ。
明日、死のあることを誰が知ろうか。かの死神の大軍と会わないわけはない。
このように考えて、熱心に昼夜おこたることなく励む人、このような人を一夜賢者といい、寂静者(じゃくじょうしゃ)、寂黙者(じゃくもくしゃ)と人はいう。
――辻本敬順訳『阿弥陀経のことばたち』
仏教では、起きてしまった過去や、まだ起こっていない未来のことを考え、妄想をふくらませることを厳しく戒めています。
今日、なすべきことをなせ。
それが2500年前にお釈迦様がおっしゃったことであり、はるかな時を超えて語り継がれてきた仏教の根本なのです。
■大事な「今」が奪われていいのか
つらい過去にとらわれている人は、「今」という現実を生きておらず、「過去」という頭の中に記憶されている妄想を生きています。
将来が不安だとか、先行きが見えないと心配する人は、「今」という現実を生きておらず、「未来」という頭の中でつくった妄想を生きています。
私たちが動かせるのは、「今」この自分、この肉体だけなのにもかかわらず……。
過去の苦しみは、今この瞬間に起きていることではなく、過ぎ去ってしまった記憶にすぎません。それなのに「今」を「過去」によって奪われている。「過去」に「今」を台無しにされているのです。
私たちの脳に備わった網様体賦活(ふかつ)系は、興味深い働きをするということがわかっています。たとえばファッション誌で見たバッグを欲しいと思っていると、街中でそのバッグを持った人をたくさん見かけるようになる。
つまり脳は、意識し、心に留めたものに集中する癖があるということです。
■「つらい」は脳がつくり出す幻想
過去の傷を抱えた人は、無意識のうちに傷に関連することばかり見てしまう。それで「世の中は醜い」「何もかも嫌だ」という妄想がふくらんでしまうのです。
世の中には、醜さというものはありません。
世の中には、正しさというものはありません。
世の中には、素晴らしさというものはありません。
世の中には、虚(むな)しさというものはありません。
世の中には、苦しさというものはありません。
すべては脳がその人の過去の記憶と結びつけてつくり出す幻想なのです。
妄想によって、「つらい過去」を「今の現実」のように補強してしまう。
脳の癖とはいえ、厄介でつらいことです。この人間の癖はなかなか消えないものだから、「一夜賢者の偈」が2500年もの間、受け継がれてきたのでしょう。
どうしても苦しいときは、この偈を繰り返し唱えてみてください。
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大愚 元勝(たいぐ・げんしょう)
佛心宗大叢山福厳寺住職、(株)慈光グループ代表
空手家、セラピスト、社長、作家など複数の顔を持ち「僧にあらず俗にあらず」を体現する異色の僧侶。僧名は大愚(大バカ者=何にもとらわれない自由な境地に達した者の意)。YouTube「大愚和尚の一問一答」はチャンネル登録者数57万人、1.3億回再生された超人気番組。著書に『苦しみの手放し方』(ダイヤモンド社)、『最後にあなたを救う禅語』(扶桑社)、『思いを手放すことば』(KADOKAWA)、『自分という壁』(アスコム)、『愚恋に説法: 恋の病に効く30の処方箋』(小学館)などがある。
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(佛心宗大叢山福厳寺住職、(株)慈光グループ代表 大愚 元勝)