年齢を重ねたら性とどう向き合うといいか。医師の和田秀樹さんは「ある調査で『最高のセックスを経験した』と回答したのは、60代が最も多かった。
しかしながら、欧米では閉経後の多くの女性がホルモン補充療法を受けているなかで、日本ではわずか数%と先進国の中では最も低い普及率にとどまっている。その理由は3つある」という――。
※本稿は、和田秀樹『熟年からの性』(アートデイズ)の一部を再編集したものです。
■日本で女性ホルモン補充療法が普及しない3つの理由
女性ホルモンは10~18歳頃に徐々に増え、妊娠能力が高まる20代から45歳頃までに分泌がもっとも盛んになり、老年期にはほぼなくなります。
男性ホルモンはゆったりしたカーブを描いて減っていくのに対して、女性ホルモン(エストロゲン)はガクンと崖から落ちるような減り方をします。
そこでエストロゲンが減ったままの状態にしておくと老け込むし、骨粗しょう症にもなりやすくなるので、欧米では閉経後の多くの女性がホルモン補充療法を受けています。
オーストラリアの約60%を筆頭に、アメリカやカナダでも約40%普及しています。
しかし、日本ではわずか数%と、先進国の中では最も低い普及率にとどまっています。
日本で女性ホルモン補充療法が普及しない理由は大きく分けて三つあります。
ひとつには、2002年にアメリカで行われたWHI(Woman's Health Initiative)という研究の中間報告として、ホルモン補充療法を5年以上続けていると、乳がんなどの発症リスクが高まると報告されたことにあります。
それが日本でも新聞などで大きく報道されてしまったため、誤解が生まれました。ホルモン補充療法への不安が女性たちに広がり、いまなおその影響が続いている可能性があります。

■「閉経したら女性ホルモンは必要ない」は大間違い
二つめの理由は、日本では女性ホルモンの補充は、一般的には更年期障害の治療に限られているために、「閉経したらもう補充は必要ないでしょう」というような考えが医者の側にもあることです。
でも、私はそうは思いません。閉経後の女性こそホルモンの補充が必要だと思っています。女性ホルモンには処方薬もあれば膣剤もあるので、自分に合ったほうを利用していただきたいのです。
三つめの理由は、医者にしてみれば補充療法は儲からないからということもあります。
保険がきく女性の更年期障害の治療のばあい、ホルモンの補充はせいぜい月2000円くらいでしょう。いちばん儲かる注射はさまざまなワクチンです。
医者のあいだでワクチンは「冬のボーナス」とか言っているようです。
例えば、ある地方都市の総合クリニックでは、繁忙期を除き、毎月700万~800万円の赤字を抱えていたのに、新型コロナウイルスが拡大した2020年1月~2022年9月末には、ワクチンのおかげで一気に大幅な黒字に転換しています。
経理担当者が「こんなにもらっていいの?」と、言ったとか言わなかったとか。まさにワクチンさまさまです。
■女性の「人生最高のセックス」は50~60代という調査結果
女の人が男性とちがうのは、性経験を重ねれば重ねるほど、感じる体になることです。

前にもお話しましたように、女性は男性と逆で、年をとるにしたがって女性ホルモンは減って男性ホルモンが増えていきますから、60代以降のほうが若いときよりも性欲が強くなる人が多いようです。
90代の女性が「振り返れば60代がもっとも感じたわ」と言っていたという話を聞いたことがありますが、たぶん事実だと思います。
というのは、そのころは性欲を支える男性ホルモンも多いし、人間的にも成熟して魅力的になっているからです。
「60代がもっとも感じたわ」と言っていた90代の女性の話には、かなり信憑性があります。というのは、実際の調査結果も出ているからです。
富永喜代医師が主宰するオンラインコミュニティ「富永喜代の秘密の部屋」で30~80代を対象に行った調査で、「あなたはこれまでの人生で『最高のセックス』を体験したことはありますか? そして、それは何歳のときですか?」という質問を男女123人に対して行なった結果、次のような回答を得ていたといいます。
「最高のセックスを経験した年齢は何歳ですか」の質問では、「最高のセックスを経験した」と回答したのは、20代が13人、30代が14人、40代が22人、50代が30人、60代が36人、70代が8人。
つまり「最高のセックスを経験した年代は60代がもっとも多かったことがわかりました。これを見て驚いた方も多いのではないでしょうか。
50~60代の人たちが、20~40代の人たちを圧倒的にしのいで“最高のセックス”をエンジョイしていたなんて本当にすばらしいですね。
なお、この調査結果は、後に「日本性機能学会第32回学術総会」という学会でも発表されています。
■熟女はセックスも人間的魅力も最高! いっぽう男性は……
女性は50~60代は、性的成熟はもちろん、人間的にも成熟して魅力的になりますが、男は、残念ながらそういうことにはなりません。

男のばあい、若いころと比べて、年をとってからのほうが性的なものの感度がよくなるという気はしないけれども、せいぜい若いころと比べて射精まで時間がかかる分だけ快感がつづく時間が延びるということはあるかもしれません。
ですが、感じ方が変わるかといえば変わらない。
女の人は年をとってからのほうが感じるという人が多いようですが、男は感じるところが基本的に一カ所だけだから、そういう感覚は残念ながら男にはわかりません。
その点、女の人は体のあちこちに性感があるので、下手すると指先をなめてあげるだけで感じる人もいるようです。
谷崎潤一郎が「女の人の足を見るとゾクゾクする」と言っていたそうですが、もしかしたら女の人の足に性感があるのを発見して喜んでいたのかもしれません。
男は感じるところが一カ所だけだから、年をとるにつれてそこもだんだん弱くなっていくので、今度は相手を喜ばせることに喜びを感じるようになります。
そして、ふだん真面目そうにしているきれいな女性が乱れるのを見て楽しんだり、思わぬところに性感帯があるのを発見して喜んだりするのです。
これは医学的にもすごく大事なことです。なぜなら意欲や感情や創造性を司る前頭葉を使うからです。
■何歳になっても性欲があることは、恥ずかしいことではない
有名な話ですが、江戸の名奉行・大岡越前守が、不貞を働いた男女の取り調べをしていたとき、「女性からの誘いに乗ってしまった」という男側の釈明にどうしても納得がいかなかったので、自分のお母さんに「女性はいくつまで性行為が可能か」と聞いたところ、彼女は黙って火鉢の中の灰をかき回し、小さい声で「灰になるまで」と言ったそうです。
真偽のほどはともかくとして、女も年をとってからもいつまでも性欲があるという、ひとつの逸話としてはおもしろいですね。
男も女もいつまでも性欲があるのは恥ずかしいことではありません。
食べることや眠ることと同じで、ごく自然のことですから。
他人を困らせたり警察の厄介になったりしなければ、欲望に忠実に生きてもいいと思います。特に閉経後の女性は妊娠の心配もないわけですから、もっと奔放に楽しんではどうでしょう。
■年齢を重ねても積極的で意欲的な女性は魅力的
作家の佐藤愛子さんの作品を映画化した『九十歳。何がめでたい』が2024年に公開となりましたが、その主演を務めている草笛光子さんにしても、あるいは70歳のときにひと回り以上年下の男性と恋をして、その顛末を『わりなき恋』という私小説にして発表した岸恵子さんにしても、女性たちの憧れの的な存在ですよね。
年を重ねてもこんなふうにかっこいい、美しい女性でいたいとみんな思うわけです。
107歳で亡くなった女性報道写真家第一号とされている笹本恒子さんも、意欲的な女性の典型と言うべきでしょうか。
このように、女性には自分の人生のお手本になるような人がいっぱいいるのです。
意欲的な女性ということに関して、主に50代以降(「ハルメク世代」と呼んでいる)の女性をターゲットにした『ハルメク』という月刊情報誌があります。
内容はファッションを主としたものですが、あらゆる年代向けの女性誌のなかでも発行部数は国内最多の50万部を超えて、『週刊文春』や『女性セブン』よりもはるかに売れています。
この例からも、女性というのは年齢を重ねてもファッションに興味があるし、人とのコミュニケーションにも積極的で意欲的だということがわかります。
■和田秀樹が日本の女性たちに伝えたい「性」に関するメッセージ
今は女性が支持する商品でなければヒットしませんから、これからは女らしい女の出番です。

ファッションだけでなく性に対しても欧米の女性たちは積極的で意欲的ですが、性の問題に関しては、日本の女性たちは遅れていると思います。
ジェンダーフリーやSDGs(Sustainable Development Goals=持続可能な開発目標)などスローガンは海外から一早く取り入れるのに、たいていねじ曲がった方向に行ってしまいます。
私は日本の女性たちに、「性に対してもっと積極的かつ意欲的であってほしい」と言いたいです。

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和田 秀樹(わだ・ひでき)

精神科医

1960年、大阪府生まれ。東京大学医学部卒業。精神科医。東京大学医学部附属病院精神神経科助手、アメリカ・カール・メニンガー精神医学校国際フェローを経て、現在、和田秀樹こころと体のクリニック院長。国際医療福祉大学教授(医療福祉学研究科臨床心理学専攻)。一橋大学経済学部非常勤講師(医療経済学)。川崎幸病院精神科顧問。高齢者専門の精神科医として、30年以上にわたって高齢者医療の現場に携わっている。2022年総合ベストセラーに輝いた『80歳の壁』(幻冬舎新書)をはじめ、『70歳が老化の分かれ道』(詩想社新書)、『老いの品格』(PHP新書)、『老後は要領』(幻冬舎)、『不安に負けない気持ちの整理術』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『どうせ死ぬんだから 好きなことだけやって寿命を使いきる』(SBクリエイティブ)、『60歳を過ぎたらやめるが勝ち 年をとるほどに幸せになる「しなくていい」暮らし』(主婦と生活社)など著書多数。


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(精神科医 和田 秀樹)
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